Fate/immature children 作:waritom
ロイク・ロットフェルトの儀式場には二人の存在があった。空気が、その空間の魔力が暴れるように循環していた。四方に設置された燭台には火が揺らめく。ロイクには召喚陣の中央にいる存在が、その原因だとわかっていた。
長身痩躯。全身に張り付くような黒い鎧。表情を隠すように垂れ下がった前髪の隙間から、肉食獣じみた視線を感じる。およそ常人ではない。
近寄り難い雰囲気を察したが、ロイクには召喚が成功した喜びが勝った。
「よく来てくれた。我が英霊!僕が君のマスター、ロイク・ロットフェルトだ」
召喚陣の中央に歩み寄り、右手を差し出す。呼び出されたものは訝しげにロイクの手を見た後、ゆっくりと握り返した。
「召喚に応じ参じた」
低い声が響く。ロイクはこの時点でこの存在が人語を介することに安堵した。間違ってバーサーカーが召喚されれば、意思の疎通さえ困難だったろう。ロイクの狙いはバーサーカーではない。
「で、だ」
サーヴァントが一拍を置く。ロイクは右手に痛みを感じた。
「痛、痛い、痛い!」
「魔術師風情が。この俺に対等な口を聞くつもりか」
ロイクの右手がサーヴァントによって徐々に上に持ち上げられる。それに連れ、痛みが増す。ロイクは召喚の喜びなど全く消え去り、ただこの状況を理解するのに精一杯だった。
……何故、何故、サーヴァントがマスターに逆らう!
サーヴァントの背丈はロイクをゆうに超える。ロイクの手がサーヴァントによって限界まで吊り上げられる。ロイクの踵が宙に浮くほどになって、サーヴァントが口を開く。
「どうした。このままだと右手が砕けるぞ。流石は魔術師。この身体の弱々しさはもはや珍品の域だ」
「が、あっ!離せよ!」
「離して欲しいのか。であれば、マスターらしくその逆の手に宿るの神秘を行使するがいい」
サーヴァントはそう言うと、空いた手でロイクの令呪を指さした。
……こいつ、なんて言った。
ロイクはこの存在の狙いを察する。理由はわからないが、ロイクの令呪を使わせようとしている。しかし、そういうわけには行かない。これは三度のみ行使できる奇跡。こんな、呼び出したばかりのサーヴァントを御するために使うなど、滑稽すぎる。
ロイクの思いを裏切るように、右手の痛みは増していく。ロイクの身体は宙に浮く直前だった。
「存外我慢強いな。だが、もう良いぞ」
ロイクの右手から聞き慣れない音が走った。その意味を察する前に、一層の痛みがロイクの身体を襲う。堪えきれず、叫ぶ。
「があああああああああ!」
サーヴァントはロイクの右手を解放する。前触れなく解き放たれ、床に蹲る。右手をかばうように抱くが意味はなかった。
「サーヴァント、ランサーだ。令呪というものがどういう類か身をもって味わいたかったのだが。なりに見合わず我慢強いな、マスター」
蹲るロイクを気遣うわけでもなく、サーヴァント、ランサーは飄々と言った。ロイクは痛みに朦朧としながらも簡易的な治癒魔術を行使する。
……傷の治癒よりも、今は痛みを引かないと。
サーヴァントが大道芸を見るような感心の声を口にする。小馬鹿にされているとわかっている。徐々に痛みが麻痺すに連れて状況が理解できた。このサーヴァントには友好関係を構築する気がない。
「お前、なんでこんな真似を」
「聞こえていなかったのか。それとも言葉が足らぬか。令呪がこの身体を如何様に縛るのか体験したかったのだ。これは俺とお前の主従関係を左右する、言わば要だぞ。故に、マスターが令呪を使わざるを得ない状況に追い込んでみたのだがな。ふむ。我慢強いのか使う度胸が無いのか」
絞り出すようなロイクの問にサーヴァントは嘲るように答えた。違う。この存在はロイクが狙っていた英霊ではない。
……まさか、失敗したのか。
湧いた疑問を口にせずにはいられなかった。
「お前、クラスはなんだ。まさかバーサーカーか」
「おいおい。気は確かなのか。先程名乗っただろうが。ランサーだ」
ランサー。告げられたクラス名は残酷に響いた。ロイクが意図したサーヴァントはセイバー。アルスター伝説にある魔剣使い。豪快で誠実な赤枝騎士団の剣士。
己の失敗に気が付き、呆然となる。ただ失敗したのならばまだ良かった。だが、代わりに現われたこの存在はなんだ。マスターに対しても容赦なしに暴力を振るうこの英霊は。
まさか、あの魔剣使いは槍使いとして召喚されるとこのように反転するのか。
「赤枝騎士団。魔剣使いフェルグス・マック・ロイではないのか」
途端、ランサーに浮かぶ嘲りの表情が凍った。ロイクは恐怖と共に直感する。先程までの態度はで戯れでしかなかった。自分は今、間違いなくこのサーヴァントの虎の尾を踏んだ。
「なるほど。呆けたことを言うから何かと思えば。俺ではなく、かの男を所望していたとはな。誠実で一本気な奴と比べたら、確かに俺は紛い物よ。英霊としても、戦士としてもな」
ランサーが一歩、ロイクに近づく。ひ、と悲鳴を上げて、ロイクが後ずさるが何も変わらなかった。ランサーの手が伸び、ロイクの首を掴む。
「だが、紛い物にも矜持は有る。冥土の土産に我が真名を覚えて逝け」
あまりに剥き出しの殺意に、背が凍る。この存在は本気だ。聖杯戦争のルールも、定石も関係ない。この英霊は己の思うままを貫く。ロイクは決する。今、実行せねば確実に死ぬ。
「令呪を持って命ずる!」
「我が真名は、ドゥフタハ・ダイルテンガ。アルスターのクロコガネと嘲られし、紛い物の戦士よ!」
「僕を殺すな!」
ランサーの声を無視し、ロイクは令呪を行使した。左の手の甲に一瞬痛みが走る。ランサーの動きが止まる。そして一拍の間を置き、ランサーの手がロイクの喉から離れた。
「ほう、これが令呪。なるほど、お前を殺そうとすると力が抜ける。それに、殺す気が失せていく。良いな。体験しておいて良かった。俺の対魔力は並だと思うが、令呪は十分に機能しているようだ。お前、魔術師としては優秀なのか?」
ランサーが感想を述べる。令呪の束縛を楽しんでいるかのようだ。ロイクは咳き込みながらも立ち上がる。左手の甲をみると、令呪の一部が輝きを失っていた。
「ランサー、お前、何がしたいんだ」
「無論。聖杯を取る。俺を嘲りしかの時代の戦士に、誇示しなくてはならないものがある」
ランサーの顔がロイクに近づく。獣の瞳が怯える魔術師を射抜く。
「手段は選ばん。俺はお前を殺せない以上、どこまでも付き合ってもらうぞ。血塗られた道を歩く覚悟はあるか」