Fate/immature children   作:waritom

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(ねえ、本当に良かったの?)

 アーチャーが工房を出て、ランサーのもとへ向かった。無論、戦いを望んでた。カヤの使い魔が後を追うが、戦いに助力することはできない。カヤの工房には現在、カヤと環が居た。

 カヤの念話による疑問は自身のサーヴァント、アサシンへ向けたものだ。傍らの環を意識し、言葉が少なくなった。。

 敵がランサー一体であるのならば、サーヴァント二騎で戦うのが良いと思える。しかし、戦闘力の無いアサシンの場合、その選択が常に最善とは限らない。

 アサシンができることは宝具『血塗られた倫敦塔への道(タワー・グリーン)』によるサーヴァントの無効化だ。強力な反面、魔力が不足している現状では発動できない。令呪による強制発動も考えたが、カヤの持っている令呪は残り一画だ。使えばアサシンとの契約が切れる。

 ……最悪の場合、アサシンを諦めてでもアーチャーをサポートする。

 そのため、カヤはアサシンをロットフェルトの敷地内に待機させている。

(我が主の最善がこの形であるのならば、仕方あるまい。ふむ)

 森の入口で気配を消すアサシンが、嘆息混じりに答えた。忠義に厚いサーヴァントではあるが、自死を厭わぬ作戦を受け入れてくれた。

(契約書を手にいれれば安泰なのだろう?であれば、我が生命など惜しくない。ああ、惜しくないとも。全く)

(すまなかったわよ)

(作戦を立てるときも言ったがね。敵のサーヴァントはまだ二騎いるはずなのだ。敵対するランサー。セイバーも湖底に落とされたくらいではまだ生きているだろう。それに、死んだとするサーヴァントも怪しいものだ。んん。環の呪いが解けた以上、キャスターは退去した可能性が高いが油断はできん。ライダーにも生き残りの伝承があるのだ、生きていても不思議ではない。……確実に倒したと言えるのはバーサーカーだけだ)

 アサシンが珍しくまくしたてるように言う。サーヴァントの退去は間近で見なければ確信を持つことはできない。カヤとアサシンが間近で見たのはバーサーカーだけで、確かに他のサーヴァントについては状況証拠しかない。

(不透明な状況を作らないための『不義の密命書(バビントン・プロット)』なのだが、んん、全く空回っているな。腹立たしい)

 念話越しにでもアサシンの神経質な表情が歪んでいくのがわかる。

(現状、手がない以上心配をしても仕様が無いわ)

(いいや、違う。カヤ。これは本当に胸に刻んでおいて欲しいのだがね。まだサーヴァントが残っているということは、依然君は狙われる立場なのだ。私がここで消えれば、君を守るものはいなくなる。如何に戦争を降りると君が言おうとも、他のマスターから見れば関係がない。念のために殺すくらいはやってのける)

 アサシンの言葉がカヤの心を揺さぶった。死の危険はなにも契約書だけではない。ここまで安全に暗躍できたのはアサシンの力が大きいのだ。

(軽率が死を招くことだけは、覚えておいて欲しい)

(分かったわよ)

 そして念話を打ち切る。正念場を前に、カヤの気持ちが沈むのを感じた。

「カヤさん」

 ソファで隣に座る環が声を掛けた。見ると、机の上で何かを作っている。

 ……確か、折り紙という日本の遊び。

 環が器用に一枚の紙を幾重にも折り重ね、新たな形を作る。紫の紙は直ぐに一輪の花になった。四枚の花弁が垂れる、儚げな花だ。

「これは?」

「菖蒲という花です。私、落ちかないときにはつい、こういうのを作っちゃって」

 環が差し出した菖蒲をカヤは掌に乗せた。紙の軽さが不思議に感じる。

「恐いときとか、不安なときとか、ゆっくり手順の決まったことをすると自然と落ち着くんです」

 そういう環は確かに静かに、焦りもないようだった。

「折ってみますか?」

 環が笑み、紙を差し出す。一点の皺もない綺麗な正方形の折り紙。

 ……戦いの前に呑気なことかとアサシンには呆れられそうだわ。

 だから、ではないが、カヤは環の提案を丁寧に辞した。

「大丈夫。不安なら、この子が取っていってくれたから」

 カヤは右の掌に乗る菖蒲を見せる。そして、それに、と言葉を続けた。

「もう、そんな時間も無いみたい」

 森を眺める使い魔が、槍兵の姿を捉えた。弓兵が遠巻きから、疾走し肉薄している。

「ええ、では行きます」

 状況を掴んでいる環が作戦通りに行動する。左手の甲に手を当てた。

「令呪を持って告げる」

 

 森で佇み、眼の前の湖を眺めるロイクは、急に現われた魔力の奔流に飛び退いた。明らかなサーヴァントの予兆。どころか、宝具の開帳に匹敵する魔力の集中だ。

 ……アーチャーが来た!

 しかし、確信が遅いと悟る。既にランサーはもたれかかっていた木を離れ、迎撃に出ていた。ロイクは油断を恥じながらも使い魔の烏を飛び立たせ、戦いの現場を探る。

 烏は直ぐにランサーを見つける。

 異様な光景だった。木々の合間を縫うように無数の銃弾がランサーを追い、ランサーは銃弾を避けつつもアーチャーを探す。

「糞が!」

 ランサーが回避した銃弾の雨は後方へ消えることなく、軌道をぐるりと変えて、ランサーの背に迫っている。まるで銃弾そのものに意思があり、ランサーを討たんとしているようだ。

 確信した。これはハンナを死に追いやった宝具だ。あのときほど集中した一撃でないが、威力を下げて銃弾が幾つにも分かれている。

 以前の戦いで、ランサーを窮地に追いやった攻撃。既に見せた技を、惜しむことなく初手に費やした。

 ランサーの背に、銃弾の一つが食い込む。獣の相貌が一瞬、苦悶に歪む。

「ランサー!」

 ロイクは遠隔から治癒魔術を行使する。胸に灯る炎。イメージを引き金に魔術を使う。ランサーの背の傷は徐々に塞がるはずだ。

「良い魔術だ」

 ロイクの後ろから、突如声がした。振り向く前に、ロイクの胸に衝撃が走る。思わず、苦悶の表情に歪む。

 地面に倒れながら、凶弾の原因を見る。深くフードをかぶった狩人。アーチャーだ。

 ……何故。ランサーが追っているはず。

 そしてロイクは気が付く。森で幾度も味合わされたアーチャーの幻術。

「君の従僕が追っているのはただの鼠だ。何度も同じ手を食うなんて、間が抜けているな」

 アーチャーの言葉にロイクの表情が変わる。胸の痛みも、宿り始めた滾る熱もすべてを混ぜ合わせるように、笑った。

 不信に思うアーチャーを尻目に、ロイクは振り絞り、湖に飛ぶ。湖面に触れる直前、凪いだ水面に水流が現われてロイクを湖畔から湖の中央へ運ぶ。

 ロイクが叫ぶ。痛みも構わず。

「令呪を持って告げる!ランサー!アーチャーに宝具を使え!」

 そして、森に炎が具現化する。湖畔からロイクを狙うアーチャーが身を翻すのが見えた。しかし、ロイクは確信している。それでは遅すぎる。

 魔力のうねりを伴い、炎を纏う槍兵がアーチャーに突撃した。両の手で持つ槍はランサーの付き穿つ動作に合わせて、必殺の閃光を描く。

 ドゥフタハの声が聞こえた。

「『九殺する炎の呪槍(ルー・ケルトハル)』」

 呪槍が炎を放ち、アーチャー諸共森を焼き払った。

 

「アーチャー!」

 弓兵と視界をともにする環は、ランサーの放った炎に思わず声を荒げていた。

 アーチャーの作戦は成功していた。アサシンの能力により契約書はマスターであるロイクの手にあることは分かっていた。そのため、遠隔から『主よ御手もて引かせ給え(デア・フライシュッツ)』による攻撃を行い、ランサーを足止めした上でマスターであるロイク・ロットフェルトを襲撃する。全七発の内、既に三発は使っている。そして最後の一発は使うことができない。故に、残りの三発のうちの一発を使ってランサーを追い詰める作戦だった。

 不備があったとしたら、ロイクの予想外の行動だ。

 ……アーチャーの攻撃を耐えた?

 環は確かにロイクがアーチャーの銃弾を胸に受けたのを見た。宝具でこそ無いが、英霊の一撃は常人に耐えられる理屈はない。しかし、ロイクは苦しみつつも令呪を使いランサーに宝具を開帳させた。

「環!契約書は?」

「ダメです。奪えていません」

 カヤの言葉に環が悔しさを滲ませ、答える。ここでロイクの契約書を奪えていれば戦いは決していた。令呪でアーチャーを帰還させれば良い。しかし、ロイクがあまりにも予想外の行動に出たために判断が遅れた。

 湖の中央に流されたロイクは、湖上に放置されたボートの上に立っている。魔術に寄る水流操作でボートの位置に流れたのだろう。

「予め用意していたのでしょうか」

「いや、違うわ。直前に決めた作戦なら、アサシンが気が付いている。……あのマスター、始めからランサーの宝具を使うことを想定して、ずっと前から準備をしていた」

 カヤが悔しさの滲む声で呟く。

「それよりも、アーチャーは?」

 環はアーチャーの視界越しに森だった景色を見ている。宝具の炎は森の奥から湖の側にいるアーチャーへ放たれ、周囲の森を焼いた。アーチャーの視界には現在、焼き払われた森とその原因が見えている。隠れ潜む場所もなく、対峙している。

 ランサーの宝具は奇っ怪だった。身の丈を超す槍であることは良い。しかし、その槍の纏う炎はこともあろうに、ランサーの握る柄から吹き出ていた。

 嘲りを宿す槍兵の表情が、苦悶に歪んでいる。柄から出る炎は森と、敵と、ランサーそのものを焼いているのだ。遠隔にいるマスターと令呪によるサポートにとって、ランサーの身体は辛うじて維持できているのだとわかった。

「待ち焦がれたぞ、アーチャー」

 身を炎に灼かれながら、ランサーが言う。

「ずいぶんと苦しそうだ。無理をせずにその槍を置いたらどうだ?」

「貴様が倒れた後に、そうしよう」

 それが戦いの合図だった。ランサーが炎の槍を横薙ぎに振るい、アーチャーが飛び退く様に焼けていない森の奥へ退避する。しかし、槍によって放たれた炎が、隠れるアーチャーを顕にする。

 逃げるアーチャーと、それを追うランサー。昨日と同じ図式。だというのに、環の心に宿るのは昨日と比較にならぬ不安だ。

 ……こんなの、反則です。

 アーチャーの戦法は隠れて罠を張り、敵を仕留める。得意の幻術も、相手の見えぬ内に仕掛けるから効果があるので、姿を常に晒され続ければ意味がない。

 環にできることはない。ただ、祈るだけだ。既に枯渇した魔力では、令呪がないと宝具さえ開帳できない。先に一画を使ったので、あと二回。

 獣の咆哮が響く。ランサーのものだ。逃げるアーチャーへ向けたものか、その身の痛みに耐えるためか分からない。ただ、炎に灼かれながらも槍を奮うランサーは英霊というよりも、英雄に倒されるべき怪物に見えた。

 

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