Fate/immature children   作:waritom

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 カヤ・クーナウはロットフェルト家の敷地に入ることに迷いはなかった。既に、アサシンとの会話にて心は決まっている。その上、環からの今にも泣き出しそうな声がカヤの背中を押した。

 バーサーカーの呪いがプラウレン湖を多い囲む森にまで影響を及ぼしている。しかし、環達の居場所が湖から離れていたために、その影響を受けることなく辿り着くことができた。

 ……途中でランサーにでも遭遇したら、その時点で死んでいた。

 環達の様子を知っているので、ランサーがしばらく戦闘に復帰できないのは分かっている。それでも万が一の危険を侵しても、カヤは最短距離を駆け抜けることに決めた。

『待っています』

 ……あんな泣きそうな声。待たせられるわけないじゃない。

 一時でも環を見捨てようとした己を恥じた。そして、その自分に気づかせてくれたアサシンに感謝の念を抱いたが、口には出さない。

 使い魔の案内を得て、環達のいる小屋にはすぐに辿り着いた。使用人のための家なのだろうか、湖に浮かぶ城めいた屋敷に比べて作りが粗末で古さを感じる。木製のドアをノックすると、木が弾む軽い音がした。中で、何かが動いた気がする。

 冬の空気に冷え切ったドアノブを掴み、扉を開ける。正面に、今にも泣き出しそうな環がいた。小動物を思わせる小さな身体が、カヤに抱きつく。黒く短い髪が乱れているのが今までの戦いの過酷さを伝えていた。しかし、怪我をしている様子もない。安堵からか、思わずカヤの瞳にも涙が浮かんだ。

「それで、状況はどうかな?」

「分かってると思うけど、バーサーカーが厄介だね。あの調子なら長くは持たないと思うけど」

「それはわからない。んん。バーサーカーのマスターはあの宝具を維持するために二画の令呪を使った」

「……正気を疑うな。バーサーカー陣営は主従揃って狂っているのか」

 カヤと環が再開の感動に浸る中、従僕達は変わらぬ調子で状況の確認をし始めた。気まずさを感じ、どちらともなく離れ始めた。

「好きなだけ続けてくれて良いぞ。んん?」

「からかわないで。それで、どうなのよ?」

 カヤは髪をかき上げながらアサシンに問う。黒い外套の男はふむ、と前置きをして話を始めた。環とアーチャーもそれに応じてアサシンに注目する。

「まず状況を整理しようか。我々の目標はキャスターの討伐だ。付帯して色々やりたいことはあるだろうが、今は置いておく」

 カヤと環が同時に頷く。環はロットフェルト城に保管されている聖遺物に用があり、カヤはロットフェルト家の当主に聞かねばならないことがある。しかし、現状として優先されるべきは環を蝕む呪いだ。

「キャスターの行方は未だに掴めていないが、既にロットフェルト城に乗り込んでいるのではなかろうか。ライダー、キャスターがどこまで結託しているかは不明だが、ライダーが陽動となりキャスターが本丸を攻める作戦というのは非常にわかりやすい」

「目指すべきはロットフェルト城だろう?それは百も承知だとも」

「ふむ。であれば、行く手を阻む障害を考えよう。兎にも角にもバーサーカーの対処だ。マスターであるハンナ・ロットフェルトは屋敷から直接こちらを見ている。令呪は後一画あるが、彼女の狂乱ぶりを見ると今にも使いかねない勢いだ。当然、その利用方法はバーサーカーの宝具の強化。実行されると、ロットフェルト城に近づくのが更に困難になる」

 環とアーチャーが神妙な顔つきに変わる。彼らにとってバーサーカーのマスターのことは初耳だったのだろう。

「早急に、マスターを討つ必要があると?」

「その通り。残念ながら、私にはその術がないがね」

 アサシンは悪びれることもなく言う。

「平時であれば狙撃することは難しくない。だが、問題はやはりバーサーカーの宝具だ。行く物の方向を操作するだなんて天敵も良いところだ」

「もし、バーサーカーの宝具がなければ、可能かね?」

 アサシンの言葉に、俯いたアーチャーが顔を上げた。期待が半分、不審が半分という表情だ。

「可能だとも。僕の宝具を開帳すれば万に一つも外すものか。だが、この仮定に何の意味がある?」

「では、湖面に立つバーサーカーはどうか。マスターとサーヴァント。同時に討つことは可能かね」

 アサシンはアーチャーの疑問に応えることなく続きを問うた。弓兵が訝しみながら、しかし、聞かれたことにだけ応える。

「同時、は不可能だ。弾の装填に時間がかかる。尤もその装填時間に何かをさせることはないけどね」

 皮肉交じりの回答にアサシンは満足がいかないようだ。ふむ、んん、といつもの口癖を溢している。たまらなくなり、カヤはアサシンに抗議の声を上げた。

「アサシン、話が見えない」

「単純なことだ。アーチャー、合図があるまで待機して何時でも宝具が打てるように準備を頼む。狙いはマスターだけでよい。バーサーカーはライダーに叩かせよう」

 そしてたっぷりと間を置き、アサシンが話しの根幹を口にする。

「バーサーカーの宝具は、私がなんとかしよう」

 

 小屋を出て、光の差さない森を走る。時折、何かが打つかるような音が響いていた。バーサーカーとライダーがまだ戦っているのだ。

(急いだほうが良い)

「分かってるわよ!全く!」

 霊体化したアサシンの小言に、カヤは走りながら悪態をつく。アサシンがここまで隠し事をしていたことに憤っているのだ。

『私の宝具は一定の条件があるが、他者の宝具を無効化できる。それでバーサーカーを無力化するので、その間にマスターを討て』

 当然、そんな宝具の存在をカヤは聞いていない。

(なんで予め言わないのよ)

(んん。使い所が難しいのだよ。私の真名は確実に白日の下に晒せれる上、しくじる可能性もある。あと、この宝具を使う前は『不義の密命書(バビントン・プロット)』は使えないからな)

 湖に向かって真っ直ぐ走ると、直ぐに視界が開く。カヤは使い魔の梟を湖に向けて飛ばした。向かう先は黒い船だ。戦闘を遠巻きに見つめている。

 ……無事に着くかしらね。

 既にこの湖付近もバーサーカーの支配下にある。彼女の叫ぶような悲痛な歌声が、剣戟の合間から聞こえている。

「さて、どうかね?」

 アサシンが実体化した上で問う。ここから先、戦闘力のない彼が矢面に立つことになるが緊張もしていないようだ。

 梟の行方を追うと、やはりというか、船の近くまで行くが、直ぐにその姿を消した。湖底に引きずり込まれたのだ。

「ダメね。引きずり込まれちゃった。むしろ、私達がここまで走ってこれただけでも良しとしないと」

「ふむ。仕様が無いな。後はアーチャー達の準備を待とう」

「いえ、既に準備は完了しているそうよ」

 環のところに置いてきた梟を介して、念話で状況を把握している。既にアーチャーはいつでも宝具を射てる状態だそうだ。

「では、早速始めようか」

「死なないでよね」

「善処しよう」

 そしてカヤは左の手を掲げる。向ける先は黒き船。

「令呪を持って告げる」

 

 テオ・ロットフェルトはライダーの戦いを見守り続けていた。『戦いの雌獅子(ライオネス・オブ・ブリタニー)』を使ったライダーには、もはやテオの声は聞こえていない。ただ、復讐を遮るバーサーカーを打ち倒すことしか考えていない。

 騎士の様相をしたライダーが、船の残骸からバーサーカーに飛びかかる。バーサーカーが湖に浮かぶ船の残骸をライダーに打ち付け、迎撃を行う。行く手を塞がれたライダーが空中で身を翻す。

 先程からこの繰り返しだ。

 テオはライダーの姿に恐怖を感じていた。快活で、挑戦を好むライダーは既に消えた。テオのサーヴァントは復讐を討ち果たすための獅子になった。

 左の手の甲を見つめる。バーサーカーが魔力切れを起こせば、すぐにでも使うつもりだった。『戦いの雌獅子(ライオネス・オブ・ブリタニー)』は令呪でないと解除できない。

「ふむ、苦戦しているようだね。テオ・ロットフェルト」

 テオの背後、予想外の方向からかけられた声に思わず振り向く。そこには黒い外套の男がいた。

「誰だ」

「アサシンのサーヴァントだ。んん。敵意はない」

 ……アサシン!

 所在の知れなかった暗殺者のサーヴァント。マスター殺しを生業にする英霊のはずだ。直ぐに思い至ると、テオはアサシンから距離を取った。

 しかし、アサシンは困ったように肩をすくめた。

「時間がない。んん。殺すつもりなら背から刺していたことぐらい、直ぐに分かって欲しいものだ。……バーサーカーを止めて欲しくはないか?」

 アサシンのサーヴァントは気配遮断というスキルを持つため、マスター程度の魔術師ではその存在を認識することすら難しい。目の前の男の言う通り、敵対するのであれば悠長に話しかけたりしない。

 ……それよりも。

「止められるのか?あのバーサーカーを」

「イエス。んん。……ただし条件がある。テオ・ロットフェルト。キャスターが掛けた呪いを解け」

 テオはアサシンから投げかけられる言葉に、心当たりがなかった。その雰囲気を察してか、アサシンが渋面を作る。

「まあよい。早々にライダーに準備をさせろ。直ぐに始める」

 そしてアサシンが船首からライダーとバーサーカーを見る。かの黒い男の周りに尋常ならざる魔力が滾る。静かだが、確固たる意思を感じる魔力だ。

 ……ライダーよりも静かだ。

 そして、アサシンが口を開く。低い、断罪の声が響く。

「連れてゆけ、『血塗られた倫敦塔への道(タワー・グリーン)』」

 戦闘を繰り広げるバーサーカーの周囲に異常な魔力が集まる。テオは見る。その魔力が形作られるのを。

 ……あれは、牢獄か。

 バーサーカーの宝具を、攻撃を、そのすべての行動を奪い去る牢獄だ。バーサーカーには理解ができないというように暴れるが、牢獄は微動だにしない。

「邪魔だ」

 ライダーが外から攻撃を繰り出す。しかし、牢獄はすべてを拒否するかのようにライダーを弾き飛ばした。魔力が更に集積し、牢獄を取り囲むように塔を作る。中からも外からも壊すことは敵わない牢獄塔が生まれていた。

 

 宮葉環は小屋の外に出て、湖の方向に光の塔が出現したのを見た。

「全く、本当に彼は暗殺者なのか?あんな目立つ宝具を使って」

 呆れるアーチャーの声は環の上空から聞こえた。弓兵は小屋の屋根に立ち、猟銃を構えている。ロットフェルト城にいるバーサーカーのマスターを狙撃するためだ。

 ……本当に、人を殺すのですね。

 ここまでの戦いで環は幾度も殺されそうな目に遭っている。しかし、能動的に敵のマスターに害を加えるのは初めての経験だった。

「環。これは僕の意思で行う狙撃だ。環の意思ではない。決して気に病まないで」

 思い詰める環に、アーチャーが励ます。

 ……いいえ。アーチャーを止めない限り、私も同罪のはず。

 しかし、声に出すことはできなかった。自らの意思で命を奪うことに、どうしても声を出して賛同できないのだ。

「すみません、アーチャー」

「本当に、魔術師らしくないね」

 魔術使いです、と小さく応えるが、意味のある反論かわからなかった。

(環、聞こえる?今なら届くから射って!)

 カヤの念話に、環は迷いを消す。行動をしなければバーサーカーに殺されるかもしれない。何より、ここで環が行動をやめれば、環を助けに来たカヤが危険に晒させる。

「アーチャー!」

 環の声よりも早く、アーチャーは既に行動を開始していた。魔力が弓兵の猟銃に集まる。そして、直ぐにそれは放たれた。アーチャーの祈りのような声とともに。

「『主よ御手もて引かせ給え(デア・フライシュッツ)』」

 魔力の籠もる弾丸が、木々の隙間を、夜霧の間を抜け、ただまっすぐ目標に迫る。城にいるバーサーカーのマスターだ。

 命を奪う閃光が夜を切り裂いた。

「よし」

 アーチャーの声が落ちてきた。環は命が奪われたのだと知った。

 

 テオ・ロットフェルトは暗闇を割く閃光を見た。

 ……あれはなんだ?

 状況は停滞していた戦闘から一変して、急速に変わっていた。

 アサシンが登場し、バーサーカーを光の牢獄塔に閉じ込めた。バーサーカーとライダーが内と外から食い破ろうとしているが、梨の礫だ。

 そして先の閃光。サーヴァントによる行動であることは疑いもない。アサシンによるものだとは思えない。もう一騎、サーヴァントが潜んでいた。

「テオ・ロットフェルト!ライダーのマスター!」

 状況を確認する思考は、アサシンの呼び掛けで途切れた。

「バーサーカーを解き放つ!ライダーで攻撃し給え」

 船首に立つアサシンは、テオの返事を待つことなく姿を消す。バーサーカーを解き放つ。つまり、バーサーカーの宝具が再び具現化するだろう。アサシンは、バーサーカーの宝具の発動よりも早く、ライダーでバーサーカーを打ち倒せと言っているのだ。

 ……良いように使われているが、今は先へ進むのが優先だ。

 そのためには、ライダーの『戦いの雌獅子(ライオネス・オブ・ブリタニー)』を解除し正気に帰らせねばならない。さもなくば、ライダーはバーサーカーを打倒した後に消滅する。そんなことは許容できない。

 船首に立ち、左手を掲げる。令呪を行使しようとしたとき、耳元に低い男の声が響いた。

「ゆめ、呪いを解くことを忘れるな。約束を反故にすれば、疾く我が遣いがお前を殺すだろう」

 思わず声の方向を見るが、そこには誰も居ない。

 ……アサシン!

 アサシンの言葉について考えるのをすぐに止める。バーサーカーを囲む光の牢獄が崩れかかっているのが見えたからだ。

「令呪を持って告げる。ライダー!正気に戻れ!」

 左の手の甲に痺れが走る。令呪の行使の結果は直ぐに現われた。牢獄に攻撃を加え続けるライダーが手を止めて、テオの乗る船を見ている。

 ライダーが足場とする船の残骸から飛び上がり、テオの目の前に立った。白金の鎧に金色の髪が靡いている。その表情は未だに凍ったままだ。

 ……失敗したのか。

 ライダーは『戦いの雌獅子(ライオネス・オブ・ブリタニー)』の解除を令呪に頼ると言った時、訝しむような様子だった。ライダーの宝具は令呪でさえ解除できない強制力を持つのだろうか。不安が胸を過ぎる。

「……悪いなテオ。迷惑をかけた」

 しかし、杞憂だった。ライダーが照れ隠しのような表情で謝罪を口にした。そしてテオの回答を待たずに、白金の鎧が海賊服に変わる。左手の細身の剣が武骨なカトラス剣に変貌した。

 かつてのライダーの姿だ。

「ライダー」

「感動の再会は後だ。あいつと決着をつけようぜ」

 そしてライダーが乱暴な仕草で顎をしゃくる。そこには牢獄が消え、湖面に蹲るバーサーカーがいた。アサシンの宝具が解けたのだ。

「さあ、行こうか。これで終いだ!」

 ライダーのカトラス剣がバーサーカーを指す。何故か、テオには懐かしさが湧いた。朱い帆が夜の風に靡いた。黒い船の歓喜だと思った。

「ぶっ潰せ!『朱き我が復讐(マイ・リベンジ)』!」

 テオとライダーの乗る船が、唸り声を上げてバーサーカーに打つかる。修道服の少女は、何もできずにその身に復讐の一撃を受ける。

 その直前に、ライダーの声を聞いた。

「愛されなかったってのは、悲しいもんだな」

 破砕の音が湖に木霊した。

 

 ロットフェルト城のバルコニーでハンナは自身に起こったことをようやく理解した。

 胸に手を当てると、生暖かいもので濡れていた。血だ。

 ……嗚呼、死ぬのね。

 バルコニーからバーサーカーを叱咤し、令呪を使おうか考えていた矢先だった。湖から少し離れた所から細い閃光が迫った。ハンナが脅威であると認識する前に臓腑を貫き、決して助からない傷を残していたのだ。

 ……相手に死という概念を押し付ける。まるでルーンのような強制。傷の治癒は無意味ね。

 足に力が入らず、バルコニーの外壁に前のめりにもたれかかった。死の際に至り、ハンナは自身の状況を冷静に分析できた。死は、避けようがない。

 首を無理やり上げて、視線をバーサーカーに送る。

 バーサーカーが赤い帆の船に叩き飛ばされているのが見えた。

 ……悔しいでしょうね。私もよ。

 その船には憎き女がいる。今は海賊服に着替えているが、見間違えようがない。テオを連れ去った女だ。その女が、テオとハンナの家に迫っている。

「バーサーカー、バーサーカー!……私の怒りを、貴方の怒りを、このままにしておけないわよね?」

 バーサーカーは湖面に伏せ、今にも退去されようとしていた。しかし、去りゆく船を睨むその目は意思が秘められている。ハンナと同じ意思だ。

「……令呪を持って告げる!」

 肉体の死が近づきながらも、ハンナの魔術回路は未だに令呪を行使するだけの力を持っていた。最後の一画が輝く。

「ライダーを沈めなさい!」

 渾身の思いを込めて吼える。左の甲にハンナの最後の力が吸い取られた。

 ……バーサーカー、貴方だけでも、思いを叶えて。

 最後の令呪がもたらす結果を目にすることなく、瞼を閉じる。同胞への思いを残し、ハンナ・ロットフェルトの命は閉じた。

 

 テオ・ロットフェルトの耳に、ありえぬ声が響いた。声のする方向は船尾。そしてその声は確かにバーサーカーの悲痛な歌だ。

 ……まだ倒せていないのか。

 バーサーカーを退けての突貫。倒したと確信していた。

「テオ!アタシに掴まれ!」

 ライダーの声に応じて、理由を尋ねることなくライダーにしがみついた。

 辛うじて聞こえる程度の声が、絶叫となり響く。その声に従い、崩壊が訪れた。

 何かを強引に引き千切る、不気味な音が聞こえた。思わず、そちらを見る。絶叫の方向にある船尾から、船が崩れている。まるで、先へ向かう船を強引に引き止めるかのように、船を尾から引き千切っていく。

「畜生め!」

 ライダーが悪態と共に、テオを抱きしめたまま海へ飛び込む。湖面に飛び込む直前、船の赤い帆が沈みゆくのを見た。

 

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