Fate/immature children 作:waritom
朱き帆の船が、夜霧に覆われた湖を進む。テオは船首に立ち、行く先を睨む。目的地はロットフェルト城だ。先のランサーとの戦いで、テオ達がロットフェルトの敷地ににいることは既にロットフェルト家の人間には周知されているだろう。この先の城に住むであろうクサーヴァー・ロットフェルトも知ったはずだ。
ならば、此処から先はランサーだけではなく、他のサーヴァントも出てくる。戦いはまだここから。先の一合の応酬など序の口に過ぎない。
「よお。来たぜ」
傍らに立つライダーがテオに声を掛ける。意味するところは一つ。敵のサーヴァントが現われたのだ。
テオもその存在を検知する。いや、探らなくとも気が付く。あまりにも禍々しい恩讐に満ちた魔力がそこにいる。テオとライダーに対する敵意を隠すつもりはない。
「嬉しいね。この戦い、真っ向勝負をする奴が多くて良い」
テオが顔を背けたくなるほどの威圧感を前に、女傑はただ笑う。ライダーにとってこの程度は日常。向けられてきた悪意の量がテオとは比べ物にならない。
「じゃあ、まあ、私達は卑怯な手に出ますか」
敵の姿が視認できない。強化した視力で夜霧に覆われた湖を探すが、サーヴァントらしき姿はない。ライダーの言葉の意図がわからない。テオが疑問を口にするよりも早く、ライダーが行動にて答えを示す。
「砲門用意!打て!」
船首に乱雑に取り付けられた砲が轟音を叫ぶ。テオは思わず耳を塞ぐが意味があるのかわからなかった。
……やっぱり、乱暴だ!
砲の叫びは一度ではない。二度、三度、その存在を誇示するように続く。だが、打ち出された砲弾が何かを砕く音はない。ただ、湖面を打つ音が響いた。
「ダメだな」
ライダーが小さく呟く。敵が見えない中での砲撃だ。ライダーとて威嚇の意図が大きい。敵がテオ達の乗るような帆船であれば効果はあるだろうが、その常識は通じない。
そこで、テオが何気なく船首から先を覗く。夜霧の間から有り得ないを見た。
修道服の女が、湖面に立っている。
禍々しい魔力の根源が少女にあることはすぐに理解できた。そして、それがサーヴァントであることも、同時に確信した。
「ライダー!」
見たものを、敵の存在をライダーに伝える。騎兵もテオと同様にそのサーヴァントの存在を認知したようだ。
「あれはなんだ?戦っていいもんなのか?」
「馬鹿。当たり前だ!あんな敵意剥き出しな奴、そうそういないぞ!」
些か以上に呑気なことを言うライダーをテオが嗜める。
そうかい、とライダーがそっけなく答えて、長弓を握る。依然、その攻撃はランサーの激怒を招いた。曰く、舐めれるな、と。
それでもライダーが弓を取ったのは、目の前の少女のような存在がその程度と判断したためであろう。
「テオ、下がってな。確かめたいことがある」
テオはライダーの言に従う。甲板の中央、一際大きなマストにもたれかかる。ここからならば、ライダーの姿も見える。
ライダーが素早い動作で矢を放つ。先の砲撃に比べれば遥かに優しい攻撃。しかし、常人であれば絶命しうるものだ。矢の行く末はテオの視界の外にある。
テオは戦況を見るために使い魔を取り出す。蝙蝠を投げ出そうとしたところで、ライダーが声で制した。
「テオ!伏せな!」
その声に反射的に従って、身をかがめる。そして、ライダーの言葉の意味を直ぐに理解した。風を切る短い音とともに、矢が放たれたのだ。そして、矢はテオのそばに立つマストに刺さる。
……相手はアーチャー?
間一髪で命を拾いながら、テオの思考は冷静に敵を考える。
「テオ!生きてるか?」
「ライダー!何が起きた?」
「アタシの矢が打ち返されたんだよ!訳わかんねえ理屈でな!……クソ。一旦船を止めるぞ」
苛立ちを含むライダーの言葉。少しの衝撃の後、船は前進をやめる。理解不能の相手に闇雲に突貫するのは自殺行為だ。
テオは蝙蝠を放つ。先に一瞬だけ見た敵のサーヴァントを確かめるために。
……あれは本当にアーチャーか?違うよな。
テオとライダーは一瞬であるが、アーチャーと思わしきサーヴァントと会っている。環が召喚した、ライダーの背を銃撃したサーヴァント。状況から見て環の方がアーチャーだろう。
使い魔の蝙蝠が、湖面に立つ修道服の少女を捉える。下を向き、何かを呟いているように見える。
……何を言っている?
確かめるために蝙蝠を少女に更に近づける。瞬間、テオの視界が暗転する。驚きのあまり、情けない叫び声を上げた。
「おい、テオ!どうした!」
少女が攻撃をしてこないことを察してか、ライダーが船首を離れ、テオに近づく。テオは今起きたことをあるがままに説明する。
「あのサーヴァントに近づけた使い魔が、いつの間にか湖に沈んでいた」
自身でも荒唐無稽な言葉だと思う。しかし、事実だ。
「あー、なるほど。理解した」
しかし、ライダーはテオの言葉を訝しむことなく受け入れた。
「でもって、あのサーヴァントにも心当たりがある」
「何?本当か?」
だがなあ、とライダーが逡巡している。その様子を変えぬまま、海賊はその正体を言う。
「船乗りの間じゃ常識というか、よくある話しさ。振った女が水面に立って、こっちを見てるって。女が手招きをすると、何故だか身体が応じちまう。そしたらそのまま海にどぼん、さ。……くだらねぇ怪談。暇な航海のときに新人を怖がらせる鉄板さ。見たこともない。だがな、いるとしたら、あんなんじゃねえか?」
そういってライダーがつまらん話をした、と頭をかく。
「そいつ、名前は?」
「知らん。だから、怪談の類なんだよ。……忘れろ」
……違う。
テオはライダーの話を咀嚼する。英霊として召喚されたのであればその存在は必ず真名を持つはずだ。ライダーの話に酷似し、名前を持つ存在という可能性がある。
そして、テオは記憶を辿り、一つの名前を言う。
「ローレライだ」
ハンナ・ロットフェルトは身を投げ出さんばかりにバルコニーから乗り出し、バーサーカーの様子を見ている。バーサーカーによる魔力の消費は尋常ではなく、ハンナの身体を相応に痛めつけている。しかし、その痛みに関心を払うことなく、ハンナはバーサーカーを叱咤する。
ハンナにとってバーサーカーの戦いぶりは満足できるものではない。バーサーカーは湖面に立つばかりで、テオを誘惑する女を攻撃しようともしていないのだ。
「何をやっているの!」
バーサーカーの真名。ローレライ。古いドイツ語で待つ岩を意味するその存在は、幾つかの伝説や詩によって語られる。
曰く、歌声にて船乗りを誘惑し、船を沈める、岩山に佇む美しい少女。
曰く、不実の恋人に絶望し、川底に身を投げ精霊となった修道女。
創作として語られるその少女は、本来はこの聖杯戦争において召喚され得る存在ではない。英霊に至れず、虚構にて語られる存在。
召喚されようとも形を持たぬはず。しかし、バーサーカーは確かにローレライとして現界を果たしている。
ハンナにとっては至極どうでもいい疑問だが、バーサーカーとパスが繋がることによって解消した。
帰らぬ水夫に再び会うことを願いに、海に身を投げた女達。しかし、冷たい海は願いを叶えず、彼女達は深い絶望を抱く。愛する者を奪った海を、愛する者を守れなかった船を、そして愛する者を海へと駆り立てた存在を。末期に抱いた絶望はより合わさって、船乗りを海底に誘う怨霊と成り果てた。
バーサーカーは名を持たぬ怨霊がローレライという殻を被ることによって成立し、現界した。
本来はありえぬ、正当とは言い難いサーヴァント。故に、バーサーカーにできることはただの一つ。ローレライとして行くものを惑わす歌であり、彼女の絶望と怨嗟を乗せた叫びである。
「貴方の思い、貴方の絶望。こんなものではないでしょう」
ハンナは一転し、優しい口調を宿す。ローレライたる彼女はバーサーカーの狂化のためその御業を失っている。これまでバーサーカーが起こした現象はその残り香でしかない。
故に、ハンナは思い出させる。その絶望と怨嗟の原因を。
左の手を、湖の先で佇む彼女に向ける。
「令呪をもって告げる」
淡々と言葉を紡ぐ。バーサーカーがこの命令により更に苛烈になるだろう。ハンナから奪われる魔力も相応に増えるが、躊躇うことはない。
「バーサーカー、思い出しなさい」