Fate/immature children   作:waritom

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 槍と剣による激しいぶつかり合いの音が響く。

 静謐さは失せ、武器を持つ二人の戦士の奏でる剣戟で礼拝堂は満ちていた。緑の鎧に覆われた騎士は長大な剣を振るい、迫る黒い鎧の槍兵を退ける。

 槍兵に浮かぶのは焦りだ。槍兵、ランサーの身を灼く槍は当たれば必殺だ。しかし、騎士の奮う剣により、必殺の一撃が幾度も防がれている。

 ……何故だ。

 ランサーの戦いを見守るロイクは、セイバーの様子に驚きを隠せなかった。

 依然に、ルスハイムからロットフェルトの敷地に入る森でランサーとセイバーは戦闘を行った。その際は迫るランサーに防戦一方のセイバーという風であった。

 しかし、今は様子が一変している。セイバーはランサーの攻撃を捌き、その上で長大な剣による反撃を行っている。

 緑の剣が、礼拝堂の床を砕く。何の魔術か、緑に一面染まった礼拝堂は異様な圧迫感と緊張をロイクに与える。

「治癒をよこせ!」

 ランサーの大声に、ロイクは治癒魔術を行使する。セイバーの剣を受けたわけではない。槍を握る左の手が、炎に炙られて傷ついているのだ。

 傷一つ無いセイバーに対して、ランサーは既に満身創痍だ。それでも宝具『\ruby[g]{九殺する炎の呪槍}{ルー・ケルトハル}』を取り出したのは、短期決戦を望んだためだ。ランサー自身も、限界を察しているはず。

 セイバーの一振りが、ランサーの右の腕を襲った。幾多の攻防の中に辛うじて見えた、僅かな隙間。そこを見落とすことなく、セイバーが突いた。

「畜生め!」

 黒く焦げた腕に、剣が突き刺さる。ランサーが苦悶の表情を見せた後、笑った。セイバーは剣を引き抜こうとするが、刺しどころが悪かったのか、引き抜くことができない。

「馬鹿が。そのまま死ね」

 一瞬の隙きを突き、ランサーが槍を打つ。セイバーの喉に向けて放たれた槍の一撃は、傍目にも不可避に見えた。

 しかし、セイバーは首を少し曲げるだけで、必殺の速度を持つ一撃を難なく避けた。驚嘆するランサーを足下にし、強引に剣を引き抜く。

「あいつ、動きが別物じゃないか」

 ロイクはセイバーを凝視する。マスターであるロイクはサーヴァントを見ることで、おおよそのステータスを得ることができる。そして、セイバーの動きの違いの理由をそこで知る。

 ……すべてのステータスが、上がっているだと?

 森の戦闘で見た際は、セイバーのステータスはお世辞にも高くはなかった。それが、今は軒並み最上クラスの物に引き上げられている。

 ……大英雄に近しいステータスじゃないか。

 引き上げられたステータスは、有にランサーのものを越える。如何に宝具を装備しようとも、技量が大きく引き離されては意味がない。

 ランサーが槍を霊体化させた。左の手には短剣が握られる。しかし、それも満足に行かないほど、手の傷は無残だった。

 右の手は既に使い物にならず、左の手も限界に近い。ランサーの戦士としての刻限はすぐそこにまで迫っていた。

 ……考えろ。考えるんだ。

 急に伸びたセイバーのステータス。そして、今は見せていないものの以前に見せた不死じみた堅牢さ。仕掛けがあるはずだ。

 セイバーの奮う長剣を、ランサーが躱し続ける。ランサーが攻撃を止めて、防戦に徹している。一瞬、ランサーがこちらを見た。

 勘違いかもしれない。だが、あの戦いにこだわる槍兵が、意味もなくロイクを見ることなどありえない。何かを伝えようとしたのだ。

 ……まさか。僕に暴けと言うのか。

 気位の高いランサーが、面と向かってロイクに頼むはずがない。しかし、正面からの戦いで簡単に敗北を認めるほど、潔い戦士でもない。敵が強いのならば、策を弄してでも勝ちを拾いに行くのが、ドゥフタハ・ダイルテンガという英霊だ。

 ……ああ、わかったよ。僕が暴く。

 そして、ロイクはセイバーを見る。全身を覆う緑の鎧。渦によって隠す必要があったのは、この緑の鎧が真名に直結しているからだ。そして急にステータスが上昇したという事実。なにより、クサーヴァー・ロットフェルトというマスターのこと。

 ……既に、一度考えていた。セイバーの真名。

 あり得る可能性の一つだった。そして、ランサーに剣を向けられたときに確信した。ロットフェルトから消えた聖遺物、円卓の欠片。アーサー王伝説に縁の騎士が呼ばれているはずだ。

 ……セイバーの様相と、円卓の欠片。不死の堅牢さ。

 情報は十分に集まっていた。セイバーの真名。

 ……緑の騎士、ベルシラック・ハウスデザートだ。

 

 アーサー王伝説の外伝で語られる騎士。円卓の騎士達が集まる宴の中にただ一人で乗り込み、円卓の騎士の勇気を試した。順番に、互いの首を落とし合うという遊戯。緑の騎士は我が首を取る勇者はいないかと円卓を挑発した。円卓随一の騎士ガウェインに首を落とされたが、それでも平然と緑の馬にのり、自分の首を落としたガウェインと礼拝堂での再戦を約束し帰っていたという。

 ガウェインは礼拝堂に向かう道中に見つけた城で休んでいた。その城主は食事と休養を与える代わりに、ガウェインが受けた施しを城主に与えるように約束した。

 ガウェインは約束に従ったが、最後の晩に城主の妻から与えられた帯だけは、城主に与えなかった。帯は傷を防ぐ加護を持っていたからだ。

 帯を返さぬまま礼拝堂に辿り着いたガウェインは、緑の騎士と向き合う。そして、緑の騎士の一撃を受けようとしたが、二度の躊躇いの後、緑の騎士はガウェインの首の皮一枚を切り裂いた。

「その傷は、卿の隠した帯の分だ」

 そして緑の騎士は姿を変える。ガウェインに施しを与えた城主ベルシラック・ハウスデザートだった。魔女の魔術によってベルシラックは緑の騎士に変えられ、円卓の騎士に挑んだのだであった。

 

 物語は自分の行いを恥じ、帯を返すガウェインと、その姿に騎士の清潔さを称えるベルシラックで幕を閉じる。

 ……けれど、ならば。

 セイバーの正体がベルシラックであれば、ヘルマンが関与する余地はない。セイバーの真名から、礼拝堂にいることは予想できたが、ヘルマンが待ち構えているとは思わなかった。

 セイバーが予想通り、ベルシラックという存在であるならば、ロイクに打倒の手段はない。アーサー王を含めた円卓の騎士を相手に、一人で乗り込んだ勇者なのだ。策を弄する余地すらもない。しかし、ヘルマンの存在が、ロイクに思考の余地を残す。

『彼が呼び出したのは英霊ではあるのだが、人に憑依する必要があってね』

 ベルシラックは自身が修練を行った騎士ではなく、魔女によって姿を騎士に変えられた、言わばただの被害者だ。ヘルマンも同様に、自分が被害者の様な口ぶりをしていた。

 ロイクは理解した。ベルシラックの役割がヘルマンだったのだ。そして、聖杯は魔術刻印に思考を乗っ取られるクサーヴァーに相応しい英霊を呼び出した。

 ……緑の騎士を生み出す魔術そのもの。それが、セイバーの正体だ。

 しかし、まだランサーに掛ける言葉はない。ランサーにとって重要な事実はこの先だ。如何にして、セイバーを打倒するか。

 ……思い出せ。ガウェインは帯を返さなかった故に、傷を負った。今ならば、何に相当する?

 ガウェインにとっての帯。ランサーにとっての何だ。ランサーはこの戦いでロイク以外の人物と話している素振りはない。あったとしても、戦闘の際くらいだ。

 ランサーを目で追う。一瞬、向かい合うように立つクサーヴァーの銀の瞳が目に入った。

 ……ああ、違うんだ。試されていたのは、僕達だ。

 ランサーの言葉を思い出す。既にセイバーのマスターの令呪は使い切られていた。何故か。セイバーであるヘルマンに強制的に命じたのが一画。そして後の二画は譲り渡したのだ。他ならぬ、ヘルマン・バールという審判役に。

 ……僕は、その二画を見ている。

 左の甲を見る。残る一画の令呪は、ヘルマンから与えられたものだ。来るロットフェルトの敵を打つために、特例として与えられた一画。

 ……これが、僕にとってのベルシラックの帯。

 伝説によれば、ガウェインが帯を渡さなかったために、緑の騎士に傷を負わされた。円卓随一で無敵とも思われる騎士に、傷を負わせるほどの能力。ロイクが帯を持つが故に、セイバーの力が底上げされているのだ。

 どうすべきかは分かった。残りは、覚悟の問題。この戦いにそこまでする意味はあるのか。逃げても、命を取られる訳ではない。ただ、甘んじた敗北が一つ増えるだけだ。

 不意に、ロイクの脳裏にクサーヴァーの顔が浮かんだ。銀の目ではない。見下すような、憐れむような、そんな目だ。

『お前が当主に足り得ぬのは臆病者の気質のためよ』

 三年前、ロイクに投げかけられた言葉。丁度、クサーヴァーはその言葉を放った位置に立っている。銀の双眸の像の真下だ。

 伝承を思い出す。緑の騎士は、円卓の勇猛さを試すために剣を取った。何故、クサーヴァーは緑の騎士をサーヴァントに選んだのか。決まっている。円卓の勇猛さを試したように、ロットフェルトの子に、当主に相応しいか試すためだ。だから、セイバーはロットフェルトのマスターのサーヴァントだけを襲っていたのだ。

 ならば、この剣士を越えることが、後継者としての条件。

 この先に待つであろう宿敵の顔が頭に浮かぶ。テオに先んじて、当主の座を奪う。臆病者の誹りをここで払う。

 ロイクの胸に、炎が燃える。ここで引けば、一生の敗北者だ。クサーヴァーが立って、こっちを見ている。ならば、最後にロイク・ロットフェルトの勇猛さを見せてやる。

「ランサー!宝具を出せ!」

 ロイクの叫びが、緑の礼拝堂に響く。ランサーを見ることなく、ロイクは短剣を取り出した。アーベルトの命を奪った短剣。捨て置けず、懐にしまっていたものだ。軽く振るだけで、肉を断ち切るのはよく知っている。右の手にその剣を持つ。ランサーに砕かれた痛みがロイクを襲う。しかし、躊躇わない。

 ロイクは左の手首に向けて、短剣を振った。甲に宿った令呪ごと、左の手が礼拝堂の床に落ちた。

 

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