Fate/immature children 作:waritom
「……なんという」
カヤ・クーナウは隠れ家たる小屋で独り呟いた。彼女の視界には、使い魔である梟が見ているものが写っている。その梟は今、ルスハイムの郊外に位置する廃墟後にいた。既に日が落ちてから時間が経っており、辺りは暗い。だが、カヤの使い魔はその一部始終を見ていた。
「ほほう。んん。ふむ。これは中々。英霊同士の戦いというのは凄まじいな」
カヤの傍ら、ソファに座る陰険な雰囲気の男が言う。カヤのサーヴァントであるアサシンだ。今はカヤの魔術によってカヤと同じものを見ている。
「セイバーとライダーの戦いね。見たところ、セイバーが撤退してライダーが勝ったって感じ」
結果だけを言えばシンプルなものだ。だが、その過程が現実離れしている。
何度切りつけても、全身を叩き潰されても意に介さない不死に近い堅牢さ。地を割り進む巨大な船。
「冗談じゃないわよ……どうやってあんなのと戦うのよ」
カヤは頭痛に喘ぐように頭を抱えた。カヤのサーヴァントであるアサシンも彼らと同じく英霊だ。だが、その性能は戦闘という観点で大きく見劣る。理解はしていたが、その圧倒的な差をまざまざと見せつけられた。
「ふむ。収穫はあったな。この位置に使い魔を置いたのは僥倖だ。良い働きだったぞ。マスター」
カヤの苦労など知ることもなく、アサシンが言う。主従が逆転したような物言いだが、カヤは何も言わなかった。余裕がない。
「で、あんたさ。あいつらに勝てそうなの?」
代わりに、カヤはアサシンに問うた。
「直接の戦闘でかね?何を愚かな質問をするのだね。無論、不可能だ。勝つどころか、敵とすら認識されないだろう。言っておくがね、私よりそこら辺で餌を探している野良犬の方が余程強いからな」
アサシンが自慢にもならないことを堂々と言い切る。彼の性能は諜報という一点に特化している。戦闘能力を期待してもいないが、ここまで頼りにならないと悲しくなる。
「悲観するのは止めておきたまえ。状況は変わらない。我々のすべきはこの戦闘で得た情報をまとめ、次に利用することだ」
アサシンの言葉に、カヤは気持ちを切り替え始める。腹立たしいが、この黒装束の小男のいうことは正論だ。
先程まで見ていた戦闘を思い出す。まずは登場人物からまとめよう。
「戦闘はセイバーとライダーの二騎。セイバーのマスターは不明。ライダーのマスターはテオ・ロットフェルト」
テオ・ロットフェルト。魔術師の才がありながらロットフェルト家を飛び出し、聖杯戦争に戻ってきたマスター。やはり参加するか。
「んん。そうだな。これで我々から見て、ロイク、ハンナ、テオという三人がマスターだと判明したわけだ。だが、まだまだ不足だな。カヤを除けば不明なマスターが後三人いるわけだからな」
戦闘に参加していたセイバーのマスターも不明だ。セイバーは最後にライダーに何か話しているように見えたが、それ以外はほぼ無言であった。セイバーのマスターがロットフェルト家のマスターかどうかも含めて、情報はない。
「セイバー側の情報は外見と性能だな。全身を覆う渦のような紋様。そして馬鹿げた耐久性。斧のような長剣。カヤ、どう思う」
マスターではなく、サーヴァントそのものの情報。外見的な特徴や性能からその真名を予想する。
「……ごめんなさい。思い浮かばないわ」
「厄介なのはあの渦のような紋様だな。思うに、あれはサーヴァントの能力ではなく、マスターの魔術ではないかと思う。どうだ?」
カヤは改めてセイバーの風貌を思い出す。全身を覆う渦のような紋様。うねるように動くそれは確かに魔術によるもののような気がする。
「仮に魔術によるものだとしよう。この場合、何が言えるか。んん。わかるかね」
アサシンは講師のように言う。素直にカヤは考える。何故、自身のサーヴァントの見た目を隠すのか。
「……見た目に特徴があるから?」
「冴えているではないか。私の考えと同じだ」
珍しくアサシンが褒める。そしてカヤの曖昧な考えを補強するように続ける。
「サーヴァントが何故真名を隠すか。それは言うまでもなく、そこに不都合があるからだ。
仮に、セイバーがニーベルンゲンの歌に謳われる大英雄ジークフリートだとしよう。かの大英雄は悪竜ファブニールを打倒し、その血を浴びることで不死身の肉体を手に入れた。その折、背中に菩提樹の葉が一枚張り付いていた。そのため、その菩提樹の葉一枚分、かの英雄は不死身とは言えない。ジークフリートが敵として現れたとわかったなら、我々は如何に彼の背中を撃ち抜くかを考えれば良い。不死身の肉体と相対する豪傑も、悪竜を越える怪物も必要など無いのだ。背を射抜く一瞬の隙があればよい。彼の伝承が教えてくれるようにな。……端的に言えば、これが真名が晒されることの危険だ。
大剣を扱い、そして不死身の肉体を持つ。我々が目撃したセイバーと特徴が一致していなくもない」
「でも、あのセイバーがジークフリートだとは思えないわ」
カヤがアサシンに言う。
セイバーの轢き潰された肉体を思い出す。絶命して然るべき傷を負い、それでも平然と立ち上がった剣士。あの醜悪さとジークフリートという大英雄がどうしても結びつかないのだ。
「今のはただの例だとも。んん。私もセイバーがジークフリートとは思わん。
ジークフリートの不死身の肉体は傷付けることができないという意味での不死身さだ。対して、セイバーは少々趣が違う。如何に傷を負っても、それを無視して活動できる不死身さだ。……得てしてこの手の能力というのは、突くべき点があるはずなのだ。菩提樹の葉の跡ような、ね」
そうか。セイバーには極端な弱点が存在する。だから、セイバーのマスターは全身を覆うような魔術を施した。外見的な特徴から、致命的な弱点が発露することを恐れて。
「んん。セイバーに関してはマスターの情報を含めて、調査をすべきだ。真名と弱点が顕になるまで、どういった形でも戦闘を避ける。……仮にセイバーのマスターがロットフェルト家以外のものだったら、非常に面倒なことになるのだろう?」
カヤとアサシンの当面の目標はロットフェルト家以外のマスターの排除だ。セイバーのマスターがロットフェルト家以外のマスターである場合、カヤがセイバーを排除する必要がある。
……まあ、無理よね。
戦闘能力が皆無のアサシンでは余程の弱点がない限り、セイバーに近寄ることすら不可能だろう。
「アサシンでは、弱点がわかっても排除はできないよね」
「言うに及ばず」
「格好をつけるな」
アサシンではどうあってもセイバーに敵わない。なら、カヤたちの取るべき手段は。
「弱点を暴き出して、他のサーヴァントに潰させる」
「ふむ。そうだろうな。そのためにはいずれかのマスターと手を組む必要がある。……カヤ。ライダーのマスターはどうだろうか」
ライダーのマスター。テオ・ロットフェルト。一度家を出て、そして戻ってきたマスター。
「私はね、んん。彼の行動が不思議なのだよ。テオ・ロットフェルト。戻ってきたのはよい。勢いで旧態然として家を飛び出し、当主の座をちらつかされて恥知らずにも戻ってきた。カヤの中でのテオという人間像はこんなところだろう」
「そこまで辛辣はことは思ってない。でも、まあ、概ねは当たってる」
「クリストフの言を思い出せ。カヤ、君がクリストフと合った時点でテオはまだルスハイムにいなかった。だが、この国には居たのだろう?チューリッヒの空港からここまでは半日あれば十分着く。だというのに、何故テオはルスハイムにいなかった?彼は一度家を出たとはいえロットフェルトの子ども。いわばこの聖杯戦争の正当な参加者だ。クリストフもそれは認めるところだろう。堂々とこの地に入れば良い。長男アーベルトやエルナの夫のリーヌスのように」
アサシンの言動にカヤは考える。テオという存在に今までそれほど気にかけてはいなかった。アサシンの言うように、不自然さを感じる。その不自然さを、カヤは自分の言葉で現す。
「……後ろめたい?」
「ふむ。んん。近い。私もそう思う。テオ・ロットフェルトは可能な限り他の家族に自分の参加を気取られたくなかったのだと思う。だから、隠れて行動をしている。では何故家族に自分の行動を知られたくなかった?……現状ではこれ以上のことはわからない。だが、彼には何か事情がある。んん。ふむ。家を出たことと関係があるのかもな」
テオがもしカヤと同じように、聖杯以外の目的が有るのであれば、彼に利する情報を渡すことで協力関係を結べるかもしれない。特にロットフェルト家とこじれているのであれば、カヤたちは大きなアドバンテージがある。アサシンはロットフェルト家の使用人クリストフの見聞きしたものを盗み見る事ができる。そう思えば、テオ・ロットフェルトとは話をする価値があるように思えた。
そこではたと思い出す。もう一人、テオのサーヴァントである女性のことだ。
「ライダーのサーヴァント、宝具を使っていたわね」
「ふむ。あの黒い船体に真っ赤な帆。そして貴族的な麗しさを備えた顔立ち。真名は明らかだな」
そう言って、アサシンがカヤを見る。わかるかね?と問うているのだ。
「……悪かったわね。思い当たらないわよ」
「おやおや、不出来な生徒をいじめてしまったようだ。すまないね、恥をかかせた」
「……本当に性格悪い」
アサシンがカヤの小言を受け流す。そしてライダーの真名を言う。
「ジャンヌ・ド・ベルヴィル。英仏百年戦争の折に活躍した女海賊だ。フランス人でありながら、夫を無実の罪でフランス王に処刑され、その復讐として海賊となりフランス王に逆らった女性だ。女ではあるが、男に混じって剣を振るい、その残忍さは類を見なかったらしい。
早い段階で真名を晒したのは彼女の史実を見ても取り立てて弱点がないからだろうな。キャスター辺りが見たらまた違った感想があるのかもしれないが」
「不出来な生徒に教えて欲しいのだけれど、そのジャンヌ・ド・ベルヴィルって他人と手を組むような性格?」
「彼女も戦争の中で生きてきた者だ。情報は欲しかろう」
アサシンが答えた。どことなく親愛のような雰囲気があったのは気のせいだろうか。
「まさか、貴方、魅了なんてされていないでしょうね」
「それこそまさか、だ。私の言に親しさが籠もっていたのは、どことなく知り合いに似ている気がしたからだ。……それはともかく、どうだろうか。テオ、ライダー組との同盟は?」
そしてカヤが答える。現状、カヤの知るマスターの中では理性的な気がする。最上の選択ではないかもしれないが、今は迅速に協力体勢を築きたい。
「いいわ。やってみましょう」
使い魔の眼にはまだ、テオ・ロットフェルトが廃墟にいるのが見えている。カヤは急ぎ、戦場跡に向かった。