「……拒絶反応は今のところなし」
俺は調整用の培養槽に浮かんでいる少女に目をやりながら、手にもった端末に収集してあるデータに目を通した。
あの後スカリエッティからの「聖王のゆりかご」の探索を請け負い、少女の身柄を受け取った俺はアジトへと戻り数日かけて少女と人造リンカーコアの融合をおこなっていた。
「ふぅ~。疲れた」
実験の結果は問題なく成功を収めた。
少女は培養槽に浮かんだまま動かないが、端末に送られてくるデータや左目で得られた情報ではこれといった問題は確認できず、一番懸念していた拒絶反応も出ていない。
「あとは完全に安定したら終わりだな」
ようやく一息をつくことができた俺は、実験のデータを脇にやり別のデータを端末に表示した。
そこにはスカリエッティから渡された聖王ゆかりの遺跡や、伝承から推測される「聖王のゆりかご」の封印場所の候補などのデータが入っていた。
「……」
データを見ていると自分の顔が徐々に不機嫌になっていくのを感じた。
ゆりかごに関しての封印場所の候補は、何処を見ても聖王教会が管理している場所がほとんどで、おいそれとは近寄れない。
「あいつ……面倒事を押し付けやがったな」
今頃いつもの腹黒い笑みを浮かべているスカリエッティの表情を想像し、腹が立ってきた。
とはいえ報酬を受け取ってしまったからには、依頼を破棄することもできない。
俺は少女に目を向け、ふとあることに気がついた。
「名前が必要だな……」
少女に名前がないことを思い出し、これから一緒に行動することを考えれば名前がないのは不便だ。
俺は少女の名前をどうするか考え始めた。
「こいつは聖王のクローンだったな。確か聖王の名はオリヴィエ、とはいえ同じ名前はさすがにな。どうするかな? う~ん」
さすがにそのままの名前はどうかと思う。かといっていい名前が浮かばない。
「白いから……
その白い肌や髪から雪を連想したが、魔力も能力も雪というには可愛らしさの欠片もない凶悪なものだ。
「ん~……
俺は少女を見ながらそう告げた。
雪崩と元のオリヴィエをくっつけた感じだ。
「まあ気に入らないなら起きてから自分で考えてくれ」
俺は近くにあったソファに横になり、一休みすることにした
・
・
・
「ん~?」
脇に置いていた端末を探し当て、今の時間を確認するとかなりの時間が経っていたようだ。
一休みのつもりだったが自分で思っていた以上に疲れが溜まっていたようで、本格的に眠ってしまっていたようだ。
「……」
「……」
端末から目を放すと目が合った。
そこには寝る前は確かに培養槽の中で最終調整を行っていたはずのラヴィエが、ソファで寝ている俺のことをじーっと観察していた。
「お、おはよう?」
思わずそんな間抜けな挨拶をしてしまった。
「……」(こくこく)
俺の言葉に反応を見せ、ラヴィエは首を小さく振りながら頷いた。
どうやら最終調整で施した必要最低限の知識の学習も問題ないようだ。
「言葉はわかるな?」
念のために確認してみた。
「……わかる」
左目で確認してみると初めて会った時とは違い魔力が充実している上に、魔力光も安定している。
たださすがに感情はどうにもできないため、声は固く感情の起伏が感じられない。
「わかるならいい。よろしくなラヴィエ。俺はイオリだ」
「……ラヴィエ? ……イオリ?」
首を傾げながらオウム返しで聞き返してきた。
「ああ。名前がないと不便だからな。ラヴィエはお前の名前で、イオリは俺の名前だ」
「……ラヴィエ」
ラヴィエは自分の名前を確かめるように、何度も繰り返しつぶやいていた。
そんなラヴィエに視線を送りながらあることに気がついた。
「……そういや服がないか。とりあえずこれでも着ろ」
ラヴィエは現在培養槽に入っていた時と同じ格好、つまり素っ裸だった。
俺は傍にあった自分の服を渡してやった。
「……大きい」
俺の服を着て一言そう漏らした
「当たり前だ。……そう言えばお前はどうやって培養槽から出たんだ?」
あれは内部から操作できない。
出るにしても外部から操作しなければならないが、端末から確認しても操作された記録は存在しない。
「……こう」
一言そう言うとラヴィエは俺に手を伸ばしてきた。その手は俺に触れると何の抵抗もなく俺の中に入ってきた。
「うお!?」
俺は驚きのあまりソファから転げ落ちてしまった。
「……?」
ラヴィエは俺の行動の意味が分からず首を傾げていた。
「あ~。今のは?」
「……物質透過」
なるほど。
持っていた端末でリンカーコアのデータを参照すると、たしかにラヴィエの言っていたレアスキルが記録されているのを確認した。
培養槽から出たばかりなのに一切濡れていないのも、その物質透過で水ごと透過したためだろう。
「どうやらレアスキルの行使は問題ないようだな。となると後は魔法の使用か」
俺はこれからの予定を考え始めた。
これまでのように人造リンカーコアの研究や維持をしなくていい分、アジトに必要な維持費はかなり軽くなる。
そして当面の目的はスカリエッティから依頼された「聖王のゆりかご」の探索が最優先だ。それならラヴィエに魔法や戦闘技術を教えながらできそうだ。
「まあ、それより先にラヴィエの服だな」
何をするにしても服がない状態では、何の行動もできない。
「ラヴィエ。出かけるぞ」
俺はソファから立ち上がるとラヴィエの手を引いた。
・
・
・
ミッド中央にやってきた俺とラヴィエは、現在街から少し離れた人通りの少ない場所を移動していた。
もっともラヴィエを連れてきたのはいいが、着ている服が俺の上着だけではさすがにまずいためどうしようかと考えた。
「……大丈夫」
俺が頭を悩ませていると、ラヴィエは一言そう言って目を閉じた。
次の瞬間、ラヴィエの魔力が高まると光に包まれた。
ラヴィエを覆っていた光が静まると、先ほどまでの服装とは違いラヴィエのサイズに合った白を基調とした防護服を身にまとっていた。
「……
どうやらバリアジャケットのようなものらしい。
スキルの一つのようだがどうやらかなり強固な防衛機能があるようで、左目を使用したにもかかわらず、はっきりとした情報を得ることができなかった。
おそらく物理的な防御だけでなく、情報面においても防御能力を発揮しているのだろう。
「……なんでもありだよな。お前」
あの防護服にどれだけの能力があるかはわからないが、おそらく俺が本気で攻撃しても傷一つ付かないだろう。
俺は空しさと呆れを含ませた視線でラヴィエを見た。
「……お前違う。……ラヴィエ」
そんな俺の心境を全く無視してラヴィエが初めて自己主張した。
「あ、ああ。そうだったな。ラヴィエ」
どうやら予想以上に名前を気に入ってくれたようだ。
俺は戸惑いながら頷いた。
「……」(こくこく)
それに満足したようで、ラヴィエはこくこくと頷きながらこちらを見てきた。
そして俺はラヴィエの恰好を見ながら、これなら問題ないだろう判断し手を握り街へと入っていた。
・
・
・
街へと入った俺たちは、さっそくラヴィエの服を買うために店を探し始めた。
「え~っと、ラヴィエくらいの子の服が置いてある店は……」
俺は端末を操作し、条件に当てはまりそうな店舗の情報を検索していた。
くいくいっ
店を探していた俺の手をラヴィエが引いてきた。
「どうした?」
「……あれ」
そう言ってラヴィエが指差した方を見ると、そこにはウィンドウスペースに女性物の服を飾っている店があった。
ウィンドウにはラヴィエくらいのサイズのマネキンも飾られており、俺はラヴィエの手を引いて店へと入っていった。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、さっそく店員が出迎えてくれた。
店内を見回すと外からはわからなかったが、奥行きがあり予想以上に広い店だった。そして並んでいる服に関しても、良いセンスの物が多く俺はここでラヴィエの服を買うことにした。
「この子に合う服を何点かお願いできますか?」
正直俺は自分で女の子の服を選ぶのは気まずいので、出迎えてくれた店員にお願いした。
「あら、可愛いお嬢さんですね。かしこまりました。何かご希望などはございますか?」
「いえ、お任せします。それとこの子の下着もお願いします」
そう言ってラヴィエの背中を押してやった。
ラヴィエは素直に従い、店員と一緒に店内のサイズの合う服のある場所へと移動していった。
「さてと」
こうなると俺はヒマになるので、今のうちにラヴィエに関してのデータを整理することにした。
「え~っと、最初は物質透過か」
まずはラヴィエが最初に使用した物質透過に関しての詳細データを表示した。
物質透過は連続使用時間は20~30分で、使用中は物理や魔法など問わず外部からの干渉を一切受けなくなるという。
「とんでもないな。……あれ? ならどうやって地面に立ってんだ?」
完全に透過するなら地面に立つのは不可能なのではないかと思い、続きを進めていく。
透過中は無意識下により、自分の位置を固定することでその場に存在していると書いてあった。
「つまり透過中はホログラムみたいな状態か」
俺は納得すると、次のデータを参照し始めた。
次のデータは先ほどラヴィエが使用した、防護服に関してだった。
基本としてはデバイスなどによるバリアジャケットと同じだが、その能力は桁違いに高性能だった。
「……なんだよこれ」
そこにはあきれ返るほどのデータが記載されていた。
物理防御、魔法防御が高いのはいうに及ばず、身体能力強化や自己治癒能力、自動修復、さらにはステルス機能までついている始末だ。
「おいおい」
もはや異常なまでの防御機能だった。
これでは先ほどの予想通り、俺の魔法は完全に通用しないだろう。
自分たちの研究の結晶とはいえ、ここまでの物だとは予想をはるかに上回る存在だったようだ。
「いらっしゃいませ」
データを見ていると新しく客が来たようだ。
俺は何となく入口に視線を向けると、そこにか完全に想定外の緊急事態が発生していた。
「っ!?」
慌てた俺は椅子から転げ落ちるように物陰に隠れた。
(おいおい!? なんで管理局のエースとフェイト執務官がいるんだよ!? おまけにもう一人は歩くロストロギア八神はやてか!!?)
組織というものは生き物のようで、大きくなればなるほど足物が疎かになる。
そのためミッド中央ではそうした管理局の隙をついて、闇市が開かれている場所がある
今回買い物をするのにわざわざミッド中央を選んだのは、服のついでにラヴィエのデバイスを組むパーツを闇市から買っていくためだったが、完全に裏目に出てしまったようだ。
(会話からすると休暇か? なんでよりにもよって今日この場所なんだよ!?)
俺は心で悪態をつきながら何とかばれない様に物陰を移動し始めた。
おそらくフェイト執務官には俺の顔が知られていると考えて間違いない。
ドッペルゲンガーは基本的に自分の分身を造るだけで、
そのためドッペルゲンガーは俺の素顔のまま、相手に見えてしまっている。
(おまけに認識阻害の
俺の所持する認識阻害の古代遺物《ロストロギア》は人が多いと多いほど魔力を多く消費してしまうため、こういった街などでは使用できない。そのため今日はアジトに置いてきてしまった。
「……何してるの?」
物陰で蹲っていると服を選び終えたラヴィエが戻ってきた。
店員も困惑した表情でこちらを見ている。
店内にいる人たちも何かあったのかとこちらに注目しているのが分かった。
(最悪だ)
どうやら絶体絶命は続くようだ。