Fate/immature children 作:waritom
テオ・ロットフェルトが工房に戻ると、景色が一変していた。黴と埃の匂いで敷き詰められたクサーヴァーの工房は、何故か一面の草原に変わっていた。見上げると、月が明かりを落としている。幻想的な光が、ロイクに抉られた心を照らすようだった。
……これは、テクスチャが張り替えられている?
見えている景色を変化させる魔術は、高度ではあるが珍しいものではない。特に、自身の工房のみに影響を与えるのであれば、尚更実現は容易だ。
「この工房の主は、自然に思いを馳せながら魔術に向き合ったらしい」
テオの背後から声が聞こえた。少年の声だ。振り返ると、キャスターがいた。
「ランサーのマスターに、いじめられたのかい?」
キャスターの言葉には、悪意はなく心底にテオを心配する様子があった。しかし、テオにはロイクの言葉を考えたくなかった。ただ、キャスターと定めた目標を闇雲に目指したかった。
テオはキャスターの言葉を無視して、工房に話題を移す。
「父が、この景色を?」
キャスターが肩を竦める。気遣いを無視されて、機嫌を害したのかも知れない。
「気になるならば、直接聞けばいい」
その言葉に応じて、草原にもう一つの人影が現われた。皺の刻まれた顔に、小柄な体躯。テオはこの男を知っていた。クサーヴァー・ロットフェルト。テオの父にして、この工房の主だった男だ。
思わず睨むが、クサーヴァーの様子は尋常ではなかった。灰色の目が銀に染まっており、全身から意思というものが抜け落ちたように覇気がない。にもかかわらず、尋常ではない魔力の駆動を全身から感じる。
「どういうことだ」
「彼は死んでいる。魔術刻印が残った魔力で辛うじて身体を動かしているだけだ」
クサーヴァーがテオの側に近寄る。害意、どころか何の意思も感じないため、テオは椅子に座ったまま、その様子を見つめていた。
テオの眼の前まで近づいたクサーヴァーが手を差し出す。機械が音声を再生するように、感情の消えた声がクサーヴァーの喉から響いた。
「ロットフェルトを、受け取れ」
言葉の意味を、直ぐに察する。ロットフェルト家の当主の証である魔術刻印。それを、テオに譲渡すると言っているのだ。
……しかし、なぜだ。
テオにはクサーヴァーだったものの意図が分からない。既に家を出た者に、何故、魔術刻印を渡そうというのか。
「今の声は、きっと魔術刻印の意思だね。面白いことを考えたものだ。魔術刻印そのものが指向性を持っている」
「魔術刻印に、意思があるということか?」
「意思、とは違う。目的地が設定されているということだ。魔術師の目的である根源への到達。この魔術刻印は目的達成のために、最適な宿主を選ぶ機能を持っている」
キャスターがクサーヴァーの背を撫でながら説明する。
「おかしいな。クサーヴァーの手紙には、全員に資格がないと言われたはずだが」
そもそも、この聖杯戦争はロットフェルトの子どもに魔術刻印を継ぐ資格がないことに端を発する。聖杯を手に入れていないテオには、変わらず資格が無いはずだ。だからこそ、ロイクはテオに、聖杯も魔術刻印も譲ると言ってのけたのだ。
「君が変わったのさ、テオ。手紙を受け取ったときの君と、今の君では望むものは違うはずだ」
キャスターが甘い声でテオに言う。
ハンナを求める意思は既に砕かれ、今は別のものを望んでいる。キャスターと同じものだ。
「死という概念を乗り越えよう。既に死したるものと生きるものとが交わる世界を作ろう。僕らの喪失の悲しみを、この世の誰にも味合わせない」
ハンナを失った悲しみ。絞り出すような慟哭を思い出す。二度と、繰り返してはならない痛みだ。キャスターも、同じ苦しみと悲しみを味わった。
「君が妹を悼むように、僕も最果ての乙女を悼む。そしてそのためには、何だってしよう。根源への接続が必要なのであれば、ただ、そこを目指す。そうだろう、テオ?」
キャスターの言葉に、テオは頷く。テオは既に決めている。キャスターと共に、死を乗り越える、と。
……この意思が、俺がロットフェルトを継ぐために欠けていたものか。
通常の魔術師の子孫であれば持っている、根源や魔術の完成を願う意思。確かに、テオにはずっと欠けていたものだ。
「過去の君であれば、受け取ることに意味など見出さないだろう。しかし、今は違う。君の家の魔術は治癒に特化してるそうだね。ならば、僕達の目的に大いに役立つはずだ」
キャスターの言葉に逆らわず、テオはクサーヴァーの手を取った。途端、魔力の塊が繋がった手を介して流れてくる。
……これは。
刻印の膨大な魔力に、神経が圧迫される。テオの身体が魔術刻印によって作り変えられていく。突如襲われる異物感に、意識が遠くなるのを感じた。
「大丈夫。僕がいる。ただ、受け入れるだけでいい」
キャスターが、テオに優しく声をかける。ただの声のはずなのに、何故か安心するような気持ちになる。それでも、襲い来る未体験の感覚に、苦痛の声が漏れる。
「抗うな。受け入れるんだ」
頭の中に声が響く。キャスターの声ではない。聞き覚えのない声が、テオの脳内から聞こえている。テオ・ロットフェルトという容れ物に、たくさんの他者が詰め込まれたような違和感。
詰め込まれた者が、テオに囁く。
根源を目指せ。魔術でもって死を乗り越えろ。
「受け入れるんだ」
キャスターの声を耳が捉える。脳内の声がテオを誘う。不快感に吐き気を感じ、テオはよろめくように椅子から転げ落ちた。
椅子に立てかけてあった長い角が傍らに転がる。思わずに手を取ると、白くざらついた表面から不快感が吸われていくように、身体が楽になった。
「定着にはまだ時間がかかるかも知れない」
キャスターの言葉に、短く、ああ、とだけ返す。ふと、クサーヴァーの死体を見ると、草原に倒れ込んでいた。完全なる父の死を目の当たりにしても、テオの感情は動かなかった。
「弱っている暇はないよ。テオ」
頭に残る声を隅に追いやり、キャスターの声に耳を傾ける。少年は警戒の色を浮かべ、言葉を続けた。
「最後のマスターとアサシンが、ここに向かっている。どうする?」
最後のマスター。つまり、既にアサシン以外のサーヴァントは敗退したのか。テオが気を失っている内に、聖杯戦争は終局を迎えつつあるようだ。
最後の戦い。ならば、策は要らない。すべてを持って敵を打ち倒すのみだ。
「打ち倒す。ここで戦おう」