Fate/immature children   作:waritom

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「『三位一体百歌英雄地獄(ディヴィナ・コミディア・インフェルノ)』」

 少年の声を皮切りに、カヤは世界が変わるのを体験した。先の転移とは違う、自分ではなく、世界が変わる感覚。目に見えている景色はすべて消え去り、キャスターの宝具の世界が新しく上書きされる。

 ……これは。

 魔術師ならば、この御業を知っている。魔法の領域に近い大魔術。自らの心象風景を世界に侵食させる奇跡。

「固有結界……!」

 カヤの目の前には、一面の白い世界が現われた。地には白い砂が敷き詰められ、空は朝焼けのように白んでいる。キャスターも、テオも、アサシンもいない。徹底して、すべてが排除された世界だ。

「何よ、ここ」

 口を開き、そして痛感する。呼吸が苦しく、言葉が詰まる。手足が急激に震え始める。

 ……寒い。

 思わず、蹲る。膝を着くと、白い砂と接する部分が一際冷たくなるのを感じた。震える手で砂を手に取る。

 ……これは、氷?

 寒さに鈍麻した感覚にも、砂の冷たさを感じ取る余力があった。白い世界を覆っているのは、極小の氷だ。地に敷き詰められた一面の氷が、世界をどこまでも極寒へ誘っているのだ。

 氷の大地は地平線を超えて広がる。周囲を見渡しても、どこにも終わりがない。絶望し、空を見る。雲の一つもない白んだ空は、彼方まで続いているようだった。

 カヤは、この空間で圧倒的に一人だった。

 ……ダメだ。私はテオを、キャスターを倒さないと。

 気持ちを奮い、立ち上がる。氷を踏みしめて、ただなにもない地平を歩く。この行為が正解なのかは分からない。しかし、直感があった。立ち止まり、膝を屈したら、二度と動けなくなる。

「君も、ここへ招かれたんだね」

 どれほどの歩みの後だろうか。不意に、頭に響く声がした。この世のものではないような浮世離れした雰囲気。キャスターの声だ。

 銀世界を睨む。消え入るほどの大きさだが、この世界の果てに少年が立っている。声だけが、耳元に近づいているのだ。

「ここは裏切り者の落ちる地獄。君の呵責がこの地獄を作ったんだ」

 キャスターの言葉の意味が分からない。思考が麻痺仕掛けている。しかし、裏切り者、という言葉だけは分かった。

 裏切り。カヤ・クーナウは何を裏切ったのか。考えずとも分かっている。

 ……家族。兄さん、母さん、父さん。

 兄も、両親も、カヤがクーナウの家を損ねるなど考えもしなかったはずだ。真っ当にロットフェルト家に従事し、生き残って帰ることを願っていたはず。

 ……それを、その想いを、私は裏切った。

 友達を救いたい。真っ当な願いの代わりに、カヤはロットフェルト家に敵対した。そして今、ロットフェルトの次期当主と戦っている。きっと、ロットフェルト家はクーナウ家を許しはしないだろう。

 環を救うことに後悔はない。しかし、同時に家族を裏切る思いを消しされるほど、カヤは器用ではなかった。

「自責の念を受け入れるといい。この世界の冷たさは、君の裏切りの自責の念の重さを表している。僕が君を苛んでいるのではない。君が、君自身が苛んでいるんだ」

 いつの間にか、少年の姿が近づいている。表情こそ見えないが、確かにいることがわかる。

 ……自責か。

 カヤは家族が好きだった。魔術師らしくない両親と、直情的な兄。両親が死んでから一層思いは強くなった。家族のために、クーナウという家を続けるために、生きようと思ったのだ。

 その決意は、沈んでしまっていた。宮葉環。たまたま救っただけの少女。誓った思いを曲げたのは、何故だったのだろうか。

 ……ごめんなさい。

 自らの思いに耐えきれず、膝が屈した。氷の大地に身体が倒れ込む。地に接した部分から、カヤの身体が凍っていくのが分かった。

 ふと、白い世界に、有り得ないものが現われた。紙で作られた花だ。四つの長く、垂れ下がった花弁をもっている。白い大地に根ざしているわけではない。花だけが転がっている。

 ……これ、環からもらった花。

 確か、菖蒲という花。アーチャーが森へ向かう間に、環が作り、カヤに手渡したもの。カヤの懐から転がり落ちたのだと気が付いた。

 菖蒲は直ぐに凍りつき、鮮やかな色紙の紫は色彩を失っていく。何故か、見ていられなかった。緩慢な動作でカヤは朽ちかけた菖蒲を手に取る。そして、これ以上朽ちぬように懐の奥に仕舞い込む。

 そして、唐突に理解した。

 ……ああ、この感情だ。私が、環に抱いた感情は。

 見ていられない。理想が高いくせに、実力が伴わない。何も言わない癖に、唐突に行動を始める。泣き喚いたと思ったら、戦場では冷静だったりする。不安定で、危なっかしい。

 泣く姿に、あり得たはずの自分の姿のようだと思った。

 微笑む姿に、在りし日の母の姿を重ねた。

 複雑で、様々で、一筋縄ではいかない感情の群れ。確かな事実は一つ。

 ……こんなに感情を動かされた相手、いない。

 そういう相手を、どう言い表すのだろうか。カヤには分からない。でも、兄も両親も、こんな相手を見捨てたら、どう思うか。

「きっと怒るわね」

 魔術師として大甘な両親だ。その分、人の道には厳しい。環を見捨てれば、きっと怒る。

 ならば、この行いは。

 唐突に、カヤを覆う氷が溶けだした。全身に体温が戻る。運動能力を取り戻した身体を、確かめるように動かす。そして、立ち上がった。

 キャスターは、もう、目の前にいた。

 そして、堂々と、恥じることなく告げる。

「私の選択は、裏切りじゃない」

 世界を覆う氷が溶けだした。偽りの世界が砕ける前兆。空間が軋む音に混じり、少年の声が響く。

「君は、自らの行いを省みることすら拒否するのか」

 少年の表情は、嫌悪に満ちていた。

 

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