Fate/immature children 作:waritom
冬の空気に身を任せ、悲しみを寒さで誤魔化そうとする。頬と目頭に貯まる熱が、乾燥した空気でどこかに消えることを願った。
環は工房から外に出て、ただ願うだけの時間を過ごしていた。アーチャーの死は免れない。既に、環と繋がるパスも弱々しくなっていることに、否が応でも気が付く。
(環、失敗した)
そんな中、アーチャーから悲痛な念話が届いた。返す言葉もなく、ただ、はい、と受け入れる。
(すまない。環、僕は君の願いを果たせない)
(そんなこと、そんなことはどうでもいいです)
アーチャーが悲痛な言葉を紡ぐ。乾いたはずの瞳が、直ぐに濡れ始めていることに気が付く。
しかし、感情のまま泣くことはできない。環にはすべきことがあった。
『マスター、君は僕のようにはなって欲しくない。自分のせいで友人が貶められていくことは、耐え難い後悔になる』
アーチャーの以前の言葉を思い出す。環はアーチャーの思いが痛いほど分かった。
……今、カヤさんが死んでしまったら。
アーチャーが失敗した以上、契約書は直ぐに燃やされるだろう。そうなれば、心臓を穿つ矢がカヤを襲う。カヤの死は免れない。
環の手が震える。命を賭して環を救った恩人を、環の力不足で殺してしまうなど、到底受け入れられるはずがない。そんな結果、世継ぎを産むだけの存在にすら劣る。
……そうなるくらいなら、私は死んだほうがましです。
だから、環は自らの死を行う。アーチャーにも、ましてカヤにも伝えていない、覚悟の行動だ。
既に準備は完了している。自然の只中に陣を描き、その中央に座る。後は覚悟だ。
(環、契約書が燃えて魔力が集中している)
矢が発生していることが告げられる。もはや、猶予はない。
(令呪で、僕の身体を盾にして。もしかしたら、矢の威力を弱めるくらいはできるかも)
サーヴァントの意図と合致していた場合、令呪はサーヴァントの行動の補助として、ステータスを引き上げる。そのため、アーチャーの提案も効果があるかも知れない。
……本当に、ひどいマスターですね。
最後の令呪にて、より無残な死をサーヴァントに強制する。恨まれてもおかしくない所業だ。
(じゃあ、これで最後だ。君がマスターで良かったよ。環)
別れの言葉に、堪えていた涙が頬を伝った。
(出会った日の約束、守れなくてごめんね)
召喚初日、環が気まぐれで提案した約束。
『私はあなたを望みます。アーチャー、私の稼業を手伝ってください』
……ああ、そんなことを気にしていたのですか。
柔和な狩人の笑みを思い出す。生真面目で、実直な、英雄らしい英雄だった。彼と共に駆けた時間は、短くとも、かけがえのないものだったと思う。
だから、環は偽りのない本心を、英雄に告げた。
(あなたと出会えて、幸運でした)
そして、最後の言葉を紡ぐ。
「令呪をもって告げる」
カヤ・クーナウは使い魔の視点から、アーチャーの行動を見た。
燃え盛る契約書の前に立ったのだ。意図は直ぐに分かった。炎から生まれる矢を防ごうとしているのだ。
アーチャーの身体は既に限界だ。身体の所々は火傷を負っており、右腕は槍で穿たれた穴から血が吹き出ている。その傷でも動くことができるのは令呪のおかげだろう。
環の令呪はこれで三画。すべての令呪は使い切った。アーチャーと環の契約は切れた。つまり、これがアーチャーの最後の行動だ。
……ありがとう。でも。
燃え盛る契約書から、矢が生まれる。矢がゆっくりとした動きで、カヤのいる工房の方を向いた。
……あの矢が放たれたら、私は。
カヤは契約書を灼かれた時点で、死を覚悟していた。仕方のないことだ。死力を尽くし、敗北したのであれば、この死は受け入れるべきものなのだ。環に縋り泣き、自分の心に整頓がついていた。
しかし、言い訳はしない。カヤ・クーナウは友人である宮葉環の命を救うために、家を裏切るような真似をした。後ろめたい思いはない。
矢が放たれる。その矢をアーチャーが身を挺して受け止めた。使い魔の耳に、肉が裂けて骨が砕ける音が響いた。アーチャーの苦しみは壮絶だろう。しかし、弓兵は目を瞑り、苦悶を感じさせない。
……ごめんなさい。ごめんなさい。
苦しむアーチャーに、ただ謝ることしかできない。近くに環がいなくてよかったと思う。この光景を見れば、申し訳なくて、環の顔を見れなかった。
矢が、アーチャーの身体を貫通する。勢いが殺された矢が工房へ向けて進む。
……止めることは、できなかった。
アーチャーの身体が消えていく。その姿が見ていられずに、カヤは目を閉じた。そのまま、アーチャーに謝罪を続けた。
(カヤ。今、矢がそちらに)
(ええ。ダメだったみたい)
アサシンの念話が届く。焦りの籠もる言葉に、カヤは諦めたように言った。
(アーチャーが身を挺してくれたけれど、多分ダメね)
(んん。直ぐにそちらに行く)
アサシンがそれを最後に念話を打ち切った。駆けつけるだろうが、あまり意味がないだろう。
……これで、全て終わり。
諦めた気持ちのまま、ソファに大きく仰け反る。古びた天井が目に入った。最後の景色にはあまりにも相応しくない気がして、思わず立ち上がる。
ふらつく足で外への扉に手をかける。その時、扉の向こう側から只ならぬ魔力の気配を感じた。大規模な魔術儀式の行使。
……まさか、環?
思わず、外へ飛び出し、気配の感じる方向へ駆ける。曇天の下、葉の落ちた木々の隙間を行くと、原因を見つけた。
「環!」
思わず、叫ぶ。
カヤの眼には枯れ葉の上に寝込む環が見えた。胸が血で染まり、その傷を抑えるように呻いている。環の周りには無数の呪符が撒かれていた。
……これは。まさか。
カヤは環の近くに駆け寄る。幸い息があるようで呻きながらもカヤの言葉に反応した。
「カヤさん、私」
「もういい。なんで、こんなこと」
環の周りに撒かれている札。そして、以前に環が言っていたことを思い出す。
『……基本的な魔術です。あとは、呪い寄せのアミュレットが作れるくらいです』
つまり、環はカヤに向けられた矢の方向を、呪い寄せのアミュレットによって環に向けさせたのだ。
カヤは焦りながらも治療魔術をかけ続ける。しかし、傷口は一向に塞がる気配がない。
……純度の高い呪い。私では手に余る。
環を抱え、工房に走る。ソファに環を寝かせ、工房の一角に陣を作る。希少な霊薬を基に作った陣だ。その中央に改めて環を寝かせた。
「カヤさん」
「いいから。この陣の中なら、呪いの進行は弱まるはず」
カヤは陣に魔力を通す。清涼な魔力が環の傷に集まり、打ち込まれた呪いを癒やし始める。
「言いたいことはいっぱいあるけど、今は寝ていて」
環がその言葉に従い、目を閉じた。
……馬鹿なことを。
環がカヤの代わりに呪いを受けた。その理由は聞くまでもなかった。
『私はあの森で死にかけているのを救われているんです。カヤさんの決死の行動で。だから、このくらいのお返しは当然です』
カヤが一度、環を救った。ただそれだけの行動に、環は命を投げ出したのだ。
「なんてことを。そんなことをされたって」
つい環を攻めるように言ってしまう。理解はできても、行動に移すとは思えなかったのだ。頭を抱えるように、環の陣の前に蹲る。
「友達、だからですよ」
下を向くカヤに、環が声を掛けた。
「先に、命を投げ出すようなことをしたの、カヤさんじゃないですか」
戦う力のないアサシンを連れて、敵が潜む森へ潜った。けれど、それだけだ。環ほどの覚悟があったわけじゃない。確実に近い死を受け入れる覚悟なんて、カヤは持っていなかった。
環の苦悶の声が工房に響く。治癒のための陣を敷いたが、所詮は即席だ。環を蝕む呪いは、徐々に進行している。
「カヤ」
カヤの背後に、いつの間にかアサシンが立っていた。アサシンもまた、カヤと同じ様に悲痛を込めた表情を浮かべている。一瞥し、カヤは環に視線を戻した。
「環が、君を庇ったのか。即死じゃないのはアーチャーの献身のおかげだな」
「……ええ。そうね」
クリストフは同じ矢によって即死していた。環が逃れているのは直前にアーチャーが身体で矢を受け止め続けていたからだ。
「アサシン、私、どうすれば」
それでも、環は蝕まれている。全力を賭したとしても、カヤでは環を救えない。無力さが全身を覆っていた。思わずアサシンに泣きつくような声を出してしまう。
「私では、どうにもできない」
分かっていたことを、それでもサーヴァントは愚直に答える。
「だが」
小さく、続けるように言った。その先に続く言葉が気になり、カヤはアサシンを見据える。
「我々にはまだ、手段が残っている。聖杯を手に入れるのだ」
聖杯。この戦争の勝者に与えられる報奨。特殊な参戦をしたカヤにとっては、今まで他人が争う原因という程度のものだった。しかし、万能の願望機であれば、環の呪いを解く程度は容易いだろう。
環の苦悶の表情が目に入る。時間がない。悠長な手段を選んでいられない。悲劇に嘆く思いが消え、決意が宿る。
「環。ちょっと待っててね」
カヤが立ち上がる。コートを羽織、外へ行く準備を整える。
「行くかね?んん?」
アサシンが問う。意思ではなく、覚悟を問うている。
「魔力もない。令呪もない。サーヴァントは戦力にならない。でも、行くわ」
「何故?死ぬかもしれぬぞ」
アサシンがカヤの後ろに着く。扉を開けると、征く足を止めるように冬風が向かってきた。向かい風を正面から捉えながら、構うことなく外へ出た。
そして、アサシンに答える。
「決まっている。友達を救いに行くためよ」