Fate/immature children   作:waritom

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 炎に燃える礼拝堂の前で、二人の男が視線を交わす。

 一人は両の手に傷を負い、今にも倒れそうな青年だ。向かい合う男を睨みつける様からは、彼の内なる獰猛さを感じさせる。

 もう一人は痩せぎすで、弱々しい男だ。しかし、その細い体躯とは裏腹に凛とした瞳を持ち、無表情に青年を見つめている。

 二人共が、聖杯戦争のマスターだ。しかし、双方ともにサーヴァントを連れていない。

「テオ、お前をどれだけ待ち望んだか」

 ロイクは心に宿る思いを隠さずに、言葉にする。敗北を認めさせねばならぬ男。ロイクが聖杯戦争で唯一倒さねばならぬと思った男。兄である、テオ・ロットフェルトへの感情が渦巻く。

「サーヴァントを失ったのか。ロイク」

 ロイクの怒りを気にする素振りもなく、テオが言った。

「それがどうした。お前もサーヴァントを連れていないじゃないか」

「ああ。おかしな死体を見つけたそうだから、工房へ連れて行かせている。キャスターをここに連れてくる意味はないからな」

 ロイクは瞬時にテオの意図することを察した。サーヴァントを手元から離れさせることは、自身の最大武装を手放すことに等しい。ロイクが此処にいると分かって、そうしたのであれば、意味することは一つ。

「お前は、まだ僕を愚弄するのか」

 ロイクを、敵と認めては居ないということ。サーヴァントの力無くして、撃退できる存在だと侮っている。

「戦う気がないだけだ。サーヴァントと令呪を失った以上、俺達が争うことに意味はない」

「僕にはある。お前の令呪を奪い取れば、僕はまたマスターに戻れる」

 ロイクが令呪の宿らない右の手を広げる。それが戦いの合図。

「僕は、お前を倒してロットフェルトの正当な当主となる」

 覚悟を込めて、言葉を放つ。すでにロイクの魔力は空に近い。身体の傷も激しく、戦闘などできる状態ではない。それでも、目の前の相手に降参することはできない。テオに敗北することは、ロイクには耐えられない。

「当主の座か。そんなもののために、お前はここに来たのか」

 テオの呆れる声が聞こえた。その声を無視して、ロイクは魔術を行使しようとする。詠唱をしようとした矢先、ロイクは息を飲んだ。

 一瞬。テオの昏い色のコートが膨らみ、何かが飛び出す。先の尖った、長い骨のようなものだ。真っ直ぐロイクの喉元へ伸び、突き刺さる直前で静止した。テオの手が、骨の柄を掴む。

「その傷で、その魔力で、本当に戦うつもりなのか」

 ロイクの身体は、ロイクが思っていた以上に限界だった。テオの攻撃の行動に対して、頭では理解ができても対応することができなかった。ほんの一瞬の間。それで、宿敵たるテオとの戦いが終わってしまった。

 それでも、ロイクの胸の内の炎は消えない。敗北を認めることはできない。テオがひと押しすればロイクの喉に風穴が開く。死の恐怖を前にしても、ロイクはただテオを見つめる。テオのどこまでも静かな瞳を見ているうちに、ロイクは感情が溢れ出した。

「僕は、お前が嫌いだった。今も嫌いだ。僕がどれだけ必死になっても、追いつこうとしても、そうやって冷ややかに見つめるだけだ。何故、勝ち誇らない?何故、当主に相応しいのは自分だと宣言しない?」

「興味がない。俺はただ、静かな暮らしを守りたかっただけだ」

「ならば何故。何故、戻ってきた!ロットフェルトに背を向けたまま、一人で生きていけば良かったろう」

 ロイクの言葉に、初めてテオが表情を変える。悲しみを堪える、苦しそうな表情に。

「クサーヴァーが許せなかったか。それとも、ロットフェルト全員を恨んだか。僕から見れば、お前の望みこそ、不毛極まりない」

「黙れ、ロイク」

 テオの辛辣な言葉に、ロイクが笑う。テオに悪意が宿ったことが、愉快だった。

「怒る感情は持ち合わせているんだな。いつも無表情を貫くお前が、僕は心底嫌いだった。言ってみろよ、テオ。僕はこの戦いに、当主の座を望む。お前は何を望んでいた?僕の生きる意味を追い出してまで、お前は何を望んでいたんだ!」

 ロイクが饒舌に語る。テオが気圧されたように、小さく言った。

「ハンナを、ハンナを取り戻したかった」

 ハンナ。テオと母を同じくする妹で、バーサーカーのマスター。言うまでもなく、絶命している。

「ハンナ?ハンナだと?」

 ロイクは、テオの言葉に信じられないというような態度を示す。

「ハンナを救うために、何故、聖杯戦争を頼った?この戦いでなくとも、お前が家を出てからいくらでも機会は作れたんじゃないのか?何故、今まで迎えに来なかった?」

 テオの表情が歪んでいく。ロイクの言葉が、テオに突き刺さっている。そして、テオの様子からロイクは悟った。根本的な、家では決して分からなかった、テオの性根。奇しくも、クサーヴァーから出た言葉が、ロイクを直感させた。

「わかった。わかったよ。テオ。お前は僕と同じく、臆病の気性を持っていたんだな。だから、今までハンナを助けに来なかったのだ。……父は見る目がない。わざわざ連れてきた子が、この有様とは。テオ。お前にロットフェルトは継げないよ」

 テオに命を脅かされながら、それでもロイクは言葉を緩めない。何より、自身よりも優れていると言われ続けた男が、自分以上の臆病者だったのだ。例え武器を振りかざしていようとも、ロイクにはすでにテオは恐れる存在ではなくなっていた。

「うるさい!俺はそんなものはいらない!ただ、キャスターと共に聖杯を勝ち取る!」

 テオの声が響く。だが、我儘を叫ぶ子どもの言葉のように、ロイクの胸には何も響かない。むしろ、喚くテオが滑稽に見えた。嘗ての敵と思った男が、ひどく矮小に見え、一抹の寂しさを感じる。ロイクは吐き捨てるように言う。

 そのようなテオは、見ていたくなかった。

「ああ、そうか。ならば僕が貰おう。聖杯も好きにすればいい。あんな魔術刻印、継ぐ価値もない」

 そして、ロイクが喉元の角を退ける。テオが慌てて構えるが、ロイクはただ言葉で制する。

「僕は聖杯戦争を降りる。故に、殺すことに意味はないよ、テオ。僕を殺すなら、怨みで、感情で持って殺せ。聖杯戦争の理屈抜きで、度し難いから殺すのだと、そう誓え」

 今までロイクのことを何とも思わなかった。そのテオが、命を奪うほどの敵意をロイクに向けている。だと言うのに、ロイクの胸の炎は小さくしぼみ、熱を失っていた。

 テオの持つ角を、遮る者が居た。様子を見ているだけヘルマンが、割って入ったのだ。

「ロイク。先の言葉は、教会の保護を望むという意味でいいね?」

 教会は脱落したマスターの保護を行う。無闇に命を奪う行為をヘルマンは許容しない。

「ああ」

 ロイクは短く答える。端的な回答に、満足そうにヘルマンが頷く。

「テオ。ロイクは教会の庇護下にある。ここで生命を奪おうというのなら、僕が全力で阻止しよう。どうする?君も意味のない戦いは望むまい」

 テオが苦渋の表情のまま、角を地面に落とす。途端、昏いコートの中に角が吸い込まれるように収納された。そして、テオがロイクに背を向ける。何も言わずに、屋敷の方へと歩いていく。その姿が、クサーヴァーの死体と重なった。

 テオの姿が消え、ヘルマンとロイクの二人になる。神父服の男がロイクを見て、口を開く。

「ロットフェルト家のマスターはテオを除いて全員が脱落した。一方で、テオ・ロットフェルトは当主の争いを辞退した。僕は、現当主クサーヴァー・ロットフェルトの従僕として、彼に代わり、次代の当主を指名する。現当主の定めた試練を超え、マスターとして勝利した者。その者が、次代の当主に相応しい」

 ヘルマンは、厳かに、ロイクへ事実を伝える。

「ロイク・ロットフェルト。君が、ロットフェルト家の当主だ」

 

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