Fate/immature children 作:waritom
カヤ・クーナウは廃墟じみた工房に帰ると、みっともない程に泣いた。その間も環が声をかけ続けてくれ、そして、気が付いたら眠っていた。
目覚めると、午前が終わりかけていた。ソファから身を起こし、気持ちを整える。頭が少しずつ鮮明になってくると、アサシンが声を掛けた。
「落ち着いたかね」
黒い男はいつものと変わらぬ仏頂面だ。怒る様子もない。声を掛けられて、環とアーチャーは居ない事に気がついた。
「環達は食事を買いに出ている。暫くすれば戻るだろう」
「そう」
カヤは怒りに任せて言ったことを気にしていた。カヤに仕え、献身を躊躇わないアサシンに対して八つ当たりをしたのだ。
「朝のことを謝るわ。感情的になった。ごめんね」
アサシンはふむ、とお決まりの口癖のあと、表情一つ変えずに続ける。
「前の主はこの程度の癇癪など日常茶飯事だったからな。私にとっては詫びられる程のことじゃない。むしろ謝られることが新鮮だ」
「そう、それでもごめんね」
「よいと言っているのだ。雰囲気を変えようとしているのを察し給え」
アサシンの言葉に、急にカヤは頬が紅潮するのを感じた。よもやこの男に雰囲気について苦言を呈されるとは思わなかったのだ。
「さて、戦意はまだあるかね」
カヤは今朝の言葉を思い出す。明らかにカヤは戦いを辞退しようとしていた。感情に任せた言葉であったが、本心であることは確かだ。
「環に伝えるわ。そうじゃないとフェアじゃない」
カヤはあえて遠回しな回答をする。
「んん。よろしい。状況は簡潔だ。ランサー陣営から契約書を奪い返す」
アサシンが言い切りながらも、問いかけるようにカヤの顔を見た。神経質そうな顔がカヤの回答を求めている。
「ええ、そうね。そう」
「心配することはない。一晩立ち、ランサーもマスターと合流を果たしている。……覚えているかね?ランサーのマスターであるロイク・ロットフェルトは私の監視下にあるのだよ」
カヤはアサシンの言葉に思わず、あ、と声を挙げた。アサシンの言葉通り、失念していたのだ。
「ロイクとランサーは言葉通り、アーチャーを待つという選択をした。不自然なのはランサーが契約書の話を持ち出さなかったことだな。あの主従関係は歪なこともあるのだろう。んん。ランサーがわざと話を出さなかったのだと思う」
ランサーが契約書の存在を秘匿した。それの意味することはなにか。
「ロイク・ロットフェルトはサーヴァントを召喚する前のマスター候補を襲っている。魔術師としては真っ当に、効率的に行動しているわ」
「その効率的な魔術師が、契約書のことを知ればどうなる?迷わず破り捨てるだろうな。ふむ。ランサーはそれを察して契約書を隠したのかも知れない」
「それって、どういう意味?」
「破り捨てられては困るのか、もしくは我々にまだ利用させたいことがあるのか。……想像し難いことだが、尋常に約束を守るつもりなのかもしれないな」
ランサーの獣めいた目を思い出す。高潔さとは縁遠い、本能のままに敵を狩る戦士。アサシンの言う通り、槍兵が約束を守るつもりとは思えなかった。
「どちらにせよ、状況が直ぐに変わることはない。今は失った魔力の回復と戦略の決定に時間を費やすべきだ」
森の戦いでカヤの魔力は底を突いていた。一眠りしたおかげで多少は回復しているが、万全とは言い難い。
「回復を要するのはどのマスターも同じこと。んん。だから、環とアーチャーも食料の買い出しに出たのだ。少しでも精がつくようにな」
アサシンが廃墟の古びた扉を見る。軋む音と共に、扉が開かれた。環とアーチャーが帰ってきた。
「ただいま帰りました」
両手にビニール袋を下げた環が、カヤの方を見て声を掛けた。今朝の痴態を思い出し、カヤは顔を伏せる。
「大丈夫だとも。恥ずかしさのあまり、合わせる顔がないだけだ」
アサシンの言葉に思わず顔を向け、何かを言いかける。しかし、返す言葉が見つからず、カヤはただ顔をあげるだけになった。
「元気になって良かったです」
朗らかに笑う環と目が合う。一層の恥ずかしさに、カヤは顔が赤くなっていることを自覚した。
「今朝は、その、ありがとう」
「カヤさんだって、私のことを励ましてくれたじゃないですか」
環がそう言って、テーブルの上にビニール袋を置く。そして、カヤの横に座った。気恥ずかしさをごまかすためにビニール袋をの中を見る。サンドイッチやペットボトル飲料など、手間のかからない食べ物が入っていた。もちろん、ビールなどは入っていない。
「食事を摂りながらでいいから、今後の話をしよう」
「ふむ。我々から報告したいことがある」
アーチャーの言葉に応じ、アサシンが話題を切り出す。
「昨夜の戦いの後、ランサーと戦闘になりかけた。令呪を使い間一髪で逃げ出したが、代償を払う羽目に陥っている」
そして、アサシンがカヤを見た。この先は、カヤの命に関わることだ。自身の口からいうべきだ、とアサシンが水を向けているのが分かった。
「代償、というと?」
「すべてを説明するには、時間がかかるわ。聞いてくれる?」
アーチャーの疑問に、カヤが答える。アーチャーと環が頷くのを見て、カヤは自身の身に起きたことを包み隠さず話し始める。
カヤ・クーナウという魔術師が、聖杯戦争に参加した理由。クーナウとロットフェルトの契約。破れば、カヤの命が危ういということ。そして。
「昨夜、別行動をしたときに偶然だけど、他の人の契約書が破棄される瞬間を見たわ。破り捨てられた契約書が燃えて、そこから黒い矢が現われた。矢が放たれて、心臓を射抜いてお終い。一瞬のでき事だった」
ゆっくりと自分の言葉で話したことで、カヤは自分が冷静さを取り戻したことを確信した。だから、現状の危機も取り乱すことなく口にする。
「そして、契約書は今、ランサーの手にある」
ランサー。その単語が響いた途端、アーチャーが顔をしかめた。
「彼の望みは僕だろう?」
アーチャーの先んじた言葉に、カヤが頷く。ランサーとアーチャーが戦闘に陥ったのはカヤも知るところだ。そこで、当人達にしか分からない関係が生まれていても不思議ではない。
「その通りよ。返して欲しかったら、明日の夜明けまでに森へ来いと言っていた」
「じゃあ、行かないとですね」
環が迷うことなく応じた。カヤは目を見開く。その様子を察してか、環が付け加えるように言った。
「繰り返しですけど、私はあの森で死にかけているのを救われているんです。カヤさんの決死の行動で。だから、このくらいのお返しは当然です」
今朝と同じ様に、環は当たり前の様に言い切った。引き止めたい気持ちと、どうあっても引かないだろうという直感が交錯する。気持ちを言葉にできない。
引き止める言葉は、意外な方向から来た。
「いや、環は此処に残ったほうが良い」
アーチャー。狩人のような服装の青年が環を押し留めたのだ。切れ長の目の奥に決意を秘めて、主を見ている。
「どういうことですか」
「多分、ランサーは次の戦いで全力を出す。もちろん、宝具を開帳するだろう。彼の宝具はわからないけれど、場合によってはマスターを巻き込みかねない」
アーチャーの声が、重く響く。遠回しに、アーチャーは環を足手まといと断じているのだ。
「環、僕は契約を切りたいと言っているんじゃない。ただ、この戦いだけは危険だ」
環の顔色が暗いものに変わる。しかし、直ぐに元の表情に戻る。
「わかりました。ただ、危険だと思えば私は令呪で連れ戻します」
「分かった。でも、それは契約書というのを手に入れてからにして欲しい。ただ逃げただけではカヤを危険に晒すことになる」
環とアーチャーが互いに頷きあう。その様子に、思わずカヤが横槍を入れてしまった。
「なんで、そこまでしてくれるの?」
「カヤ、君は環のために森へ駆けつけ、二画の令呪を失った。その行動に報いるのは当然だ」
それに、と続ける。
「僕はまだ聖杯を諦めたつもりはない。ランサーとはいずれ戦うのだから、いい機会だ」
そう言って、青年が微笑む。ありがとう、とカヤは答えた。
その様子を、環が訝しみながら見ている。
「その、ちょっと疑問なんですけれど、カヤさんが見た矢ってどんなのですか?」
環の質問は思わぬものであった。答えに窮していると、アサシンがテーブルの上にそれを置いた。クリストフを貫いた黒い鏃だ。
「現場から回収していた。印象よりも、実体を見たほうが良いだろう」
環が手に取ると、ほんの少し感触を確かめた後、アーチャーに手渡した。受け取りつつ、アーチャーが環に質問する。
「どうだい?何か感じる?」
「印象は普通です。何も感じないですね。むしろ、アーチャーの得意分野かと思います」
……あ、アーチャーは魔術師よりの英霊だったわね。
カヤは環とアーチャーの会話を盗み見ているので、アーチャーの真名を知っている。後ろめたさがあるが、集中している環とアーチャーに告げるタイミングではないと思い、押し黙った。
「これだけでは何とも言い難いかな。確かに魔力が籠もっているけれど、僕の宝具とは仕組みが違う」
アーチャーが鏃を鑑定するように丹念に見る。アーチャーの宝具は森で見たように、対象を如何なる距離であろうとも射抜く必中必殺の弾丸だ。確かにクリストフを死に追いやった光景と酷似していると言える。
アーチャーが鏃をアサシンに返す。そして、結論づけるように言う。
「この矢自体には特段の細工は見つからなかった。誰かを狙うとかそういう術式も、呪いめいたものもない。だから、どちらかというと、細工は矢ではなくて的にされているんじゃないかな」
そして、その場の全員がカヤを見る。この場合の的。言うまでもなく、カヤを指している。
「んん。的を見ればなにかわかるかね?」
「可能性としてはある。でも、そんな術式を仕込まれたことなんてあるのかい?」
そして、カヤは思い至る。アサシンも同様の結論に至っているのだろう、カヤの心臓を指さしていた。
「私の心臓は昔、ロットフェルトの当主に治療されているの。なにかされたというのなら、そのときにしか考えられない」
兄カールと術式を調べたとき、何も分からなかった。あのときは刻まれた術式が、心臓の運動や生命活動に影響あるものだと決めつけて調べていた。しかし、今ならわかる。あの術式はただ、鏃を寄せ付ける札のようなものなのだ。
「なるほど、それが本当であれば相当に悪どいね」
「治療とは全く関係なく、脅すためだけに術式を埋め込んだのですか」
アーチャーと環がそれぞれに感想を漏らす。今までのロットフェルト家の行動を見ていれば、そのくらいのことをやるだろうとカヤは思った。
「ともあれ、まだ確証はない。んん。術式だけでも見せてみたらどうかね」