Fate/immature children 作:waritom
英霊召喚から幾日か後、カヤ・クーナウはルスハイムの街へ出ていた。真冬の寒さを感じるものの、陽が高く出ているおかげか程よい暖かさを感じる。温暖な気候は珍しいせいか、街には人が多い。通り過ぎたコーヒーショップを覗くと、人が満員になっていた。だが、待ち合わせはこの店だ。構わず入店し、注文待ちの行列に並ぶ。
普段であれば、カヤは人混みを嫌う。しかし今は、聖杯戦争といういつ狙われるかもわからない非常事態だ。人混みが多ければ、他のマスターは露骨に手を出すことはできない。
(んん。本当に大丈夫かな。マスターの中に一般人の巻き込みを躊躇わない人種がいるかもしれないぞ。誰もが君のようにチキ……理性的とは限らない)
霊体化し、傍らにいるアサシンに同じように説明をすると、このように解答があった。念話なので誰かに聞かれる心配はないが、物騒な話だ。
……それはともかく、チキンって。
魔術師はまず、魔術を秘匿する義務がある。それは魔術に携わる際に初めに教わることの一つだ。魔術師ではないアサシンが知るよしもないのは当然だ。
(可能性としてはゼロではないけど、そのチキンじゃないマスターはどうやって私がマスターだと見抜いたのかしら。私達が何もアクションしていない以上、まだ素性がバレる状況じゃないわ)
(ふむ。まあ、そうか。あの隠れ家には使い魔などがいないのは確認済みだ。現在カヤがマスターであることを知る者はいないだろう。もっとも、私が呼ばれる前に君が間抜けをしていなければ、だが)
嫌味なアサシンを無視し、ここ幾日かの行動を振り返る。
まずアサシンを召喚した翌日。カヤはこの日から行動を開始すること考えていた。アサシンに土地勘を植え付けるため、ルスハイム中を回ろうと思ったのだ。
『それはありがたいがね。んん。今日は休んでいたほうが良い』
意外なことに、異論はアサシンから出た。
『察するに、私の召喚で多少魔力が減じているな、マスター。なら、万全となるまではここで回復を図ると良い』
アサシンの言う通り、召喚そのもので魔力を消費していた。だが、カヤにとっては微量で、戦闘はともかく、市街の散策程度なら難なくこなせるはずだ。それよりも時間を惜しむべきではないのか。そう言おうとすると、先んじてアサシンが続けた。
『カヤ。これは戦争だ。君が望まざるとも戦闘に巻き込まれる危険は常にある。休める内に休むのが得策だ。加えて言うならば、私の実体化や戦闘行為でどれだけ魔力が消費されるか、まずは自分たちのことから知っていこうじゃないか。んん。どうかね?』
アサシンがまるで不出来な生徒を嗜めるように言った。カヤも特段、否定する要素が見つからず、アサシンの言う通り回復と現状把握に費やすことに決めた。そしてわかったことがある。
……このサーヴァント、本当に弱いな!
アサシンの真名を知っているので、戦闘向きではないのは承知の上だ。だが、改めてその弱さに気が滅入る。なにせ対人ではマスターであるカヤに劣るのだ。
『戦闘行為とは……言ったがね……何も本気で殴ることはないだろう!』
およそ英霊とは思えぬ言葉を吐く。付け加えておくならば、カヤは強化魔術で身体能力も底上げしていたので、本気以上とも言える。
ともかくアサシンの傷の回復時間、カヤの魔力の消費量などを体感し、いよいよ街へ出たのが今日だ。
(それで、件の人物はここで待ち合わせかね?)
注文したコーヒーを受け取る。周りを見ると、都合よく二人がけのテーブルが空いた。マナー違反を承知して、空いた席にバッグを置く。
(そうね。ここに潜り込んでいる協力者。言ったとおり、この戦争の根幹はロットフェルト家の跡取り争いよ。今から来る協力者は、そのロットフェルトに縁の深い人物。ロットフェルト家のマスターの情報を提供してくれるはず)
(ほうほう。んん。なるほど)
アサシンが感心するような不思議な返事をする。カヤは昨日までにロットフェルトという一族と、この聖杯戦争に関することはアサシンに教授していた。無論、カヤがロットフェルト家以外のマスターを狩ることが目的であること、聖杯を求めていないことは伏せたままだ。
(手際が良いのだな。教授いただきたいのだが、その縁の深い人物というのはどういう者かね)
(ロットフェルトの使用人よ。それも当主直属のね。子ども達の世話もしているそうよ)
(んん。なかなかの人物だな)
(そうね)
(カヤ)
(何?)
(どうやって寝返らせた?)
アサシンが静かに問う。見えない彼の目がカヤを射抜いている気がした。
(……金銭とかその手の俗っぽいやり方よ。あんまり言いたくないわ)
遠からず、このサーヴァントにはカヤの目的が聖杯にないことは看破されるだろう。その時はどうする。左手の手袋を見る。その下にいる令呪が光った気がした。
(んん。そうか。んん。……失礼した)
幸い、アサシンが追求しなかったため、この話題はこれで終わりになった。
その後、とりとめもない会話、……コーヒーの味を知りたいだの、教会へ行きたいだのをしていると、待ち人が来た。
「待たせたようだ。謝罪しよう」
ロットフェルトの使用人、クリストフが目の前にいた。
カヤがクリストフと直接会うのは要請を受けたとき以来であった。故にこのクリストフという男への印象はそのときから更新されていない。そして今日、約二年の時をおいて見ても印象は変わらなかった。クーナウの家に不幸を届ける遣い。カヤの心臓を握る男の手先。
「本来であれば当家で出迎えるところを、重ねて失礼する。だが、知っての通り特殊な状況だ。ここの方がお互い気を使うまい」
席についたクリストフが流れるように言った。ロットフェルト家のゲストハウスが幾つもあるのは知っているが、そこでの会合は避けたかった。カヤはロットフェルト家のマスターと敵対するつもりはないが、向こうはそうは思っていないかもしれない。向こうの陣地で襲われれば、命はない。
(カヤ。なるべくこの男に情報を渡すな。マスターであることはよい。だが、私を召喚したことは伏せておけ)
傍らで霊体化しているアサシンが言う。クリストフに気取られぬように返事はしない。
「戦争の準備は滞りなく進んでいるかね」
「ええ。先日、ようやく令呪が宿った。サーヴァントの召喚はまだこれからだけれどね」
見えないアサシンが首肯した気がした。カヤはクリストフに問い返す。
「それで、私が狙っちゃいけないマスターは誰になるのかしら」
「その前に」
クリストフは懐から小瓶を取り出した。中身は砂のようなもの。二人を囲むテーブルの中央に瓶の中身を注いだ。砂が山をなす。クリストフが何かを呟くと、魔術が行使された。カヤは一瞬警戒するが、直ぐに害意がないことがわかった。
「これは認識阻害の結界。これで声が外に漏れることはない。何も覗かれる心配も不要だ」
(……性格が悪いわね)
クリストフは自分が喋る段になり、この魔術を発動させたのだ。カヤのときは全く気にする素振りもしなかった。
(それは違う。情報を渡すのにこの程度の配慮は当然だ。不躾に君が口を開いたとき、私は万の紳士ならざる言葉を胸に抱いたよ。必死に制御したがね)
「当家から参加が認められるマスターは現状三名。末弟ロイク様。次女ハンナ様。そして、三男テオ様」
「え、それだけ?他の三人の兄弟はどうしたの?」
クリストフが若干口ごもる。だが、答える。
「長男アーベルト様は私的に雇ったマフィアを使い準備を行っていたようだが、ホテル・マリンハートのエクストラVIPルームでマフィアともども死体が見つかった。長女エルナ様は代理として夫であるリーヌス様が参戦。彼はエルナ様と違い、魔術師だ。数人の弟子を率いてルスハイムに逗留しているのがわかっているが、現在行方不明だ。だが、弟子の一人が錯乱している状態で見つかった。その様子から、襲撃され殺されたのだと思われる」
カヤは背筋に冷たいものを感じた。ルスハイムにつき準備を進めている間。既に他のマスターは戦争を開始していたのだ。心のどこかで、まだ戦争は始まっていないのだと思っていた。誰かもスタートの合図を出していないから。違う。そんなものはないのだ。
「次男ウッツ様はそもそも不参加だ。絶縁しても構わない旨が通達されている。まさか英霊を呼び出す前に三名もリタイアが出るとは。当主もお嘆きだった」
三名のリタイア。クリストフやロットフェルト家の人間からみればそうなるのだろう。カヤにとっては違う。本来、マスターですらない外部の闖入者を排除するのがカヤの受けた要請だ。マスターは 七人であるので、カヤを除く三名がロットフェルト家と縁のない、外部の魔術師となる。カヤは三名のマスターを排除する必要がある。絶望的な数字だ。
(カヤ。他の兄弟の情報を引き出せ。死んだ人間よりも、生きている人間の方だ)
「他の兄弟は?全員がマスターであることは確認したの?」
「……三男テオ様はスイスに入国されていることまでわかっている。だが、マスターかどうかは未だ不明だ。なにせ、ルスハイムにも来られていないからな。次女ハンナ様はサーヴァントを召喚していると思われる。ハンナ様が滞在しているゲストハウスから、ただならぬ魔術の気配が感じられた」
とりあえず二人。口ぶりから兄弟達は几帳面に参戦の意思をロットフェルト家に伝えているわけではないらしい。クリストフはロットフェルト家の持つ独自の情報網で、それなりの詳細を掴んでいるようだった。
(ふむ。まあ、こいつでよいか)
アサシンの不明瞭な独り言に思わず反応してしまう。
(どうしたの、アサシン)
(いや、失礼。それよりも最後の一人の話だ)
促され、クリストフの話に集中する。そうだ、兄弟はまだ一人いた。
「そして末弟ロイク様だが、サーヴァントを召喚されその旨を審判役へ通達された」
(カヤ、審判役とはなんだ?)
「ちょっと待って。審判役ってなに?」
アサシンとカヤが同じ疑問を持つ。
「聖杯戦争の審判役ということだ。聖堂教会から遣わされた者がルスハイムのはずれの教会にいる。戦闘による痕跡の秘匿を担うそうだ」
クリストフが興味もなさげに言った。
「それってどういうこと?魔術師同士の争いに何で聖堂教会が関わってくるの?」
「尤もな疑問だ。だが、私は答えを持たない。なにせ彼らは四ヶ月ほど前に急に現れて、取り仕切ると言い始めただけなのだからな」
そう言うと、クリストフはコーヒーを口に運ぶ。いかにも敵視をしているというか、口にするのも嫌といった風情だ。
「……教会の場所。教えてくれない?」
ならば、自分で情報は集めよう。そう思って案を示す。クリストフはテーブル上のペーパーナフキンに何かを書き始めた。そしてカヤに手渡す。教会の住所だ。脳内でおおよその地理を頭に描く。ここからそう遠くない。
クリストフが立ち上がる。この会はこれでお終いということか。テーブル上を見ると、砂山がいつの間にか指先ほどの大きさに縮んでいた。
「さて、改めて言おう。我が当主クサーヴァー・ロットフェルトは聖杯をロットフェルト家以外のマスターに渡ることを良しとしない。既に混じっているであろう三名の外部のマスターの排除、よろしく頼む」
そう言って背を向けるクリストフ。アサシンが言う。
(カヤ。あの男に宝具を使う。許可を)
宝具。サーヴァントが持つ、生前の武装や逸話に基づく奇跡の具現化。大抵はサーヴァントに放つ強力な攻撃を意味するのだが、アサシンの場合は違う。カヤは既に、アサシンから彼の宝具の詳細を聞いている。
(……いいわ。許可する)
そしてアサシンが実体化する。だが、店内の人間にも背を向けるクリストフにもアサシンは見えない。アサシンというクラスが持つ、気配遮断というスキルの恩恵だ。並の魔術師ではまず、アサシンを認識できない。攻撃時には気が付かれる危険性が増すが、これからアサシンが行うことは彼特有の例外だ。
アサシンの両の掌が、クリストフの頭を包むように広がる。魔力が集中する。宝具が展開され、一瞬の間を置き、閉じた。クリストフは何もなかったように店を出た。アサシンが霊体化する。カヤを除いて、誰もこの行動に気が付かない。
(何も問題はない。さて、教会へ向かいつつ、我が宝具の性能をおさらいしようか)