Fate/immature children   作:waritom

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「アーチャー!」

 宮葉環は弓兵との視界の共有が途絶えたことに気が付いた。そして、直前の景色が原因であることを知っている。

 ……あれは、キャスター!

 だが、相手よりも倒れた相棒を案じる。視界の共有が途絶えたのはアーチャーが瀕死に陥っているということだ。

(アーチャー!返事をしてください)

 念話で呼びかけるが、応答がない。しかし、パスに寄る魔力の供給は続いている以上、退去してはいないはずだ。

(環、聞こえるかい?)

 幾度かの呼びかけの後、アーチャーからの返事が来た。短い間だが、環には気が遠くなるような長さに感じた。

(アーチャー!無事ですか?)

(大丈夫だ。それよりも、契約書がキャスターに奪われた。直ぐに奪い返すから、合図をしたら令呪で転移してくれ)

 令呪による転移を提案したことに、環はアーチャーの状態を察した。

 ……アーチャーはもう、永くないのですね。

 環の令呪は残り一画。使えばアーチャーとの繋がりは途絶え、環とアーチャーの聖杯戦争は終わる。この事実をアーチャーが理解していないわけがない。

 つまり、もう令呪を惜しむ必要がない。退去が迫っているのだ。

 覚悟していたはずが、訪れた現実に耐えきれなくなる。涙が目に溜まっているのが分かった。それでも、アーチャーの仕事はまだ終わっていない。今、涙を流すわけにはいかない。

(分かりました)

 短い返事を、感情を隠すように返す。隣で不安そうに見つめるカヤが声を掛けた。

「アーチャーは?」

「契約書を奪い次第、令呪を使います」

 環の言葉に、カヤの顔色が曇る。環の的外れの返答の中に、如実に回答が含まれていた。

 そして、環は立ち上がる。そのまま、カヤの方を見ることもなく、外に出ようとする。

「環、どこへいくの?」

「外の風を浴びてきます。もう、私にできることはありませんから」

 

 外に出ようとする環に掛ける言葉もなく、カヤ・クーナウは立ち竦んでいた。自身のサーヴァントを失う感覚というのは、身を切るような辛さだろう。カヤの命を救うために、そこまで献身をしてくれたことに感謝を覚える。一方で、悲しむ環に何も言えない自分に腹が立った。

(カヤ、そちらはどうなった?ロイクとランサーはアーチャーを見失っている)

(アーチャーがキャスターに強襲された。契約書も奪われて、瀕死みたい)

 森で控えるアサシンに、カヤは端的な報告を済ませる。アサシンはランサーのマスターであるロイクの監視に専念しているので、アーチャーの状況を把握できていないようだ。

(……そうか。んん)

 アサシンもアーチャーを案じているのだろうか。歯切れの悪い言葉だけが返ってくる。

 カヤは視界を使い魔のものに置き換える。まばらに灼けた森を飛ぶ梟は、遠巻きからアーチャーとキャスターを捕捉していた。

 自身の血溜まりに伏せるアーチャーと見下ろすキャスター。キャスターの手には紙束が握られている。カヤの命を脅かす一枚。

「アーチャー……」

 縋るように言葉を溢す。今のカヤには、それが精一杯だった。

 

 幾重にも仕掛けられた罠を超え、ランサーは森を疾走していた。既に右の手に持つ宝具は霊体化させており、ロイクに寄る緩慢な治癒が進んでいる。

 ……アーチャーめ。

 己の最大の武器を使っても、仕留められなかったことへ不満はある。しかし、戦いの途中で逃げ出したアーチャーへの不満はなかった。

 もとより、これは紙束を巡る戦い。アーチャー側の目的が紙束にあるのであれば、奪い次第逃げるのは当然だ。命の取り合いだけが戦いではない。

 しかし、眼の前に入ってきた光景は、激怒に値するものだった。

「貴様、キャスターか」

 追い求めた弓兵は血溜まりに沈み、背の低い子どもが見下ろしていた。只ならぬ風貌に、少年がサーヴァントであることを瞬時に察する。

「死んだと聞いていたのだがな」

「魔術師が生き汚いのは知っているだろう」

 そうさな、と小さく答え、傷のない左の手に短剣を握る。

「で、だ」

 悠然と歩き、弓兵の横を通り過ぎる。魔術師と向かい合った。

「魔術師風情が。誰の許可を得て戦いに横槍を入れる」

 躊躇うことなく、ランサーが短剣を横に薙ぐ。しかし、キャスターは軽やかな動きで避けた。

「傷が見えるね。ランサー。テオの言う通り、君のマスターは治癒が苦手かな」

 黙れ、と答えるが宝具の傷とアーチャーから受けた傷が深いことは確かだった。しかし、戦いを侮辱するこのサーヴァントを生かして返すつもりもない。

 短剣を持ち、キャスターに襲いかかろうとした矢先、変化が起きた。既に死に体と思われていたアーチャーが、猟銃を構えたのだ。狙う先はキャスター。いや、紙束を持つキャスターの腕だ。

 アーチャーの身体が消えかかっているのは見るに明らかだ。しかし、それでも動かすのは気力としか言いようがない。

「何故、そこまでして他人の命にこだわる?」

「他者じゃない。マスターの友人だ」

 弾丸は正確にキャスターの腕を射抜く。キャスターが苦悶の声を漏らしつつ、姿を消した。手放した紙束には目もくれない。

 そして、地に落とされた紙束をアーチャーが拾い上げんとする。ランサーの視界に、アーチャーが背を曝け出した。

「させぬ!」

 阻むため、ランサーは短剣を投げつけ、そのままアーチャーへ迫る。アーチャーは刺さる短剣を歯牙にも掛けず、紙束へ手を伸ばした。

 しかし、そこまでだった。ランサーの宝具たる槍が伸ばした腕を貫通するように、アーチャーの腕を穿った。槍を握る手が焦げ付くが、些かも気には留めない。消えゆくアーチャーへの思いが、痛みを上回る。アーチャーの指は、隙間一つというところで地に落ちる紙束に届かなかった。

「この勝負、俺の勝ちだ」

 静かに、猛ることもなく勝ち名乗りを上げる。称賛の声はない。ただ、消えゆく弓兵の苦悶の声が響いていた。

 そして、弓兵が姿を消す。消滅したわけではない。霊体化か、それとも令呪に寄る転移か。原因は分からぬが、弓兵の血にまみれた紙束が、ランサーの勝利の証であった。

「確かに、称賛なき勝利など味気ないものだな、ロイクよ。……こんなものを飾り立てる気にもならぬ」

 戦いに赴く前のマスターの言葉を思い出し、感傷的な言葉を溢す。

 そして槍を乱雑に振り回し、地に落ちた紙束に炎を放つ。燃える紙束から魔力の奔流が始まるが、ランサーは気に掛けることなく背を向けて、姿を消した。

 

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