Fate/immature children   作:waritom

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「カヤさん達がこちらに来てくれるそうです」

 プラウレン湖の周囲を囲む森。その中の小屋の一つに宮葉環は避難をしていた。レンガ造りの粗末な小屋である。中には寝起きのためのベッドがあるだけで、他には申し訳程度に食料がある。今は壁で守られている感覚だけでもありがたかった。

 ベッドに座るアーチャーはカヤの声に訝しむような表情を返した。ランサーとの戦闘によって消耗しているものの、力は温存できているようだ。切れ長の目が環を見つめる。

「アサシンがこちらに?彼らは戦闘能力が皆無に等しいのではなかったの?」

 環が見た限り、アサシンのステータスはかなり低い。純粋な戦力としての期待はできないだろう。しかし、それはアサシンとカヤも知るところのはずだ。

「それでも来るということは、何か打開策を持っているはずです」

 小屋の外。プラウレン湖を覆う森はバーサーカーの支配下にある。修道服の女の怨嗟の声が今も響き渡り、バーサーカーに近づくものを容赦なく湖の底へ転移させる。

 環達はランサーとの戦闘後、バーサーカーの危険を察知して可能な限り湖から離れた。ランサーに損傷を負わせたが、戦いを続けるのは危険であった。バーサーカーの宝具の影響で銃弾が無効化されれば、こちらに戦う術はない。

 小屋の床に座る環の膝には、一羽の梟がいる。カヤが放った使い魔だ。周囲の観察を担っていたが、バーサーカーの影響を考え、飛ばすことをやめて環達と合流した。今はこの梟を経由してカヤと会話ができる。環は梟の頭を撫でる。撫でる手から不安が吸い取られる気がした。

「それで、アサシン達はどのくらいで着ける?」

 アーチャーがしきりに時間を気にする。声色は落ち着いているが、その様子には焦りが隠し切れない。問題は時間だ。環の呪いがいつ再発するかはキャスター次第なのだ。他人に命を握られる感覚から、一秒でも早く解放されたい。その思いは当人である環以上にアーチャーが感じているのであろう。

「分かりません。結界をどう抜けるかもわからないですし」

 環の返答にアーチャーはそうか、と短く答えた。考え込むように下を向くアーチャーに釣られて、環も下を向く。膝の上の梟がとぼけた顔でこちらを見上げていた。

(環。聞こえている?)

(カヤさん!)

 カヤから念話が届いた。思わず大きな声で返答をしてしまう。その後、修正するようにちゃんと答えを返した。

(はい。聞こえています。こちらには来れそうですか?)

(そのことなんだけど、環の持っている通行手形を送ってくれないかしら。使い魔に持たせたら届けられるわ)

 ……ああ、そうか。単純な方法を見落としていました。

 環は肩から掛けた鞄を漁り、名刺ほどの大きさの紙を取り出す。文字列が矢印を作る異様な名刺だ。外からプラウレン湖に至るためにはこの名刺がなくてはならない。いや、山間を抜ければ道はあるのだったか。

(わかりました。直ぐに持たせます)

(ありがとう。しばらく念話ができなくなるけど十分くらいで着くはず)

(待ってます)

 短い返答の後、環は手に持った通行手形を梟の口に咥えさせる。そして建て付けの悪い窓を力ずくで開けると、梟が飛び立っていく。その瞬間、心細さが環を覆った。もしカヤ達が来なかったら。もし、見捨てられてしまったら。そう思うだけで足が震えた。

 ……十分。

 カヤ達を信じる。そう思い、震えを強引に抑える。努めて冷静に、アーチャーに伝える。

「アーチャー。カヤさん達は後十分ほどで着くそうです」

「そう。意外に早いね」

 アーチャーの感想がどこか冷たいのは、アサシンにあまり期待していないのだろう。昨夜の様子を見る限り、性格が合う様に見える。ただ、根本的にこの場を打開する策をアサシンが持つかどうか、疑問を抱いているのだろう。つまり、性能の問題。

「環、今はカヤとアサシンは会話を聞いている?」

「いいえ?使い魔がいなくなったので、聞こえていないですよ」

 アーチャーの問いの意図がわからず、環は戸惑う。

「アサシンが聞いていない内に話しておきたいことがある。僕の真名についてだ」

 アーチャーの真名。召喚してから暫く経つが、未だに聞きそびれていたことだ。幻術を使い、猟銃にて敵を射つサーヴァントは一体どの時代の英霊なのか。気にはなっていた。しかし、環には疑問が残る。

「この場で切り出したのは何故ですか?」

 言ったものの、何も話をしないと恐怖で押し潰されそうだった。アーチャーがこのタイミングで話をしてくれたのは助かった。もしかして、この弓兵は気を使って話をしてくれたのかも知れない。

「単純なことさ。アサシン達に聞かれずに話ができるのは、きっとこのタイミングしかないからさ」

「それは、カヤさん達が信用できないということですか?」

「そうじゃない。ただ、アサシンに盗み聞きされるのは不本意なだけだ。環が信用できると思ったのなら、早々に打ち明ければいい。僕は僕自身以上に、環の見る目を信用している。だから、環にだけ先に打ち明けたいんだ」

 環はアーチャーの言葉に納得した。本来であれば、召喚よりも前に知っておくべき情報が今の今までなし崩しで伝えそびれてきたのだ。ならば、早くその遅れを是正しておくに越したことはない。

「初めに言っておくけれど、僕の事情は複雑だ。正当な聖杯であれば、僕のような存在は呼ばれないと言えるくらい」

「今の戦況も十分に複雑なので、もう一つ複雑が増えたところで気にしません」

「それは良かった」

 環の軽口に応じるように、アーチャーが笑った。弓兵の相貌が、俄に爽やかな青年の表情に戻る。

「僕は言わば幻霊と呼ばれる類の存在だ。本来は伝説や作り物の世界に存在し、実在はしないもの。しかし、語り継がれる内に人々によって存在を信じられるようになった人物さ」

 幻霊。作り物の世界の住人にして、本来は存在しないもの。アーチャーのような狩人の物語に環は覚えが合った。

「もしかして、『魔弾の射手』ですか」

「ああ、やっぱり知っていたんだね」

 環の予想に青年が笑みとともに回答した。

「悪魔と契約し、必ず標的に当たる弾丸を得た狩人。それが僕の正体」

 アーチャーの声が、どこか他人事の様に語られる。目の前の人物が作り物の存在であるとは、環にはどうしても信じられなかった。

「誰かがアーチャーを生み出したということですか?」

「いいや。そうじゃない。『魔弾の射手』という作り物の脚本には、元となる実在の人物がいた。森で狩りをし、代々の受け継がれていた魔術を研鑽していく家系の男。気まぐれに一族の秘術を友人に貸し出したら、それが噂になって語り継がれてしまった。終いには演劇の原点にまでなるだなんて、恥ずかしい限りだよ」

 狩人の青年は本当に恥ずかしがるように肩をすくめた。

「じゃあ、アーチャーは実在の人物?」

「そういうこと。『魔弾の射手』として語られた架空の狩人を皮として、名も忘れられた森の人を中身として詰め込んだのさ。だから、本当のところは僕の名前は不明だ。僕自身も忘れている」

 何でもないことのように言うアーチャーに環は複雑な思いを抱く。

 ……確かに複雑。けど、それ以上に、悲しい。

 自身の名も語られているわけでもないのに、戦争に駆り出され命を賭けさせられている。これでは人というよりももはや機構と言ったほうが似つかわしい。

「じゃあ、アーチャーは名前を取り戻すことを聖杯に願っているのですか?」

「いいや。僕はそこにこだわりはない。魔術師としても狩人としても、なんら恥じることのない人生だったさ。ただね」

 言葉を切る。青年の表情に後悔の色が混じる。

「僕が気まぐれで渡した弾丸で、人生を狂わせた奴がいるらしい。一言、謝りたくてね」

「聖杯に願うには、ちょっと小さすぎる願いですね」

「そうかもね」

 環とアーチャーが笑い合う。環を多く不安が和らいだ気がした。そこに不釣り合いな音が響く。扉をノックする軽い音だ。環の返事を待たずに扉が開く。

「よかった。合流できた」

 長い手足に暗さを一切感じさせない白い肌の女性。走ってきたのだろうか、少し頬に赤みが射している。泣きそうにも微笑みにも見える表情だ。環は思わず立ち上がり、駆け寄ってしまう。抱きつくと、外の、冬の匂いがした。冷えた身体が彼女の優しさを証明しているようだった。

 カヤ・クーナウがそこにいた。

 

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