Fate/immature children 作:waritom
クリストフから渡された住所へは時間を要せずについた。出迎えた神父はヘルマンと名乗った。見たところ二十代後半。神父らしく朗らかな笑みを浮かべていた。
警戒しながらも、案内された応接室へ行く。ヘルマンはカヤにコーヒーを出した。今日はもう二杯目だな、と場違いなことを考えた。
「クリストフさんから聞いているよ。ロットフェルト家じゃないけど、公認のマスターがいるって。君のことだろ?」
「え、あ、はい。そうです。カヤ・クーナウです」
……普通だ。普通の常識人だ。
(カヤ。私はしばらく黙る。旧派とは話をしたくない)
常識的な反応を見せるヘルマンに対して、アサシンは何故か不機嫌気味だ。もっとも霊体化しているので、ヘルマンには伝わらない。
「聖杯戦争ではこの教会は中立地点となる。何者も攻撃してはいけない。なにせ審判役だからね。審判を攻撃するスポーツなんてありはしないだろ?」
「はあ」
カヤはアサシンやクリストフの話から、この聖杯戦争はスポーツなどとは縁遠い存在だと認識している。ヘルマンの考えは甘く聞こえるのだが、神父ゆえの心がけによるものだろうか。疑問に思ったが、口には出さない。
「やることは概ね二つ。一つは秘密の保全。魔術師同士の抗争はともかく、サーヴァント同士の戦いは兵器の打ち合いみたいなものだ。戦闘の跡とか事後処理しないといけない。記憶の改竄とかも……。だからといって、マスターの人には無茶苦茶はしないで欲しいかな。逸脱が過ぎると、それなりに対処しなくてはいけない」
どうやら、このヘルマンは聖杯戦争に対して一定の権限を持っているようだ。サーヴァントを持つマスター相手にどうやって対処をするのだろうか。
「ああ、簡単だよ。僕ら審判役は報奨を与える権利があるんだ。ほら」
そういってヘルマンは右の腕を見せる。神父服を捲り上げると、魔術による刻印がある。
「これは過去の戦争のあまり分の令呪。使い切らずに脱落していったマスターの令呪は教会が保全している。僕が持つのは二画だけどね。……この報奨をもって、ルールを逸脱したマスターを狩るように他のマスターに要請することができる。あまりしたくはないが、覚えておいて欲しい」
「破ってはいけないのは、神秘の秘匿、だけですか」
「とりあえずはね。でも、約束するわけではない」
そういってヘルマンは自分のコーヒーを飲む。カヤは考える。これは大きな要素ではないか。この神父をコントロールすれば、マスター同士のパワーバランスを崩すことができる。ロットフェルト家のマスターに、カヤのターゲット、つまり外部のマスターを狩るように誘導できる。
「ああ、それともう一つ。こちらのが、君たちには重要かな。怒らないで聞いて欲しい。もしサーヴァントを失って敗退した場合、この教会はマスターの身柄を保護する」
教会らしい機能だと思う。サーヴァントを失ったマスターは力こそないが、危険な存在だ。
「マスターは令呪さえ残っていれば、サーヴァントと再契約が可能だ。マスターをなくしたサーヴァントが入れば、再度契約し戦争に戻ることができる。マスターはそれがわかっているから、サーヴァントのいないマスターを積極的に狩るだろう」
そう言ってヘルマンは溜め息を付いた。
「でもね。ただの魔術師と英霊たるサーヴァントの力の差を知っていれば、それが如何に危険か予想できるだろう。さらに言えば、野良のサーヴァントなんてそうそう発生しない。サーヴァントはマスターがいないと魔力供給が途絶えて、消滅するからね。サーヴァントを失ったマスターはまさに迷える子羊だ。故に保護する」
「なるほど。理解しました」
カヤの言葉をヘルマンがじっと聞いていた。何か失礼を言ったかと思い、カヤは少し焦る。
「いや、良かった。前に他のマスターに同じ説明をしたら怒られてね。『僕が負けるはずがあるか!義理によって顔を出したが二度と来るか』みたいな感じ」
クリストフの説明と合わせれば、他のマスターというのはロイク・ロットフェルトのことだろう。
……なるほど、そういう性格か。
なにか質問はあるだろうか、とヘルマンが聞く。カヤはアサシンに念話を送るが、返事がない。どうやら教会を出ているらしい。
「大丈夫かな。困ったことがあればなんでも聞いて欲しい。他のマスターにも説明したいのだけど、ここの存在はあまり周知されていないみたいだ。……ともあれ、奮闘を祈るよ。カヤ・クーナウ」
そして差し出された手をカヤは握り返した。握手。そんな爽やかな振る舞いをこの戦争ですることになるとは思わなかった。
カヤ・クーナウは教会を出て、隠れ家までの道を歩く。途中アサシンへいなくなった理由を問い詰めるが、
(旧派は好かん)
この一言であった。埒が明かないので、カヤは追求するのをやめた。
(さて、ふむ。説明してもらいたいことと、私から説明しなくてはいけないことがあるな。マスター)
霊体化したアサシンは念話で話し始めた。カヤは応じる。コーヒーショップでのことだろう。
(可能なら、あなたの宝具から教えてもらいたいものね)
アサシンを召喚した後、アサシンの持つ宝具については予め説明を受けていた。
対象者の見聞きしたことを監視できる宝具。そして、対象者はその事実を看破することができない。
(魔力次第だが、あと四,五人は問題ないだろうな。ふむ。クリストフはまっすぐ屋敷に帰っているようだ)
アサシンはこともなげに言う。
カヤも含め魔術師は使い魔を利用し、監視や簡単な作業を行われることは多い。特にこの聖杯戦争では、監視として使われることが多い。だが、せいぜい屋外から主要な地点を見張る程度だ。その人物の見聞きしたもの全てを取得できる使い魔はカヤの知る限り存在しない。
(本来は対象の同意を得て行うものだが……ふむ。んん。まあ、いいだろう)
(なんて名前だっけ)
(やめたほうがよい。真名につながる情報は例え念話であっても控えるべきだ。んん。キャスターのサーヴァント並の感知を察せられるのなら、別だがね)
(……やめておくわ)
アサシンはカヤの隠れ家で宝具や真名について説明をしたが、万事、この調子を崩さなかった。一度しか言わない。外では絶対に口に出さない。頭に思い描くことも控えるべき。
(英霊にとって真名は生前の存在を示すもの。故に生前の逸話から弱点も明らかにしてしまう)
アサシンの場合は、戦闘能力が皆無であるという点だ。彼の人生。英霊と呼ばれるまでの功績をたどれば、容易に納得できる。
(故にカヤ。弱小の英霊と若輩のマスターのコンビではこの聖杯戦争いささか以上に厳しい。このまま情報を集め、それを利用して他のマスターと同盟を組むことを提案する)
アサシンの言葉に反抗心が湧いたが、押し留めた。ロットフェルト家に比べればクーナウ家は若輩といえる。さらに、マフィアや魔術師の集団を相手取れる存在に対して、見栄を張っても意味がない。
(まだ情報が出揃っていないがね。ロイク・ロットフェルトはやめたほうがいいだろう)
(なぜわかるの。クリストフの話しからでは、ロイクは英霊を召喚しただけでしょう)
アサシンが、ふむ、と口癖を呟く。そして話し始めた。
(まず、ロイクだが、んん、十中八九、長男アーベルトを殺害している)
(兄弟で殺害?こんな序盤から?)
カヤにとっては兄弟は親愛の対象だ。可能な限り戦闘は後回しにしたい心情が自然だと思っていた。
(何を甘っちょろいことを。んん。魔術師なのかね?本当に君は。マスター候補がいるのならば、サーヴァントを呼び出す前に叩くのが効率がいい。サーヴァントがいれば、マフィア……傭兵のようなものか。こいつらも問題にならないだろう)
そうか、効率。魔術師としての思考回路を忘れていた。効率を求めるのなら、兄弟から真っ先に殺し合うべきなのだ。
(でも、なぜロイクだと?たしかあと二人の子どもが、ロットフェルト家のマスターなのでしょう)
(ハンナとテオだ。名前くらい覚え給え。クリストフの言を信じるならば、テオは未だにルスハイムに入っていない。アーベルトは殺せないだろうな。ハンナはサーヴァントを召喚したと思われる、と言っていたな。彼女に大きな動きがあれば、それこそルスハイムの市街へ出るような、このような言い方はしないだろう。クリストフから見て、ハンナのマスターらしき様子は召喚の余波程度と言える。……意図して黙っていることがあるかもしれないがね。故にハンナは彼女の居城からほぼ出入りしていないと思われる。ロイクが容疑者筆頭だ)
(ロットフェルト以外のマスターにやられたとか、仲間割れとかは?)
(可能性がゼロとは言えない。だが、その場合はクリストフの言い回しが気になる。死因が不明のリーヌスに対しては『襲撃されたと思われる』。アーベルトに対しては『死体が見つかった』。……クリストフはアーベルトを殺したのが誰だか知っているのだろう。そうでなければ、『何者かに殺された』ような言い方をするはずだ。だが、『死体が見つかった』と言った。アーベルトの死に疑問点はない)
カヤはアサシンの洞察に驚いていた。たったあれだけの情報を既に分析していた。自分が呼び出した存在が改めて規格外なのだと認識する。
(そして思い出せるのが、テオについてだ。『スイスに入国したことまではわかっている』だったな。つまり、クリストフは空港などの拠点は監視できているのだ。ルスハイムのホテルも同様だろう。つまり、アーベルトを襲撃した者はクリストフの監視の目に掛かっている。状況からみれば、ロイク・ロットフェルトしかいない)
ロイク・ロットフェルト。クリストフからの情報では正当な魔術師であり、この戦争が始まるまでは後継者は彼だと思われていた。ならば、この戦争自体が不本意だろう。短絡的な、いや効率的な手段に訴えるのも理解できる気がした。
(ロイク自身の性格か、サーヴァントの気性かは不明だ。だが、好戦的な相手というのは交渉が難しい。彼らについては情報を収集するに留めたほうがいい)
(そうね。そのとおり。他のマスターも含めて情報を集めましょう)
(全く同意だ、マスター。ところで、こちらからの疑問を解消してもらっていいかね)
アサシンが間を置く。聖杯戦争そのものはカヤとアサシンが協力して取り組むものだ。だが、アサシンとカヤの最終目標は違う。アサシンにそれを気取られぬようにしないと。
(んん。あのクリストフという男。買収したのではないな。むしろ、カヤ。君が買収されているかのような雰囲気だったが)
予想通りの質問。隠れ家では煙に巻いたが、無理があったか。先のアサシンの推理を見るに、下手に隠し立てしないほうが良いと思われた。可能な限り正直に話し、最後の一線だけ、自分の思いだけを偽る。
(そうよ。隠れ家ではいい加減なことを言ったけど、本当はあのクリストフという男、いやロットフェルト家の当主クサーヴァーに要請されて参加しているわ。悲しいことにね、昔の契約で言うことを聞かないと私、死んじゃうのよ)
(ほう、ふむ。それは初耳だ。それで、その契約とは?)
(単純よ。ロットフェルト家の言うことを一つ聞くこと。今回は聖杯戦争に参加して、ロットフェルト家のマスター以外を退去させること。だから、ロットフェルト家以外のマスターを優先的に対処したいと思ってる。言ってなかったけどね)
ここまでは事実。カヤは淀みなく続ける。悟られぬように。
(でもね、それで終わるつもりはないわ。私も魔術師の端くれ。聖杯にかける願望はないけど、聖杯のもつ膨大な魔力には興味がある。若輩のクーナウ家が躍進するには、これ以上ない起爆剤になる)
(ふむ。んん。ふむ。……つまり、お家のために聖杯を望むと)
カヤは思う。この聖杯戦争に参加したのは偽りなく、クーナウの家のためだ。要請を反故にすれば、カヤは死ぬ。それはきっかけだ。関係が悪化した魔術師同士は争いになるだろう。クーナウ家は滅ぶ。
(そうよ。そのとおり)
(納得した。ふむ。魔術師らしいな。その選択、ゆめ後悔するなよ)
アサシンの忠言に冷たいものを感じた。
そしてしばらくすると、隠れ家が見える。クリストフを含め、使い魔による監視の夜が始まる。