Fate/immature children 作:waritom
カヤ・クーナウは湖を囲む森から、船が崩れていくのを見た。巨大な黒い船が船尾から崩れていき、湖の中に吸い取られている。
船を逃さないという執念を感じる。既にバーサーカーの姿は消え掛かっているが、かのサーヴァントの恩讐は絶叫として響いている。
カヤの心配は黒き船ではない。カヤ自身のサーヴァントである。
カヤは令呪を使ってアサシンをライダーのマスターのいる船に送り込んだ。如何にバーサーカーの宝具が強力とは言え、令呪の奇跡を防ぐほどの強さはなかったようだ。
しかし、船からの脱出に令呪を使うつもりはなかった。バーサーカーが最後の足掻きで宝具を使うなど予想していなかったからだ。
……アサシン!
黒い男の脆弱さをカヤは一番分かっている。ライダーの宝具さえ崩壊せしめる御業に、あの老人が耐えられるはずなどない。
「戻った。んん。全く、バーサーカーの往生際の悪さには肝が冷えた」
カヤの心配を裏切るように、アサシンが傍らに立っていた。
「うわっ!驚いた」
唐突な登場に、思わず甲高い声が出た。
「ひどい反応だ。命からがらで逃げてきたというのに」
アサシンが眉間に皺を寄せながら言った。
「悪かったわね。絶対に死んだと思ったから、令呪を使おうか迷ってたの」
「んん。バーサーカーがライダーのみを狙ったようで助かった。船の脱出が遅れていたら令呪に頼ることになっていただろう。……ともあれ、作戦は成功のようだな」
アサシンの宝具たる『
「最後のバーサーカーは、令呪に寄る強制起動だろう。んん。意図はわからんがテオ・ロットフェルトに多大な怨みがあったのだろうな」
「そうかもね。……でも今は自分達のことよ。環達のところへ戻りましょう」
そしてアサシンが霊体化する。カヤはアサシンを連れて小屋を目指して駆け始めた。歌声が消え、森の静けさが際立っている。
(アサシン、ところで宝具の説明をしてくれない?)
バーサーカーを拘束した宝具。あの光の牢獄についてカヤは何も聞いていなかった。アサシンが使用を躊躇ってことも含め、説明が欲しかった。
(ああ、ふむ。そうだな。あれは倫敦塔を模した宝具だ。私の主に仇なすとわかった者を閉じ込め、その力を剥ぎ取る。魔力、権力、財力。あらゆる力を、だ)
英国の倫敦塔はかつては政治犯を捕える監獄の役割を担っていた。アサシン、フランシス・ウオルシンガムも多くの政治犯を捕え、この監獄に閉じ込めたと記録されている。
(良い宝具じゃない。なんで今まで黙ってたのよ)
(安定しないからだ。まず、あの塔は閉じ込める相手の持つ悪意の過多で出現時間が決まる。いや、厳密には私の確信している悪意の過多、か。もし相手が我が主、カヤ・クーナウに親愛の情を持っていた場合、あの塔は出現せずに不発に終わる。ただ、いたずらに魔力を消費するだけだ。……隠したい理由が分かったかね?)
一見すれば、相手の宝具さえも無効化する強力な武器。しかし、相手の感情という曖昧な点に依存して脅威が変わる。幾度も使えば誰かが弱点に気が付くだろう。いざというときまで隠しておきたい気持ちは理解できる。
(そしてこれが明確な弱点なのだが、あの牢獄は内からも外からも破れない。私が死ぬか、塔が自然に消滅するまで、誰の手にも自由にはならない。故に、『
(貴方は攻撃手段を持たない。となると、必然的に他のサーヴァントの協力がいる)
(ふむ、その通り)
アサシンの続く言葉が予想できた。この宝具、『
使えば敵対サーヴァントを無力化でき、マスターを無防備にできる。しかし、マスターへの攻撃手段をアサシンが持たない故に、他のサーヴァントに攻撃を依頼するしかない。先の場合でいうと、バーサーカーを無力化し、協力者であるアーチャーがハンナを討った。
しかし、『
聖杯戦争が正常に推移した場合、協力関係はいつか破綻する。必ずだ。そのとき、先んじてアサシンが協力関係の破綻に気が付かない限り、この宝具は機能しない。
(召喚した際に言ったな。私を召喚する者がいるとは思わなかったと。……それは私に、戦士として、暗殺者としての史実がないから問うた。そして、私の性能は最後の一人になるためのものではない)
フランシス・ウオルシンガムの責務は、英国に仇なす陰謀を暴き、先んじて牢獄に投じる。蜂起された戦乱を兵を率いて鎮めることでも、敵国に攻め入ることでもない。それは他者の責務だ。フランシス・ウオルシンガムはただ、彼らを支援する。
(理解したわ。過信はしない)
(特に気をつけて欲しいのは、相手がカヤに悪意を持っているかではない。私が相手の持つカヤの悪意に気が付いているか、という点なのだ。物証に寄る明確な殺意ならば満点。殺意の言葉でも十分過ぎる。怨嗟の籠もった絶叫でもまあ良し。ただ、何もなければ、何も起こらない)
カヤは心の中で納得する。アサシンの二つの宝具は連携することが前提なのだ。
『
『
強力な武器だと思う。アサシン自身に戦闘能力がないことが殊更悔やまれる。
新たな情報を脳内で整理しながら森を走る。環達のいる小屋が見えたところで、誰かが走ってくるのが見えた。小柄な女性。宮葉環だ。
「カヤさん!」
「遅れてごめんね。でも、なんとかなった」
安堵と達成感に満ちているような雰囲気に浸る。しかし、環にとって重要なのはここからだ。
「アサシンは無事かい?彼の宝具のおかげで助かった」
「なんともないとも。詳細を説明する気はないがね。……感動もそこまでだ。早々に行動しよう」
実体化したアーチャーとアサシンが簡単に会話を済ませる。
……そう。ロットフェルト城のキャスターと当主に会わなくては。
環に掛けられたキャスターの呪い。カヤの心臓を縛るであろうロットフェルト家当主の魔術。どちらもここで片を着けなければならない。
「アーチャー、ミス宮葉。一応だが、テオ・ロットフェルトへキャスターに呪いを解くように脅しておいた。どこまで意味があるのかは不明だがね」
アーチャーが環を抱え、カヤも気持ちを一新したところでアサシンが唐突に言った。
「どういうことですか?テオさんはキャスターのマスターではないですよね?」
「その通りだ。んん。しかし、恩を売るという意味でバーサーカーを無力化する対価として、呪いを解かせるように約束させた」
アサシンが宝具を使う直前。ライダーの船の上で会話をしているのは知っていたが、そんなことをしていたのか。抜け目のない。
「でも、どこまで強制力があるの?」
「全くない。破れば使い魔が殺しに行くと脅したが、どこまで意味があるか。やらないよりもましと判断した」
無論、アサシンに遠隔による攻撃を行う術もないし、テオが自分のサーヴァントではないキャスターに強制力を持っているわけではない。
「期待はするな。だが、言わないというのもおかしなことだと思ったのでね」
「いえ、ありがとうございました」
環がアサシンに丁寧にお辞儀をした。アーチャーに抱えられながらなので、あまり格好はついていなかったが。
アーチャーが湖畔に向けて走り出す。カヤも後を追って走り出した。ロットフェルト城へ行くためのボートを探すためだ。
「そもそもだけど、ライダー達が無事とも思えないしね」
カヤが独り言のように溢す。ライダーの船はバーサーカーの最後の足掻きによって湖底へ藻屑と消えた。ならば、その上にいたライダーとテオの命も同様の末路を辿っていると思われた。しかし、その予想は霊体化したアサシンに否定される。
(そうとも限らない。ジャンヌ・ド・ベルヴィルには生き残りの逸話があるのだからね)