Fate/immature children   作:waritom

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 地図を片手に作業をすること数分、よくよく考えてみればあまり意味がないという結論に至った。

「そもそも魔術師の管理する森なのだろう?売り物の地図で何かわかるものなのかね?んん?」

 アサシンの物言いは腹立たしいが、カヤは正鵠を射ていると思った。カヤは廃墟から適当に引っ張り出した椅子から立ち上がり、一抹の恥ずかしさと共に地図を片付ける。

 ……山越えは出たとこ勝負か。環たちに期待ってところね。

 結局、他人が頼み。自分の力で物を進められないことに若干の不安はある。だが、この段になって環が逃げ出したりはしないだろう。念の為、アサシンに確認する。

「環達、ちゃんとやってる?」

「んん。君以上には」

「……あなた、その人の神経を逆撫でする物言い、なんとかならないの?」

 目を瞑り、カヤと向かい合うようにソファに腰掛けるアサシン。彼が集中して誰かの様子を観察するときの仕草だった。。そのアサシンがこちらを見た。

「ならんな。……それはそうとマスター。暇なら頼みたいことがある」

 アサシンが改まった調子で言う。

「何よ。ちょうど今、暇になったところだけど?」

「本があるところに連れて行ってくれないか。調べたいことがある」

 本があるところ。ルスハイムの市庁舎の近くには確か図書館があったはず。直近まで地図を見ていたのだから間違いない。

「図書館でいいかしら。そんなところに何のよう?」

「ふむ。んん。敵の調査だよ。特に、目下の敵になりえるライダーとキャスターについては情報を集めたい。ライダーは真名が分かっていることだしな。ふむ。あとはセイバーについてもわかるといい。あの不死性には何かしら仕組みがあるはずだ」

 アサシンの宝具と使い魔によって多くの情報を集めた。それに加えて彼の推理によって各陣営の動きや素性がまとまっている。アサシンを選んだ時点でカヤが期待した働きそのものなのだが、こうも喜々として働くと思わなかった。

 ……物言いは腹立たしいけど、頼りにはなる。

 だが、アサシンには戦闘力がない。それだけが欠点だ。

「わかったわ。それらしい本を環に頼んで取り繕ってもらう」

「いや、直接行きたい」

 カヤの提案はあくまで護衛となるサーヴァントなしで工房の外に出ることを危惧しての提案だ。既にカヤの顔はゲルトに割れているため、以前のようにのんきに街に出ることはできない。その点は環も同様なのだが、アーチャーがいるのでカヤよりは遥かに安全だろう。

「危険よ。外は」

 カヤが考える程度のことは、アサシンでさえ思い至っているはずだ。だからカヤは言葉を削ぎ落とし、端的に問うた。

「ふむ。そのとおり。全くそのとおりだ。正直に告白するとね、どうしても、これだけは自分の目で見たい物があるのだ。……なにせ明日には死んでいるのかもしれないからね」

 アサシンにしては歯切れが悪い。

「ふむ。どう説明すればいいだろうな。感情は説明が難しい。んん。私の真名、既に伝えているだろう。だが、聖杯に懸ける望みは伝えていたなかったな」

 アサシンの真名。それはむやみに頭に抱くことさえ禁じるように言われたもの。カヤは素直にそれに従い、彼の由来については考えないようにしていた。

 アサシンが恥じ入るように、視線をテーブルに下げた。

「私のな、評価を知りたいのだ。んん。後の世で私と私の同胞たちが、そしてかの女がどのように評されているのか、現世の者の言葉を知りたいのだ」

 いつも堂々としているアサシンが、小さな声で言う。

「それが、貴方が聖杯にかける願いなの?」

「そうとも。……稚拙な願いだと笑うか?」

 サーヴァントという写し身とは言え、聖杯戦争は命をかける戦いだ。死の痛みもあるかもしれないし、思いを裏切られるような目に合うかも知れない。だというのに、この男の願いは現世で本を読みたいだという、あまりにも小さな願い。

 カヤには初めてアサシンというサーヴァントが、ある時代を人間だったのだと思えた。

 ……もしかして、ようやく私は信用されたってことなのかしら。

 カヤの顔がほころぶ。この石像じみた無表情と辛辣な物言いのこの男に対して、俄に人間らしさを感じたためだ。いいわよ、そう言いかけたところにアサシンが言葉を被せた。

「ふむ。ではこうしよう。書庫に連れていくがいい、マスター。代わりに、君が隠していることは不問にしようではないか」

 先ほどとは打って変わり、傲慢に口の端を吊り上げ、アサシンが言った。

 

 難癖の一つでもつけようかと思ったが、時間を無駄にするだけだと結論する。カヤは黙ってコートを羽織り、工房を出る。遅れて数分、アサシンが実体化したまま工房から出てくる。

「ふむ。悪くない」

「馬子にも衣装ね。いや、孫と祖父というところかしら」

 霊体化したまま連れ立とうとしたが、アサシンが「本は自分の手で捲るものだ」とひどく主張をするため当世衣装を身に纏うことを条件として妥協した。黒いチェスターコートの下には適当に見繕ったセーターを着ている。実際、カヤの実家であるクーナウ家から取ってきたものだ。

「言うではないか。んん。気分がいいから許そう」

 無表情で分かり辛いが、言葉通り機嫌がいいのだろう。カヤを待たずに軽い足取りでアサシンは歩き出す。

 珍しく、雲ひとつない天気だ。冷たい風が時折吹くが、陽が身体を温める。ここ数日は夜の活動が主体であったため、このような晴れやかな気分で外に出ることはなかった。同じことを思ってだろうか、市街には人が多い。

 ……束の間の安息、かしら。

 先を行くアサシンは街に馴染んでいるように見えた。大通り沿いの店の前で立ち止まっては、物珍しそうに眺める。

 途中、サンドイッチを売るスタンドで店員の男がアサシンに話しかけた。慌ててカヤが駆け寄るが、特にその必要ははなかったようだ。

「やあ、いい天気だね」

「全くですな。んん」

 当たり障りのない会話。アサシンは何気ない会話を楽しみ、サンドイッチを買った。もちろん、支払いはカヤだ。

「おじいさんかい。大事にしなよ」

 店員の若い男から小銭を受け取りながら、カヤが苦笑を返す。

「違うぞ、青年。……私は劇作家。これは私の使用人だ。んん?」

 そんなことを繰り返して、二十分程。目当ての図書館に着いた。歴史ある建物なのだろう、古さもさながらに、威厳が伝わるような門構えがカヤ達を迎えた。中に入ると、アサシンは満足そうに大きく頷く。カヤから見てもルスハイムの図書館は大きい。

「ご満足いただけたかしら?先生」

「……小一時間ほど放っておいてくれ。時間が来たらどこかにいるから声をかけろ」

 カヤの小言には無反応を貫き、アサシンは本棚の森の奥へ消えた。独りになったカヤは気の向くままに館内を歩くことにした。

 ……懐かしい。子供の頃に父さんと来たとき以来かしら。

 本棚を眺めながら、郷愁に浸る。

 クーナウの家は古い歴史があるわけではない。そのためか、魔術師のらしい苛烈な教育ではなく、常識ある育て方をされた。魔術の修行と普通の学業の両立はそれなりに忙しかった。だが、歴史ある魔術一門の育て方を聞くと、子どもを殺しかねないようなことも平気でやるらしい。それに比べれば大甘もいいところだ。

 ……だから、カール兄さんも私も大甘に育ってしまった。

 魔術師は『根源』を目指すためならば、倫理にもとる行為も平然とやってのける。いや、倫理という一線すら意識をしないだろう。ロットフェルト家のように、跡目争いで血を流すことも珍しくない。

 カヤの両親も、いやクーナウの一族は元から非常に徹しきれないのかもしれない。そうでなければ、跡取りでもないカヤのために不利益極まる契約を結ぶことはしないだろう。カヤは当時を覚えていない。しかし、父が混乱のあまり、藁にも縋る思いでロットフェルトを頼ったことは想像に難くない。きっと母も気が気でなかったろう。

 ……二人を攻める気はないけど、魔術師として甘い。

 気が付くと、子供用のコーナーに来ていた。数人の少年が低い本棚を物色しているだけで、カヤのような存在も浮くことはなかった。

 目の前の本棚に並ぶタイトルを、何気なく目で追う。ふと、懐かしいタイトルを見つけて手に取る。王冠を頭に載せたカエルの表紙。思わずページを捲ってしまう。

 ……昔、母さんが読んでくれた本。

 もう、思い出せないくらい過去のこと。遠い過去を思う。もう父も母も生きては居ない。不慮の事故だ。二人が自動車で旅行をしている最中に、反対車線の車が突っ込んできたのだ。カヤの両親も含めて、相手の運転手も亡くなったそうだ。兄と二人で涙が枯れるほど泣き、死した相手の運転手を幾度も呪った。そのどれもに飽きたとき、どちらともなく言ったのだ。

『続けないとね』

 例え避けようのない事故であったとしても、魔術師の思考回路では死したほうが悪い。身を守れなかった者が悪いのだ。しかし、まだ敗北していない。

『本当の敗北はクーナウが終わることだ。僕たちがクーナウの魔術を続けさえすれば、いつか、遥か未来かも知れないが、根源に届くかもしれない。僕たちが続けさえすれば、二人は浮かばれる』

 両親は大甘だった。でも、だからこそ途絶えさせたくはない。

 そしてカールは若くして当主となり、魔術協会に借りを作りながらクーナウの魔術刻印を継承した。カヤは父や祖父の残した研究成果をカールと共にまとめ直した。決心は固かった。どの作業も苦とも思わなかった。

 ……だから、こんな奴隷じみた役割でも全うしないと。

 クーナウの家をカヤのせいで潰す訳にはいかない。きっとカヤが死ねば、カールが耐えられない。力の差も考えずにロットフェルト家に乗り込むだろう。そのときこそ、本当に終わってしまう。

 ……生き残る。例え何を犠牲にしても、この聖杯戦争を生き残ってやる。

 思わず手に力が入る。開いていたページから嫌な音がした。ページの隅の王女が破れている。後ろめたい気持ちを宿しながら、カヤは絵本を戻しその場を立ち去る。心臓から鉄の輪同士が擦れ合う、不愉快な音が聞こえた気がした。

 

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