Fate/immature children 作:waritom
「ランサー!宝具を出せ!」
礼拝堂で剣を奮うランサーは、マスターの怒声を聞いた。
……一丁前に叫びおって。
ランサーがセイバーを相手に攻めあぐねているのは確かだ。セイバーの力量は森の一戦とは比べるべくもない。一太刀浴びれば、ランサーの命はかき消えるだろう。
ロイクを見る。何を考えているか分からぬが、左の手が地に落ちている。令呪を捨てたのだ。ランサーに供給される魔力が途絶える。遅れて、主の絶叫が響いた。
しかし、ランサーは構わず、『\ruby[g]{九殺する炎の呪槍}{ルー・ケルトハル}』を左手に抱えた。持ち手の炎がランサーを灼く。そして、炎がセイバーを襲い、後へ飛び退く。
槍を構えるランサーと、剣を構えるセイバー。彼我の距離が開く。ランサーは状態を大きく捻り、なけなしの魔力を込めた。
「『
そして槍を投擲する。必殺の槍が礼拝堂を炎で包んだ。迫る槍を前に、セイバーはただ立っているだけだ。
「見事」
その言葉が、誰に向けたものかも分からない。ただ、槍はセイバーの中心を貫いた。不死なる英霊はそのまま倒れ込み、起き上がらない。
炎に包まれた緑の礼拝堂。ランサーが勝者となった。
黒い鎧の獣が、歓喜に吼える。手に戻る槍を持つことも敵わず、床に落ちる。幾多の銃撃の傷跡も癒えることはなかった。両の手は宝具に灼かれ、もはや何も掴むことができない。
しかし、その果に掴んだ勝利をランサーは味わう。これこそが、自身の望みであったかのように。
ランサーの歓喜が響く中、ロイクは左の手の痛みに蹲り、苦しんでいた。魔術による治癒は行っているが、宝具の使用によってロイクの内蔵した魔力の殆どが持っていかれてしまった。感覚の麻痺を行っているが、傷口を塞ぐほどの余力はない。
苦しむロイクの前に、人影が立つ。見上げると、ランサーがいた。
「約束を覚えているか、ロイク」
歓喜の表情は失せ、ただ無表情の戦士がいた。全身の至るところに傷があり、両の手は特にひどい。間もなく、消えていくだろう。
「貴様の令呪が失せた時、俺はお前を殺す。約束を履行する時が来た」
……ああ、そういえばそうだったな。
ランサーとの最初の契約。憤るこの男が放った言葉を、確かにロイクは覚えている。
しかし、ランサーの両の手は灼けきっており、もはや短剣すらも持つことは敵わない。そして、ランサー自身も棒立ちで、何かを待っているようだった。
ロイクには、この英霊が何を望んでいるのかを察した。
「殺されるのは、いやだからな」
立ち上がり、床に突き刺さった彼の槍に近寄る。右の手で槍に触れると、ロイクの右手が灼けるのが分かった。
構わず引き抜き、勢いそのままにランサーを貫く。槍兵はあっさりとその槍を受け入れた。
「良い。ロイク・ロットフェルト。貴様が勝者だ」
槍から手を離すと、途端にその槍は姿を消した。見ると、ランサーの身も崩れていくのがわかる。
「勝者たる貴様は、敗者の遺言を叶える責がある」
「ああ」
身を一歩引き、ランサーと向かい合う。消えゆく槍兵の顔は、穏やかだった。
「クロコガネと嘲られし我が名を、この戦いの様相に相応しい勇者として語り継いで欲しい。クランの猛犬にも、フェルグス・マック・ロイにも劣らぬ戦士、ドゥフタハ・ダイルテンガとして」
ランサーの言葉に、何故か涙していた。一時とて好意をいただいたことなどない。まして、幾度も嘲られた。右手を砕かれもした。
しかし、ランサーは最後までロイクとともにあった。ただそれだけなのに、ロイクにはランサーが消えゆくことが悲しかった。
「ロットフェルト家の名に置いて、約束しよう」
「違うわ、たわけめ」
ロイクの額に何かが打つかる。ランサーがロイクに頭突きをしたのだと、一拍遅れて気が付いた。
「この軟弱な家の名に、何の意味がある。約束すべきは俺に勝った者であるお前自身だ。マスター」
……ああ、そうか。そうだな。
ランサーの言葉を反芻し、ロイクは言葉を変える。
「僕、ロイクが約束しよう。ドゥフタハの名を卓越した戦士として広めることを」
ロイクが言葉を言い切る。それを言い終えると、ランサーはゆっくりとした動作で燃える礼拝堂から出ていく。慌てて追いかけ、礼拝堂の戸を開く。そこには、夕闇に染まるプラウレン湖が見えるだけだ。
ランサー、ドゥフタハ・ダイルテンガが消えたのだと、確信した。
「ランサーも消えたか。戦争も大詰めだね」
背後を振り返ると、神父服の男がいた。ヘルマンだ。背にクサーヴァーを抱えている。思わず身構えるが、ヘルマンが手を振り、敵意のないことをアピールした。
「もう、セイバーも消えた。ランサーの槍でね。彼の温情なのかどうか知らないけれど、傷は治しててくれたよ。君も、どれ」
ヘルマンが自分の身に起こったことを説明しながら、クサーヴァーをおろし、ロイクの左の手を取った。短い言葉を紡ぐと、傷が塞がっていくのを感じた。
「治癒魔術だよ。落とした左の手は中か。もう、厳しいだろうな」
ヘルマンが心底残念というように言う。
「なんで、助ける?」
「決まっている。聖職者が傷ついたものを見捨てるわけ無いだろう。僕の身に危険がない限り、助けには応じるよ」
さて、といってヘルマンはクサーヴァーを再び抱え上げようとした。しかし、クサーヴァーの死体はその手を振りほどき、城の方へと歩き出す。
「彼はこの戦争の決着に興味があるらしい」
にべにもなくヘルマンが言う。特に追う気はないようだ。
「この戦争も大詰めだ。ここに残るかい?まだアサシンとキャスターが残っているが、程なく決着するだろう。どうする?」
ヘルマンの言葉に、ロイクは答えを返さない。ただ、クサーヴァーの背を見つめる。小さくなる父の姿が、屋敷へ続く階段へと消える。すれ違うように、一人の人間が現れる。
痩せぎすの姿に、煌々と輝く瞳。そして、昏い色のコートを羽織っている。ロイクは、その男の名を呟く。
「テオ……!」
「久しぶりだな、ロイク」