Fate/immature children 作:waritom
プラウレン湖に浮かぶ城めいた屋敷。主を失ったこの城の、最上階に位置する一際大きな部屋は当主の工房として代々受け継がれていた。魔術師の工房は危険を内包し、工房の持ち主か余程の命知らずでもない限り、足を踏み入れようとはしない。無論、持ち主の家族であろうとも例外ではない。
テオ・ロットフェルトはその危険が潜むやも知れぬ工房で、豪奢な椅子に腰掛けていた。昨日にキャスターと契約を結んで以降、ずっと座り、うつむき続けている。
テオは以前までこの屋敷の住人であった。当時使っていた部屋が残っているが、一目見ただけで入ることが躊躇われた。幾年も使っていないはずの部屋は、丁寧に掃除されており、埃一つ落ちていなかったのだ。
ハンナの行いだと、ひと目で分かった。ハンナが唯一残した痕跡を、部屋にいることで消し去るのが億劫だったのだ。何より、ハンナの痕跡を感じ取ってしまったら、今度こそ立ち直れないという確信があった。
故に、テオはあえて忌嫌う工房に足を踏み入れた。キャスターの案内があったのも要因だ。しかし、テオがこれから行うことを思えば、魔術師の工房が相応しい気がしたのだ。
「テオ。落ち着いたかい」
薄暗く、仄かに黴の匂いさえ漂う部屋に、一人の少年が現われた。新たなるテオのサーヴァント、キャスターだ。
漫然とした動きで、テオはキャスターを見る。少年の透けるほど白い、儚い顔がテオを見つめている。
「ああ」
落ち着くはずはない、と口にする気力もなかった。失う悲しみが続いたことで、感情が麻痺しだしていた。
少年が真意に気が付いたのか、悲しみの表情を浮かべる。
「テオ、君の悲しみは、かつて僕が味わったものだ。その悲痛な慟哭を過去のものにするために、僕は魔術に手を染めた。聖杯さえ手に入れば、僕の魔術は完成する」
テオは少年の顔を見る。キャスター、ダンテ・アリギエリ。幼き日に出会った少女に焦がれ、その少女の無念の死を悼み、詩作に傾倒した男。ゲルトが何故このサーヴァントを呼び出したのか分からないが、今のテオには相応しい気がした。
キャスターがテオに何かを手渡す。昏い色のコートだ。
「それは、ゲルトの使っていた礼装だ。持っていて欲しい」
「何故、俺に」
「ゲルトは君を気懸かりに思っていた。だから、彼の遺品であるこの礼装は君が持つのが相応しい」
テオはコートに僅かばかりの魔力を込める。すると、コートの一部が白く変色し、そこから骨のような白く長い棒が現われた。手に取ると、静謐な魔力を内包しているのがわかった。理由は分からぬが、テオの中の悲しみがその骨に吸われていくような気がした。
「ユニコーンの角を模した礼装。今のテオに、必要なはずだ」
テオは、自然と角を抱きしめていた。悲しみが和らぐとともに、ゲルトという存在への疑問が湧いた。
「なあ、ゲルトは何がしたかったんだ?」
「彼の目的は復讐。君の父であるロットフェルトの当主を憎んでいた。偽りなく、本心から。ゲルトは確実に復讐を成すために、自ら諸共死することを選んだ」
「……ゲルトにはキャスターがいたはずだ。何故、自死を選ぶ必要がある」
「ゲルトの魔術回路は枯渇しかかっていた。元来、潤沢な魔力を持つ家系ではない上に、魔術の素養を持たなかった。だから、魔術効率の良い僕を呼び出したのさ。……だけど、それさえもゲルトは失敗した」
キャスターが俯く。どこか自らを攻めるような声色があった。
「僕の姿は全盛期ではない。ゲルトの魔力量に耐えられるように若い頃の姿で召喚されたのさ。そしてその分、能力も下がっている。真っ当なサーヴァントと直接戦えば、直ぐに敗退するだろう。だからゲルトは、自らを巻き込んでの道連れを選んだ」
テオはゲルトの顔を思い出す。どこか企みを隠しきれない、余裕の見える魔術師らしい魔術師。それが、ゲルト・エクハルトの印象だ。その男に劣等感じみた苦悩があるとは露程も思わなかった。
「だから、ゲルトは色々なマスターに協同を呼び掛けていたのか」
キャスターが頷く。
「けれど、その目的は一つではない。僕の宝具の性能に関わるもう一つの目的がある」
キャスターの宝具に興味を引かれたが、少年は急に微笑み、言葉を続けることを止めた。テオは自分の頭にもやが掛かっていることに気が付く。
知らず、まどろみがテオを包んでいた。抗わずに目を閉じる。
「暫く眠ると良い。目覚めるまでに、いくらかサーヴァントを間引いておくよ」
キャスターの中性的な声が聞こえる。
「目覚めたら、聞かせておくれ。僕と共に戦う意志があるのかを」
言葉の意味を理解する前に、テオは意識を失った。