Fate/immature children 作:waritom
祈りは届かないと思っていた。自分は幸運というものから見放された存在だと思っていた。そんな宮葉環の自己認識は存外、そうでもないと改められた。
崖から飛び降りた車。地面に叩きつけられる直前。祈ることしかできないの環は、青年に助けられたからだ。狩人のような風貌で顔はフード隠されている。それでも、環を抱きかかえる腕からこの青年が善良な存在であるというのが伝わってくるようだった。
環を助けた青年はアーチャーと名乗った。
環とアーチャーは暗闇の中、ルスハイムの市街地へ辿り着き、宿に泊まった。
「つ、疲れた」
環はつい、アーチャーへの疑問や飛び去ったテオ達の疑問も捨て置き、感想を言った。
「ごめんね。もっと早い段階で召喚してくれてれば、こんな危機には巻き込まなかったんだけど」
青年が心底すまないという風に謝る。謝罪よりも、青年の言葉に気になることがあった。環はおずおずとそれを聞く。
「あの、召喚って。あなたは、その、どういう人なんですか?」
その環の様子を見て、青年が目に見えて困惑した。
「ああ、そうか。だからあんな状況になっていたんだ。お嬢さんは正規のマスターではないんだね」
今度は環が青年の言葉に困惑する番だった。正規のマスター。身に覚えがない。
「そうだね。順番に説明していこう。お嬢さん、君は聖杯戦争という魔術師同士の殺し合いに巻き込まれた」
そこで青年が説明した内容は、疲労に鈍麻しかけた脳に冷水を浴びせかけるようだった。
七人の魔術師と、七騎の英霊たるサーヴァント。
万能の願望機たる聖杯。
マスターの証たる左手の令呪。
そして何より既に、殺し合いは始まっていること。
「……やっぱり幸運から見放されているじゃないですかあ」
青年が話を終えると、環はついにベッドに突っ伏して泣き始めた。今までも危険な目にはあったことがある。とある遺跡では魔獣に襲われ、わけのわからない呪いで死にかけたこともある。だが、今回のこれは飛び切りすぎる。
環は森の様子を思い出す。テオという青年と、ライダーと名乗った女性。きっと彼らが聖杯戦争の正規のマスターだったのだ。
環は既に身をもって知っている。英霊同士の戦いというのがどのようなスケールで行われているのか。
「でっかい船とか出てきたじゃないですかあ」
彼らの纏う魔力が尋常ではなく、その戦いも想像を超えている。
「大丈夫。船くらいなら僕が壊せるから!」
傍らの青年、アーチャーが朗らかに言った。
環は知っている。如何にアーチャーが戦闘に優れていても、巻き込まれる環はろくな目に合わない。
環の心情を察したのか、アーチャーが話題を変えた。
「お嬢さん。それでどうするんだい?僕としては聖杯戦争を一緒に戦い抜いて欲しいのだけれど、これは強制できない。……君には強く叶えたい願いってない?聖杯は万能の願望機。望めば何でも叶えるさ」
この話題がアーチャーの一番気にしている点だろう。アーチャーの話が真実であれば、この聖杯戦争はマスターが主体でありサーヴァント側はあくまで使われる側だ。マスターに戦う気がなければ、サーヴァントが苦戦を強いられるのは想像に難くない。
「ないです。私は、平凡で小じんまりとした多少危険な生活を維持できればそれで……」
そして環が思い至った。いや、自分の望みは危険な今の生活か。宮葉の家で自分のできることを見出し、それなりに誇りをもって仕事をしているが、危険は望んでいない。
かといって、環が聖杯に不死身の身体を願ったらどうなるか。きっと環は以前とは異なる存在になるだろう。
(変身願望はないんですよね。私は私のままでいい)
であれば。自分が変わらず、危険を排除する安全機構。環は目の前に立つ青年を見る。
「私はあなたを望みます。アーチャー、私の稼業を手伝ってください。……このくらいしか望みがないです。聖杯なんて大仰なもの、私はいりません」
環がはっきりと言い切った。それを聞くアーチャーが困惑したような、戸惑いを見せた。そして言う。
「……愛の告白?」
「違います!」
思わず冗談めいた雰囲気に飲まれそうになる。アーチャーの持つ空気感はどうも緊張感を失わせるようだ。環がなんとか正気を保っていられるのも彼のおかげだろう。いつもなら現実逃避に折り紙で菖蒲の花でも折り始めるところだ。菖蒲の花は綺麗だ。どんな魔術師の大事に抱える聖遺物よりもずっと美しい。
(でも、あの盃は綺麗だったな。金色で……。あっ)
「ロットフェルトさんへのお届け物!」
バンの後ろに積んでいた荷物。今日、既に零時を回っているので昨日までに届けなくてはいけなかった。
「アーチャー。荷物とか持ってきてない?」
「……残念だけど、君以外は持って出る余裕がなかったな。君の鞄はいっしょに持ち出したけど」
環の鞄には護身用のお守りなりが入っているくらいだ。当たり前だが、貴重な聖遺物をこんなところに放り込むわけがない。
つまり、荷物は依然崖下にある。もしかしたら壊れているかもしれない。
環が再び頭を抱えてベッドに突っ伏す。
「だ、大丈夫だって。きっとあそこに居た人が届けてくれるって」
「……そんなまさか」
環は起き上がりアーチャーを見る。アーチャーが苦笑いしている。
だが、案外あり得るのではないか。そもそもあの森はロットフェルト家の敷地内だ。なぜあそこであれだけの戦闘になったのかはよくわからないが、あんな事故があれば家の人が来るだろう。そうすれば崖下の車から荷物を回収してくれるかもしれない。
(いや、きっとそうだ。そうに違いない。……そういうことにしておくんだ、私)
あの崖下にまた行くなんて考えたくない。アーチャーがいたとしても、危険は望んでいない。
「取りに行ったとしても、あそこはもういけないだろうね。あの一体は高度な結界で包まれていた。出るには簡単だけど、辿り着けないような類。……そもそもなんだけど、人の敷地であれだけ暴れたら、もう敵視されちゃってると思うよ」
アーチャーがあの戦場について分析した。言われてみれば当然か。ロットフェルト家の敷地に現れた黒い鎧の男。あれはロットフェルト家の人間だろう。それがあれだけの攻撃を仕掛けてきたのだから、環はロットフェルト家の敵と見なされている。近づくなんてとんでもない話だ。
「……最悪。うちの評判下がっちゃう」
もともと墓荒らしだなんだと評判は下がりようがないのだが、そこは心情だ。迷惑を被ったのは向こうなのだが、それでも納得できない気持ちがある。
(……嫌われるなら徹底的に、か)
昔、環の父に言われた言葉だ。魔術師は偏屈で理解できない理屈で動く。そのため、一度敵視されると復権は不可能だ。悪しき場合は宮葉の稼業の邪魔をすることもしばしばある。
こうなったら、こちらも敵対すればいい。損害がでたまま泣き寝入りなど、商売人の発想ではない。
そして環は決める。この戦争から離脱することも、積極的に参戦することも望んでは居ない。だが、環の商売を邪魔した分は補填させてもらう。
環は鞄から一冊の手帳を取り出す。確かあったはずだ。環のこの手帳には呪具祭具の持ち主を独自のルートで調べた結果が乗っている。これだけで、環はかなりの数の魔術師の機密情報を有していることになる。ここ半年前に呪具祭具の競売の落札者名にロットフェルトの名があったはず。環も珍しさで気になっていた品だ。見つける。クサーヴァー・ロットフェルト。確か、ロットフェルト家の当主だ。
「アーチャー。聖杯をとるかどうかはあなた次第にします」
「どういうこと?」
「私は聖杯はいらない。それよりも、クサーヴァー・ロットフェルトの持つ聖遺物が欲しい。これを手に入れたら、聖杯を取るために戦ってもいいです」
環の言葉を聞いたアーチャーが笑みを浮かべる。先程までの朗らかさとは違う、困難を楽しむ挑戦者の顔。
「僕を試すか。いいとも、いいとも。望む者を手に入れよう」
そしてアーチャーが手を差し出した。握手。環が握り返す。そして気が付いた。まだ、環はこの青年に名乗っていなかったのだ。
「宮葉環です。よろしく、アーチャー」
「名前が聞けて嬉しいよ、環。僕はアーチャーだ。本当の名前は機会が巡れば教えよう。
直ぐに望みの物を手に入れて、聖杯戦争へ繰り出すことを約束しよう。我が身は君を守る盾。我が弾丸は君の敵を射つ」