Fate/immature children 作:waritom
ルスハイムの郊外にある森の戦いを、多くの人は知ることはない。しかし、その只中にいた者はこの森で行われた戦いが如何に現実離れをしていたかを知っている。
人外の脅威たる英霊が、七騎すべて戦いに参加したのだ。無論、その結果として爪痕を刻まれた者、戦果を得た者がいる。
単純に、勝者と敗者で定めるのであれば、ロイク・ロットフェルトは昨夜の敗者と言える。サーヴァントであるランサーはアーチャー相手に敗北した。止めを刺されなかったのは幸運としか言えない。一方で、ランサーが討ち取ったサーヴァントは一騎とていない。無為にアーチャーに傷を負わされただけだ。
ロイクはプラウレン湖を囲む森の中、ゲストハウスを改造した工房にいた。暖炉のあるリビングにて柔らかいソファに身を預けている。戦いの余韻に浸りながら、失策の原因を考えていた。
……アーチャーとの戦闘は言い訳の仕様がない。
問題は、アーチャーとの戦闘の後だ。ロイクはクリストフに請われ、ランサーに令呪を使い、父の元へ駆けつけさせた。その後、ランサーから何時まで立っても連絡がなかった。いくら念話を送っても、梨の礫だったのだ。
一度だけ、返答があった。ロイクの質問を無視し、何故かランサーはロイクに使い魔を寄越すように命令した。訝しみながらも従ったが、目的も理由も分からなかった。
そして現在、午後の日差しが注ぐ頃、ランサーがロイクの元へ戻ってきた。ロイクはその気配を察すると、工房から外に出る。冬の寒さが身体に響くが、薄着のまま外に出る。
実体化して槍兵が乱雑に引きずるのは、老人だ。ロイクはこの老人を知っていた。クリストフ。ロットフェルトに長年仕えた使用人。ロイクにとっては父よりも父らしく躾けられた相手だ。
ロイクは慌てて駆け寄るが、既に息がないのは明らかだった。胸に大きく穿たれた穴が、クリストフの死を確信させる。むごたらしい死に様に、思わず声を荒げる。
「どういうつもりなんだ!」
「どう、とは。森で見つけたから持って来たまでよ。打ち捨てておけと?」
ランサーが訝しむようにロイクを睨む。しかし、怯むことなくロイクは言葉を続けた。
「何があったか、全て話せ!」
高圧的なロイクの態度に、ランサーの表情が歪む。しかし、直ぐに元の表情に戻る。
「猛るなよロイク。怒らずともすべて話すさ」
そしてランサーがロイクの横を通り過ぎ、工房に入っていく。ロイクは戸の前に捨てられたクリストフの死体を見る。小柄な老人の身体が、何かを訴えているようだった。
「どうした。動いたか?」
「黙れ。先にリビングで待ってろ」
鼻で笑うランサーを無視し、ロイクは工房の脇に建てられた倉庫から寝袋を持ってくる。元は大きめの生贄を工房へ運ぶため袋だが、今はこれしか相応しいものがない。
薄着のまま外に出て、寝袋を開封する。クリストフの死体の足を抱えて、寝袋の中へ入れようとする。しかし、ロイクの力では持ち上げることは敵わない。小柄な体躯だが、死体がこんなに重いとは思わなかった。
「クソ」
悪態を突くと、急に重さが消えた。疑問に思い見上げるとランサーがクリストフの死体を持ち上げていた。
「なんだ、お前」
「この袋に入れればよいのか」
ロイクの返事も聞かず、ランサーは死体を袋に入れ倉庫に運び入れた。そして、呆然とその様子を見るロイクを急かす。
「どうした、小突かれなくては家にも入れぬのか」
おずおずとリビングに入り、改めたようにランサーに向かい合う。ソファに座るロイクに対し、槍兵は向かい合うように壁にもたれかかっている。
「で、昨夜のことか」
「ああ」
ランサーの行動に多少怒りが抜けているのが分かった。既に怒鳴り散らす気もなく、冷静にランサーの話に耳を傾ける。
「まず、セイバーのマスターを討った。あの城の中で遭遇した」
「セイバーのマスターだと?それは誰だ?」
ロイクの中の疑問が膨らむ。ロットフェルト城にランサーを遣わせた際、中にいたサーヴァントはキャスターだけのはずだ。
ロイクの問いに、ランサーが眉をひそめる。
「何?貴様、知らないのか。ロイク、貴様の父はセイバーのマスターだったぞ。城内のキャスターを仕留めたと言っていたな」
ロイクは自身の顔が歪むのを感じた。ロットフェルトの跡取りを決めるための戦いで、何故、当主の椅子を譲る父がマスターになっているのだ。いや、それよりも。
「お前、父を殺したのか」
「応。マスターである以上、必然だ」
ランサーが平然と答える。自身でも意外なことに、ロイクの身に宿ったのは肉親を殺された怒りでも悲しみでもなかった。冷徹に、一つのことを懸念した。
「……父の背の魔術刻印はどうした?いや、死体は燃やしたり、湖に捨てたりはしていないだろうな?」
ロットフェルトの当主の証たる、魔術刻印。クサーヴァーの背に刻まれた、それの心配だ。例えクサーヴァーが死んだとしても、死体さえ見つかっていれば移植は可能だ。
「ほう。先の男の死体を見たときと違い、いやに冷静じゃないか」
「……うるさい」
ランサーの嘲る声に短く答える。ただ、疑問に対する回答はロイク自身にも分からなかった。感情の答えを探そうとするが、どれだけ思いを巡らそうとも、父への感情は湧いてこない。むしろ、セイバーという厄介なサーヴァントが脱落したことへの安堵が勝る。そして、クサーヴァーの死体を逸早く回収することで、この戦争の成否を問わず、ロットフェルトの当主になることが可能だ。
「死体だがな、セイバーがどこかへ持っていった。マスターが死んだ以上、セイバーもどこかで野垂れ死んだはずだが、場所まではわからん」
「だが、ロットフェルト城の敷地内だろう?」
そう言って、ロイクは窓から見える大仰な屋敷を指差す。
「然り」
「なら、構わない。時間があるときにゆっくり捜索すればいい」
現状、ロットフェルトのマスターで死んでいないのはロイクとテオだ。テオの所在は知れないが、バーサーカーの断末魔に巻き込まれ、湖に消えたのは見た。如何にテオが自己への回復に長けていようとも、あの状況下では無事には済まないだろう。ロイクはテオが既に死んだと考えている。
そして、バーサーカーのマスターであるハンナは死した。当主クサーヴァーとクリストフがいない今、ロットフェルト城に出入りできるのはロイクのみとなる。
既にロイクが勝ちを誇るべき相手もいない。そして、それを称賛する肉親も死んだ。ロットフェルトの跡取りを争う聖杯戦争という意味では、既にロイクの勝利と言える。
戦いにおいて他のサーヴァントを打倒せず、ただ降って湧いた勝利にロイクは興が冷めていた。後は、事務的にクサーヴァーの死体を見つけ、魔術刻印の移植を行えばいい。先んじる者も、認めぬと吼える者もいない。
一方で聖杯戦争の盤面は終局を迎えつつある。優先すべきは、残りのサーヴァントの駆逐だ。残りはアーチャーとアサシン。
「で、だ。戻り際にアーチャーとの再戦を取り付けた。セイバーが消えた以上、俺の興味のあるサーヴァントはあやつのみだ」
ロイクは首肯する。ランサーの行動を咎める理由はもうなかった。好きに戦い、好きに消えればいい。
「ロイク、この戦い、貴様も出ろ。我が宝具を開帳し、全力を持ってアーチャーを打倒する。そのためには貴様の持つ令呪が必要だ」
口の端を歪めて笑うランサーにロイクは、構わない、と短く返す。
精々派手に戦い、終幕を飾ろうと思った。そうでもすれば、冷めきった胸の内に次代の当主を勝ち得たという興奮が宿るかも知れない。