Fate/immature children   作:waritom

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 ……状況が、混沌として来ましたね。

 ライダーとバーサーカーが戦うプラウレン湖からおよそ五キロほどの距離。両脇を森に囲まれた長い一本道の付近に、宮葉環は潜んでいた。片端に待機するのは彼女のサーヴァントであるアーチャー。彼もまた事態の把握がままならず判断に困っているようだ。

 混乱の原因は同盟関係にあるカヤ・クーナウから受けた連絡にある。ライダーとバーサーカーの戦闘は予想通りであったが、そこに異を唱えるようにセイバーが現われたのだ。三騎目のサーヴァント。しかもその騎士は何故かバーサーカーへ襲いかかっているのだ。

 ……どこから湧いてきたんですか。あのセイバーは。

 戦場たるロットフェルト家の敷地はロットフェルト家の人間を除けば、全員が聖杯戦争のマスターだ。そして、誰がどのサーヴァントを使役しているかも明らかになっている。

 ライダー、テオ・ロットフェルト。

 キャスター、ゲルト・エクハルト。

 アーチャー、自身たる宮葉環。

 そのサーヴァントの中にセイバーはいない。

 ……つまり、セイバーのマスターはロットフェルト家の人間のはず。

 にもかかわらず、セイバーはロットフェルト家に攻撃を仕掛けようとするライダーに味方をしているのだ。

 セイバーのマスターは考えなしに行動をしているのか。それとも、バーサーカーをそれほどに危険視しているのか。

「環。動くべきだ。状況は不可解だけれど、概ねのサーヴァントの位置は明らかになった」

 環は自身の目的を思い出す。キャスターから受けた呪いを解く。そして、ロットフェルト城にある聖遺物を簒奪する。

 敵対するであろうサーヴァント三騎のうち二騎がライダーに気を取られている。ならば、残るランサーはいずれかでキャスターの相手をしているのだろうか。

 ……欲を言えば、好戦的なランサーの居場所を確定させたいのですが。

 腕の傷口を握りしめる。キャスターの呪いはいつ再開し始めるかわからない。次に発動されれば環の身体はこの傷口から灰に変わるだろう。時間が勝負なのだ。

「行きましょう。多少のリスクは呑まねば何もできません」

 アーチャーが首肯する。そして環の身体を抱え上げ、弓兵は森を疾走した。目的地は湖面に浮かぶロットフェルト城。アーチャーには水面を走る能力はないので、湖畔にあるボートか船を拝借せねばならない。

 暗闇が覆う森を、アーチャーが音もなく駆ける。環は目を瞑り身体を預ける。この段に至って環の存在は重荷にしかならない。ならばせめて、悲鳴や怯えを隠す。命がけの我儘を聞いてくれたアーチャーへ唯一できる気遣いだった。

「環」

 アーチャーが静止する。促されて降りると、崖下からプラウレン湖が一望できた。暗闇であっても強化した環の視力はその湖の状態を捉えることができる。だからこそ、その異常さにもすぐに気がついた。

 バーサーカーである修道服の少女と、その周りに浮かぶ残骸。その残骸の上に立ち、バーサーカーに斬りかかろうとする二人の騎士。

 カヤとアサシンから聞いていた通りの光景だ。しかし、そこに込められた不吉さが環の不安に陥れる。

 ……森で戦ったときとは全く違う。あのバーサーカーには近づいてはいけない。

 環の眼は不吉なものや、危険な場所を見抜くことができる。通常はある程度近づいて、視界に映してから気が付く。これほどに離れた距離で気が付くというのは、初めての経験だ。

「なるべく、バーサーカー達から離れた場所で舟を探しましょう」

 アーチャーが否定せずに行動を始める。ことを急く性分があるが、それでもあのバーサーカーとライダー、セイバーの戦いが尋常でないことに気が付いたのだろう。目的を考えれば、あのただ中に飛び込むことは避けねばなるまい。

 再び抱きかかえられての疾走。バーサーカーを避けるために遠回りをすることになるが、アーチャーの速度を持ってすれば誤差と言える。

 しかし、その停止は早過ぎた。森の只中、バーサーカー達と切迫する距離でアーチャーは立ち止まっていた。訝しむように環は抱きかかえられたまま、アーチャーの顔を見る。

 その表情は苦悶。ただならぬ失敗を侵したときの顔。

「ここは戦場。戦いを避ける臆病者が何故に此処にいる?」

 無理やりアーチャーの腕から降り、その声の主を見る。その存在に選択の過ちを感じた。

 身の丈を超す長槍。全身に張り付くような黒い鎧を着た戦士。

 ……ランサー!

「久方振りだなアーチャー。一端の戦士が子守とは、不憫な役回りを押し付けられているな」

「好きでやっていることさ。ところで、不意を打たなかったのは交渉の余地があるからかい?」

 ランサーの見下すような言葉に、アーチャーが軽口を叩く。

「いいや。戦う価値もなくば 、槍を投げつけてマスターの命を頂くとも。しかし、アーチャー。貴様は悪くない。この下らぬ戦いにおいて、貴様とセイバーのみは正面切って戦うに値する」

 ランサーが槍の切っ先を環に向ける。嘲る口調も見下す態度も消え失せる。ただ、向い来る存在を殺めるための機構。一介の魔術使いである環には、ランサーの正面に立つことも苦痛だ。

「早々にマスターを逃がせ。巻き込んで殺すのは興が冷める」

 アーチャーがゆっくりとした歩調で環を森の中に連れる。そして身近な小屋の前に立たせた。環の足元に陣を書く。アーチャーの幻術だ。

「環。分かっていると思うけど、ここから動かないで。何かあったら令呪を使って」

「わかりました」

 そしてアーチャーは目深にフードを被る。視線と表情が隠れる。ランサーとは対象的に、その畏怖も脅威もすべてを守りに隠すかのような希薄さがアーチャーを包む。

「じゃあ、直ぐに戻るから」

 狩人の言葉には確信があった。

 

 長槍を立てかけ、木にもたれかかるランサーをロイク・ロットフェルトは使い魔の烏越しに見ていた。普段ロイクが根城にしている工房を出て、些か離れた木陰に座り込んでいる。

 ランサーに所望された槍を、ロイク・ロットフェルトは駆け足で届けた。ライダーとランサーの一瞬の交戦で失った槍はその大きさゆえに、ロイクの使い魔では運べなかったためだ。

『わざわざマスターがその足で届けるとはご苦労なことだ。できた魔術師ならその苦労は不要だろうに』

 ランサーの馬鹿にするような物言いにも、ロイクには返す言葉もなかった。一流の魔術師であれば人形やゴーレムを使うなど、いくらでも運ぶ手立てはあるだろう。しかし、使い魔の扱いが不得手なロイクには、精々が見張りの烏程度が限界だった。

 そして、近くに居たアーチャーを発見すると、ランサーはロイクの言葉も待たずに戦いを申し入れた。

 ……仕留めるべきはライダーだ。何故アーチャーを狙う?

 ロイクにとって並々ならぬ敵意の対象たるテオ。そのサーヴァントたるライダーはいま、プラウレン湖の湖面にてバーサーカーと戦闘を繰り広げている。ここにランサーが加勢すれば、ライダーとて万が一の可能性もなく抹殺できるだろう。

 この好機をものにしたい。一方でアーチャーに執心するランサーの機嫌を損ねる真似も取りたくはなかった。

 ロイクがヘルマンから与えられた一画の令呪。それに気が付いたランサーは激怒をしていた。使い方によっては戦況を覆しうる切り札であるが、サーヴァントから見れば自らを縛る首輪に他ならない。ランサーのような気位が高いサーヴァントであれば、その心情も理解はできる。

 ロイクは右の手を撫でる。既に包帯は取れ、見た目には異常があるようには見えない。しかし、この右手は召喚時に他ならぬランサーに砕かれているのだ。かの英霊は隙あらばロイクを殺すだろう。マスターなど、魔力を供給する貯蔵庫程度にしか思っていないはずだ。

 ……僕はランサーを制御する。そのためにのみ、令呪を使う。

 既にランサーとの主従の関係は破綻している。それでも、ロイクは聖杯を諦めたりはしない。ロイク・ロットフェルトにとって当主というのはその人生のすべての価値に等しい。

 アーチャーが一人で戻り、ランサーが槍を持ち、向かい合う。

 戦いはなんのきっかけもなく始まった。ランサーが獣じみた殺気を放ちアーチャーを刺し殺さんと突進する。

 ……何?

 そこに対峙するアーチャーは、動かなかった。向い来る槍をその身体にて受け止める。攻撃したはずのランサーですら、信じられないという顔だ。

 途端、アーチャーの身体が霧散した。これは敗北による退去ではなく、幻が晴れたような感覚。ランサーの足元には鼠が横たわっていた。

「幻術か!」

『そうとも。悪いが先を急ぐので、僕らは失礼するよ』

 吼えるランサーに応えるように、アーチャーの澄んだ声が遠くから響いた。しかし、声の主は見えない。

 ……勝てないと見て、逃げたのか。

 ランサーの顔色がみるみる紅潮していく。その感情は怒りだ。吐き出すように、声のした方向に黒い獣が吼える。

「逃げられると思うか!直ぐに見つけ出して殺してくれる!」

「それは恐いな」

 応える声と同時に、銃声が響く。声の方向は遠くではない。すぐ近く、ランサーの背後からだ。先程まで鼠の死骸があった場所にアーチャーが立っている。

 ……まさか、先の声も幻術!ランサーの隙を作るための二重の罠!

 背を打たれたランサーは、飛び跳ねるようにアーチャーから距離を取る。必殺に思われる不意打ちだったが、ランサーの常識はずれの直感が致命傷を防いだ。しかし、背に受けた傷は大きく、苦悶の声を漏らす。対して、絶好の機会を逃したアーチャーが舌打ちをする。

「……やるなアーチャー」

「卑怯と吼えるかと思ったよ」

「真逆。これは戦争。敵の隙、弱き所を着くのは常道よ。……やはり貴様は直接戦うに値する」

 不意打ちから、槍兵と弓兵の戦闘が始まった。

 

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