Fate/immature children   作:waritom

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 プラウレン湖に浮かぶロットフェルト城には、併設されている建物が一つある。港から城へ至る階段を通り過ぎると、その建物へ至るもう一つの階段が現れる。

 その階段を登りきると、城とは比べるべくもない小さな建物が見える。その建物の扉の前に、ロイク・ロットフェルトは立っていた。背後にはランサーが控えており、疑い深い瞳がロイクの背を見ているのを感じる。

 ……ここは、始まりの場所。

 三年前、当主のクサーヴァーに集められ、聖杯戦争を行うことを知らされた場所だ。ロットフェルト家の家族が唯一、祈りを捧げる礼拝堂だ。

 木製の古い戸に手をかける。力を掛けずとも容易に開いた。一歩踏み入ると、埃臭さと静謐な空気に懐かしさすら感じる。そして、最奥に設置されたロットフェルトの祖先の像が目に入る。一般的な礼拝堂を裏切る要素は、この像ただ一つだ。

 しかし、今は違った。祖先の像の前、ロイク達を待ち構えるような人影があった。眼を凝らす。そして、その正体を捉える。

 全身が渦の様な紋様に覆われた、大柄な騎士。

「セイバーか……!」

 背後のランサーが歓喜の声を上げた。ロイクの思惑どおり、セイバーはまだ敗退していなかった。

 ランサーが前に出て、セイバーと向かい合う。

「いつかの続きをしようか」

 低い声が礼拝堂に響く。それが合図だった。傷の浅い左の手に短剣を構え、ランサーがセイバーに飛びかかる。

 ……何?

 ロイクは驚嘆と共に見た。セイバーは、ランサーにされるがまま、短剣の斬撃を受け入れたのだ。

「……どういうつもりだ」

 ロイクの元へ飛び返ったランサーが、怒りを込めて問う。

 しかし、答える声はどこにもない。セイバーはただ、傷口から魔力が溢れていくのを受け入れている。

 そして、セイバーの身を覆う紋様が鎧と共に消え去る。そこにいたのは、確かに人間だった。

「やあ、久しぶりだね。ロイク・ロットフェルト」

 男は柔和な笑みを浮かべていた。ロイクはその男を知っている。

「ヘルマン!」

「そうとも、ヘルマン・バールだ」

 神父服の男は、ロイクの驚きを気にかけることなく、名乗った。

「疑問がある、という顔だね」

 ヘルマンが両の手を後ろに組み、穏やかな表情で言った。ロイクは状況が理解できず、ただ黙っていることしかできない。

 ……サーヴァントの正体が人間だった?有り得ない!

 ヘルマンがロイクの疑問を察したのか、言葉を続ける。

「まず、僕について説明しようか。僕はサーヴァント、セイバーという訳ではない。そもそも、セイバーというサーヴァントは通常のサーヴァントとは多少異なる存在だ」

 そう言って、ヘルマンは溜め息を一つ溢す。

「亜種聖杯戦争。今各地で行われる冬木の魔術儀式の模倣だが、完全な形の再現をほぼできていない。特にサーヴァントの召喚が難点で、七騎を召喚できた儀式など皆無に等しいんだ。しかし、ロットフェルトの聖杯戦争ではある方法によってこの難所を補った。わかるかい?」

 講師のように述べるヘルマンが、ロイクの回答を待つことなく続ける。

「七騎のうちにね、英霊未満を混ぜることだ。名を伝えられていはいるが、存在が不確かなもの。創作の原点として人々に信仰された、名を失った英雄。これらは英霊に比べれば力は劣る一方、召喚することの難易度は下がる。クサーヴァーはそうまでして七騎のサーヴァントを揃えようとした」

 湖で見たバーサーカーを思い出す。あれは英雄などではなく、ただ人を惑わす亡霊だ。確かに、英雄未満の存在と言われれば納得がいく。

「此度のサーヴァントでそのイレギュラー枠となったのは三騎。バーサーカー、アーチャー、そしてセイバー」

 ランサーの舌打ちが聞こえた。宿敵で、一度は屈したアーチャーを蔑まれたように思ったのか。しかし、疑問が先んじているのだろうか、言葉を発することはなかった。

「バーサーカーとアーチャーは召喚が遅れたゆえに、通常の英霊が呼び出されたなかった。しかし、セイバーは違う。セイバーのマスターが意図してこの存在を呼び出したのだ」

 そして、ヘルマンが背後からなにか大きなものを取り上げた。ロイクには見覚えがある。いや、忘れるわけがない。

「クサーヴァー!」

 父、クサーヴァー・ロットフェルトの亡骸だった。全身に火傷があり、額には何かが突き刺さった跡のような穴が空いている。

「なるほど。貴様がそのマスターを回収して、ここに待機していたのか」

「その通り。なにせいきなり窓から投げ捨てるのだから、驚いたよ。……彼が呼び出したのは英霊ではあるのだが、人に憑依する必要があってね。審判役として呼び出された僕に、白羽の矢が立ったわけだ。尤も、賛同した覚えは全くないのだけれど」

 クサーヴァーの亡骸は、既に死に絶えているように見える。しかし、先の様子だとセイバーは問題なく行動していた。

「通常、サーヴァントはマスターからの魔力補給が潰えれば消滅する。セイバーがマスター無しで行動しているのは何故だ」

「憑依先の僕が魔力を提供しているからさ。通常のサーヴァントも魂を食うことで魔力を補給することは可能だろう?セイバーもそれをしているのさ。それに、ね」

 そして、ヘルマンは礼拝堂の床に横たわるクサーヴァーをつま先で蹴った。その瞬間、死したと思われる魔術師の死体が、緩慢な動きで立ち上がった。

 しかし、クサーヴァーに生気はない。操り人形のようにただ、立っているだけだ。

 ロイクは、クサーヴァーから魔術の気配を感じた。死体から、魔術回路が励起しているのをはっきりと探知できる。

 ヘルマンの言葉に、ロイクの思考は回答を探す。目の前にいる立ち上がった死体。励起した魔術回路。死体の魔術回路は動かない。しかし、目の前の死体は確実に魔術の駆動を行っている。

 ……これは有り得るのか。

 ロイクは、疑問の答えを探し、考えを巡らす。そして、始めに至った結論をそのまま口にした。死者を立たせるほどの異質な現象。可能にする要素で、クサーヴァーが持っているもの。血眼で求めたものだからか、直ぐに思い至った。

「魔術刻印。ロットフェルト家の魔術刻印だ」

「然り。背に刻まれた魔術刻印によって、クサーヴァーは立っている」

 クサーヴァーの死体の目が虚ろな灰色から、銀色に変わっていく。銀色の瞳がロイクとランサーを射抜く。

 ……これは、ロットフェルトの使い魔の証!

 そして、ロイクは理解した。ロットフェルトの後継者とは魔術刻印を受け継ぐのではない。目の前の存在のように、魔術刻印の苗床となるのだ。

「生前からクサーヴァーは魔術刻印によって思考を操られていた。特に老いてからが顕著だったようでね。聖杯戦争なんてものを企画したのも、次の苗床に相応しい身体が見つからなかったからだ」

 ……そんなもののために、僕は。

 ロイクが命がけで望んだもの、勝利の証。それが傀儡の権利だなど馬鹿げた悪夢だ。そのために、ロイクは実の兄を手に掛けた。幾多の時間を費やし、兄妹で血を流す戦いを強いられた。

 ロイクはただ、告げられた言葉の重さに膝を屈した。

「それがどうした」

 言葉が、上から落ちてくる。励ましでも、同情でもない。だた、現実を見据えた疑問の声だ。

「セイバーがお前に憑いていることはわかった。セイバーのマスターが魔術刻印なのも分かった。……それで、どうした?よもや聖杯を諦めるということもあるまい」

 ランサーのどこまでも冷徹な声が響く。この英雄はマスターの心情など気にかけることなく、ただ聖杯を、栄光ある勝利を望んでいる。

「話が終わったのならば、セイバーに変われ。俺が望むのはセイバーとの決着よ。正体などどうでも良い。……ロイク、たかが言葉ごときで膝を折るな。貴様の悲願は、その先にあるのだろう」

 ロイクの望むもの。それはロットフェルトの当主。

 ……いや、違う。

 テオ・ロットフェルトに勝利することだ。ロットフェルトの当主などただの証に過ぎない。この先に待つでテオを打倒することこそ、ロイク・ロットフェルトの真なる望みだ。

 ロイクは立ち上がり、ヘルマンを見据える。

「ランサー。後にはキャスターが控えている。消耗しすぎるな」

「始めから、そうやって堂々としていろ」

 そして、ランサーが左の手に槍を構えた。『九殺する炎の呪槍(ルー・ケルトハル)』。ランサーの宝具は静かに炎を宿す。

「残念だ。辞退してくれれば助かったのに」

 ヘルマンの身に魔力が集まる。魔力が形を作り、鎧を成す。そして、異形の騎士が現れる。しかし、既に魔術に寄る渦の紋様はない。故に、セイバーの姿が初めて顕になった。

 身を覆う鎧。兜に隠された両眼。そして手に持った斧のような長剣。そのすべてが緑に染め上げられていた。

 セイバーが吼える。瞬間、礼拝堂のすべても、緑に染まった。

 異様な状況に驚く暇もない。セイバーが剣を構える。

 槍兵と剣士。戦いが始まった。

 

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