Fate/immature children 作:waritom
スイスの空の玄関と言える都市、チューリッヒ。そこからルスハイムまで伸びる国道は車がまばらに過ぎていく。その脇に広がる森の中を、男が一人歩いている。痩せた身体に、重たそうなカバンを肩に下げている。テオ・ロットフェルトだ。
森の中でライダーを召喚した矢先、テオは自身が見張られていることに気が付いた。ロットフェルト家の監視は基本的にルスハイムを基点に広がっており、あのような郊外の森へ広がることは考えにくい。ゲルトが自分を見張るためかとも思ったが、そのメリットがわからなかった。故に、テオが出した結論としては、未知のマスターによる監視だ。この聖杯戦争の参加有力者だと、テオは自身について認識している。故に、外来のマスターが使い魔にテオ・ロットフェルトを探すよう命じ、運悪く見つかってしまった、と考えられる。
そして一夜を明かすと、明け方からルスハイムに向けて出発した。
(あのよ。確かに移動したいって言ったのはアタシだぜ?だけど何も歩いていくことはないだろ)
(……金がないんだ)
呆れ果てたように言うライダーに、申し訳なく答える。幾日分のモーテル代とこれから必要となる費用を考えると、節約しなくてはならない。
(なんて不憫なマスターだことよ!飯が食えていないから頭が回っていないときている!金がないならすべきはひとつだろ!?)
ライダーの声が脳内に響く。することは一つ。彼女の出自を思えば、直ぐに答えに行き当たる。
(金がなきゃ奪い取れ!アンタの横を通り過ぎる鉄の塊には人が乗ってるだろ?それからいただけばいいじゃないか!)
(……気乗りしない)
(偽善者め!戦う気がないのか!騎兵が道の横を歩くだなんて屈辱もいいところだ。……おい、そこの停留所に入れ。何、奪いやしない。真っ当な金策という奴をアタシがしてやる)
ライダーの声が一端低くなる。テオは道の先を見ると、ガソリンスタンドが見えた。看板を見ると、食事や買い物ができるようだ。ドライバーの休憩所も兼ねているのだろう。ライダーが何をするのか気になったが、足に疲れが有るのも事実だ。言う通り、入ることにした。
ライダーの急かす声を聞きながら十分ほど歩く。ガソリンスタンドの駐車場に入ると、何台か車が停まっている。
(おい。まだ止まるな。服屋に言ってアタシの服を買ってこい。安物でいい)
(馬鹿言うな。金が無いって言ってるだろ)
(馬鹿はお前だ。これから何日も戦いをするっていうのに、戦場に辿り着く前に肩で息をしてるじゃねえか。今、他のサーヴァントに襲われたら、間違いなく死ぬぞ。アタシが金策をしてやるから、先行投資と思って買って来い)
テオは押し黙る。このサーヴァントの言い分が紛れもなく正論なのだ。今の疲労困憊の状態じゃ、まともに戦うことなどできない。まして路銀がなければ、満足な食事も睡眠も敵わないだろう。ここで金策ができなければ、戦いどころではないのだ。
結局、ライダーに安物の服を買い与え、実体化させた。安物のジーパンにシャツ。ジャンパーはテオの予備を貸した。二人は駐車場に立っている。
「やっぱり肉体ってのはいいもんだ。生きてる実感が湧くぜ」
「……それはいいけど、その服だってただじゃないんだ。稼ぐ当てがあるのかよ」
テオが当てつけるように言うと、ライダーは何でもないかのように答える。
「ああ、そうだった。まあ見てなって。さっきここに置いてあった鉄の固まりから、金の匂い、というか現代っぽくない気配がしたんだよな」
言うな否や、ライダーは駐車場に停まっている車を一つ一つ眺め始めた。そして、ある車の前で立ち止まる。白い小さめのバン。テオには何も変わった雰囲気が感じられない。
「あった。これよ、これ」
「指で窓を叩くな。中に人がいるかもしれないだろ。……何でこれに惹かれたんだよ」
ライダーが困惑した雰囲気になった。まさかとは思うが、勘ではないだろうな。
「昔の売っぱらったお宝に似た雰囲気があるんだよな。多分だけど、アタシが生きた時代に近い品とか、それだけの神秘が詰まったものがこの中にあるぜ。直感だけど。運転手に頼めば分けてくれるって」
「本当か、それ」
「本当だとも。アタシのスキル、見えているんだろ」
マスターはサーヴァントを見ることで、基本的なステータスと所有するスキルを知ることができる。ライダーの持つスキル・麗しの美貌。周囲の人間を引きつける魅力、カリスマ性。確かにライダーには相応しい能力だろう。そして彼女の逸話を思えば、頼むだけで持ち主が譲るというのも有り得ない話ではない。
「生前は飽きるほど婚約話が湧いてきたからな。中には結構な金持ちもいた。それがこういう形で昇華されたんだろ」
ライダーを改めて見る。白い肌に大きな青い瞳。長身も相まって現代でも十分すぎる美人だ。実際、人の少ないこの駐車場でも男からの視線を感じる。
その中に一際異質な、敵意の混じった視線を感じた。よく見ると、二人の大柄な男がこちらに向かって駆けてきている。
「うわ、こっち来てるぜ。これの持ち主か?めんどくせえ。テオがぼさっとしてるから」
「お前が車を乱暴に扱うからだ。どうするつもりなんだよ」
「下がってな」
テオはライダーの言葉に従い、車から離れる。ライダーの方を見ると、男とは口論になっているようだ。いきなり暴れたりしなくてよかった、と安心とする。
変化は男達から現れた。一人がライダーの肩に手を置き耳元で何かを囁いた。先程と変わり、懐柔するような雰囲気。嫌な予感がした。そして的中する。
ライダーが囁いた男の顎を殴り抜く。あまりに素早い動き。注視していたテオでさえ、一瞬何をしたのかわからなかった。
男の身体が崩れる。見ていたもうひとりが抱きかかえ、ライダーの元を去っていった。
(もういいぜ。戻ってきなよ。テオ)
言われるままにライダーの元を戻る。
「何をしたんだよ」
「いいや、なにも。下世話な交渉を吹き掛けた代償として、ちょっと小突いただけだ。不愉快を買ったが、収穫はあったぜ」
ライダーは満面の笑みで、テオに何かを手渡した。鍵だ。眼の前の車のキーだとわかった。いつのまにか盗んでいたのか。
「いい仕事したぜ」
そして平然と運転席に乗り込むライダー。唖然としながらも、テオは続いて後部座席に座った。助手席には荷物が置いてあるのが見えたからだ。
「お前、生きてたときもこんなんなのかよ」
「いいや。無礼者には無礼に接し、礼儀を知るものには礼節を持って接する。それだけのことよ。ところでマスター」
ライダーが振り返った。困惑しているようだ。
「これ、一体何だと思う?」
ライダーが助手席を指差す。テオが先程荷物だと思ったもの。頭から毛布を掛けられ、眠っている女性だった。