Fate/immature children 作:waritom
ロイク・ロットフェルトはプラウレン湖に浮かぶボートに立っている。湖面に起こした波は既に収まりかけている。しかし、胸の痛みから、平衡感覚が危ぶんでいることを察した。
……油断していたとは言わない。この程度なら、計算の内だ。
ロイクは自身の胸に空いた穴に、躊躇わず、指を入れた。駆け巡る痛みに苦悶が漏れるが、構わない。そして、指が狙いの感覚を見つける。金属とも、氷とも言えるような鋭く冷たい感触。指で存在を確かめながら、呟くように魔術を行使した。
「リリース」
イメージの炎を燻らせる。炎が心臓を取り巻く金属の膜を灼く。魔術の完了を確信すると、穴から指を引き抜いた。そこから、血に混じり、透明な液体がこぼれ落ちる。
ロイクの身を守ったのは治癒魔術ではない。ロイクはこの戦争に参じるに辺り、自身の身体に保険を掛けていた。心臓、動脈など急所と言える内蔵を取り囲むような魔術に寄る保護膜。一度きりだが、直接攻撃であれば防ぐことができる。準備には大いに時間がかかったが、その甲斐あって、ロイクの命を救う結果となった。
真っ向から魔術比べをしかければ、ロイクはテオに劣ることを知っている。そのため、ロットフェルトの魔術とは言い難いが、ロイクのオリジナルとしてこの戦いのために作成していた。
……テオとの戦いのために用意していたけれど、役に立ったな。
彼ならどの様に今の場面を防ぐだろうかと考える。きっと、傷口を愚直に治癒魔術で治すのだろう。王道で、強者の発想だ。その方法では、ロイクはアーチャーの攻撃に耐えきれず、死んでいただろう。急場を自身の策で凌いだというのに、ロイクの心には未だ劣等感がある。
しかし、劣等感を払拭する相手はもういない。故に、ロイクは目の前の相手に負の感情をぶつけることにした。
「殺せ、ランサー!」
ランサーは炎を身に纏い、長槍を奮う。炎は槍を持つ右の腕を中心に広がっており、肉の焼ける不愉快な匂いが鼻についた。
マスターであるロイクには宝具の詳細は話してはない。だが、ロイクから聞かれていないということもあるが、ランサー自身が誇るべきものだとは思っていないからだ。
『
持つ者を灼き、穿てば必ず命を奪う槍。
アーチャーの銃弾が放たれる。右の腕に被弾しかけるが、弾丸が炎に溶け、傷を与えるに至らない。いや、傷を与える必要がないほどに、ランサーの腕は焼けただれている。
……思ったよりも、保たないな。
ランサーは冷静に自身の傷を観察をしていた。ロイクの治癒と令呪に寄る補助によって、ランサーの身体は常に回復している。しかし、宝具の炎が治癒を上回る速度で身体を傷つけている。
アーチャーは気が付いているのか、決定打を放とうとせず長期戦の構えを見せている。この森へ入って来たときの大技は、もう出す気がないのか。
ランサーがアーチャーを追う足を止める。わざわざ付き合う必要はない。
「一投にて穿つ」
ランサーが右手を大きく挙げ、槍を掲げる。そして、主を灼く炎が一層激しさを増した。槍に込められた魔力が更に増したのだ。
ランサーが大きく身を捻る。捩じ切れんばかりの溜めを作り、身体が筋力により一回り膨らむ。極限の充填を行った後、炎の槍が、弓兵へ向けて放たれる。
「『
焼け消えた森を走りながら、アーチャーは後方から魔力の集中を感じた。
……とんでもないな。とてもじゃないが、避けることはできない。
昨日の戦いとは比べ物にならない圧力。現代の槍と神秘の具現たる宝具の違いなど、比べるべくもない。だが、双方の脅威を身に受けると、これほどの差があるのかと愕然たる思いに駆られる。
初手のランサーの宝具の開帳は、辛うじて避けることができた。しかし、あれはただ槍を開帳しただけに過ぎない。槍の一撃を受ければ、自身の身体など耐えられるはずがない。
そして後方に感じる魔力は、十中八九、槍の投擲だ。ランサーがどこの英霊かは分からないが、秘中必殺の投げ槍ということは十分に考えられる。
……宝具には、宝具で戦うか。
現状、アーチャーにはランサーの攻撃に耐える手段はない。幻術ではランサーの眼をごまかすことはできても、仕掛ける瞬間を見られては意味がない。
意を決し、猟銃を構えて姿勢を屈める。初手の技とは違う、バーサーカーのマスターを打倒したときの一撃を用意する。
(環。令呪をくれ。宝具で槍を砕く)
(アーチャー。大丈夫ですか)
環の沈痛な声が響く。大丈夫、とは言い難い。しかし、マスターを不安がらせることにも意味がない。だから、答えるべき言葉は一つ。
(大丈夫。槍を砕いて、それでお終いだ。昨日倒しているのを見てるだろ?)
強がりを口にする。アーチャーに宿る不安を悟られていないかと案ずるが、直ぐに考えを改めた。
(信じてます)
環の声には、アーチャーのすべてを察したような強さがあった。
環のマスターとしての性能はお世辞にも高くはない。アーチャーのサーヴァントとしてのスペックにも影響が出ているほどだ。最大で七発射てる宝具も、二発までで環の魔力は尽きてしまった。
それでもなお、アーチャーは環がマスターで良かったと思う。
銃口の先に気持ちを込める。その先にいるランサーを睨む。
槍を掲げた右の腕が炎を纏っていた。こちらに殺意を向ける、黒い獣がいる。
「あんなのを相手にできるなんて、狩人冥利に尽きるよ」
そして、猟銃の銃口に魔力が籠もり、宝具が開帳された。
「槍を討て。『
魔弾が、迫る呪槍に向かって放たれた。
森の上空を飛ぶカヤの梟は、宝具と宝具のぶつかり合いを見た。
槍兵の槍は炎の軌道を描き、弓兵に向かう。
弓兵の魔弾は光の矢を彷彿とさせる神々しさをもって、呪槍に向かう。
二つの衝突は魔力の暴走を招く。槍の炎が森へ飛び散り、葉の落ちた枯れ木を灼いた。隠された神秘の森は、今、更なる神秘に焼き払われようとしていた。
衝突の結果は見るに明らかだった。
弓兵は森の中で猟銃を片手に立っている。焦燥の顔色は見えるが、傷を負った気配はない。
槍兵は燃え盛る森に立っている。投げ去った槍は既に右の手に戻り、既に腕に炎を宿している。
「続けようか、アーチャー」
「ああ」
そして、戦いは続く。