Fate/immature children   作:waritom

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 ロットフェルト城の内部。その中は魔術によって異界に変容していた。外から見ても大きさを感じる城だ。その上、一度外敵とみなされると巨大なな城は途端に迷宮となる。

 ゲルト・エクハルトは迷宮をサーヴァント、キャスターと共に踏破していた。

 治癒、回復魔術の古き大家たるロットフェルト家の当主が作成した工房。外敵を阻むための結界は幾重にも敷かれ、直接的に排除するために死霊さえもゲルト達を襲う。

 しかし、どの仕掛けも意味をなさない。そも現代の魔術師が人類史に刻まれた魔術師の英霊たるキャスターを阻むことなど、無謀と言う他ない。

 二人は最上階の当主の工房を目指し、降りかかる仕掛けを愚直に潰しながら歩いていた。光の入らない石畳の廊下が真っ直ぐ伸びる。明らかに城の大きさを越える長さ。しかし、それに驚く素振りもない。

「まったく。魔術師がキャスターを阻むなど無意味だと言うのに。魔力がもったいない」

 昏いコートの男が嘆息する。キャスターと呼ばれた少年は、何も言うことなく、廊下に掛けられた絵画を見ている。そして、何かを小さく呟くと変化が訪れた。

 廊下の石畳が、絵画が、先が見えぬという映像が剥がれる。ただの絨毯の敷かれた廊下。そして目の前に扉がある。

「幻術だった」

 大家とまで言われた老魔術師の幻術を破った少年は、なんでもないかのように報告した。

「ご苦労さま。これで最後だろう。老人との対決は私に任せてくれ」

「わかった。一度分だけれど、地獄の準備はできている」

「ああ。合図をしたら、私に対して使ってくれよ」

 顕になった扉に手をかけて、開く。金属の軋む音と共に、目当ての空間に出たことを悟った。

 建物の一室とは思えぬ広い空間。足元には草が生い茂り、中空には月が浮く。明かりは月明かりのみだ。夜の草原が、その一室には再現されていた。

 例外は一つ。草原に似つかわしくない豪奢な椅子がある。そこには一人の老人が座っている。ゲルトはその老人と対峙するように立つ。老人はつまらなさそうな顔でゲルトを見つめていた。

「騒がしい夜だ。ここがロットフェルトと知っての行いか」

 老人が不機嫌を隠すこともなく言った。嗄れた声だ。

「この喧騒も貴様の仕掛けた戦争が原因だろう。クサーヴァー・ロットフェルト」

 老人、クサーヴァー・ロットフェルトは緩やかな動作で立ち上がった。

「全く。露払いはクリストフに任せたはずなのだがな。あやつめ、仕損じたか。アーベルトも死に、ハンナも死んだ。テオも生きているか分からぬ。誠に我が血族の不甲斐なさに恥じ入るばかりよ」

「気にすることはない。貴様も道を同じくするのだから」

 ゲルトの口の端が吊り上がる。ここに来て、ようやく見つけた標的に感情を堪えきれなくなっていた。

 ゲルトの感情に呼応し、昏いコートが膨らむ。そして、何かを弾き出した。白い狗だ。牙を向き、一心不乱に老人に襲いかかった。

「貴様を殺す者の名を覚えていけ。ロットフェルト家に滅ぼされた家の末裔、ゲルト・エクハルトだ」

 怨みの言葉と共に狗がクサーヴァーの喉元に食らいついた。老人はその牙を避けることなく受け入れた。白い狗が喉の肉を咥えてゲルトの足元に返ってきた。

「エクハルト、エクハルト。さて、どこの家だったか」

 ゲルトが驚愕から眼を見開く。クサーヴァーは喉を食いちぎられながらも平然としている。

「ああ、思い出した。置換魔術で合成獣を作ることに特化した家系だったな」

 喉から血を吹き出しながら、クサーヴァーは続けた。

「貴様、何故平然としていられる」

「既に治癒を終えているからだとも。侮られたものだ」

 クサーヴァーがゲルトの疑問に答え、片手で喉元の血を拭う。直前まで吹き出ていた血が止まり、食い千切られた傷も塞がっていた。ただ、老人の皺の刻まれた肌があった。

 ……この一瞬で致命傷を回復したのか。

 行使のタイミングさえ見えぬ治癒。魔術の高度さよりも、その手慣れ具合が、クサーヴァーの実戦経験の数を物語っていた。

「気が済んだか?良ければ、死んでもらうのだが」

 クサーヴァーの灰色の眼に殺意が籠もった。直ぐに白い狗が襲いかかる。再びクサーヴァーの喉元に食らいつこうとしたが、老人の枯れ枝のような腕に阻まれる。鋭い牙が骨を砕く音が響いた。

「エクハルト。確か魔術師の妻を治癒したな。対価として当主には働いてもらったとも。そして確か。……なんだったか」

 それでも、老人は平時の変わらぬ様子で言葉を続ける。白い狗がゲルトの足元へ戻った。

「貴様が滅ぼしたのだ!我が父はロットフェルトの要請に応じ、その力と魔術を提供した!秘すべき魔術刻印の一部さえ開示したのだ!しかし貴様はそれに満足せず、すべてを奪ったのだ!」

 ゲルトが吼える。普段の昏い雰囲気が消え、激情が声に宿る。

「そうだったな。エクハルトが惜しむ故、すべてを殺して奪った。いつもの通りで、忘れていた」

「貴様は、貴様が治癒した母さえも殺したのだ!」

 ゲルトが思い出す。銀の眼をしたロットフェルトの魔獣が父と母を殺すのを。エクハルトから奪った魔獣達。エクハルトの家族は奪われた自身の魔術で殺された。

 ゲルトだけが生き残った。貯蔵してあった礼装も、父の身体に刻まれた刻印も、すべての財産を奪われてもゲルトだけは生き残ったのだ。ゲルトに残されたのは、僅かに移植されていた魔術刻印と、形見の礼装。胸に宿ったのは復讐だ。

「魔術師が死を受け入れられぬとは、片腹痛い。子を成した以上、女に用はなかろう。情にほだされた魔術一家など、儂が殺さずともいずれ滅びていたとも」

「ロットフェルトもここで滅びる。願望機に一縷の望みを掛けるなど、落ちたものだ」

 クサーヴァーが喉を鳴らすように嘲笑った。くっくっという不気味な音が偽りの草原に響く。

「そう。落ちたものだ。全く言い返しようがない。儂も心を痛めたものだ。どの者を選ぼうとロットフェルトは終わる。それがありありと見えている。だからこそ、聖杯を利用しようと考えたのだがな。真なるロットフェルトの後継者であれば、令呪を宿し戦争に勝つ」

 聖杯は願望機だ。無論、後継者になること以外を願うこともできる。しかし、この老人は自分の子がロットフェルトに相応しい後継者に成ると願うと、疑いを持っていないのだ。

「狂ってる」

「応とも。狂わずして魔道を歩くことができるかよ。……エクハルト。お前らは狂っていないから、滅びたのだ」

 クサーヴァーの言葉にゲルトは身体に熱が宿った。そして行動に移る。白い狗が姿を変える。長い、一本の角だ。聖獣たるユニコーンを模した角。エクハルトに残された最後の、唯一の礼装。ゲルトは聖獣の角を握り、槍を操るようにクサーヴァーに突貫した。

 老人は、やはりその角を受け入れた。今度は正確に、クサーヴァーの心臓を貫いた。老いた肉を射抜く感触が両手にある。

「刺されば治癒も叶うまい。その傲慢を悔いて死ね」

「流石はエクハルトだ。かの聖獣の角を、模造品とはいえ作り出しているとはな」

 見上げるクサーヴァーの口が、笑みに歪む。

「これは、欲しいな」

 その不気味な笑みに思わず角を引き抜こうとする。しかし、心臓に刺さった角はクサーヴァーの身体で何かに引っかかるように動かない。

「お前の敗因を教えよう」

 その声に、角すら手放して後退しようとする。ゲルトは両の手を離そうとするが、手が動かない。

「お前の使い魔、この角の前に使っていた狗。儂の血肉を口にするのは些か軽率ではなかったか」

 ……しまった。

 ゲルトの使い魔の白い狗はクサーヴァーの喉の肉を咥えた。その血を多少なりとも内部に取り入れたのだ。血は、魔力を通す基本的な媒介。まして、怪物じみたこの老人の血に、何が混じっているかわかったものではない。

 此処に居たり、ゲルトは魔術師としての敗北を認めた。自身の、エクハルトの魔術ではこの怪物を殺しえない。

 だが。

「キャスター!やれ!」

 二人の戦いを退屈そうに見守っていた少年が、声に応じて立ち上がる。

「魔術師としての戦いかと思ったのだがな。矜持さえ失うか、エクハルト」

「黙れ!」

 ゲルトの叫びとともに、キャスターがその宝具の名を唱えた。

「『三位一体百歌英雄地獄(ディヴィナ・コミディア・インフェルノ)』」

 そして、世界が塗り替わる。

 涼やかな偽りの草原は消え去り、荒涼とした岩肌が露出する。命など存在しないような岩の渓谷だ。大小の岩が放置され、何かの動物の死骸のように見えた。ゲルトとクサーヴァーは谷底にいる。ゲルトが見上げると、キャスターが見下ろしていた。少年は断罪の声を待つ。

 クサーヴァーの顔にようやく焦りの色が見えた。しかし、もう遅い。この世界は、キャスターが生み出した地獄。かの少年が書き上げ、多くの英雄が此処に至ったと人々に思わせた一つの世界。

 固有結界。魔術師の世界ではその様に言われる。

「エクハルト。貴様、己ごと儂を殺すつもりか」

「端からそのつもりだとも。化物相手に生きて帰ろうなどと思っていない。命をとして一族の悲願を成す」

 嘲笑の笑みをゲルトが浮かべた。先程までクサーヴァーが浮かべていた表情。まるで写し取ったかのように、ゲルトは口の端を吊り上げた。

「キャスター!我が業を断罪しろ!」

 そして、炎が二人を包む。キャスターの宝具は対象となる人物の抱く業や罪を写し取り、地獄という形で相手に与える。

 ゲルトの罪は他者を欺いた罪。多くのマスターに対して、裏切ることを前提に共謀を持ちかけたこと。そして何より、テオ・ロットフェルトという若者を誑かしたことだ。

 ……テオが居なければ、私はこの戦争に至れなかった。

 ロットフェルトの血族というだけで、ゲルトに取っては憎むべき対象だ。しかし、ロンドンの寒空で孤独に奴れる彼を憎むことはできなかった。一族を失い、露頭に迷ったゲルトと同じ目をしていたのだ。

 故に、ゲルトはテオに対して、矛盾する二つの感情を抱いていた。ロットフェルトの血族としての嫌悪。そして、失った者同士という同族感。

 炎が、容赦することなく二人を抱く。肉の灼ける不快な臭い。

「離せ!……この角を抜け!」

 老人の力ない言葉に、ゲルトは灼かれながらも、嗤う。両親が授けた最後の礼装は、地獄の炎にも耐えている。

 ……嗚呼、聞こえていますか。我が一族を根絶やしにした男を漸くそちらに送れます。

 ゲルトは悶えるクサーヴァーの耳に小さな声で語る。

「これで、貴様の魔術刻印も灼かれ、消え去る。ロットフェルトは此処で潰える」

 炎が顔を焼き、もはやクサーヴァーの表情もわからない。だが、絶望に悶ている。そのはずだ。そしてゲルトは命の尽き果てる寸前、勝ち誇るように老人に告げる。継ぐ者の居ない、最後の当主に。

「エクハルトの魔術刻印は私の子に移している。エクハルトは、終わらない」

 そして命が灼き尽きるまで、ゲルト・エクハルトは嗤い続けた。岩の渓谷でその声を聞くのは従者の少年だけだった。

 

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