Fate/immature children 作:waritom
環にとってアーチャーの戦いを見るのは二度目になる。一度目はバーサーカーが陣取る森の戦闘。あのときは一方的にアーチャーが攻撃をしていただけなので、戦闘というよりも攻略といったほうが正しい。
しかし、現在繰り広げられているものは明らかに戦闘だ。ランサーが木々を跳ね回りながらアーチャーを追い、アーチャーが幻術と銃弾を使い分けながら槍を躱し続ける。
……これがアーチャーの戦い。
弓兵にとって森は身を潜める遮蔽物が多く、有利な地形だ。ましてアーチャーは森で狩人をしていた身。森の戦い方はランサーを上回る。
対してランサーは長い槍を器用に振り回しているが、アーチャーの逃げるような戦いぶりに苛立ちを隠せないようだ。
必殺の一撃を持ちながら、幻影を穿つのみのランサー。
銃撃を行いながらも、ただ逃げ惑うだけのアーチャー。
ランサーの一撃が弓兵の姿を打つ。しかし、その姿が露のように消え変わりにそこには太い幹の木が現われた。槍が引き抜かれると、その瞬間を狙ったようにランサーの顔面に銃弾が迫る。ランサーが首の動きで銃弾を躱す。常識外れの反射神経だ。
「どうしたアーチャー!逃げ惑うだけが取り柄ではなかろう!」
苛立ちの感情が叫びに交じる。
環はアーチャーの思考を考える。アーチャーはこの先、ロットフェルト城に乗り込み、キャスターと戦う必要がある。そのため、目の前のランサーを相手に全力を出すことを避けているのだ。
……けど。このままでは、いつかランサーに捕まります。
アーチャーの狙いを考えるものの、環には思いつかない。ただ槍を振るうだけのランサーに、魔力切れは考えられない。
(環。宝具を使わせて欲しい)
突如、アーチャーからの念話が飛ぶ。宝具を利用すればその魔力がマスターから消費されるため、許可を取ったのだろう。退ける理由はない。アーチャーは時間を稼ぎながら、宝具を使って槍兵を倒す算段が付いたのだ。
(かまいません)
返答はない。その代わりに今までとは比較にならない魔力の吸い取られる感覚が襲ってくる。
……これは、ちょっと、しんどいですね。
心の中で弱音を吐くが、それを表情には出さない。代わりに森に潜む従者を応援する。
……勝ってください。アーチャー。
ロイク・ロットフェルトは努めて冷静に戦況を観察していた。
追い縋るランサーに逃げるアーチャー。状況を見るとランサーが有利に見えるが、それは早計だ。ライダーと対峙したときと状況は似ているものの、全く異なる点がある。
……ライダーは逃げる目的地があったが、アーチャーには存在しない。
つまり、アーチャーが逃げ惑っているのは何か策がある故。短絡的に考えればランサーの神経を逆撫でし、隙を作るとも思える。ランサーもそれを察してか、怒りに咆哮する振りをしていた。
しかし今はなりを潜め、ただ冷静にアーチャーを追って槍を奮っている。アーチャーの狙いはそこではないと気が付いたのだろう。
……狙いはなんだ。どうすればいい?
ロイクからランサーにできることは殆ど無い。ランサーが傷を負えば直ぐに治癒を行うが、一方的に逃げるとその必要さえなくなる。先に受けた不意打ちの傷を癒やす魔術はかけ続けているものの、すでに平常と変わらぬ程度には回復していた。
ランサーが足を止める。そして槍を上段に構え、身を捻った。ロイクにはその動作に見覚えがある。先程、テオ・ロットフェルトに対して攻撃を行った動作。
……投げるつもりか。
ランサーの真名、ドゥフタハ・ダイルテンガ。彼の宝具たる槍は投げることで必中必殺を叶えたという。ランサーの持つ槍はその宝具ではないが、ランサーには宝具を扱うに足る技量は備えている。しかし、ただの現代の槍は投げれば消え失せる。つまり、痺れを切らしたランサーが投擲という勝負に出たのだ。
静かに、ランサーの身体に魔力が籠もる。森の静けさの中、黒い獣の深い呼吸が聞こえる。アーチャーの姿はない。また、身を潜めている。
……狙うべきは、銃撃が行われたそのタイミング。
沈黙が続く。先の攻防が行われていたときとは別種の圧力が森を支配していた。ロイクは離れた場所で使い魔の視界を借りて戦闘を観察しているが、近くにいれば緊張で倒れていただろう。
前触れもなく、銃撃音が響いた。
ランサーがその音よりも早く反応し、構えた槍を放つ。その速度は銃撃を越える。迫り来るのを知ってからでは到底避けようのない必殺の攻撃。代償としてランサーの身を銃弾が穿つ。だが、ランサーは意にも介さぬとばかりに投げた槍の行方を追う。
そこにはアーチャーがいた。投擲された槍が胸に突き刺さっている。その槍を引き抜こうと片手で柄を持つが、抜くことが叶わない。
「あまりにもあっけない幕切れだな。アーチャー」
ランサーの言葉に、アーチャーが返答をすることはない。肩で息をしながらランサーを睨むだけだ。
「もはや軽口を叩く気力もないか。……よい。殺してやる」
ランサーが死に体のアーチャーに近づく。片手には短剣を構えている。そしてアーチャーに触れられるほどの距離になったとき、飛び跳ねるようにランサーが後方へ退いた。
「貴様!」
ロイクは見る。俯くアーチャーの口元が笑みに歪んだのを。
瞬間、弾丸がランサーを襲う。それは一箇所ではなくランサーを囲むように縦横から打ち出されている。逃げ道はない。
……しまった。嵌められた!
ランサーは両腕で頭を守る。槍さえ持っていれば防げたかも知れないが、今その槍はアーチャーに突き刺さている。アーチャーの行動はランサーが槍を手放すことまで見込んでの行動だった。
全身を弾丸で穿たれたランサーは憤怒に顔を歪めている。
「やってくれたな……!アーチャー……!これが貴様の宝具か」
……誰もいない位置からの狙撃。いや、既に放った弾丸が再度ランサーを狙ったのか?
ロイクはアーチャーの宝具について考えを巡らせるが、直ぐに思考を打ち切る。今は、ランサーの治療を優先する。
アーチャーが立ち上がり、胸に刺さっていた槍を抜き捨てる。苦労する様子は一切なく、簡単にその動作を負えた。ロイクの使い魔が槍を見る。その切っ先は既に折れている。
「槍が刺さったように幻術をかけさせてもらったよ。芸がないけどね。……ただの槍で英霊を殺せるわけがないだろう?」
アーチャーの嘲るような声。ランサーは呻くように傷口を抑えている。ロイクは治癒を行なっているが、傷が多くすぐには回復できない。
……せめて、近くにいれば。
アーチャーが猟銃を構える。必殺の一撃を放つつもりだ。ランサーには身を防ぐ術がない。
ロイクは左の手を見る。使うべきか。
「まさか、卑怯とは言うまいね?」
弾丸が放たれる。その刹那、森全体に届くような叫び声が響いた。ロイクは思わずそちらに気を取られかけるが、直ぐにランサーに視線を戻す。
アーチャーも声に惑わされることなく引き金を引いた。しかし、発射された弾丸はランサーには当たらず、あらぬ方向に軌道を変えた。その方向は誰も居ない。いや。
……プラウレン湖!
先程の叫び声、それはバーサーカーの歌声か。湖から離れたこの場所にもかかわらず、バーサーカーの呪いの歌に支配されている。
アーチャーが舌打ちをしながら姿を消す。
残されたランサーが怒りに打ち震えながら叫ぶ。
「逃げるな!俺はまだ戦える!戦えるぞ!」
ロイクは聞く。最後の叫びは、どこか懇願に似ていた。
「この卑怯者が!」