Fate/immature children   作:waritom

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 偽りの世界が砕け、月の浮く草原に戻る。キャスターの固有結界は破られ、元の世界に戻ったのだと実感する。

 目の前にはアサシンが立っている。カヤに背を向けているが、カヤ以上に体中の凍傷が激しい。

 ……私以上に、裏切りの自責がある。

 アサシン、フランシス・ウオルシンガム。女王の意向を汲まず、ただ英国のために女王の肉親でさえも処刑した男。その思いの強さは、カヤの持つ感情よりも苛烈であったのだろう。

「何をしている。やることは決まっているだろう。んん」

 背を向けたまま、アサシンが言う。カヤは答えることなく、期待に応じる。

「令呪をもって命じる。アサシン。『血塗られた倫敦塔への道(タワー・グリーン)』を開きなさい」

 カヤに残る最後の魔力。それは既に、使い道が決まっている。故に、令呪によってしか宝具を展開する術がない。

 光の檻が、少年を捕らえる。キャスターは困惑したように、檻の手をかけ揺さぶる。そして、何か魔術を行使しようと呟くが、何も起こらない。

 そして、その隙をカヤは逃さない。歯噛みするテオに向い、駆ける。

「キャスター。いや、神曲の作者、ダンテ・アリギエリ。君の持つ我がマスターへの悪意は相当な様だ。やはり、裏切り者は度し難いかね?んん?」

 背後から、アサシンの勝ち誇った声が聞こえた。キャスターは宝具名を口にしている。その名は、彼の代表作そのもの。教養の深いアサシンが、真名に辿り着かないはずがない。

 ダンテ・アリギエリ。神曲という一つの世界を詩曲にて創造した詩人。実在した人物や神話上の人物を取り入れた作品は、多くの者に本当の地獄の様子かと思わせた。

 そして、地獄の最下部。コキュートスに、自分を裏切った者達を配置した。これは、ダンテの私怨によって、裏切りを最も罪深いものとしたのではないかと言われている。

 ……だから、私に対して、あんな嫌悪の表情をしたのか。

 カヤはキャスターの真名に気が付いているわけではなかった。ただ、固有結界が砕ける間際の表情が、どうしようもないほどの悪意に染まっていたのだ。

 そして、固有結界が砕けた後、カヤに向ける表情をアサシンも目撃している。ならば、『血塗られた倫敦塔への道(タワー・グリーン)』は成立する。

「貴様がただ最愛の人を求めるだけであれば、この宝具は成立しなかったろう。んん。我が束縛の強さは、貴様の雑念の重さだ」

 檻が、ゆっくりと塔へと姿を変える。その中でキャスターが悔しさを隠そうともしない。

 しかし、勝利はまだ手に入っていない。カヤの向かう先にいる相手、テオ・ロットフェルト。白い角のような礼装を片手に、カヤに対峙している。

「俺が、倒す」

 白い角が、カヤに向かって迫る。カヤは避けようともせず、右肩に角を受け入れた。

 覚悟をしていた行為だ。しかし、痛みのあまり声が漏れる。

「どういうつもりだ」

 テオが、訝しげにカヤを見る。

「ここまで近づければ、十分ってことよ」

 そして、ジャケットのポケットから最後の武器を取り出す。

『彼は死した身体でここまで走り、私にすべてを託した』

 アサシンがロットフェルト城に至る道程で、カヤに託したもの。それは、アーチャーがアサシンに託したものだ。

 アーチャーの真名。戯曲、魔弾の射手にて歌われた狩人の原型となった人物。戯曲内での役名はカスパール。親友マックスに魔弾を与えた人物。

 つまり。

「それは、アーチャーの弾丸か!」

 掌の二つの弾丸を、カヤはこれ見よがしに見せつける。

「これが、私の秘密兵器」

 弾丸の一つが、カヤの意思に呼応して輝く。込められた魔力が行使される。心臓を守る鉄の輪が回る。これが、この戦いにおける最後の魔術だ。出し尽くす。故に、鉄の輪が弾け飛ぶ程に回転を強制する。もう、心臓が剥き出しになっても、構わない。

 カヤは、祈るように、遠くで苦しむ環を想うように、この宝具名を呟く。

「『主よ御手もて引かせ給え(デア・フライシュッツ)』」

 弾丸が走る。テオが白い角を引き抜き、身を守ろうとするが、間に合わない。魔弾がテオの魔術回路に突き刺さる。

「が、あ、あ」

 射抜かれたテオは、目を見開き、苦悶の声を漏らす。魔弾は正確にテオの急所を射抜いたようだ。

 ……魔力が不足していたけれど、届いた。

 英霊カスパールの魔弾。史実通り、他者に分け与えることができる。魔力さえ込めることができれば、必中必殺の弾丸は誰でも使える。

 しかし、委譲にはカスパールの意思が不可欠だ。故に、カヤに委ねたのはアーチャーがカヤを、カヤの環を想う気持ちを信頼してのことだ。

 この弾丸がなければ、テオを倒すことはできなかったかも知れない。戦闘に特化していないカヤには、戦う術など無いのだ。

 テオが草原に倒れる。魔術回路を失った以上、キャスターも間もなく退去するだろう。勝利を確信し、身を翻す。

「カヤ!」

 そこで、アサシンの檄が飛んだ。意図は明白だ。危険が迫っている。慌てて振り向くと、背後にはテオが立っていた。

 しかし、その様子は尋常ではない。聞き取れないほどの声で、何かを呟いている。

「……ハンナ……ハンナ」

 背に、冷たいものが走る。近づいてはならないと本能が訴えている。

 ……もう、武器はない。一旦引かないと。

 後退するカヤに、テオが異常な速度で近づく。

「これが、ハンナの受けた痛みか」

 目が覗き込めるほどの距離。テオの呟きが明瞭に聞こえた。しかし、口にされた内容よりも、テオの様子に圧倒された。テオの目が徐々に色を変えている。

 テオ・ロットフェルトの瞳が、銀色に変わっていた。

 驚嘆の隙に、テオが角をカヤの腕に突き刺す。手に握っていた最後の弾丸が草原に転がった。テオが、弾丸を拾い上げた。

「これが、ハンナの命を奪った弾丸か」

「欲しければあげるわよ。自分で使いなさいな」

「俺が、そんな手に乗ると思うか?」

 テオは忌々しそうに弾丸を投げ捨てる。

「魔弾の射手。最後の弾丸の行方くらい、俺でも知っているさ。悪魔が標的を定めるのだろう?なら、射手が討たれるのは必然だ」

 テオの表情が怒りに歪む。そして、武器の角をカヤに向けて振りかぶる。

「ごめんなさいね」

 カヤは目の前の光景に、思わず言葉が漏れた。

「……魔術師が命乞いなどするな。俺達の目的の礎となった者として、忘れぬことを誓う」

 テオの言葉に、カヤは笑みを浮かべた。違うのだ。この言葉は、テオに向けたものではないのだ。

「ふむ。んん。気にするな。これも忠誠の形」

 テオが背後の声に振り返る。そこにいるのは黒い男。アサシンだ。

 アサシンが、驚くテオを羽交い締めにする。

「何をする」

「んん。……暴れるな。直ぐにわかる」

 そして、アサシンの手から答えが落ちた。

「武装を気安く投げ捨てるなど、不用心だろうよ」

 アーチャーの弾丸。射手が討たれる運命の最後の一撃。アサシンはその弾丸に最後の魔力を込める。

「テオ!逃げるんだ!テオ!」

 光の塔のキャスターが声を荒げる。しかし、遅い。

「『主よ御手もて引かせ給え(デア・フライシュッツ)』。我が身ごと、テオ・ロットフェルトを貫け」

 弾丸が、中空を舞う。直線を行くはずの弾丸は草原を駆け巡る。これまでの魔弾とは違う。気まぐれを具現したかのような弾道。しかし、最後にはテオとアサシンに向けて真っ直ぐ襲いかかる。

「やめろ!やめろ!」

 直撃の際。テオの叫びを聞きながら、アサシンが目を瞑るのを見た。まるで、刑に処されて罰せられるようだった。

 そして、弾丸が二人を貫く。弾丸はカヤの真横を通り過ぎ、そして、消えた。射抜かれたテオが草原に倒れると、その後ろにいたアサシンが見えた。

 全身を凍傷で患い、胸の中心を弾丸で射抜かれている。表情に余裕は消え、いつもの軽口も聞こえない。

「テオ。テオ!聞こえているか、テオ!」

 悲痛な叫びが、光の塔から聞こえる。見ると、キャスターが倒れた主に向かって叫んでいた。その身は消えかけており、声を出すことさえ苦痛だろう。しかし、少年の叫びはとどまらない。

「僕達の道のりは終わらない。次だ!次の聖杯戦争を目指すんだ。僕を呼び出せ。また、次の戦争で僕と共に聖杯を取ろう。例えどれだけの年月をかけようとも最果てに辿り着くんだ!」

 そして、少年の姿が完全に消えるまで叫びは続いた。聞くはずの主は既に身じろぎもしない。

 キャスターが退去すると、草原に新たなる存在が現われた。偽りの月が緩やかに、しかし、確かに降りてきている。

「まさか」

「ああ、ふむ。あれが此度の聖杯だ」

 月は地に降りる間に形を変えてゆく。緩やかに、だが確かに、盃の形に変わっていった。そして、カヤとアサシンの間で、留まる。まるでどちらかが手に取るのを待っているようだった。

「カヤ・クーナウ。この戦いは我々の勝利だ」

 アサシンが、厳かに言う。既に彼の身は消えかけており、これが最後の言葉になるかもしれない。故に、カヤは精一杯の思いを伝える。

 だが、まとまらない。この男に何を伝えればいいのか。感謝もある。抱きつきたいほどの思いもある。しかし、アサシンの望む言葉はどれとも違う気がしたのだ。

 だから、アサシンが、ウオルシンガムが、生前に与えられなかったものを、与えようと思った。

 刺された肩と腕が痛い。しかし、精一杯に胸を張る。

「誓いに違わぬ働き、英霊として相応しいものでした」

 アサシンが目を見開く。カヤの意図がわかったのかも知れない。

「貴方が私の臣下であったこと、神が与えた幸運に他なりません。貴方の献身に、心から感謝します」

 言い切ると、恥ずかしさから頬が紅潮しているのが分かった。しかし、アサシンから目を離さない。

 ウオルシンガムが、薄く微笑みながら言う。

「良き主に巡り会えた。こちらこそ、幸運だったとも」

 アサシンの姿が消えてゆく。カヤはその最後の一瞬まで見届けた。

「最後くらい、口癖を言ってよね」

 ふと、目頭を抑える。泣いているのだと分かった。

 

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