Fate/immature children 作:waritom
ランサーを後方に追いやり、黒い船は地を穿ち進む。既に目的地たるプラウレン湖とそこに浮かぶロットフェルト城は視認できている。しかし、あまりにも逼迫した状況がテオ・ロットフェルトを襲っていた。
……クソ。
油断をしていたわけではない。そうであっても、あの槍兵が投げ放った槍は確かにテオの心臓を狙っていた。それを紙一重で躱すことができたのはライダーのおかげだ。
中空に舞うランサーを見て、ライダーはテオを船尾へと蹴り飛ばした。あまりにも早い判断。それは以前の戦いで、ランサーがマスターを積極的に狙い撃つサーヴァントであることを見抜いていたため、実現した。
しかし、槍兵は一枚上手だった。船尾に転がるテオに槍を投げる直前に狙いを変えた。支えもなく、踏みしめる足場もない空中での行動。その槍兵の機能美に刹那の間、気を取られた。
一瞬に渡る攻防は意を通すという意味ではライダーの勝利だ。しかし、対価は大きい。
ランサーの放った槍はテオの左脇腹を貫いていた。
「テオ!気張れ!」
ライダーが叫び、船上に横たわるテオを貫く槍を折る。その衝撃に痛みが走り短い悲鳴が漏れた。
……痛い。いや、全身が熱い。
ライダーにはテオを回復させる手段はない。できることは精々励ますくらいだ。
これは明らかな窮地。テオの頭には撤退の文字が浮かぶ。だが、すぐにかき消した。此処で引くわけには行かない。後方にはランサーが控え、正面には本丸であるロットフェルト城がある。ランサーのマスターが誰だかは知らぬが、他のロットフェルトのマスターも直ぐに出てくるだろう。
つまり、逃げ道はない。
「ライダー。変更はなしだ。……進め」
痛みを堪え、なんとかそれだけを告げる。先程まで不敵な笑みを浮かべた女傑は不甲斐なさを恥じるように下を向いている。
「わかっているさ。魔力尽きるまで進んでやるよ」
ライダーがテオの側を離れ、船首に向かう。テオは彼女の勘違いを正す気にはならなかった。感傷に浸り、前進を命じたわけではない。目的の達成を諦めていないから命じたのだ。
テオは懐から小瓶を取り出す。赤黒い液体で満たされている。テオ自身の血を素に作成した、彼のみに有効な霊薬だ。
テオは短くなった槍を自力で引き抜く。ライダーに抜いてもらえばよかったと後悔するが、声を掛ける気力はない。内臓が千切られる痛みが襲うが、躊躇わずに槍を引きずり出した。
……気が遠くなる。
臓腑を抉る傷跡を認める。小瓶の中身を指につけ、傷跡を囲むように陣を描いた。目を閉じる。痛みと吹き出していく血液のために寒さが襲う。
……思い出せ。この程度ならば、クサーヴァーにやられたことがあるだろう。
古い記憶を思いだす。ロットフェルト家での修業の日々。テオの治癒がどこまでの傷を癒せるか測るための実験。痛みと吐き気と恐怖の日々を。今以上の傷を治したことがあるはずだ。
悪しき記憶を追い払い、そして魔術を行使するために集中する。イメージは逆周りする映像。一人の老人が若返り、母に抱かれる赤子と成るまで。その映像を魔力でもって早回しする。
「……リバース・プレイ」
小さな声で、魔術の行使はなされる。
テオ・ロットフェルトは治癒・回復魔術の古き大家たるロットフェルト家に於いて、一時は次期当主と言われていた男だ。とりわけ、自己に対する治癒は当主クサーヴァーでさえ認めるところであった。
その真骨頂が今、赤の帆を張る船上で発揮される。テオの左の脇腹に空いた拳より一回り小さいくらいの穴が、ゆっくりと塞がっていく。外見の違いだけではない。穿たれた臓腑も同様に、緩やかではあるが、再生している。
「テオ、お前。大丈夫なのか」
只ならぬ様子を察してか、ライダーが駆け寄ってきていた。既にテオの魔術は行使を終えている。後は緩やかな治癒を待つだけだ。
「死んだと思ったか」
テオができる限り明るく言った。失った血と与えられた痛みが元に戻るわけではない。全身をだるさのような物が包んでいる。そうであっても、今にも泣きそうなライダーに強がりを言いたかったのだ。
「馬鹿野郎」
女がそれだけを言って船首に戻っていった。
テオは空になった小瓶を手に取る。ロットフェルト家に居た頃から溜めて、魔術によって加工を行っていたテオ自身の血。本来は大規模な術式を必要とする治癒魔術だが、濃縮されたテオの血によって術式の簡易化に成功した。もっとも、一度の魔術行使のために数年単位で血を貯める必要がある上に、即治癒するわけでもない。ランサーに負わされたこの傷も、治りきるまでにはあと数十分かかるだろう。
一度切りの奥の手。窮地を脱したことは確かだが、この機会をものにしなければ無駄となる。テオは背後を見る。既に森は遠く離れ、傷を負わせたランサーも追ってこないようだ。この傷を見て、仕留めたと思ったのだろうか。
木々を倒し、地を砕き進む船が大きく揺れた。上下に揺れる特徴のある振動。テオは記憶を思い返す。ライダーの夢で感じた、あの感触だ。
「待たせたな。テオ。中間地点に到着だ」
船首に立つライダーがこちらを見て言う。既に調子を戻したようだ。
テオは傷口を手で抑えながら起き上がる。ゆっくりと船首に向かうと、その意味がわかった。
船はプラウレン湖に浮いていた。
「さあ、傷は治ったか。ここからが海賊の見せ場。地を征くなんて性に合わないこと、昔を思い出して嫌になる。……さあ、目的地はあそこでいいんだな」
ライダーはカトラス剣で先を示す。そこには城じみた屋敷がある。ここからではまだ遠く、夜霧に遮られ辛うじて見極められる。ロットフェルト城。ハンナが捕らわれている場所。
「ああ、そこだ。そこにいるんだ、ライダー。見せ場と謳ったからには必ず届けてもらうぞ」
「当然だともテオ。私を煽ったこと、直ぐに後悔させてやる」
女傑が不敵に笑みを浮かべる。朱き帆の船が速度を増し、かの城を目指す。テオは治りゆく傷口のことさえも忘れて、自分を待つ妹を想った。