Fate/immature children   作:waritom

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 アーベルト・ロットフェルトが絶命した丁度その頃。同じようにロットフェルトに雇われた人間達がプラウレン湖を目指していた。数にして四,五人。行儀よく、一列に並び舗装されていない山中を進んでいく。ルスハイムの冬の夜は冷え込む。その集団は一様に麻で作られた薄手の服を纏っていた。常人であれば凍死しかねない。だが、かじかむ様子すらなく歩く。彼らが常人ではない証だった。

 先頭を行くのは壮年の男性だ。短い髪に青い瞳。寒さを感じないのは、彼の纏う服が一種の魔術礼装えあり、寒さ、暑さという温度に対して加護を持っているからだ。彼は魔術師だ。そして、彼の妻、エルナ・ロットフェルトの代役としてこの聖杯戦争に参加するつもりだった。

 だが、ルスハイムに入りしばらくしても、令呪が宿らない。聖杯戦争では令呪の宿るタイミングはばらつきがあり、いわゆる縁が深い魔術師から順に振られる。そして、聖杯が降臨する場に近い魔術師程優先的に割り振られる事がわかっている。

 彼の身の上を振り返る。本来ここにいるべきは妻であるエルナだろう。だが、彼女は魔術師ではないため、令呪は宿り得ない。自分は魔術師で、ロットフェルト家ほどではないものの、それなりの歴史を有している。つまり令呪が宿らない理由はないのだ。

 そう思い、サポーターとして連れてきた弟子たちとルスハイムに逗留していたが、しびれを切らした。令呪が宿るのを待つのではなく、既に宿ったマスターから奪い取る。そう、方針を変更した。

「先生、見てください」

 自分の後ろ、年長の弟子の声に応じる。彼女の指差す方を見ると、湖が見えた。あれがプラウレン湖だろう。

「全く。なんて道だ。ここまで来るだけで一苦労だ」

「依然来られたときも、この様な苦労を?」

 弟子の疑問に応える。うんざりという感情が隠しきれない。

「ロットフェルトの血縁者がいるときだけ通れる道があるのさ。妻とはそこを通って車で来たよ」

 あの高慢ちきな女が、山道に耐えられるわけがない。もし、と考えてみるとエルナの渋面を思い出された。胃が痛む思いがした。

「ロットフェルトのゲストハウスには末弟のロイク・ロットフェルトがいる。彼を強襲し、令呪を奪う」

 改めて作戦を繰り返す。末弟のロイクはエルナの話では魔術師としてはあまり優秀でないらしい。後から連れてこられた子ども達に劣ると見なされ、当主にも見放されていたという。

 ……不憫なことだ。

 魔術師にあるまじき、同情の念が湧いた。そして直ぐに制する。敵への同情など、この戦場では死につながる感情だ。

 ロイクがゲストハウスにいるというのは掴んでいたが、具体的にどのゲストハウスかはわかっていない。ロットフェルトのゲストハウスは数が多いが、虱潰しで当たるしかないだろう。

「手分けしますか」

「いや、分散は危険だ。時間が掛かっても慎重に進めよう。まずは見えているところからだ」

 そして男はプラウレン湖の直ぐ側にある小屋を指さした。暗闇でも強化の魔術を使っているため、日中と変わらない視界を得ている。

 弟子たちが頷くのを見て、行軍を再開する。

 小屋まで一定の距離に近づくと、先頭を行く男が合図を出す。男を含む三人が小屋に突入し、残る二人が待機と見張り。集団は男の意図したとおりに動いた。小屋までおおよそ二十メートルの位置。突入班の三人が戦闘用の魔術礼装を片手に持つ。男も同じように短剣を構えた。

「準備が整いました。全身強化及び精神汚染耐性は完了です」

 若い男の声に頷く。これで、三人の身体能力は全身強化により大幅に引き上げられる。そして、洗脳や催眠という魔術師特有の攻撃にも対策を講じた。だが、男の中に過るのは一抹の不安。

 ……落ち着け。相手は二十歳に満たない子ども。例えサーヴァントという奴がいたとしても、この人数なら使い魔一匹風情に遅れは取らない。

 不安から生じる高ぶりを抑えるように、男は呪いを唱えた。意味のある言葉ではない。ただ、大規模な魔術の前に唱えると、不思議と心が落ち着くのだ。だが、男は気が付かない。自分でも、たかが子ども一人の寝込みを襲うのに、大規模魔術並の不安を抱えている事実に。

 男が片手で合図を出す。三人が駆け出す。小屋へ、だ。男が、扉を蹴破り押し入る。すると。

 ……水?

 男は水中にいた。暗闇で男の陥った水ががどれほどの大きさかもわからない。空気を求める焦りと状況を理解しようとする冷静さが渦巻く。焦りが勝ち、身体が浮き上がる方向に任せると、水面が見えた。顔を出し、空気を求める。呼吸が可能になると、冷静さが働いた。

 ……転移魔術?飛ばされた?

 周りを見ると、自分が突入した小屋が見えた。つまり、男はプラウレン湖に浮かんでいるのだ。見ると、一緒に突入した男の一人も同じように湖に浮かんでいた。もう一人は見つからないが、きっと同じようにどこかに飛ばされているのだろう。

 他者を別の場所に移動させるという芸当、現代の魔術師でも一流に属するものにしか実現できないだろう。情報にあるロイク・ロットフェルトには不可能だ。であれば、可能性として。

「飛ばせる範囲はあまり広くないのね。サーヴァントの相手は厳しいかも。考えないと」

 強化した男の瞳が、小屋の前に立つ人物を見る。女だ。記憶を辿る。そして思い出す。ハンナ・ロットフェルト。エルナの妹。彼女がこの転移の原因なのか。事故により魔術師としての道は閉ざされたはず。

「もう少し感覚が知りたいわ。続けて、バーサーカー」

 男の強化された聴覚が、ハンナの言葉を捉える。バーサーカー。呼び出された英霊のクラスの一つ。英霊は真名を秘するため、クラス名で呼ばれるのが一般的だ。つまり、この不可解な現象はバーサーカーが行ったもの。

……馬鹿な。使い魔風情に転移などという大魔術が行使できるか。ましてやバーサーカーに!

 男の認識は直ぐに覆される。ハンナの声に呼応するように、姿を現した存在によって。

 少女だ。修道服を着ている。だが、神に仕える者の清涼さや、慎み深さを一抹も感じない。むしろ、その少女の周りに漂う魔力は昏く恩讐に溢れている気がした。男は過ちに気が付く。サーヴァントがただの使い魔である、という認識に。いやもっと根本的な過ちがある。あれを相手取るなど、到底不可能だ。

 全員に撤退の指示を出そうとしたとき、変化が訪れた。誰かが、叫び声を挙げながら森から現れた。行方がわからなかった仲間の一人。彼は短剣をバーサーカーに向けると、魔術を行使した。短剣の切っ先に魔力が集中し、塊となって放たれる。弾丸の速度をもって放たれたそれは、まともに当たれば容易く人の命を奪う。

 男は見る。明らかな殺意を持って放たれた魔弾が、バーサーカーに当たる直前にかき消えたのを。そして直後、弾丸が出現する。しかし、それは狙いが変わっていた。バーサーカーではなく、弾丸を放った術士に向いている。

「ひい」

 短い悲鳴。その後、頭が砕ける音が響いた。術士は自身の魔弾で絶命したのだ。

「いいわ、とてもいい。対象は人間だけじゃないのね。それに理解したわ。貴方はまだ片鱗も見せていない。これは貴方が現界するだけで及ぼす自動的な呪いなのね」

 ハンナの恍惚とした声が聞こえる。逃げなくては。全く歯が立たずに、貴重な弟子の一人を失った。

 念話にて全員に撤退を指示する。男は返事を待たずにプラウレン湖を泳ぎ始める。ハンナとバーサーカーに背を向けて進む。

「じゃあ、バーサーカー。少しだけ、本気を見せて」

 その声に不吉な予感があったが、振り返らずに進む。

 そして、男の意識が暗転した。そして気が付く。水中。自身が浮き上がってきたはずの湖の中にいた。がむしゃらにもがき、水面を目指す。徐々に水の冷たさを感じる。礼装に回す魔力が尽きているのだ。このままでは身体の動きが鈍り、溺れる。まずい。焦りが集中を乱し、魔術が成立しなくなった。水の冷たさが一層ます。水面に辿り着く体力がなくなる。後少しだ。呼吸が苦しくなる。必死の形相で水面に身体を浮き上がらせる。

 ……よし、これで。

 そこでまた、水中にいた。水の冷たさから身を護る術は失われていた。水面は先程よりも遥かに遠い。身体が湖の底に向かい、沈んでいく。男は後悔した。こんなところに来るのではなかった。エルナの我儘など、聞く耳を持つのではなかった。そもそも、あの女と結婚したことが、間違いだったのだ。

 

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