Fate/immature children 作:waritom
夕暮れで湖面が朱に染まる頃。ロイク・ロットフェルトはプラウレン湖の周辺に点在する、ゲストハウスにいた。広々としたリビングには大きな暖炉が置かれ、炎が揺らめいている。
ロイクの胸の内を満たすのは、それとは比較にならない熱量の炎だ。その原因、テオ・ロットフェルトが目の前にいる。正確には、ロットフェルト城へ続く一本道の入り口にいるのを、ロイクの使い魔たる烏が見ている。
ロイクは昨日にリーヌスのサーヴァントを名乗るアサシンから、テオ達の行動を受け取っている。そのため、彼らを迎え撃つためにランサーを待機させていた。
情報を訝しむランサーを説得するのには骨が折れたが、かの槍兵も一人の探索ではサーヴァントを見つけられなかったらしく、頼る情報もない状態だった。
『まあ良い。虚偽であればそのアサシンとやらを見つけ出して殺すだけよ。あの騎兵に興味はないが戦いの妙は弁えている。手慰みにはなろう』
そして現在。ランサーの前に立つテオのサーヴァント、ライダーは只ならぬ魔力の集中を行っている。それが意味するものは一つ。
……宝具の展開。
させてはならない。そう直感し、ランサーに指示を送る。
(ランサー!宝具を出させるな!直ぐに攻撃しろ)
しかし槍兵は動かない。ライダーとの距離は大きく離れており、その距離を縮める手段がないのか。いや、違う。常識の枠ではこの思考は正しいだろう。だが、この槍兵は人類史に名を刻む英霊。彼我の距離など問題にはならない。では、何故に敵の切り札が開帳されるのを黙ってみているのか。
(黙れロイク。正体も知れぬのに近づく間抜けがいるか)
向かい討つライダーもまた英霊。その真骨頂たる宝具に何が秘されているかわからない。ロイクはここに来て、戦いの指示を出すことをやめた。既に状況はロイクの理解を超えたところにある。ランサーの肉食獣じみた勘を信じる。
そして、黒に塗られた巨大な船体が現れる。かつてランサーを襲撃した船首が、今はその全身を現している。森の枝に止まるロイクの使い魔が、見上げるように船首を見る。ランサーを睨みつけるように見下す女。ライダーだ。そしてその傍らに立つ痩せぎすの男。テオ・ロットフェルトがいた。
……テオ。テオ!
胸の火が一層高く燃え上がった。思わず、ランサーに戦いを命じようとして口をつぐむ。ランサーは粗暴で一切の期待をこちらにかけない相手だ。しかし、戦いに関してはどの英霊にも劣らぬと信じている。
「叩き潰せ!『
ライダーが剣を抜き、ランサーを指す。呼応するように朱き帆が降り、黒き船が地を割り加速を得る。
「悪いなランサー!この先に用があるんだ。道を開けてくれ」
「連れぬことを言うなライダー。命を賭けて遊んでゆけよ」
船が地を進むという矛盾にも、槍兵は動じない。肉食獣じみた身体を伏せると、魔力が集中し身体が膨張する。ただの筋肉の膨張。しかし、ロイクの目にはランサーの全身が二回りほども大きくなったように見えた。
槍兵がその溜めを爆発させる。同じく轟音を持って迫りくる船に迫る。
ロイクにはライダー、いや、テオの狙いが見えた。彼らはランサーに興味はなく、このままプラウレン湖まで進むつもりだ。それ故にこの場で宝具たる船を実体化させた。
ランサーにかの巨大な戦艦を押し止める方法があるか。ロイクが知る限りは存在しない。ランサーの宝具を開帳すればわからないが、この局面でその選択はしないだろう。ならばどうする。
ロイクは答えを見る。ランサーは短剣を投げつける。それはライダーを傷つけるためのものではなく、あくまで船体を狙ったもの。そして狙い通り、短剣は黒い船体に刺さる。
船首に取り付けられた砲台がランサーを狙う。ライダーの咆哮に合わせ、弾丸が発射される。砂塵舞う中、ロイクは見た。ランサーが飛ぶのを。
その先は船体に刺さった短剣。そしてその短剣の柄を足場にし更に飛ぶ。
槍兵の身体が中空に飛ぶ。
砲台を超え、朱き帆さえも眼下に収めるほどの高さ。
ロイクは烏を近づける。ただ、この戦いを逃さず見届けるために。
「これは、宝具ではない」
ランサーが槍を構える。打つためではない。投擲の構え。
上半身が捩じ切れんばかりに反らされた。
月明かり差す中空に、黒い獣が口を開く。
魔力と筋力が絡み合い、ランサーの身体に宿る。
その力が、ランサーの身体が膨張させた。
投擲の準備が整う。
覚悟を込めた端的な一言と共に、槍が放たれる。
「死ね」
ロイクの使い魔が見る。神速に近しい勢いで放たれた槍が、船体を射抜くのを。しかし、黒き船もまた神秘の結晶。船体を砕かれようとも留まることはない。ロイクの使い魔を置き去りにし、黒き船は速度を緩めずに先へ進んでいった。
ロイクはランサーの槍のもたらす重要な結末を捉えられなかった。
……ライダーは、テオはどうなった?
ランサーが長い滞空から地に降りる。両の足でしゃがみ込むような体勢だ。
(どうなった?)
(槍を失った。使い魔に持ってこさせろ)
ロイクの問いに、ランサーが命令を返す。ランサーの槍は彼の持つ武装ではない。ロイクが彼の要望に答え、特別に用意した現代の槍だ。故に、投擲すれば砕けランサーが霊体化しても槍はそこに残る。ランサーの生前からの所持品たる槍は余程の戦いでない限りは使わない。
(まったく。貴様の槍でなければ仕留められただろうさ。だが、あの軟弱な槍では的が定まらぬ)
ランサーが自分を置き去りにしていく船体を見ながら、呟くように言う。
(マスターの心臓を狙ったのだが、よく察して逃したものだ)