Fate/immature children   作:waritom

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 夕闇に落ちきった廃墟跡。戦闘の匂いを感じながら、環は目の前の男、ゲルト・エクハルトを睨む。彼の誘いを断った以上、ここから頼りになるのはアーチャーのみだ。

(戦うってことでいいの?)

 アーチャーは環以上にこの場の空気を感じ取っているのだろう。環に確認の念話を送ってきた。

 ゲルトの申し出を拒否した理由は自分でも説明がつかない。言葉や雰囲気の怪しさも当然にある。ただそれ以上に環の心の奥がざわつくような不安が宿ったのだ。

 ……これは、いつものやつ。

 このざわつきを環はよく知っている。価値有る呪具を見つけたときだ。そして、危険や罠を察知したときにも宿る。

 環はこのざわつきを冷静に分析していた。

 ……きっと、災いを感知している。

 宮葉の魔術にそのようなものはない。だから、環だけの特別な感覚だ。だが、この感覚がものに対して宿るときは必ずそれは特別だった。そして場所に宿るときは大抵、危険が潜んだ。

 ……人に宿るということは。

 近づいてはいけない。ゲルトの言葉よりも何よりも、環は自分をここまで生かしてきた直感を信じた。

(……戦います)

 言葉にすると、足が震えた。身体の芯が薄くなるように心細さが襲う。逃げたい。すぐに後悔が頭を過る。

 ……だけど。

 意地で前を向いた。アーチャーが少し振り返り、笑みを見せる。表情だけで勇気づけてくれた。

 それを合図にして、戦いを始めようとする。数少ない有用な礼装を取り出そうとしたとき、変化は予想外の形で起きた。

 アーチャーとゲルトの間、修道服の女がいた。

 ……なに。あれ。

 環の思考が硬直する。修道服の女が纏う雰囲気は尋常ではない。環が今まで見たどの呪具よりも濃密で耐え難い魔力を持っている。

「環!」

 途端、アーチャーが環を抱えて廃墟を囲む森まで後退した。逃げではなく、ただ突如現れた存在を警戒しただけのこと。それでも、いくらか環の思考は冷静さを取り戻した。

 ……あれは、サーヴァント!

 環の眼が修道服の女を見据える。その眼には確かにサーヴァントの情報が映る。つまり、修道服の女はサーヴァントである。そしてその基礎値を図る。

 ……強力ではない、けれど。

 筋力、魔力等はアーチャーが勝っている。だが、この近づきがたいような雰囲気は理解できない。

 修道服のサーヴァントは何をするでもなく、現れた場所で何もせず俯いている。英霊と言うよりも怨霊や悪霊のような存在を想起させる。

「どうする、マスター」

 アーチャーが問う。先程までの敵はゲルトであったが彼らはいち早く身を隠したらしい。既に状況は修道服のサーヴァントを如何にするかとなっている。

「戦います。マスターが出てこない以上、彼女は敵です」

 その言葉を聞くと、アーチャーは環を連れて森へ入る。そして地面に簡単な陣を書く。

「環。ここから出ないで。これは僕の幻術。他の人には何もないように見えるから。ここにいれば安全だ」

 環がその陣に入り、アーチャーに頷いた。アーチャーがフードを目深に被り直し、武装たる猟銃を握る。その眼に彼の持つ優しさが消えた。

 アーチャーが環の元を離れたのち、夕闇に立つ修道服のサーヴァントに変化が起きた。

 魔力の籠もった弾丸が、修道服を射抜いた。森に潜むアーチャーが狙撃したのだ。

 アーチャーの狙撃は加減されたものではない。それこそ必殺とも言える威力だ。だが、修道服のサーヴァントは貫かれたにもかかわらず、微動だにせず立ったままだ。依然、環は彼女の纏う魔力に不安を感じ続けている。

 ……効いていないのですか。

 先の戦いで、不死身じみたサーヴァントを見た。まさかこのサーヴァントも同様の能力を有しているのか。

(大丈夫。次で倒すから)

 アーチャーからの念話が送られる。環の不安を察してくれたのだろう。

 だが、その後に行われた行動は優しさとはかけ離れた行為だ。尋常ではない魔力の弾丸が、雨のように連発された。

 弾丸が地をを穿ち、廃墟を砕く。弾丸が地を打つ音が響き、思わず環は耳を塞いだ。周囲には土埃が舞い、環の視界が修道服を見失った。

 ……すごい。

 あまりにも安直な感想を抱く。先の弾丸はただの様子見。環には一撃で必殺とするようにさえ見えた弾丸はアーチャーにとってはただの一発でしかない。いま放たれた幾百の弾丸はそれを越える。その一発一発が現代の魔術師では成しえない奇跡の産物に見える。アーチャーは修道服を囲む森を駆け巡り、あらゆる角度から弾丸を浴びせている。

 弾丸の音が途絶えた。夜の風が一陣、砂埃を消し去る。アーチャーのもたらした破壊の跡が露となる。辛うじて保っていた廃墟の痕跡も砕かれ切っており、地面にはクレーターじみた穴が生まれていた。

 だが環は見つける。砕かれていなければならない存在がまだ健在でることを。

 そこには、傷一つない修道服が立っていた。

 ……冗談でしょう。

 環が修道服の女の周囲を注視する。アーチャーの弾丸は修道服の女の周りに集中しているのを見つけた。

(ダメだね、これは)

 アーチャーが軽い雰囲気で念話を送る。

(どういうことです?このサーヴァントも不死身なのですか?)

 環は焦るように疑問をぶつけた。

(いや、違うよ。僕の弾丸がすべて避けられているのさ。…いや、正確でないな。弾丸の弾道が彼女に当たる直前に歪んだのさ)

 ……常識外すぎです。

 環には修道服の女が何かしら魔術を実施した気配を察していない。自信を持って何もしていないと言える。だが、事実として彼女が行ったのは明らかに魔術による行動だ。そうでなくては説明がつかない。

(さて、どうしようかな。魔術で弾丸を避けているのなら、魔力切れを狙ってみようか。時間がかかるけれど、我慢をしてね。マスター)

 アーチャーの戦闘方針に環は口を出さない。我慢も構うことはない。環の不安は別にある。

 ……魔力切れなんてあるのでしょうか。

 環には修道服の存在が魔術を使っているようには思えないのだ。ただ、そこにいるだけで方向を歪めてしまうような、そんな気がするのだ。

 ……アーチャーに伝えるべきですか。ですが。

 確信があるのではない。ただ、そんな気がする。それだけなのだ。

 迷う環の耳が、不自然な音を拾った。

 ……これは、なんでしょう。

 耳を澄ます。そしてそれが調子を持って奏でられているのだと気が付く。つまり。

 ……歌?

 女の声で紡がれる歌。場違いなそれがこの場に響いていたのだ。途切れ途切れの小さい音だが確かにある。どこか悲しい旋律を環は知らない。

 そしてその歌は環の不安を一層に掻き立てた。音の源を探し、周囲を見渡す。そして、直ぐに見つかった。修道服の女が、口ずさんでいるのだ。

 だが、直ぐに音はかき消える。アーチャーによる再度の爆撃じみた射撃。破壊の轟音が小さな歌声を塗り潰す。再び、砂塵が舞い上がる。

 異変は環の直ぐ側まで近づいてから現れ始めた。環の結界のすぐ脇、小高い木の幹が破裂したのだ。突然の異音に環が小さく悲鳴を上げる。

 ……アーチャーの弾丸?

 環は冷静に原因を考える。現状、アーチャーの弾丸が幹に当たり破裂を招いたとしか思えなかった。だが、弓兵の英霊たる彼が、誤って環の近くにまで弾丸を打ち込むだろうか。

 ……ありえない。であるとすれば。

 環は砂塵の先にいるであろう修道服のサーヴァントを思う。あれが原因だ。

 アーチャーは先程、弾丸の軌道が逸らされていると言った。それは所詮、修道服の眼の前で身体を避ける程度のものを意味していた。

 ……違う。これはもっと大きい。いや、大きくなっている!

 環の確信は、修道服のサーヴァントのいる方向から知らされる。先程とは規模の違う弾丸の雨が環の周囲に浴びせられた。環を守る巨木が軋みの音を鳴らす。

 ……まずいです。

 環は急ぎ鞄から呪具を出す。掌に乗るほどの四角い紙に魔力を込めて丸め、なるべく遠くに放り投げた。瞬間、巨木を鳴らす音が収まる。環を狙う弾丸は宙を舞う紙へと標準を変えた。

 環の持つ数少ない役に立つ礼装の一つ。呪い寄せのアミュレット。アミュレットは効果がなくなるまで弾丸を集め続ける。

(アーチャー、ストップ!)

 環の声に応じるように、弾丸の音が止む。

(弾が逸らされて、私の周りを攻撃してます!)

 環の元へアーチャーが現れた。

「すまない、環!怪我はない?」

「ええ、大丈夫です」

 心底恐ろしい思いをしたが、環はそのことを伏せた。それは後でいい。それよりも重要な問題がある。

 アーチャーは既に環ではなく、別の存在に注視をしている。修道服のサーヴァントだ。

「彼女、バーサーカーだ」

 バーサーカー、狂戦士のクラス。敵味方見境なく攻撃を行う狂った英霊。だが。

「バーサーカーってもっとこう、筋骨隆々な戦士なんじゃ」

「普通はね。でも、彼女にとって暴力はこういうことなんじゃない?」

 アーチャーが軽く答えた。環が詳細を聞き出そうとしたが、それどころではないことを察した。

 歌が、また聞こえたのだ。

「これが僕の弾を狂わせてる原因だな」

 既に砂塵は晴れ、相変わらずバーサーカーは登場した場所から動いていない。

 バーサーカーの歌声の詳細はわからない。ただ、アーチャーとの相性は壊滅的に悪いというのだけはわかった。

「アーチャー、手立てはありませんか」

「直接ナイフで刺してみる」

「……止めておいたほうがいいです。あの手の呪いは見え透いた手に一番大きな罠を仕掛けていることが多いです」

 そうか、とアーチャーが納得したような声を出す。言葉とは裏腹に、あまり腑に落ちていないような顔つきだ。

「後は、宝具を使えば倒せる。だが、今はおすすめできないな。この森は覗き魔が多すぎる。……環、やっぱりこれを試させてくれ」

 アーチャーが腰のベルトからナイフを取り出す。そして環の返事を聞かず、バーサーカーに向かおうとする。

 その瞬間、不吉が環を駆け抜けた。何故か環にはアーチャーの行為が、この上なく危険なものに見えたのだ。

 ……待って。待って!

 立ち行くアーチャーについ言葉が出ず、手を伸ばす。

 だが、届かない。アーチャーの背が遠のく。

 違和感が伸ばした腕を襲った。

 眼を凝らす。

 蛇だ。

 魔術によって身体の透けた蛇が、環の腕に噛み付いていた。

 ……なんで。

 気が付く。環の腕はアーチャーの陣から外に出ている。

 ……油断しました。

 環は見た。自分の腕が、傷口から灰となる瞬間を。

 

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