Fate/immature children 作:waritom
夜の匂いと冬の風が、テオ・ロットフェルトの身を包む。そろそろ夜も更けきり、常人は外を出歩くことはない時間。テオはつい何時間前かに戦闘を繰り広げていた廃墟跡にいた。
「またこんなところに来るとは、物好きな」
テオの傍らに立つライダーが呆れたように言う。人目に付く心配がないから、実体化し戦闘用の海賊服を纏っている。
「それにしても、なんでこんなことになってるんだ?」
ライダーが顎をしゃくり、廃墟跡を指した。
そこはセイバーとの戦闘においてライダーが宝具で破壊を行った場所だ。だが今はそこに加えて地面には穴が幾つも空いており、かろうじて残る廃墟の壁には弾痕が刻まれている。
「詳細はわからないが、他のサーヴァントが戦闘をしたのだろうな」
テオは傷跡からわかることを言う。だが、ライダーはあっそう、と素っ気ない返事だ。他者の戦いには興味が無いのだろう。
「一戦を終えて勝利の美酒に酔うアタシを連れ出すには、些か以上に殺風景じゃないか?くだらん用件なら帰らせてもらうぜ」
ライダーが不機嫌を隠さずに言う。
……もう、道すがらに説明したのだけれどな。
テオが心で愚痴を吐きながら、思い出す。
セイバーの戦闘を終えた跡、テオはそこに現れるはずだったゲルトを気にかけていた。彼の目的はなにか。ゲルトのサーヴァントがセイバーで、テオたちを待ち伏せていた、というのがライダーの見解だ。
テオはその考えが自然に思えたが、納得できない気持ちもあった。
……ゲルトが俺を嵌めるなら、もっと安直な方法で何度もチャンスがあった。
テオはルスハイムに来る前、ゲルトの庇護下にあったのだ。テオ個人に思うところがあるのであれば、そこで果たせば手間がない。
テオの考えは、何かしらの事情で約束の廃墟跡にこれなくなった、ということだ。そして、セイバーが撤退した後、廃墟跡を少し探索すると直ぐにそれが見つかった。
……ゲルトの使い魔。
大柄な白い狗が、手紙を咥えていたのだ。
テオは腕時計を見る。手紙には、約束を反故にした謝罪と、改めてこの時間に来て欲しいと書かれていた。その約束の時刻になりかけている。
「だからよ。アタシは何度も反対したよな。怪しい上に、約束を守らねえ人間は信用できねえ」
「わかっているさ。だから、これっきりだ」
ライダーの何度目かわからない諫言を受け流すように答える。わかってねえんだよなあ、とライダーが続けるのを無視した。
事実、テオは既にゲルトとの約束を反故にしている。ゲルトの用意した聖遺物を使わず、自分で用意した触媒でライダーを呼び出した。そしてそれは先の戦闘で露呈しただろう。宝具を使う時点で覚悟はしていた。
……それでも会おうという理由は一つ。
協力体制は組めずとも、それよりも妥協した関係なら可能ではないか。お互いの目的がロットフェルト家であるのならば、襲撃のタイミングを合わせるくらいは可能ではないか。
ライダーにこの考えを伝えたが、にべにもない答えが渡された。
「甘い。大甘」
それでもライダーを押し切ってここまで連れてきた。故に彼女が不機嫌であることはテオの責任であると言える。
そして待つこと五分程。今度は森の中から待ち人が来た。間違えるはずのない、何度も見た顔。ゲルト・エクハルトだ。
「や、やあ、テオ。いい夜だね」
だが、彼の様子はどこかおかしい。よく見れば彼の昏い色のコートは所々に穴が空いている。歩き方もどこか庇うように不自然だ。
普段のテオであれば、彼を気遣う。しかし、今はできない。企みを隠そうともしないゲルトを相手に、優しさなど無用だ。
「何故、約束の時間に現れなかった。それに、あのセイバーはお前のサーヴァントか」
淡々とテオは疑問をぶつける。隣に立つライダーも戦意が宿っている。返答の如何ではゲルトの命はないだろう。
「向かう途中で、アーチャーのマスターを発見してね。協力を仰いでいたのさ。……残念ながら断られてしまったがね。そしてここに来たら驚きだ。君とセイバーが戦っているのだからね」
「つまらん嘘はやめろ、ペテン師。貴様、アタシとセイバーの戦いを隠れて見ていたろう。最初から」
ゲルトの言葉をライダーが遮る。
「テオ、やはりこいつは敵だ。そして何を企んでいるのかわからん。……こういう手合はな、早いうちに切り落としておくべきだ」
そしてライダーが傍らの剣を抜く。敵意に押され、ゲルトが後ずさる。
「企んでいるのはお前も一緒だろう?テオ。そのサーヴァントはなんだ?まさか、私の渡した聖遺物でこの女が呼ばれたとは言うまい」
ゲルトがライダーに押されながらも、テオに詰問する。
「そうだな。お前から見れば企んでいるように見えるだろう。だが、単純な理由なんだ。俺は絶対にハンナを取り戻したい。そのために信用できる戦力が欲しかった」
「私の聖遺物が信じられなかったと?」
「そうだ。だからこれは返す」
そしてテオは小箱をゲルトに向けて投げた。中にはゲルトから与えられた聖遺物が入っている。足元に転がったそれを、ゲルトが睨む。
「これは、私への明確な裏切りだ」
「違うな。ただ、有力な他の選択肢が生まれたからそれを選んだだけだ。……それとも、その聖遺物で呼び出される存在はお前に都合が良かったのか?」
ゲルトが押し黙る。そこでテオは自分の選択が正しかったことを悟った。
「……終わりだな。殺すがいい」
そしてゲルトが両の手を広げる。大仰な、何度も見たゲルトの仕草だ。ライダーが切り伏せるために剣を片手に近づく。
「いや、終ってなど居ない。ゲルト、サーヴァントがいるのなら、回復次第ロットフェルト家に襲撃をかけろ。そして、そのタイミングを俺に知らせろ」
ライダーの行動を遮るようにテオが言葉を紡ぐ。
「テオ!いい加減にしろ!」
ライダーの怒りに満ちた声が、音のない廃墟に響いた。テオは構わず続ける。
「俺たちは互いに信用していないし、信頼もしていない。だが、ロットフェルト城に用が有るのは確かなはずだ。これが俺にできる最大の譲歩だ」
ゲルトが渋面を作る。
「三日後に仕掛ける」
「遅すぎる」
「……明後日だ」
ゲルトが絞り出すように言う。それを聞くと、用はないとテオは背を向けた。きっと、ゲルトは背を睨んでいるのだろう。
「ロンドンで手を差し伸べてくれたとき、本当に嬉しかった」
そしてテオは誰にも聞こえない様な声で呟く。それは離別の言葉だった。
テオが去り、ライダーも渋々といった様子でテオに従った。ゲルト・エクハルトは安堵する。身を費やした賭けが功を奏した。
「生きているかい。マスター」
いつの間にか、ゲルトの側には少年がいた。サーヴァント、キャスターだ。
「予定外ではあったが、ライダーもこれでよいだろう」
わざわざ遠回しにテオの世話をし、この聖杯戦争へ導いた理由。リスクを承知で彼と今日あった理由はこのためだ。
テオがゲルトの聖遺物でかの英霊を呼び出せばよし。キャスターであれば、容易に対処できる。そしてテオのゲルトへの信頼が盤石であることを意味する。
一方で、他の英霊を呼び出した場合。リスクがあるが、背中を押してやる必要がある。肝が冷えたが、これで十分。
「そうだね。きっと彼と、彼のサーヴァントの中にはゲルト・エクハルトを裏切ったという自覚が芽生えたはずだ」
キャスターの言葉に首肯する。アーチャー陣営にも同様の仕掛けを施したかったが、バーサーカーに邪魔をされてしまった。しかし、ここからサーヴァントの情報を集めれば十分に対処はできる。
ゲルトの顔が笑みに歪む。順調だ。後は待つのみ。情報が、手元に集まるのを。
「行こうか、キャスター。地獄を熟成するため」
そして少年の手を引き、昏い色の男が森の奥へ消えた。