Fate/immature children 作:waritom
湖面が曇天の色を写す。冬らしい切れ間のない厚い雲の層に、押し固められた空気の圧力を感じる。この時期の典型的な気候とはいえ、今日の空気の異様さは覚えがない。
ロイク・ロットフェルトは自身の工房から足を踏み出し、湖畔を覆う森に居た。既にこの森からは敵は撤退しており、何かに圧力を感じる必要はない。しかし、それを感じざるをえないのは近くで気にもたれかかる男のせいだろう。
長身に細い身体。見た目だけであれば、黒い鎧も相まって甲虫の想起させる。しかし、男が動き出せば、その印象は一変する。獰猛かつ残忍。獣の殺意が敵を襲う。
ランサー、ドゥフタハ・ダイルテンガ。ロイクのサーヴァントである。
ランサーは木に持たれながらも、周囲に緊張を与え続けている。その理由は一つ。来るべき敵を待ち続けているのだ。
『アーチャーを待つ。アサシンが約束を違えていなければ、夜明けまでには訪れる』
ランサーはそれだけを言うと、正午から今と変わらずに弓兵を待ち続けている。ロイクは工房でランサーの姿を見ていたが、異様な緊張感に耐えきれなくなり、傍らで見守ることにした。
「ロイク。これを持っていろ」
ランサーがロイクへ向けて紙の束を投げて寄越した。枯れ葉の上に落ちた紙束を拾い上げる。魔術に寄る契約書のようだが、ロイクには見覚えがなかった。
「これは?」
「アーチャーが此処に来る理由だ。貴様が持っている方がいい」
疑問はあるが、手に持っていることにする。平時のロイクであれば、行動の意図を苛立ち混じりで問いただすだろう。しかし、ロイクはただ受け取るだけで取り立てて詳細を聞こうとはしなかった。
「えらく殊勝じゃないか、ロイク。どうした?」
口では心配をする風ではあるが、ランサーの声色には嘲りが見えていた。
「勝ちを見せつける相手が消えて、気持ちが落ちているのさ」
ロイクがこの戦争に望んだのは、当主の座を得るためだ。しかし、それ以上にテオ・ロットフェルトに自分の素養を見せつけるという目的があった。今は、勝利を断ずる当主も因縁の相手たるテオも死んだ。ロイクにとって、戦う理由が希薄になりつつあるのだ。
「競うべき敵が労せず消えたのだろう。効率を重んじる魔術師であれば臆面もなく喜ぶのではないか?」
ランサーが侮蔑を潜め、心底から分からぬという風に聞く。
「聖杯を得るのがこの戦いの目的。であれば、邪魔立てするものは排除する。手間なく消えれば両手を上げて喜ぶ」
「相手がライダーのマスター以外であれば、そうだったさ。けれど、称賛されなくては勝利の意味はない」
ロイクにとって勝利とは幾多の敗者を踏みにじり、手にに入れるものだ。勝利の証は盃ではなく、敗北者の悔しさの滲む顔だ。
「たった一人生き残って聖杯を手に入れて、どうしろと言うんだ。ありがたく屋敷に飾れとでも?」
「余計な考えの多い奴だ。奪い取ってから考えればいいことだろう」
ランサーの言葉に、ロイクが気が付く。勝利のために最短経路を行かないのはこのランサーも同じことだ。
昨夜の戦い。アーチャーとの戦闘ではランサーは一対一の正面衝突を望んだ。そして今も、アーチャー相手に真正面から打ち倒そうと待ち焦がれている。
『この下らぬ戦いにおいて、貴様とセイバーのみは正面切って戦うに値する』
アーチャーと相対したときのランサーの言葉を思い出した。ロイクへは効率を説きながら、自身は異なる道筋を行こうとするランサーに疑問を抱く。
「なんで、アーチャーとセイバーを特別視しているんだ?」
思わず口をついて出た疑問に、ランサーが先とは違う、真剣味を帯びた視線を送る。ロイクの背筋に冷たいものが走った。召喚初日のことを思い出す。令呪によって縛ることに成功しているとは言え、ランサーはロイクの手を砕き、あまつさえ殺そうとしたのだ。マスターにさえ殺気を隠さぬサーヴァント。ロイクは先の質問の軽率さを悔いた。
「は。知れたこと。ただの障害であればどの様な手段でも取り除く。しかし、一介の戦士に対しては戦士として向き合うのが礼というもの。無様に策に拘泥すれば、強者との戦いを避けた卑怯者の名が後の世に残るだろう。この点は貴様を笑えぬな、ロイク」
ロイクの予感に反して、ランサーは誠実とも言える回答を口にした。
「俺の思う戦いと他の戦士の思う戦いは異なっていた。俺は戦いに望むのであれば、利用できるものはすべて使う。それが礼儀だとも。だが、他の戦士はそうではなかった。愚かしいまでに一対一の戦いに拘泥した。……奴らがこの戦いに参じてみろ。令呪でさえ卑怯と眉をひそめるであろうな」
そういって、ランサーが笑った。そこにはどこか、自嘲するような寂しさが紛れているようだった。
ドゥフタハ・ダイルテンガ。アルスターのクロコガネというあだ名のある戦士。彼の伝承は少なく、有名なものでも不名誉なものだ。
同郷の戦士であるクー・フーリンと敵対した折、フェルグス・マック・ロイが矛を交えるのを躊躇う中、嘲るように言い切った。
『何を躊躇う。敵は強力と言えど一人きり。対してこちらは数で優勢なのだ。取り囲み攻勢をかければ、一人は不意を打てるだろうよ』
この発言がフェルグスの激怒を買い、軍の最後尾まで投げ飛ばされる。ランサーにとっては不名誉な伝説だろう。
ドゥフタハの思考は、戦士というよりもむしろ魔術師に近い。特に一対一を重んじたアルスターの戦士達の中では異端に見えたろう。故に、後の世に残った伝承は不名誉に塗り固められている。しかし、傍目でドゥフタハを見ているロイクの印象は違う。
……弱者には見向きもせず、強者とあれば矛を交える。きっと、敵わぬ者には策を講じてでも打ち倒すのだろう。
「アーチャーとの戦い、危機になったら僕は令呪を使うぞ」
「当然だ。そのために連れてきた。僅かほどでも躊躇ってみろ。今度こそ殺してやる」
ランサーの相貌が獣じみた獰猛さに彩られる。戦いの時が近いのを感じた。