Fate/immature children 作:waritom
湖上に浮かぶロットフェルト城には、その家族達が住まう部屋がある。現在は二人の子が利用するのみになっている。その一室、バルコニーからプラウレン湖を望む部屋はハンナ・ロットフェルトのお気に入りだった。
今朝方に帰宅し、直ぐにテオの部屋の掃除に取り掛かった。熱中していたが、日が落ちて間もなく、異変に気がついた。その原因を見るために、感じ取った方向を覗ける自室のバルコニーへ出た。
薄暗い湖面には夜霧がかかり、幻想的な風景を作り出す。しかし、ハンナには既にその情緒を理解する回路がない。ただ、食い入るように見つめ、その原因を見極める。
「きっと、きっと、きっと。テオよ。テオのはずよ!」
視力を強化し、湖を探す。いるはずだ。今日という日に、テオが来ないわけがない。もしかして、森にいるのか。
……それではいけないわ。バーサーカーと共に探しに行かないと。
その心配は杞憂に終わる。ハンナの視界が捉えたのだ。プラウレン湖の最奥。ルスハイムへ繋がる一本道から直ぐの湖面に、朱い帆を張った船がいることを。そこの船首に最愛の兄であるテオ・ロットフェルトが立っている。
しかし、ハンナの胸中に訪れたのは歓喜ではない。ハンナにとってテオが訪れることは当然のこと。テオがルスハイムに訪れた時点でわかりきっていたことだ。確実な予測が事実に変わった安堵はあれど、狂喜するほどではない。
訪れた感情は怒り。それはテオの身に傷があったからだ。
「なんということ。テオが傷つくなんてあってはならない。……あの女が不甲斐ないから。あの女が不甲斐ないから!」
怒りの矛先はテオの傍らに立つ女、ライダーに向かう。テオを守るという使命を帯びておきながら、彼に傷を負わせた無能。だというのに、恥じる様子もなくテオの側に立っている。
……許せない。やはり、あの女はここで死すべきだ。
「バーサーカー!」
怒りの声に応じ、ハンナのサーヴァントたるバーサーカーが実体化する。修道服を身に纏った年若い女。そこに実体化するだけで恩讐じみた魔力が溢れ出す。
不吉の権化たるその少女に向かい、ハンナは命じる。
「見なさい。あれが貴方の倒すべき女よ。あれが、貴方と私から最愛を奪い去った女よ」
ハンナの言葉にバーサーカーの虚ろな目が反応した。ハンナにはバーサーカーの思考はわからない。いや、そんなものがあるのかどうかも不明だ。
しかし、彼女の由来は知っている。ハンナと同種の痛みを持つこと。
ハンナの思いを知ってか、バーサーカーの目に涙が宿る。そして激情を伴う叫喚が響き渡る。そこに込められた思いは、ハンナの持つ感情と同種だ。
「行きなさい、バーサーカー。あの女を殺すのよ。私達の最愛を取り戻しなさい!」
その指示に従い、バーサーカーはバルコニーから身を投じる。
バルコニー下に広がるのはプラウレン湖の水面だ。修道服の女は足が水面に触れる直前で、落下の動きを止めた。バーサーカーは湖面に立っている。
ハンナに驚愕はない。彼女であれば当然の奇跡だ。そして、バーサーカーの真価はこの水面で発揮される。
修道服の女が再度、朱き帆の船に向かって叫ぶ。そこに込められた感情は悲痛か、怨嗟か。常人には図り取れない。例外は彼女のマスターであるハンナだけだ。
「行きなさい!」
ハンナはバーサーカーに再度命じる。涙を流しながら湖面を滑るように少女は駆ける。
その涙の意味を知るハンナは狂乱した従僕が唯一の理解者であると知り、己の願望を託す。
……テオを取り戻しなさい。