Fate/immature children   作:waritom

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 カヤ・クーナウは決断を迫られていた。

 使い魔たる梟が見たのは、ロットフェルト城のバルコニーから身を乗り出す女だ。何かを叫ぶように暴れる女はハンナ・ロットフェルトだと直ぐに気が付いた。

 そして、ハンナが暴れる理由にも見当がついていた。

 バーサーカーとライダーの戦闘。湖底に引きずり込まれたセイバーは離脱したらしく、浮き上がってこない。ライダーが船の残骸を飛び移るように跳ねながら、バーサーカーを切り刻んでいる。バーサーカーも目につく者を浮き上がらせて、ライダーに投擲をしているが効果は薄い。ライダーの剣がバーサーカーを斬り落とすのも時間の問題だった。

 その様をハンナ・ロットフェルトが狂乱しながら見守る。左の手をしきりに振り上げ、今にも令呪を使用しかねない勢いだ。

「……狂ってるわね。あのマスター」

 令呪は三画にて構成される、マスターとサーヴァントを繋ぐ契約の証だ。サーヴァントを絶対服従させるために使用したり、離れた場所にサーヴァントを送り込むなど超常的な使い方をすることができる。

 しかし、三画を使い切った場合、マスターとサーヴァントの契約は切れ、マスターにはサーヴァントを御する手段がなくなる。主従関係の良し悪しにもよるが、不本意な服従を強いられたサーヴァントは大抵の場合、元のマスターに反旗を翻す。通常のサーヴァントでさえ、自殺行為なのだ。ましてバーサーカーを令呪なしの状態にするなど考えられない。

「そうでもない。むしろ、ハンナ・ロットフェルトは自身の身を守るために令呪を捨てるつもりなのだろう。バーサーカーの消費魔力は尋常では無い。あのままバーサーカーに歌を叫ばせ続けていたら、先に倒れるのはマスターだ。んん。……もっとも、サーヴァントを失ったマスターがどうやって勝ち残るつもりなのかは疑問だがね」

 カヤの隣で座るアサシンが意見を述べる。

「問題はそこではないだろう」

「ええ。ハンナ・ロットフェルトは二画の令呪でバーサーカーの宝具を強化している。その範囲は環の戦闘の様子を考えると、プラウレン湖どころか周囲を取り囲む森にまで影響を及ぼしている」

 環から先程連絡された内容を思い出す。アーチャーとランサーは接敵し、ランサーを倒しかけるところにまで追い詰めたらしい。しかし、あとひと押しのところでアーチャーの弾丸が不自然に逸らされ、湖へ飛んでいったそうだ。

『以前にバーサーカーと戦闘になったときも同じ現象を見ました。ただ、あのときはもっとバーサーカーの近くにいましたけど……』

 環の証言と、先程まで繰り広げられてきたライダー、セイバーの戦闘の様子。カヤはバーサーカーの宝具が方向を持つものを歪める呪いの歌なのだと予想している。

 環達は以前の戦闘経験を基に、現状を危険と判断して森に待機している。ランサーを一時的にでも戦闘困難な状態に陥れたのは幸運だった。バーサーカーの呪いが続く限り、アーチャーはまともに戦闘を行うことができない。

「アーチャー達は待機しているようだが、安全とは言い難いだろうな。バーサーカーの呪いがこのまま強まれば、一歩踏み出すだけでセイバーのように湖底に転移されかねない」

 ……アサシンの言う通り。環達の無事を願うのであれば、行動するしかない。

 ライダーのようにバーサーカーの呪いを無効化して攻撃できるサーヴァントが他にもいる可能性はある。今の環はサーヴァントが無力化している状態で、敵対しているサーヴァントが何騎も跋扈する戦場に取り残されているのだ。

「カヤ。決めるのは君だ」

 アサシンの言葉が重く響く。決断をしなければならない。

 ……環を助けに行くか、行かないか。

 カヤにとって環は協力者だ。アーチャーの存在は唯一と言える戦力であり、軽々しく切り捨てることはできない。

 一方で、カヤがロットフェルトの敷地に無断で踏み入ることは非常にリスキーな行為だ。カヤの心臓は当主クサーヴァー・ロットフェルトが握っている。この状態でカヤがロットフェルト家に敵対していることが露見した場合、早々に命を奪われる。そしてそれはクーナウ家とロットフェルト家が戦争状態になることを意味している。

 環を助けに行くということは、カヤの命どころか、守らなければならぬクーナウの家さえ危険に晒す。カヤの心臓から、鉄の輪が擦れ合う音が響いた気がした。

 ……理性的な判断をするならば、環はここが切りどころ。もともと、部外者のマスターなのだから私には排除する義務がある。

 幼き日の誓いを思い出す。志半ばで他界した両親の遺志を継ぐという誓い。従うならば、取るべき選択は目に見えている。

 ……でも。

 それでも、カヤは見捨てるという言葉を口にすることはできなかった。

 昨夜の環の泣き顔が頭を過る。環の無力感も、屈辱も、そのどれもカヤは壁一枚を隔てて感じていたのだ。

 家業を継げなかった無力感。カールが居なければ、カヤもその無力感に苛まれていた。

 両親から期待されなくなり、ただ次代を産むことのみを期待される屈辱。カールが居なければ、カヤとてその屈辱に晒されていた。

 宮葉環という存在は、カヤ・クーナウにとってあり得たかも知れない現在なのだ。その上、環はあの小さい体で、拙い魔術回路で、巻き込まれたこの死闘で、目的のために戦っている。

 ……見捨てるなんて、できるわけないじゃない。

 決意を口にしようとして、急に心臓が高鳴った気がした。これは警告か。このまま進めば、最悪の事態がカヤを襲うとでもいうのか。

 死を、恐れているのではない。父と母の残したものを、自らの手で台無しにするのが恐いのだ。何より、カールに見損なわれるのが恐い。

 気がつけば、ソファの上で膝を抱えていた。子供の頃の癖。こうしていれば、父か、母か、兄が優しく声を掛けてくれるのだ。ここには、誰も居ない。

「カヤ」

 だから、傍らに控えているアサシンが声を掛けてきたことが、意外だった。

「私の主の話をしよう。貴方ではなく、以前のだ」

 脈絡のない話に、思わずカヤはアサシンの顔を見た。アサシンは昔を思い出すように、遠くを見つめている。

「かの女と私は良好な関係とは言い難かった。私は臣下として尽くしていると思ったが、かの女の眼にはそうは映らなかったらしい。それでも、私は英国のために働き続けた。敵国の密偵を探り出し、女王暗殺の計画を幾度も防いでね。女王の姪でさえ、英国に仇なすことが分かれば容赦はしなかった」

 アサシンの真名、フランシス・ウオルシンガム。エリザベス一世に仕え、反女王勢力から幾度も女王を救った。その方法はヨーロッパ全土にウオルシンガムの手足となるスパイを送り込み、疑いある人物、組織を監視することだった。秘密警察という組織の雛形となっている。

 英国を支えた原初のスパイマスター。その際立った功績はスコットランド女王メアリー・スチュアートの陰謀を阻止したことだろう。ウオルシンガムは女王の姪に当たるこの人物が、暗殺計画に加担していることを突き止め、その証拠を女王に突きつけた。

「かの女は決定が遅く、更に決まったことを覆すことも度々あった。殺意を持つ相手を処刑する許可を得るにも、多大な苦労を要した。私の身体を患うほどにね。だから、スコットランド女王の処刑が終わったあと、私は胸を撫で下ろしたのだ」

 だが、とウオルシンガムは小さく言う。

「それは軽薄な感情だった。女王は姪の処刑が終わると狂乱したように我ら臣下を罵倒した。あまつさえ、処刑されるべきは我々だったとまで言った。そこに居たのは、女王などではなかった。ただ肉親の死に怒り、悲しむ一人の女だった。……かの女は優柔不断であるがとりわけ優秀な女王だと思っていた。毛の一本に至るまで完璧な。しかし、私は最後の一線を超えてしまったのだ。女王と人とを分かつ一線だ」

 そしてアサシンは眼を閉じた。その瞼の裏にはきっとその日の光景が写っている。

「王は人の心を捨て切れなかった」

 その言葉に、アサシンの後悔が込められていた。きっとアサシンは女王にではなく、英国に仕えていたのだ。それ故に、王の真意を汲み取れなかった。

『私が仕えるのはマスターたる貴方だけだ。……貴方の家ではない』

 図書館での彼の二度目の誓い。今のウオルシンガムはカヤの家ではなく、カヤという個人に仕えている。きっと、彼の後悔を繰り返さないために。

「私はもう、あの悲しみを目の当たりにしたくない」

 ウオルシンガムはカヤに忠言をするわけでも、諫言をするわけでもなかった。ただ、その悲痛な言葉はカヤの決心を後押しするのに十分だった。

 震えが止まる。抱きかかえた膝を解放し、ソファから立ち上がる。

「行きましょう、アサシン。貴方のその願いを私は聞き入れる」

 アサシンも立ち上がり、カヤを見る。過去に思いを馳せる老人はおらず、戦場へ赴く意思をもった英霊がいた。

「分かっているわね?これで完璧に私は後ろ盾を失う。ロットフェルト家にバレたら命を落とすわ」

「ならば状況は単純というもの。我が主の本当の敵はロットフェルト家というわけだ。早々にアーチャーと合流し、ロットフェルト家を襲撃しよう」

 カヤは工房の扉に手を掛け、夜の森に出る。目の前に広がるのはルスハイムの街だ。その東に行くと、戦場たるプラウレン湖がある。湖への道を封鎖する結界があるが、抜ける方法は行きすがら考える。

「幸いにも使い魔を通してアーチャー達とは連絡が取れる。最悪の場合、山間で落ち合うことはできるだろう。んん」

「その口癖、忘れないでよね。調子が狂っちゃう」

 

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