Fate/immature children   作:waritom

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 カヤの隠れ家を出ると、涼やかな山の風が環の身体を撫でた。冬には珍しく、日が高く出ている。環は心地よさを感じながらルスハイムの街を歩く。

(アーチャー。カヤさん達はついてきていませんか?)

 傍らには霊体化したアーチャーが控える。環は当然のこととして念話で問うた。

(少なくともカヤは来ていないよ。ただ、アサシンだけはなんとも言えないかな。諜報の英霊は伊達ではないだろう)

 ……仕様がないですね。確認する方法が無い以上、気にしては何もできません。

 環は別段、怪しい行動を取るつもりはない。気にしていたのは一点。カヤとアサシンがどの程度環達を信用しているか、だ。

 カヤ達から請け負ったように、プラウレン湖までの道を思い出しながら歩く。

(環、本当にカヤ達と共に戦うつもりなの?)

 アーチャーの心配そうな声が頭に響く。顔こそ見えないが、心配しているのが伝わる。それでも環の決意は揺るがない。

(ここで何も得ずに帰るわけには行かないのですよ。そうでないと……)

 そうでないと。その先を吐露しかけて、思い留まる。これは環の個人的な思いだ。アーチャーは信頼しているが、だからといって全てを打ち明けていいものではない。

(アーチャーだって、聖杯を望むのであれば私が乗り気な方が都合がいいんじゃないですか?)

 環はわざとらしく話題をすり替えた。

(それはそのとおりだけどね。せっかく死の際から救った少女が、また死地に向かうのは胸が痛む。それに、どうも環は生き急いでいるように見える)

 生き急ぐ。自身に与えられた評に思わず考え込む。

 ……生き急いでいるのでしょうか。

 宮葉の家に背を向けて、半ば自暴自棄で調達稼業を始めた。それはただ、宮葉の跡を継げなくても、それでも堂々と誇れる者になりたかったのだ。そうでなくては。

(環は若い。いたずらに危険地帯へ身を投じることはない)

(……知った口を利かないでください。才能がないのなら、自分の価値は実績で示すしかありません。そうでなくては)

 堪えていた言葉が、怒りとともに溢れ出す。言ってはならない。そう思ったが、環を覆う昏い自虐心が堰を外した。

(私は宮葉の跡継ぎを産むための、ただの母体に成り下がる)

 念話越しに、アーチャーの息を呑む様子が聞こえた。途端、環には後悔が訪れる。

 ……嗚呼、しまった。言ってしまいました。

 宮葉の家には後継ぎとなる子どもは環しか居ない。その環に魔術の才がないため、当主である父の関心はもっぱら環の子どもになった。父が環への優しさを失ったわけではない。むしろ今まで以上に環へ優しさを注いだ。それが、環を子どもとしてではなく、母体としてみなした結果だった。

 成人の後、日本の大学に所属していた環は付き合い程度で酒を飲んでいた。過度ではない。学生に似つかわしい安酒を嗜む程度の量だ。顔を赤らめて帰る環を見て、当主は激怒した。

『子どもに影響があったらどうするのだ』

 今にも手を上げかねない様子にひどく怯えたのを覚えている。当時の環には特定の相手がいるわけでもなく、まして子どもを授かったわけでもない。だというのに、父は何を言っているのだろうか。

 そして逃げるように自室に籠もり、理解した。父の目に映る私はもはや世継ぎを産むための女でしかないのだと。

 故に、飛び出した。宛があったわけでもないが、ただ怒りに任せての行動だった。自分の人格を認められない家で、養われたくなどなかった。

 なけなしの貯金を握りしめ、放浪に出た。世界を見ようと思った。気まま旅は環の怒りを収めたが、同時に実家に対する冷静な嫌悪感を自覚させた。

 だから、家に頼らず生きていこうと思った。持っているのは呪具祭具の見極めを行う眼のみ。それでできることはなにか。

 程なく、調達屋として生きていこうと思いつく。二年ほど前の出来事だ。

 ……軽率でしたね。死ぬような思いをしながら辛うじて食いつないでいるだけ。

 環は思い返しに長い時間を掛けてしまったことを自覚した。昨日、ゲルトと遭遇した場所に辿り着いている。ここは既に調べて、プラウレン湖に通じていないことは分かっていたはずだ。日はまだ高く、同じように襲われる心配はない。しかし、あまりの不用意さに嫌気が刺した。

(環、その、軽率だった。すまない)

 しばらく押し黙っていたアーチャーが唐突に謝罪をする。アーチャーの言葉は正しい。むしろ環が不条理に怒っただけだ。環は自分が不安定になっているのに気が付いている。その理由の一端を撫でる。

(アーチャー。そうでなくても戦う理由はあります。……昨日の傷、覚えていますよね?)

 環はコートごと強引に右腕を捲りあげた。昨夜、キャスターとの戦闘時に蛇の使い魔に噛まれた箇所。傷口から身体が灰になる現象はキャスターの撤退と共に収まった。前腕に貼り付けたガーゼを乱雑に剥がす。傷口とその周囲、環の腕は灰が押し込められたように固まっている。

(環、それは)

(灰になっていく現象は止まりましたけど、既に灰になった部分は戻っていません)

 これが何を意味するか。昨夜の段階では、アーチャーに傷を負わされたキャスターが、回復のために呪いへの魔力供給を打ち切ったと判断した。それは真実だと思う。一方で、呪いそのものはまだ生きている。つまり。

(今は止まっているけれど、キャスターがその気になれば、いつでも私の身体を蝕むことができるのでしょう)

 環が他人事のように言う。今朝、この状況に感づいてからアーチャーに相談する時間がなかった。

(だから君は、キャスターを討つことに異議を唱えなかったのか。……痛くはない?)

(痛みはないです。ただ、恐い)

 環にとって魔術師の設置した罠や呪いは縁遠いものではない。しかし、今までは天性の勘めいた能力で避けることができた。そのため、直接的に死を感じるこの状況は、環には前例のない恐怖だ。這い寄るような寒さを感じる。蛇が、こちらを見ているような。

(私は、死にたくない)

 縋るように思いを吐露する。立ちすくみ、泣き出しそうになる。

 ……だめだ。ここで死んでは、母体になったほうがましだった。そんなの、受け入れられない。

 死の恐怖と屈辱。混ざり合う感情はただただ黒く煮詰まる。寒い。ただ、寒い。

 そして、何かから逃げるように歩きだす。目の前のことだけに集中したかった。何も考えたく無かった。

 ……湖までの道、見つけないと。

 無性に、アルコールが飲みたくなった。

 

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