Fate/immature children 作:waritom
紆余曲折あれどアーチャーと契約をした翌日。環とアーチャーは郵便局に居た。時刻は既に夕暮れ。窓口の女性はいかにも面倒という雰囲気で応対していた。
昨夜の契約後、アーチャーと今後の方針について相談した。だが、環の知っている情報はテオから簡単に聞いた情報のみだ。そこで、地道な手段に訴えることにした。
『ロットフェルトの屋敷につながる道があるのであれば、聞いてみればいい』
環の至極単純な方法がうまくいくとは自分でも思っていない。だが、手がかりが何もない以上、やってみるしかない。
だが、結果は散々であった。そもそも個人情報だから教えられないという職員の言葉に、環は二の句が告げなかった。
そこで思い出す。確か鞄にはあれがあったはず。緊急時であってもしまいこんだ記憶がある。
(何を探しているの?)
霊体化したアーチャーが尋ねる。今は環の傍らで見守っているはずだ。彼は環が昨夜寝込んだ後も寝ずの番をしていたようだ。
状況を思えば、環はこの青年さえ信用するべきではないのかもしれない。だが、どこか人懐っこい彼の表情を見ると、悪人ではないような気がするのだ。
(ロットフェルト家に届け物をするとき、通行手形っていうのが渡されてたみたいなんです。……あった)
鞄の底から、クリストフの名刺を取り出す。まだ昨夜のように名刺上の文字は矢印を形作っている。指す方角は西。通行手形はまだ生きている。
(環、ついてるね)
(不安がありますが……。行きます)
そしてアーチャーを伴い、郵便局を出る。比較的人通りのある市街に位置しているが、既に日が暮れかけている。風が強く、寒さが染みる。宿に帰りたい気持ちを押し殺して、西へ歩き出した。
(環は魔術師なの?)
歩き出して十分ほど経った。霊体化したアーチャーが時間を持て余したのか、環に質問をした。
(私は魔術師ではないです。私の家は魔術師というわけではないですし。ただ、稼業として呪具祭具を作っているので、魔術は知っていますし、使うこともできます)
(魔術を知ってるし、使えるのに、魔術師ではないの?)
アーチャーの疑問は尤もだ。環が身を置く世界では常識ではあるが、傍から見れば不思議だろう。
(魔術師というのは、そもそも一つの目的を持っているんです。『根源』と呼ばれる全ての原因が詰まった場所への到達です。そのために魔術師は何代も掛けて研究と研鑽を続けます。一方で私達みたいな魔術を使い、関わるけれど『根源』に興味のない者は魔術使いと呼ばれます。……残念ですけど、魔術師からみたら魔術使いというのは癇に障るようです)
環はそれ以上説明はしない。魔術使いというのは多くの場合、魔術師の世界から落第を押された者たちがやむなく身を置く立場だ。宮葉の家は元から魔術使いで『根源』には興味がないようだが、偏屈な魔術師達はそんな言い訳を聞いてはくれない。
(ふーん。複雑なんだね)
アーチャーが特段興味があるわけでもないように答えた。
……魔術師も、このくらいの無関心さで接して欲しいんですけどね。
(それでも、僕の中に流れてくる魔力は十分な量だ。魔術師が如何ほどすごいのかは知らないけど、環も負ちゃいないさ)
(ありがとうございます。アーチャー)
気を使わせたかな、と環は思う。それでも環は自分が落第者だと思っている。宮葉の家に適応できず、自分の道を切り開くことも挫折しかけている。
……魔術師を落第したら魔術使い。なら、魔術使いを落第したら何になるのでしょうね。
心の中で自嘲するが、打ち切る。これは独りのときにすればよい。今はやらなくてはならないことがあるのだ。
(当てつけですが、そこそこにやる気が出てきました)
(よくわからないけど、やる気があるのはいいことだ。……ところでそろそろ道が途絶えるのだけれど、まだまっすぐ?)
アーチャーの言う通り、郵便局から西へ続く道はあと百メートルほどで途切れている。その先は森だ。通行手形を改めて見るが、やはり矢印は西を指し続けている。
……前に来たときは車で入れたはずです。
昨夜はライダーが運転する車がもっと奥まで入っていった。周囲が暗くなりかけているので定かではないが、道を間違えたか。
(通りを間違えたかもしれません。戻って隣の通りに入りましょう)
そして環が身を翻す。
(環。待った)
突如、アーチャーが声を掛けた。緊迫さを含むその声につられ、環の身体が強ばる。
(な、なんですか?)
(何かいる)
環が足を止め、その先を睨みつける。夕闇の市街。周囲には人がおらず、背後には森が広がっている。とはいえ、思えばシチュエーションは最悪。襲われたら逃げ場がない。
(そのまま動かないで)
アーチャーがそう言うと、環の側を離れた。突如不安が大きくなる。待って。そう言おうとしてうまく念話が送れない。
(大丈夫。あぶり出すから)
言葉の意図を確かめようとする前に、変化が現れた。環の背後の森から凄まじい速度で何かが通り過ぎた。その先を環は見るが、何も見えない。ただ、音が現れた。動物の悲鳴。暗闇に、動物がいた。だが、このシチュエーションでただの動物が現れるはずがない。つまり。
……使い魔!
正体が定かになると、環の身体に力が戻る。状況は理解した。今、環は魔術師の使い魔による攻撃を仕掛けられている。アーチャーは背後の森で実体化し、その使い魔を排除した。
(まだいる。油断しないで)
身構えると、暗闇から歩く音が聞こえた。攻撃の張本人が姿を現す。
「私の使い魔が失礼した」
暗い色のコートを羽織った、長身の男。足元には全身が白い大柄な犬を連れている。表情こそ笑顔だが、環にはどこか薄気味悪さを感じる。自分の底を偽るような、そして、偽っている事自体を隠すつもりがないような。
「ゲルト・エクハルトという。君は聖杯戦争に参加する魔術師だね?」
現れた男の言葉に、環の思考が硬直する。
……やはり、聖杯戦争の参加者。
そして環を庇うように、アーチャーが森から目の前に飛び出た。
「正気か、侮っているのか。サーヴァントを前にのこのこと姿を現す魔術師がいるとはね」
「いいや。そのどちらでもない。これは悪意のない、シンプルな勧誘だよ。……あと、私のサーヴァントは既にそこにいる」
ゲルトという魔術師が指差す先、先程アーチャーが居た森の中から少年が歩いてきた。小柄な少年。だが、その存在はどこかこの世のものではないような浮世離れした雰囲気だった。少年はアーチャーと環を通り過ぎ、ゲルトという男の傍らで立ち止まる。
「攻撃が無いのを見ると、話を聞くくらいには心が揺れているのかな」
……状況が、わからない。
聖杯戦争の真っ当な参加者であれば、先程の環は隙だらけに見えたはず。サーヴァントを使って不意打ちをすれば、有利に戦闘が始められたはずだ。なのに、ゲルトという男が行ったのはただ、使い魔をつれて環の前に姿を現しただけだ。
……敵意がないのは事実ですか。
アーチャーの警戒度合いは依然、高い。敵のサーヴァントの正体は不明だが、最悪の場合でも逃げおおせることはできるはず。
結論が出ると、環は震えを抑えて口を開く。
「本題を言ってください」
「近くで英霊同士の戦いが見れる。間に合わせの参加者である君たちには参考になるはずだ」