Fate/immature children 作:waritom
カヤ・クーナウは廃墟の周囲を取り囲む森の奥地へ逃げ込んでいた。枯れ草を踏みつける音は遠くの銃撃の音にかき消える。だが、しばらくすると銃声は止まった。それでもカヤは足を止めず、戦場から離脱を図る。傍らにアサシンはいない。
修道服のサーヴァントが現れた後、ゲルトが直ぐに撤退し、アーチャーがマスター共々森へ隠れた。戦闘が発生しないと踏んでいたのだが、読みを誤った。
何か情報を得られないかとしているうちに銃声が聞こえ、しばらくすると弾丸が森を無差別に抉り始めたのだ。
……めちゃくちゃじゃない!あのアーチャー!
そうして森の奥地、つまり戦場から遠ざかっているとアサシンが合流した。
「アーチャー陣営は苦労してるみたいだな」
「見たように言うじゃない」
この戦場において、おそらく一番戦力にならないサーヴァントがこのアサシンだろう。それでも彼が持つ奇跡は他とは一線を画する。
「ふむ。んん。見ているとも」
アサシンがカヤの言葉の真意を汲み、端的に答えた。
……アサシンはアーチャーのマスターに宝具を使った。
修道服のサーヴァントが現れる直前、アサシンはキャスターのマスターとアーチャーのマスターのいずれかに宝具を使おうとしていた。
対象の見聞きしたものを認識できる奇跡。彼の偉業の再現。そしてそれはロットフェルト家の使用人クリストフに続き二人目を絡め取った。
「残念ながら、キャスターの方は間に合わなかったがね。んん。色々わかったぞ、カヤ」
森の奥地へ並走しながらアサシンが言う。
「まず、修道服のサーヴァントはバーサーカーだ。これはアーチャーの見解だ。そしてバーサーカーの能力は自分へ打ち込まれた弾丸を逸らすということだ」
「……なにそれ。アーチャーとの相性は最悪じゃない」
「んん。まったくもって。どう見る?マスター」
アサシンの報告は現象をまとめているだろう。だが、多分違う。
「弾丸を避けるだけが能ってわけじゃないでしょう。それなら近接系のサーヴァントの手にかかれば直ぐに倒せる」
「ふむ。アーチャーもそれを考えているらしいな。だが、慎重なマスターが嗜めている。近づかせることが、本当の目的だと。んん。同意見だ。でなければ棒立ちにさせる意味がない」
アサシンはリアルタイムでアーチャーとそのマスターの会話を盗み聞く。
「あとはアーチャーの宝具か。……んん。博打だな。宝具の詳細がわからないと如何とも言い難いが、バーサーカーが弾丸を操る能力だとすると非常にまずいな。強力な一撃がバーサーカーの手中に渡ると厄介極まりない。ふむ。おや」
カヤへの報告というよりも、もはや独り言じみた風にアサシンが言う。
「アーチャー陣営はどうするって?」
「いや、どうも緊急事態のようだ。マスターが何か使い魔に襲われたな。んん。蛇か。キャスターの使い魔だろう。今は我々と同じ方向に駆けている。……撤退だろうな」
妥当な戦略だろう。アーチャーにとって相性が悪いことははっきりわかった。一方で、セイバーやランサーと言った近接系のサーヴァントの手にかかれば、あのバーサーカーは容易く破れるかもしれない。
……これはあくまで戦争。自分で全員を倒す必要はない。
無理をして倒したところで、この森に潜む他のサーヴァントに弱ったところを突かれるだけだ。
「それと、アーチャーのマスターの様子は?」
「今はアーチャーに担がれているな。だが、傷口が灰になっているようだ。んん。珍しい」
……どういう病状だ。呪いか?
カヤは思いを巡らすが、妥当なものは浮かばなかった。アサシンの言うように、キャスターの使い魔だろう。そして目下の脅威に話題を移す。
「バーサーカーは追ってきている?」
「わからないが、アーチャーは背後に気を払っている風ではないな」
追ってきていないとすると、バーサーカーには近接して攻撃する手段がないと思われる。これだけでもバーサーカーに対しての収穫としては十分だろう。
何よりアーチャーのマスターを監視下に置けたのは大きい。
……もっとも有用になるのは彼女が生きていれば、だけれど。
カヤは安堵した。一瞬、自分が戦場にいることを忘れて。
(マスター、気をつけろ)
思い出させるのは、霊体化したアサシンの言葉だ。
(前方に、敵がいる)
闇に覆われた森。忘れていたもう一人の脅威。
「やあ、お嬢さん」
森に融けるような昏い色のコートの男。傍らには大型の白い狗の使い魔と少年のサーヴァント。ゲルト・エクハルトがそこにいた。
「静かな、良い夜だね」
男が既に臨戦態勢であるのをカヤは察知していた。こちらも戦わなくてはいけない。だが、アサシンは戦闘では使い物にならない。
……どうする。
ポケットの中にはカヤの礼装がある。握り込んではいるが、時間稼ぎにもならないだろう。それよりも、大きな疑問がカヤの頭を占めていた。
……何故、私の位置がこの男に知られている。
「知っての通り、私は聖杯戦争のマスターの一人だ。ゲルト・エクハルトという。……君のことは知っている。同じくマスターであるカヤ・クーナウだろう?」
ゲルトの言葉に動揺が隠せない。
……何故知られている。いや、今は動揺を隠す。
「ええ、よろしく。キャスターのマスターさん。私は夜の散歩をしているのだけど、一体、何のようかしら」
……余裕を取り繕え。お前の行動など手の内、今はピンチでも何でもない。そう思わせろ。
カヤの本心を知らずか、ゲルトが言葉を続ける。
「知っているのであれば話が早い。いや、なに。私の呼び出したサーヴァントはキャスター、それも子どもでね。彼を戦場に追いやることが忍びないが、聖杯を諦めることもできない。……窮していてね。他のマスターと協調できないかと思っているんだ」
カヤはゲルトとアーチャー陣営の会話を思い出す。
……断られて節操なくこっちに来たわけ。
合点がいくと分かりやすい。しかし、バーサーカーが乱入するまでは戦闘開始の直前だった。つまり、断れば敵ということだ。
……一時的にでも、協調しておくべきか。
だが、続く言葉がカヤを更に動揺させる。
「君のサーヴァント。バーサーカーかな。すばらしい性能だ。アーチャーは驚いて攻撃に転じたようだが、君の本意は別にあるのだろう。双方の矛を収めさせ、三騎による同盟の確立を行う。そうだろう?」
ゲルトが当然のように言う。
……こいつ、私のことをバーサーカーのマスターだと思っている?
(なるほど。んん。理解した。この場でマスターでありながら、サーヴァントを実体化していないということ。これだけで、自分のサーヴァントが今近くに居ないと見えるわけだ。そうすれば、自然とバーサーカーのマスターと勘違いする。ふむ)
カヤは予め戦闘の折にはアサシンには霊体化するように命じている。それはマスターがアサシンのステータスを見た場合、それだけでアサシンの戦闘力のなさが露呈するからだ。
ゲルトの誤認識はそれが思わぬ形で実を結んだと言える。通常のサーヴァントを持つマスターであれば、敵対サーヴァントが目の前にいる時点で自分のサーヴァントを実体化させる。サーヴァントに対抗し得るのはサーヴァントのみ。全員が理解しているためだ。
「君が私とアーチャーに敵意がないのはわかっている。だからこそ、バーサーカーをあの場所から動かさないのだろう?頭に血の登ったアーチャーが冷静になるために登場させた、違うかな」
……ああ、なるほど。そう捉える。
事実を知っているカヤからすればとんでもない理屈なのだが、ゲルトの言葉には彼の確信が込められていた。であれば、カヤはそれを利用して生き延びる。
「ええ、そうね。生ぬるい攻撃ならバーサーカーに殺させようと思ったけど、あのアーチャーなかなか悪くないわ。同盟してあげてもいいかなって」
カヤは偽る。この場はバーサーカーのマスターとして同盟を取り付け、脱出する。
(カヤ。虚言に忙しいところ失礼。アーチャー陣営がこちらへ向かっている)
カヤは驚きを噛み殺し、表情を変えない。アーチャーが向かっているということは、いまいままで対立していたサーヴァントが向かい合うということ。戦闘の危険が高まる。
「意見が一致して嬉しいよ、カヤ」
ゲルトが大げさに両手を挙げて喜びを表す。同盟を直ぐに結び、この場を離脱する。アーチャー陣営の説得は後日行うことにして、この場は逃げる。
「でも、私はアーチャーと敵対しちゃったのでね。今日は交渉する日とは言い難いわ」
カヤの言葉にゲルトが一考する様な仕草を見せる。
「なるほど。そう捉えることもできるな。敵の状況を考えれば一刻の猶予もないが、仕損じることは何より避けるべき自体だ」
ゲルトの言葉に違和感を感じる。敵。カヤは率直に疑問を呈した。
「あなたの指す敵って誰かしら。私達は最後は戦い合うのが宿命だけど、当面の敵は知っておきたいわ」
ゲルトがあっさりと答える。
「敵は、ロットフェルトのマスター全員だ」
カヤの心臓が一際高く鳴る。これはいけない。これは受けてはいけない罠だ。
カヤの心臓はロットフェルト家の当主の魔術で動いている。そのため、ロットフェルト家に以外のマスターを排除するために参加を余儀なくされた。
「ああ、安心するといい。今はキャスターが結界を張っている。外からはこちらは見えないし、音も聞こえない。もちろん、出ることは簡単だとも」
カヤの思案する様をゲルトが見抜き、言った。見当違いであるが、カヤはその言葉を受け取り、足元に境界線が有ることを確認する。心では別のことを考えている。
……仮に、反ロットフェルト家の協力をすれば。
それがクリストフ、あるいは当主クサーヴァー・ロットフェルトの耳に入ればその時点でカヤの命が失われるだろう。それは同時に、ロットフェルト家とクーナウ家の戦いの発端となる。クーナウの家が滅びるのは明らかだ。
……しくじっちゃった。どうする。
仮に同盟を受けても、戦争中にカヤを殺すことはないか。クリストフに予め裏切り前提だと伝えればよい?いや、それほど甘い連中か。聖杯の魅力に狂ったと思われるだけだ。
ならば、今ここでゲルトと戦うか。いや、アサシンは戦闘力がない。この場でゲルトが身をさらけ出しているのは、仮に戦闘になったとしても、サーヴァントがマスターの身を守り切れるという自信があるためだ。アーチャーと決裂した場合でも逃げ切れる、ともすれば倒すだけの戦闘能力が見込まれる。
……だめだ、戦えない。
カヤが心の中で毒づく。
(マスター。時間切れだ)
アサシンが小さく言う。そして実体化したアサシンがカヤの腕を引っ張り、暗闇に倒れ込ませた。その行動の意味を遅れてカヤが理解する。
……そうか、ここは。
「アーチャー!キャスターはここだ!」
……結界の外!
アサシンが叫ぶ。
意図を察したゲルトが、使い魔を放つ。白い狗が牙を向き、カヤに飛ぶ。
刹那。弾丸が使い魔を撃ち抜いた。
狗の情けない悲鳴が響く。
そして遅れるように、雨のような弾丸がゲルトとキャスターに降り注ぐ。