Fate/immature children   作:waritom

59 / 85
59

 カヤと環は共にロットフェルト城を目指し、プラウレン湖を取り囲む森で走り回っていた。当然、二人のサーヴァントであるアサシンとアーチャーも傍らにいる。

 プラウレン湖に浮かぶロットフェルト城に乗り込むには、当たり前だがボートが必要だ。直ぐに見つかると高を括っていたが難航していた。

 その足を止めたのはアサシンの声だ。

「カヤ。少し待て」

 思わず身を構える。この森は未だに敵地だ。バーサーカーという目の前の脅威が去ったとは言え、未だにロットフェルトのマスターはいるはず。特に好戦的なランサーが現れると厄介だ。

「敵のサーヴァントか?僕が出よう」

「そうではない、アーチャー。今、私の監視に見逃せない言葉が流れた。……カヤ、クリストフが屋敷から逃げたぞ。多分、奴は君を縛る契約書を持っている」

 契約書。その言葉に先とは別の緊張が走った。カヤの心臓は以前にロットフェルト家の当主、クサーヴァー・ロットフェルトに治療された。その際に取り入れられた術式によりカヤの心臓は可動している。しかし、クーナウとロットフェルトの交わした契約が破られれば、たちまちこの術式はクサーヴァーの手によって停止され、カヤの命は失われるだろう。

 カヤ・クーナウがそもそもこの聖杯戦争に参加した理由は、両家で交わされた契約を履行するためだった。しかし今、カヤはその契約に違反し、ロットフェルト家に牙をむく環に味方をしている。そしてカヤ本人も、契約を反故にして、力ずくで命を永らえさせようと考えていた。

 ……方法は色々考えつくけど、まずは心臓の術式を理解しないと。

 そのために、まずはロットフェルト家の人間から話を聞く必要がある。それも敵対した状態が明るみに出た上で、だ。

 クーナウとロットフェルトの契約書を持ったロットフェルト家の使用人、クリストフ。カヤにとって両得といってもいい存在だ。ここで逃がす手はない。

「環、アーチャー。私達、別行動するわ」

 カヤは立ち止まったまま、様子を伺う環に告げる。環の目的はロットフェルト城にいるキャスターだ。先程、アサシンがクリストフから当主の部屋にいることを盗み聞いている。ロットフェルト城にはアサシンの『不義の密命書(バビントン・プロット)』の監視に置いている者はいないため、これ以上は力にはなれない。

 アーチャー主従が顔を見合わせている。彼らから見れば、アサシンの『血塗られた倫敦塔への道(タワー・グリーン)』という宝具を封印する武器が失われるのだ。先にいるであろうキャスターを思えば、カヤとアサシンの別行動を渋るのは当然に思える。

「いいですよ。むしろ、私達は付いていかなくてもいいですか?」

 だから、環の回答にカヤは驚いていた。環とアーチャーが考えていたのは、カヤの危険のことだった。この森で、いや聖杯戦争の参加者の中で一番戦力に乏しいのはカヤとアサシンだ。別行動をすれば、途端にその危険は増す。特に、アサシンの『血塗られた倫敦塔への道(タワー・グリーン)』の脅威を曝け出した直後のため、尚更だろう。

 環の思考をなぞり終えると、カヤは薄く微笑んだ。自分の命の懸かる局面で、他者を優先する精神。カヤに助けられたという負い目もあるのだろう。魔術師としては大甘だが、同時にこの宮葉環という存在の魅力に思えたのだ。

 ……改めて、助けて良かった。

 そして、環の申し出を丁重の断る。

「ありがとう。でも、ここからは私の問題だから、アサシンがいれば十分よ」

 環が心配そうな顔をするが、分かりました、と答えた。

「何かあったら使い魔越しでも教えてください。直ぐにアーチャーが駆けつけます。……私は一度カヤさんに命を救われています。絶対に恩は返しますから」

 

 環と別れ、カヤは森を疾走する。アサシンの宝具の開帳と戦場特有の緊張に寄る疲れが出始めている。それでも、気持ちに喝を入れて身体強化を施す。熱を持った全身が、冬の寒さで直ぐに冷まされていく。永遠に走れる気がした。

(カヤ。そのまま真っすぐ。んん)

(それにしても、何故クリストフはこの段で森に逃げたのかしらね)

 傍らで霊体化したアサシンのナビゲートを受けながら、カヤは疑問を溢す。

(今、この森は戦場よ。マスターではないクリストフが出歩くにはちょっと危険すぎない?)

(その危険を犯しても、ロットフェルト城から逃げ出したかったのかもしれん。だが、彼の様子を見るに、焦って逃げ出したという風ではないな。キャスターが侵入したのを知り、予定通り城を出たというような)

 長年ロットフェルト家に仕えてきた忠臣クリストフ。しかし、その内情は忠誠の一枚岩ではなかったのかもしれない。

(万が一の可能性として、クリストフもマスターである可能性は捨てきれない。未だにセイバーのマスターは不明なのだからな)

(そうなれば詰みね。セイバーが湖底で消滅していればいいのだけれど)

(どうだろうな。んん。ライダーとの戦いで見せた不気味なまでの堅牢さをもってすれば、湖の底から帰還することなど造作もなかろうよ)

 白兵戦に富んだライダーをもってして倒しきれなかったセイバー。諜報に特化したアサシンが太刀打ちできるはずもない。

(それでも、このチャンスは逃さないわ)

(同感だ。マスター)

 そして疾走に集中する。そのまま数分と経たず、見覚えのある老人の背が見えた。カヤの駆け寄る様子に気が付いたのか、クリストフが振り返り、血相を変えて走り出す。

 しかし、たかが老人の足に追いつけぬ道理はない。カヤは直ぐに追いつくと、器用に老人を地面に転がし、動きを封じた。厳しい表情が怯えに染まっている。

「な、何故、お前がここにいる?何故、私にこのような真似をするのだ」

「悪いわね、クリストフさん。私はもうロットフェルトに利するのは止めたのよ。……長話をする気はないわ。クーナウとロットフェルトが交わした契約書を出して」

 カヤは上がる息を押し殺し、冷徹を演じて言った。クリストフは苦悶の表情を浮かべながら、否定を口にする。

「知らぬ。それは当主が持っている」

「マスター。嘘だ」

 実体化したアサシンが冷たく宣告する。カヤは拳を強化し、クリストフの右の太ももを殴りつけた。骨の軋む、不快な音が響く。遅れて、老人のくぐもった悲鳴が聞こえた。環を連れてこなくて良かった、とカヤは別のことを考える。

「アサシンは嘘を見抜くわ。次はない」

 カヤの言葉に応じる様に、クリストフがたどたどしい動きで背にかけた鞄から紙束を取り出した。カヤに渡す表情には明らかな諦観が見えていた。

「これは?」

「……クサーヴァーが治療の契約を行った魔術師の一覧と契約書だ。私はこの中から戦争に参加する魔術師を選択する任務を負っていた。無論、お前の望む物もある」

「これをどうしてあなたが持っているの?」

「盗んだ。当主が外敵の相手に夢中になる間に」

「何故?」

「決まってる。この契約書の中には、私と取り交わした契約も入っているからだ。私は自身の治療の代わりに、終わらぬ隷属を約束させられた」

 クリストフが悪びれることなく言った。

 ……忠臣なんて真っ赤な嘘ということね。

「頼む。その束が欲しければくれてやる。だが、私の契約書だけは返して欲しい。お前も命を他者に握られ、隷属する屈辱を知っているだろう」

 クリストフがカヤの手を握り、懇願する。カヤは纏わりつく老人の両手を不愉快そうに払う。

「まあ、いいわ。この契約書を破棄すれば、私達は自由の身なの?」

 カヤはクリストフの返答を待たず、紙束から老人の望むものを探し出す。百をゆうに超える数に辟易としたが、存外すぐに見つかった。

「そうだとも。破り捨てることによってロットフェルトによる呪縛は終わる。そう、クサーヴァーが言っているのを聞いた」

 カヤの取り出した契約書を、クリストフが血走った眼で追う。飢えた犬が餌を見つけたような表情だ。アサシンがその契約書をカヤの手から取り去る。そして、クリストフの目の前に見せつけながら、言う。

「クリストフ。ここで破け。いや、私が破ろう」

 アサシンの言葉に、クリストフの表情が一瞬、凍る。しかし、直ぐに頷いた。

 ……嘘は言っていない。アサシンの脅しが効いたかも。

 アサシンが言葉通りの動作を実行する。古びた羊皮紙が力任せに破られた。枯れ葉の積もる地面に打ち捨てると、どういう仕組か、羊皮紙は自然に発火し燃え上がった。

 カヤはクリストフを見る。その表情に変わったところは見えない。

 しかし、変化は羊皮紙に起こった。

 炎に灰と化すだけに思われたが、そこに魔力の奔流を感じ取った。ただならぬ様子にカヤは思わずクリストフの拘束を解き、炎から距離を取る。アサシンがカヤと炎の間に立ち、カヤの身を守る。

 炎に籠もる魔力が形を作っていく。鏃のような先の尖った物体が、空に浮いている。切っ先が鋭敏な動きでクリストフを向いた。

 ……矢が目標を定めている?

 ただならぬ様子に遅まきに気が付いたクリストフが、走り去ろうとする。しかしカヤに付けられた右の足の傷のため、片足を引きずっており、大した速さはない。

 矢が、射出される。軌道が魔力の名残を残し、空間に線を書くように見えた。弾丸の速度をもって射出された矢は、逃げるクリストフの心臓を背から居抜き、胸から貫通して飛び出た。そしてそのまま崩れ去る。

 心臓を射抜かれたクリストフは地面に仰向けに倒れ込んでいた。カヤが慌てて駆け寄るが、既に息がない。

「やはり、一筋縄ではいかんか。ふむ。もとよりロットフェルトの当主は契約者を生かすつもりなど微塵もなかったらしい」

 一連の様子を見たアサシンが淡々と感想を述べる。カヤは思わず心臓のある左の胸に手を置いていた。

「信じられない。こんなの契約でもなんでもないじゃない!」

「全くだ。……だがな、カヤ。危険物である契約書が手に入ったのだ。もはやカヤには危険は及ぶまい」

 そうだといいけど、とカヤは小さく溢す。その声はアサシンには聞こえていなかったようだ。自身にも起こりうる悲劇を目の当たりにし、寒さのためではない、内から滲み出るような冷たさを感じた。

「ロットフェルトの当主であれば、同じことを契約書なしでも行うかも知れない」

「……あまり思い詰めることはない。んん。今は宮葉環達の元へ戻るのが先決だ」

 そして、その声を聞いていたかのようにカヤの頭に環の声が響いた。呼び掛けに応じると、喜びと戸惑いが混じった声が聞こえた。

(キャスターに受けた傷なんですけれど、今、治ったみたいです)

(どういうこと?)

(いえ、私もよくわからないのですけれど、もしかしたらキャスターが既に退去したのかもしれません)

 要領を得ない回答だが、可能性の一つに挙げていたことだ。キャスターがロットフェルト城で他のサーヴァントに倒されれば、自然と呪いが解ける。可能性として最も望ましいことが現実になった。

(ともあれ、私とアーチャーは一旦工房に戻ろうと思います。アーチャーの消耗が思った以上に激しくて、これ以上は危険です)

 環の声に、了解を返す。アサシンに聞いた内容を伝えると、鷹揚に頷いて喜びを示した。

「良かったではないか。んん。労せずして最上の成果を得た。……こちらも同様に得るべき物を得たのだ。宮葉環に倣い、帰還しよう」

 アサシンの言葉に応じるように、カヤはクリストフの死体に背を向ける。

 アサシンの言葉を得て、ようやくカヤは環が危機を脱したという確信を持てた。そして、カヤ自身も最大の目的である契約書を手に入れた。この聖杯戦争の目的の大半を成したと言っていい。

 達成感からか、辛うじて残っていた気力も底を付いたように感じた。無視していた疲労感が纏まって背に被さったように、身体が重い。きっと、アサシンも同様に油断していたのだろう。

 だから、この存在が駆け寄って来ることに、直前まで気が付かなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。