Fate/immature children   作:waritom

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第四章
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 戦いの余韻を消しされぬまま、カヤ・クーナウは工房へ向かっていた。既に明け方に迫ってきており、如何に時間を費やしたのか知らせるようだった。

 ロットフェルト城の戦いを終えたカヤは、消沈を引きずりながらルスハイムの街を歩き、時間を費やして帰ってきていた。もはや、街を駆け抜ける気力がなかったのだ。

 レンガ造りの家が立ち並ぶ。後数時間で、人が活動を始めるだろう。今は、誰もいない中を歩きたかった。誰の顔を見ても、カヤを咎めるように見えてしまうだろう。

 カヤの心を占めるのはランサーに奪われてしまった契約書のことだ。あの契約書はそのまま、カヤの命と言える。契約書を破られたクリストフはカヤの目の前で死んでいった。その命綱を、事もあろうに好戦的なランサーに奪われた。

 死の危機が間近に迫っている。ランサーとそのマスターはクサーヴァー・ロットフェルトのように理性的な判断をする様子はない。ほんの気まぐれで、カヤの命は奪われるかも知れない。乗せてはならぬ者の手中に、自身の命を委ねてしまった。

 石畳みを踏み込む足に、力が入らない。カヤの足を留めるのは、去り際に投げつけられたランサーの言葉だ。

『返して欲しくばアーチャーを此処へ呼べ!明日の夜明けまで待つ!』

 ランサーはアーチャーとの再戦を望んでいる。つまり、環をこの戦争に巻き込むことを望んでいるのだ。カヤは、工房に戻ればこの事実を環に告げねばならない。どれだけ考えを巡らしても、環を巻き込まずに終わらせられる方法が浮かばない。

 ……アサシンだけでランサーを迎撃する。ダメ。現実的じゃない。

 それとも、いっそ座して死を待つか。そうすれば、環だけはこの戦争から無事に抜け出すことはできる。カヤの命は、ロットフェルトがいなければとうの昔に消えていたのだ。ここまで永らえていたのが不自然だった。兄のカールには悪いと思うが、カヤ・クーナウという妹はいなかったのだ。此処までの道のりも、全て夢だった。

 ……なんて、魅力的。

 ならばもう、歩くことに意味はない。工房に帰ることもない。カヤはその場に座り込む。次の夜明けを待たず、このまま死にたかった。

「カヤ」

「……何よ」

 カヤの後ろに、黒い男が立っている。アサシンだ。ここまでの道のり、この従僕にも思うところがあったのだろう、一言も声をかけることはなかった。ランサーから受けた傷が響いていたのかもしれない。

「私のミスだ。あの時、ロイク・ロットフェルトの使い魔をもっと早くに感知していれば、みすみす奪われることはなかった」

「ええ、そうね」

 カヤは意図して冷たく返す。アサシンが傷を負っていたとは言え、ロイクを監視下に置いていたのはこの様な自体を防ぐ意味もあったはずだ。

「もう良いの。もう、私は諦めた。ロイクは、ランサーはきっとあの契約書を破り捨てるわ。それは、アーチャーと戦った後かもしれないし、もっと早いかもしれない。でも、破り捨てないという選択は有り得ない」

 ロイクとランサーはこの聖杯戦争において一番の好戦的な陣営だ。そもそも実の兄を英霊召喚する前に葬るという残虐性。また魔術師の世界における効率をよく知っている。紙一枚でサーヴァントを消滅できるチャンスを逃す意味はない。

「アサシン、私はこのまま消える。クーナウの家に迷惑を懸けないように、ロットフェルトへの謝罪文でも書いて、湖に飛ぶわ。……環に味方してあげて」

「それはできない。カヤ、私の主は君だ」

「じゃあ、どうしろっていうのよ!」

 アサシンの言葉が、気取った様に耳障りだった。カヤの心も限界だった。三年前からずっと命を他者に委ねられる恐怖。ずっと誤魔化していた思いが、具体的な現象として理解してしまった。クリストフの無残な死に顔が頭から離れない。

「私だって、私だって、死にたいわけないじゃない!でも、もう、無理なのよ。……私はもう、戦えない」

 言葉に涙が混じる。ここまで死地を超えてきた自覚はある。だが、カヤの魔力は底を突き、昨晩に令呪を二画も使った。既に武器はない。手負いのサーヴァントには戦いの術がない。

 アサシンが消える。実体化を止め、霊体に戻ったのだ。

 掛ける言葉がなかったのかも知れない。それとも、ヒステリックに叫ぶカヤに呆れたのかもしれない。

 カヤは、自分から突き放つ言葉を口にしながら、アサシンの行動に胸に穴が空くような心地がした。そして悟る。ここで、本当に終わりだと。

 しかし、アサシンの行動が別の意味を持っていたことを直ぐに知る。

 誰も歩くはずのない夜明け前。軽い足取りで、石畳を弾む音がした。そちらを見る。前方だ。朝の日が登っている方向。冬の日の光を背にしているため、相貌が見えない。だが、確信した。

 小さい背に、乱れた短い髪。真っ黒な瞳を持つ目から涙が溢れようとしている。

 宮葉環がそこにいた。

「カヤさん」

 環がカヤの目の前で立ち止まる。カヤは立ち上がり、抱きしめ、すべてを曝け出したい衝動に駆られた。しかし、堪える。環にすべてを打ち明ければ、きっとランサーの元へ行くだろう。命がけの戦場に、カヤが環を誘うことになる。それはカヤが耐えられない。

「カヤさん。戦ってくれて、ありがとう。私はカヤさんのおかげで帰ってこれました」

 環の言葉にカヤは首を横に降る。違う。救ってなどいないのだ。

「私はただの協力者よ。利益があるから味方しただけ」

 俯いたまま、吐き捨てるように答える。環に軽蔑されたかった。そのまま自死への背中を押して欲しかった。

「そんな人が命がけで敵地に乗り込みませんよ」

 でも、少女のように環は笑った。

「さあ、そこに座っていたら風邪を引きますよ。帰りましょう」

 環が地を撫でるカヤの手を取った。冷たい手だ。ずっと、カヤを探して走り回っていたのか。思わず、カヤは環の顔を見る。

 朝日を背に、少女が、母のように柔らかく笑んだ。

 それが、限界だった。カヤは堪えていた感情を解き、思うままに環を抱きしめ、そのまま、ただ、泣いた。

 

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