Fate/immature children   作:waritom

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 ロイク・ロットフェルトはプラウレン湖が見える自分の工房たるゲストハウスに居た。寝室の大きなベッドの隅に腰掛けている。南には大きな窓があるが、厚いカーテンに遮られ光は届かない。薄暗い部屋だ。

 ランサーがライダー、アーチャー、そしてセイバーと交戦してから今まで、ロイクはランサーの回復のために全力を費やしていた。ランサーの交戦による傷は少なかったが、かのサーヴァントの消費魔力はロイクが考えていたものを云うに超えたものだった。

 魔力が急激に吸いつくされることによる生気の消失。それに伴う体中を覆う痛み。起き上がることも叶わず、昨日は丸一日中、寝込むはめになった。その甲斐あってか、今は平時と変わらぬ体調となった。

『あまりの情けなさに言葉もない。ロイク、貴様は俺を呼び出すに値しないマスターだ』

 意識が朦朧とする最中、ランサーがそう吐き捨て出ていったのは覚えている。もはやランサーとの信頼は決裂している。可能なことはかの英霊が望む相手を見つけ、彼の機嫌を損ねないように戦いに参じてもらうよう願うだけだ。

 明かりのない部屋で、ロイクは自身の左の甲を撫でた。一部が輝きを失った令呪。制御を失いつつあるランサーへの絶対命令権。この戦いを勝ち抜くためには、積極的に切っていくしか無い。それ故に一画の消費が悔やまれる。

 ……僕を殺すな、だと。情けなさ過ぎて笑えてくる。

 しかし、ランサーへのこの命令がロイクの命を永らえさせていることも理解している。その事実が腹立たしい。テオを打ち負かして当主となるどころか、生き残ることで精一杯ではないか。

 ……打って出る。こちらから、敵陣営を襲う。

 狙う相手は誰でもいい。テオを真っ先に狙いたいが、ランサーが従うだろうか。ランサーの意思を重視するのであれば、堂々と再戦を口にしたセイバーか。それとも彼の口から称賛を得たアーチャーか。

 ……いや、相手が誰かは問題ではない。どうせ全員倒す。順番だけの問題だ。

 ロイクは街へ出る支度を始める。調べるべきことが疎かになっていた。敵のことではなく、自らのこと。

 ……ランサーの真名。ドゥフタハ・ダイルテンガ。

 ロイクは彼を望んで召喚した訳ではない。そのため、その名を見覚えがあれども全ての伝承を知っているわけではなかった。本来であればありえないことだが、ランサーがどのような宝具を持つのかも知っていない。本人が仕えているのだから直接聞けばよいのだが、一蹴されるのは目に見えていた。

 ゲストハウスを出る。誰も居ない湖畔沿いの道を車で走り、目的地を目指す。

 程なくして、左右を森で挟まれた長い一本道に出た。四騎のサーヴァントが入り混じる戦闘の舞台だ。路面には幾つも穴が空き、周囲の木々もところどころ倒れているが、幸い通行できないことはなかった。しかし、聖杯戦争が終われば直さなくてはならない。聖堂教会も魔術師の私有地の保全まではしてくれないだろう。

 ルスハイムの市街に出る。足繁く通った訳ではないが、迷うことなく車を走らせると、直ぐに着いた。古い伝承を調べるための施設。図書館だ。駐車場に車を停めて、中に入る。途中で警備員が車から降りる不相応な年齢のロイクに疑問を呈したが、適当な暗示で黙らせた。来年の夏に十八歳を迎えれば、この様な煩わしさから解放される。

 迷うことなく奥へ進み、伝承・民俗学の本棚を探し当てる。表題からアルスター伝説に関する本を幾つか抜き取ろうとし、その横にある本が目についた。とある伝説にまつわる本だ。

 ……そういえば。

 昔、テオとハンナがロットフェルト家に来るよりも前、父クサーヴァーがこの伝説にまつわる品がロットフェルトにはあると言っていた。あまりにも過去の話であるため忘れていた。

 ……父の話が本当であれば、召喚される英霊は破格のはず。

 ロイクは自分で用意した触媒を用いてランサーを召喚した。それは触媒を集めるところから聖杯戦争であるというロイクなりの解釈をしての行動だ。しかし、この伝説にまつわる英霊であれば、そのこだわりをかなぐり捨てでも選択する価値がある。

 自身の選択を悔やむより、別の思いが先立つ。

 ……この触媒で召喚される英霊が、この戦争に混じっているとすれば、見直す価値がある。

 ロイクはそう思い、本を手に取りテーブル席に着く。館内はそれなりに人がいるが、ロイクの選んだ八人がけの長いテーブルには誰も居なかった。

 まず、ランサーの情報を集める。

 ドゥフタハ・ダイルテンガ。アルスター伝説の戦士。フェルグス・マック・ロイと共に仕えていた王に離反した、流浪組の一人。武功について資料がないが、ルーの槍という長槍を武器としていた。

 ドゥフタハがランサーたる所以である槍。その槍はいまは霊体化して、一度として振るわれては居ない。これまでの戦いでランサーが武器として使った槍はロイクが都合したものだ。

『俺の槍は振るうに相応しい時がある』

 理由を問うても、ただランサーはそう答えるだけだった。

 だが、改めて調べればその理由がわかった。

 ルーの槍。突けば必ず相手を死に至らしめ、投げれば一投にて九人を殺す槍。彼の宝具で間違いないだろう。強力な槍には相応の対価が存在する。柄は自然と発火し、持ち手を炙る。その発火能力は強大なため、安全に保管するためには、動物の血とドルイドの血を煮詰めた毒液の大釜に槍を浸し続ける必要がある。

 ……めちゃくちゃな能力だな。

 ランサーが宝具としてこの槍の性能をどこまで再現するかはわからない。しかし、軽々に使いたがらない以上、相応のダメージは発生するはず。

 ロイクは自身の魔力がランサーの戦闘数回で枯渇したことを思い出す。もしランサーが思うまま宝具を奮えば、その時点でロイクは絶命するだろう。

 ……だから、今まで奮えなかったのか。

 既にランサーに使用している令呪。ロイクを殺すなという絶対命令は、単純が故に強固のようだ。ランサーが闇雲に宝具を奮えばロイクは死ぬ。この事実をランサーが理解しているために、ランサーは宝具の利用を封じられていたのだ。

 ロイクは自然と唇を噛んでいた。胸の奥に燃える感情は怒り。他ならぬ自身への怒りだ。魔術師としての不甲斐なさが、ランサーの大きな足枷となっていた。

 ランサーは乱暴で魔術師と違った意味で倫理を無視する戦士だ。ロイクもランサーに対して親愛の情は薄い。呼び出す英霊を失敗したと思うくらいだ。それでも、ランサーに、ロイクは申し訳なく思った。ロイクがもう少し優れた魔術師であれば、彼はもっと自由に戦えただろう。

 ……切り替えろ。悔やんだとしても、直ぐに変わるわけではない。

 魔術師としての性能は一朝一夕で変わるものではない。悔しさと怒りはまだ胸の奥で燃え盛っているが、この思考を打ち切った。今の自分にやれることを考える。敵のサーヴァントの情報を集めることだ。そして、ロイクは最後に気にかけた、ランサーとは関係の薄い伝説の本を開き、目次を流し読む。そういえば、昔はこういう伝説を寝物語に読んだものだと、少し懐かしむ。

「大丈夫、ですかな?」

 一瞬、それがロイクへの言葉だと気が付かなかった。いつの間にかロイクの向かいの席には老人が座っていた。

「何か、震えておられたので」

「ええ、ええ。大丈夫です」

 先程の自分への怒りが、他人の目に見えるほど身体に表れていたらしい。適当に返事をして会話を切り上げようとしたが、老人が更に口を開く。

「どうやらお疲れのようだ。今日は陽が出ていて暖かいが、夜半は冷え込むでしょう。ご自愛されたほうが良い」

 老人の言葉は続く。ロイクは暗示をかけて追い払おうかと思う。しかし、目立ちにくい魔術とは言え警備員に一度使っている。そう何度も使うのは気が引ける。

 そんな思いを巡らせていると、老人の口からロイクの思考を硬直させる言葉が紡がれた。

 

「それとも、サーヴァントを御するのにお疲れですかな?」

 

 ……何故、こいつがそれを知っている?

「……んん?ロイク・ロットフェルト殿?」

 黒いチェスターコートを羽織る老人が口の端を吊り上げて言った。

 

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