Fate/immature children   作:waritom

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 夜の隙間風で、テオ・ロットフェルトは身を震わせた。ロンドンの冬は寒い。いや、建て付けの悪い安アパートにしたのが間違いだったのだろう。冬が来る度に抱くこの後悔は、既に五回を数える。

 部屋には物が散乱し、建物自体の古さも相まって廃墟じみた印象を与える。住む場所が荒むと、心も荒むことをテオはこの五年で学んだ。尤も、テオが以前に住んでいたルスハイムの湖に浮かぶ城のような屋敷など、このロンドンで住みようがないのだが。

 スプリングが軋むソファベッドの上で、テオは蹲り自身を苛む原因を考えた。決してみすぼらしい生活が原因ではない。一ヶ月ほど前に届いたロットフェルト家からの手紙だ。

 記されていた内容は簡潔だ。ルスハイムの地にて魔術師同士の殺し合いを行う。ロットフェルトの血族は全員参加。家を出たテオも例外ではなく、参加資格を有する。テオには当主の座などに興味はない。故に、この争いに参加する意義など一つもない。それでもテオを苛むのはハンナ・ロットフェルトのことだ。テオと母を同じくする唯一の兄妹。五年前、ルスハイムに置き去りにした妹だ。

「いやいや、今日は冷えるね。テオ」

 長身の男がテオの部屋に入ってくる。昏い色のコートを羽織り、傍らには小包を抱えている。

「ゲルト。何の用だ」

 テオは男に不愉快そうに声を掛けた。ゲルトと呼ばれた男は構わずにコートを脱ぎ、ハンガーラックに吊るす。物の散らばる床を器用にかき分けて進むと、テオのいるソファベッドに腰掛けた。

「ひどい態度だ。ここの家賃はずっと私が払っているというのにね。パトロンの機嫌は損ねないのが得策じゃないのかな」

「文句があるなら打ち切ってくれて構わない」

 無愛想なテオの言葉に、ゲルトが苦笑が聞こえた。

「で、本当に何の用だ。用もなく尋ねる間柄じゃないだろう」

「そうとも。そろそろ返事を知りたくてね」

 そう言うと、ゲルトの声が一段低くなる。やや軽薄な雰囲気がなりを潜めた。

「ロットフェルトの聖杯戦争。参加する気にはなったかな」

 テオがゲルトと初めて出会ったのは、テオがロットフェルトの家を出て幾日か経ったときだった。

 家を出てすぐ、魔術といえばロンドンという印象だけを当てにして、イギリス行きの飛行機に乗った。テオに自由になる金銭はそれで尽きた。住む場所もなく、ましてロンドンに居を構える魔術協会・時計塔に入る伝手もない。考えなしの行動にひどく後悔したが、路銀が無い以上、帰る術さえもない。テオは立ち竦んだ。

『テオ・ロットフェルトだね。私はゲルト・エクハルト。魔術師だ。私に協力しないか。見返りに住む場所を与えよう』

 ゲルトが声を掛けたのはそのときだった。孤独に苛まれていたテオは直ぐに承諾した。それから時折ゲルトの魔術の手伝いをし、死なない程度の小遣いで食いつないでいた。テオのロンドンの生活はゲルトによって与えられたものだった。

 ゲルトからの接触が頓に増えたのは、ロットフェルト家からの手紙を受け取ってからだ。そこに至り、ゲルトが何故テオに協力を求めたかを知った。

 ゲルトが目的をテオに語る。何度目かわからない。

「クサーヴァー・ロットフェルト。私はどうしても彼の命が欲しいんだ。何故かは言わないよ。言えば純度が薄まる」

 テオの父であるクサーヴァー・ロットフェルトは恨みを買いやすい人物らしい。いや、テオ自身も怒りを感じているため、意外では無いのだが。

「この跡目争いは格好のチャンスだ。城に籠もりきりなクサーヴァーが出て来るかもしれないし、英霊の力を使えばロットフェルト城の結界も打ち破れるだろう」

 英霊。人類史に名を刻む、偉業を成した魂。聖杯戦争では参加した魔術師はパートナーとして英霊を使い魔として召喚し、他の魔術師を打破する。通常の使い魔とは一線を画する存在であり、サーヴァントと呼ばれる。聖杯戦争というシステムでない限り現代の魔術師が御しきれる存在ではない。ゲルトに言う通り、サーヴァントの力を持ってすれば現代の魔術師の築いた結界など造作もなく破れるだろう。

「聖杯戦争の趨勢は召喚したサーヴァントで決まる。サーヴァントから見れば現代の魔術師など物の数ではないのだからね。まして、二騎が揃えば現代の魔術師一人など問題になりはしまい」

 ゲルトから持ちかけられている交渉。出会ったときに頼まれた協力。聖杯戦争に参加し、父であるクサーヴァーを殺す手助けをすること。

「迷っているんだ」

 テオは小さく言う。

「驚いたな。君には父を思う気持ちがあるのか」

 違う。そうではない。テオの迷い、苛みの原因はハンナ・ロットフェルトだ。

「ハンナが立ち塞がったら、どうすればいい。クサーヴァーになど興味はない。死んだら胸がすくほどだ。だが、俺にはハンナを傷つけるような真似はできない」

 テオの吐露にゲルトは笑った。

「何を言うかと思えば。テオ。君は自分の本当の望みに気が付いていない。ハンナを傷つけたくないだって?違うだろう。君が本当に望むのは、妹を救うことじゃないのか。あの人でなしの魔術師共からハンナ・ロットフェルトを自分の元へ取り戻すことじゃないのか」

 ゲルトの指摘に、テオの顔が紅潮する。自分の手で救い出す。考えてもいなかった。なぜなら。

「たかが家出をしたぐらいで牙が抜け落ちたのかい。初めてあったときはもっと野心的な目をしていたよ。我々は魔術師だ。望みが有るなら祈るのではなく、奪い取る。違うかい」

 そうだ。首肯する。ロットフェルトの家を出たとき。逃げるように山を駆けながら誓ったじゃないか。いつかハンナを迎えに行くと。ロンドンでの緩慢な日々がテオの思いを忘却に追いやっていた。

「よろしい。私も君を手伝うことは吝かではない。お互いの目的は部分的に一致しているはずだ。君はハンナを救出し、私はクサーヴァーを殺す」

 そう言うと、ゲルトが手元の小包を手渡した。テオが封を破ると、一冊の本が現れた。中を捲る。カタログの様だ。

「それは私が融通できる触媒の一覧だ。知っているだろう。英霊召喚を行うためには英霊と縁のある品物が触媒として必要だ。手ぶらで召喚をしたら、何が出てくるかわかったものじゃない」

 ゲルトが立ち上がり、コートを手に取る。テオは無意識にゲルトを見送るように扉の前に立っていた。

「いいかい。私達は一心同体だ。共に苦渋の日々に終止符を打とう。一年後、ルスハイムの地で笑うのは我々だ」

 テオはハンナとの日々を思い出す。古き、幸せの記憶だ。取り戻す。固く誓った。ゲルトが扉を開けると、冬の風が入り込む。テオの頬を撫でたが、不思議と寒さは感じなかった。

「呼び出す英霊が決まったら、教えてくれたまえ」

 

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