Fate/immature children 作:waritom
「私は貴方の姉君であるエルナ様が夫、リーヌス殿より伝言を頼まれた使者です」
……リーヌスの使者?しかし、わざわざ話しかける理由は何だ。
老人が、ロイクの疑問を他所に言葉を続ける。
「実は、リーヌス殿は此度の聖杯戦争に窮する事態に直面しておるのです。んん。召喚なされたサーヴァントは既に傷つき、戦闘に赴ける状態ではありません」
ロイクは矢継ぎ早に繰り出される老人の言葉を順次、理解していく。リーヌス。エルナの夫。マスターになっていても不思議ではない。だが、どのサーヴァントだ。傷ついた?どの戦闘で?
「リーヌスの召喚したサーヴァントのクラスは?」
「アサシンです。工房に籠もるキャスターを仕留めようとしたところ、失敗し逆に痛手を負ったようです」
アサシンとキャスター。まだ、双方ともロイクには観測できていないサーヴァントだ。
……アサシンの存在を感知できたことは大きい。だが。
「お前、本当にリーヌスの遣いか?」
「ふむ。当然の疑問でしょうな。ですが、それを証明するには、もう少し話を進める必要がございます」
彼自身がマスターの可能性もある。ロイクは老人の両の手を見る。令呪はない。しかし、全身を検分しないことにはマスターかどうかはわからない。
……そうであれば、既に僕を襲っているはず。
ロイクの困惑を見透かすように、老人が言う。
「ふむ。んん。私が信用できないのは当然でしょう。では一つ、信頼に足るかどうか分かりませんが、情報をお渡ししましょう」
そして続けられた言葉に、ロイクは自身の不備を恥じた。
「私のステータスをご覧になれますかな」
……マスターじゃない!こいつ自身がサーヴァント!
思わずロイクは立ち上がり、老人から距離を取る。勢いで椅子が倒れる。大きな音が響くが、誰かが気が付いた様子もない。
……人払いもされている。まずい。
思わず、左の手の甲を見る。令呪を使うか。ここでランサーを呼び出せば多くの一般人を巻き込む戦闘になる。だが、使わなければ目の前のサーヴァントに殺される。
「おっと。冷静に、冷静に。んん。……察していただけた通り私はサーヴァント、アサシン。暗殺者の英霊です。そして今はマスターであるリーヌス殿の使者です。だからこそ、ロイク殿。あなたに害を加えることなく姿を現しているのです」
アサシンのサーヴァントはハサン・サッバーハという中東の暗殺者教団の歴代教主が召喚される。そのすべてをロイクが知っているわけではない。しかし、サーヴァントを引き連れずに読書に耽るマスターを仕留めることなど容易なはず。
「闇に潜むことを是とするアサシンが、目の前に堂々と姿を晒す。んん。これをもって敵意がないことの証明とさせていただけませんか。……それにしても、サーヴァントを連れずに歩くとは些か不用心ですな」
ロイクとて、サーヴァントを連れずに出歩く危険を考えていなかったわけではない。彼なりの準備をしている。仮にそれが通じなくとも、令呪でランサーを呼び寄せれば良いとも考えていた。むしろ、我が身を囮としてでもサーヴァントを釣るべきだとすら考えていた。
「……わかった。聞こう」
「御慈悲に感謝します。我がマスター、リーヌス殿がキャスターを狙ったのには理由があります。それはキャスターのマスターがこの聖杯戦争にかこつけて、ロットフェルト家を狙っていることがわかったのです」
「ロットフェルト家を狙うというのはどういうことだ。ロットフェルト家のマスターを狙うという意味か?」
「言葉のままです。プラウレン湖に浮かぶロットフェルト屋敷を襲撃するという意味です。……キャスターのマスターは聖杯ではなく、サーヴァントの戦力を使った意趣返しを目論んでいるようですな」
つまり、ロットフェルト家への復讐。父クサーヴァーは恨みを買いやすい質であることは知っているので、それを目論む魔術師がいる事自体は不自然ではない。
「リーヌス殿はこの聖杯戦争が部外者によって混乱に落とし込められることを憂いております。しかしながら、私は力がなくキャスター勢を止める術がありません。また、信じがたいことにご兄弟であるテオ殿もキャスターに加担している始末。リーヌス殿はこれを阻止するためにロットフェルトにまつわるマスターに助力を乞うているのです」
「待て。テオもキャスターに加担しているのか?」
ロイクが自分でも信じられないほど冷静に言った。アサシンがええ、と頷く。
……テオがロットフェルト家を襲う?
テオは才を持ちながら家を出た。今までロイクはその理由を、テオがハンナを巻き込む事故に怖気づいたためだと思っていた。
だが、違ったのだ。アサシンを信じるのであれば、テオは今の今まで機会を伺っていたのだ。テオとハンナの平穏を壊し、魔術師の道へ誘ったロットフェルト家に復讐するために。
……ああ、そうか。そうであるのならば、とても良い。
つまり、この戦争にかける力はテオの全力を超えたもののはず。それを打ち負かすことができれば、当主とて認めざるを得まい。ロイクはテオよりも優れた魔術師であると。内なる炎が、一際大きくなる。
「どうか、なさいましたか」
アサシンが不審な目でロイクを見る。ロイクはなんでもない、と愛想もなく返した。
「早ければ明日の夜にでもキャスター達は行動を始めるでしょう。ロイク殿には是非に、ご助力いただき」
「構わないよ」
アサシンが言い切る前に、ロイクは参加の意思を示した。ロイクにとってまさに好機だ。テオがわざわざロイクの領域にまで足を運んでくれる。これを逃す手はない。そうであれば、ここで悠長なことをしている場合ではない。すぐに戻り、準備をしなくては。
「話がそれだけなら、僕はもう行く。情報、感謝するよアサシン」
そしてロイクは立ち上がり、アサシンに背を向ける。そのまま、図書館を後にした。既に関心はこの場にない。明日に訪れるであろう決戦に思いを馳せていた。
……テオが本気で来るのであれば、こちらも本気で立ち向かう。
車を走らせて、ロットフェルト屋敷に向かう。ロイクが十全に活動できるようになったことはランサーも気が付いているだろう。今日の夜にでも帰るはずだ。
ハンドルを握る左の手。ランサーの宝具の内容次第では、使用時にさらなる令呪のバックアップが必要かもしれない。令呪はサーヴァントへの絶対命令権であるが、同時に多量の魔力を備えた魔術刻印でもある。使い方次第だが、必ず勝てという抽象的な使い方をすれば効果は薄まるも一方で、ランサーのステータスの向上が見込めるだろう。
ロットフェルトの領地に近づく。徐々に人通りが少なくなり、ロイクは逸る気持ちに呼応するようにアクセルを踏む。郊外へ向かう閑散な道路上に何かがいるのが見えた。
……なんだ。人?
車の速度を緩め、その存在を確認する。まさか、サーヴァントか。そうであれば今度こそ令呪を使わなくてはならない。幸いにもこちらは車の中だ。令呪を使う間もなく殺されることはあるまい。
その人間が近づく。そしてロイクはそれが誰か気が付いた。ドアを開け向かい合う。
「久しぶりだね。ロイクさん。ここにいれば会えると思った」
「何のようです?僕はまだ敗退していませんよ。ヘルマン神父」
神父服を着た柔らかい印象の男。ヘルマンだ。ロイクはランサーを召喚した後に一度だけ彼の元を訪ねている。二度と訪れないと宣言した記憶もある。
「いやね。君に渡さなくてはならないものがあるんだ」
何だ、と尋ねる前にヘルマンが改まった調子で言う。
「ロイク・ロットフェルト。今から君に僕の持つ令呪を一画譲り渡す」
令呪の委譲。令呪は魔術刻印の一種であるので適切な魔術さえ行使できれば容易だ。だが、何故それをロイクに行う?一画分とはいえ、これは明らかな贔屓だ。場合によってはこの行為事態が戦況の決め手となるほどの。
「これは、ロットフェルト家の当主が僕に願い出たことだ。曰く、平等な状態での戦いが見たい、だそうだ」
ロイクは先のアサシンとの会話を思い出す。明日、テオがロットフェルト領地に攻めてくる。間違いなく、ランサーとライダーの戦いになるだろう。
……当主はその戦いをもって後継者を決めるつもりか。
リーヌスのサーヴァント、アサシンは助力を求めるほどの死に体だ。ステータスも異常と思えるほど低かった。他のマスターの状況はわからないが、既に状況はそこまで進んでいるのか。
「僕には意図がわからない。けれど、この聖杯戦争はロットフェルトの後継者を決めるための儀式。本来は元当主が全権を持っている。途中で勝者を指名して、すべてを終わらせてもいいくらいだ。……令呪一画の行方を自由にする権利はある、と審判役として判断した」
ヘルマンが右腕を捲り上げる。そこには彼のもつ令呪が宿っている。
「無論、君が望まなければ無理に与えることはしない。どうする?」
ロイクは迷うことなく自身の左手を差し出した。断る理由はどこにもない。聖堂教会の審判役であるのならば、その言葉に偽りはない。
「もちろん受け取る。当主に伝えてくれ。必ずや次代の当主に相応しい勇猛さをお見せすると」
ヘルマンが満足そうに頷くと、小さな声で呪文を呟く。そしてロイクの手に痛みが走る。だが、その痛みには覚えがあった。令呪が宿ったときの痛みと同じ。つまり。
光を失っていた令呪の一部が、その輝きを取り戻している。完璧な形だ。思わず、ロイクの口から歓喜の笑いが漏れる。
「良い戦いを祈っているよ」
……嗚呼、素晴らしい。
期せずして全ての用意が揃った。胸の炎が全身を覆うように広がる。戦いが待ち遠しい。逸る心を抑えることなく、ロイクは車の速度を上げる。バックミラー越しに見えるヘルマンが急激に小さくなっていった。