「いくぞ! アイゼン!」
「こちらもだ、レヴァンティン」
《《Jawohl》》(了解)
バシュン
シグナムとヴィータの声に答えて二人のデバイスがカードリッジと装填した。
「喰らえ!」
《Schwalbefliegen》
ヴィータは4つの鉄球を生み出し、それをアイゼンで打ち出した。
鉄球は打ち出された勢いのままラヴィエへと突撃していく。
「……ん」
だがラヴィエはその鉄球に怯むことなく、自らヴィータ達との間合いを詰めるために鉄球を回避して突っ込んでいった。
「あめぇよ」
そんなラヴィエを見ても別段驚いた風もなく、ヴィータはそう言い放った。
《Flugkörper》(誘導弾です)
エファンゲーリウムから警告が発せられる。
「んっ」
回避したはずの鉄球が死角の背後からラヴィエを強襲する。それを身体を捻って回避したラヴィエだが、その隙を見逃すほど現在対峙している騎士たちは甘くなかった。
「すまないが、手加減できんぞ。―――紫電一閃!」
距離を詰めたシグナムが炎を纏わせた剣を振り降ろす。
必殺と言っても過言ではないタイミングで己の技を放ったシグナムだった。並みの魔導師や騎士であれば回避や防御は間に合わず、仮に防御することができたとしても強引に防御を突き破る自信がシグナムにはあった。
「ん!」
「なっ!」
だが次の瞬間起こった現象に、シグナムは息を飲む。
完全に決まったと思った一撃を、こともあろうにラヴィエは片手でレヴァンティンの刃を掴み受け止めた。
「シグナム! 離れろ!」
「っ! レヴァンティン!」
《Nachladen》(装填)
バシュッバシュッ
「はあぁぁああ!!」
カードリッジの連続使用により爆発的に魔力を高めたシグナムが強引にラヴィエの手から逃れる。そしてそのタイミングでヴィータが放っていた鉄球が四方からラヴィエを襲った。
鉄球はラヴィエと接触すると同時に爆発を起こし、爆炎がラヴィエを飲み込んだ。
「……やってねぇよな」
「だろうな。それにしても、戦い方は素人くさいが潜在能力が脅威だな」
先の攻防でラヴィエの動きが素直すぎたことから、歴戦の騎士である二人はラヴィエが実戦経験がほとんどないことに気が付いた。だが先ほどの完全な隙をついてのシグナムの攻撃に反応した反射速度に加え、レヴァンティンの刃を無造作に掴んで無傷だったことから今の爆発で対象が沈黙したとは二人は思っていなかった。
そして案の定、煙が晴れるとそこにはラヴィエが静かに佇んでいた。
「無傷かよ」
「防御をしたような気配はなかったな」
「ってことは、あの
《ja》(肯定です)
『シグナム、ヴィータちゃん。解析完了しました! 目の前の少女はおそらく、普通ではありません』
そのとき今まで対峙していたラヴィエのデータ解析に集中していたリインフォーズⅡの声がした。
「どういうことだ?」
「普通じゃねぇのは今のでわかってるよ」
『違うんです。目の前の少女の魔力ですが、複数の波形がみられます。まるで複数の魔導師が混ざったような歪な魔力波形なんです。推測ですが、何らかの人体実験の実験体だと考えられます』
複数の魔力が混ざり合った状態など本来はあり得ないのだが、目の前のラヴィエはそのあり得ない存在として実在していた。
そしてそんな普通ではない存在がいる理由など、3人には一つしか思い浮かばない。
「胸糞わりぃな」
「違いない。だが、ここで我らが引くわけにもいかない」
『はいです!』
とりあえずラヴィエの事情については保護してから調べることにした3人は、目の前の無傷のラヴィエをより警戒することにした。
「つってもあの防御力じゃぁ、遠距離攻撃は意味なさそうだな」
「そうだな。……ならばやることは一つだ」
「だな。近づいてぶっ叩く!」
二人は先の攻防でラヴィエに対して遠距離攻撃がほとんど意味をなさないことを悟り、接近戦の構えを取った。
「……ん」
そしてそれに応じるようにラヴィエも拳を握り、一気に間合いを詰める。
「速い!」
行動を起こしたとシグナムたちが感じた瞬間、ラヴィエは凄まじい速度でシグナムに向けて拳を繰り出した。それをシグナムはレヴァンティンで受け止めると、辺りには金属同士がぶつかりある甲高い音が響き渡る。
「喰らいやがれぇ!」
シグナムがラヴィエの攻撃を防ぐと同時に、ヴィータも攻撃に移っていた。
加減無しのフルスイングでのハンマーによる一撃、ヴィータのアイゼンによる
「んっ!」
「なっ!?」
ガツンという激しく金属の塊がぶつかり合う音が鳴る。
ヴィータの一撃をラヴィエは己の拳をぶつけて相殺したのだ。
空中という足場がない場所において、遠心力の加わったハンマーの一撃を相殺するには、かなりの速度か重さが必要となる。だがヴィータの見たところ、ラヴィエはそんな重さがあるようには見えない上に、今の状態は完全に静止している状態だ。
まさかそんな状態から腕の力だけで一撃を防がれると思ってなかったヴィータは硬直した。
本来ならヴィータの考えた通り、ラヴィエの体格では先の一撃を受けることができなかった。だがラヴィエには《怪力》というスキルがある。
《怪力》は能力自体は魔力による身体強化という単純なものだが、上限というものが存在しないという特性がある。ゆえに、こういった空中で足場がなくともラヴィエにとっては力を込めること自体は難しいことではない。
だがそんなことを知らないヴィータは動きが一瞬止まってしまった。
そしてその隙を見逃すほど、ラヴィエはお人よしではない。
《Flamme Bleischrot》(炎の散弾)
ヴィータの攻撃とラヴィエの拳がぶつかり合いヴィータが硬直した隙に、ラヴィエの拳が炎に包まれ紅蓮の炎が散弾となってヴィータを襲う。
《Panzerschild》
炎に包まれる直前でアイゼンがヴィータの前面にシールドを展開する。
「こちらを忘れるな! 陣風!」
《Sturmwinde》
ラヴィエの拳を防いでいたレヴァンティンから不可視の衝撃波が迸る。
「っん!」
《Schild》
その見えざる衝撃波をシールド防ぐが、その瞬間いまだに残っている炎を突き破ってヴィータが現れた。
「だから、―――あめぇってんだよ!」
《Raketenform》
アイゼンがラケーテンフォルムへと形を変え、カードリッジを吐き出す。
「ぶっとべぇ!!」
《Raketenhammer》
アイゼンからゴォというのロケットの噴射音が鳴り、ヴィータが独楽のように回転しながらアイゼンの鋭い尖端をラヴィエに振り抜く。
「こちらもだ、レヴァンティン。紫電一閃!」
そしてそのヴィータと挟撃する形で、反対側からシグナムの一撃が迫る。
「……ん」
「「なっ!?」」
『危ない!』
本日何度目かの驚きの声がシグナムとヴィータの口から洩れ、次の瞬間二人の一撃がお互いを襲った。
先ほどまで確かにそこに居たはずのラヴィエが、二人の攻撃が当たる直前に、突然その姿をけしたのだ。そのせいで二人は攻撃目標を見失い、挟撃という手段が最悪の形でこの結果になってしまった。
何とかリインフォースⅡが二人の間に防御を展開し、直撃は避けることができた。
これもラヴィエの持つレアスキルの一つ《短距離転移》だ。
「……エファン」
《Titan Eisfaust》(巨人の氷拳)
そしてシグナムとヴィータがお互いの攻撃を防ぎ動きが止まったところに、ラヴィエは頭上から魔法を放った。
ラヴィエの右腕が大量の氷に覆われ、まるでビルのような氷の柱がラヴィエの腕に装着された。
それは良くみれば腕の形をしている。名前の通り、氷で形作られた巨人の拳。
純粋にその質量で相手を押しつぶすためのイオリ直伝の魔法だ。(イオリが作ってもここまで大きくならない。精々が直径1m、長さ3m程度の柱が限界だ)
その巨人の拳をラヴィエが振り降ろす。
すぐにシグナムたちも異変に気が付いたが、いかんせんビルが頭上から降ってくるような事態では回避も間に合わない。
ラヴィエも必殺を予感していた。
巨人の拳は木々を押しつぶし遺跡の一部も削り、地面へと叩きつけられた。
あまりに巨大な質量に地面には大きなクレーター作り上げた。
そして氷の塊が砕け散ると、先ほどまでシグナムたちが居た場所には何も残ってなかった。
「んっ!」(こくり)
それを確認したラヴィエは満足そうに頷いた。
《Caveat》(警告)
「っ!?」
勝利を確信していたところに自らの愛機から突然の警告が発せられ、ラヴィエは瞬間的に《短距離転移》でその場から移動した。
ラヴィエが居た場所を凄まじい速さで鉄球が過ぎ去っていった。
「くそっ! 避けやがった」
声のする方をラヴィエが見ると、そこにはシグナムとヴィータ、そして新たな敵が地面からこちらを見上げていた。
「すまない、シスターシャッハ。助かった」
「いえ、騎士シグナム。私の方こそ遅くなって、申し訳ありません」
そこにはトンファー型のデバイス、ヴィンデルシャフトを構えた、聖王教会所属のシスター、シャッハ・ヌエラが経っていた。
「それで騎士シグナム。あの少女は一体……」
『それは私がご説明します。あの少女はおそらく何らかの実験体だと思われます。詳細についてはデータを持ち帰ってから解析となります。現状ではドローンは彼女が率いているようです。膨大な魔力量に、《短距離転移》や《変換資質》など、複数のレアスキルを所持しているようです』
リインフォースⅡがこれまでの戦闘で判明したラヴィエの情報を説明していく。
「なるほど、かなりの強敵ですね。それにしも困りました。遠距離攻撃が効果がないというのですと、空を飛ばれては私はあまりお役に立てません」
シャッハは申し訳なさそうにそういった。
せっかく応援に来ておいて、役に立てないことが悔しく、情けなかった。だが空戦適正の低いシャッハでは、シグナムやヴィータと空戦を繰り広げられるラヴィエの相手は少々荷が重い。
「あん? あいつ、降りてきたぞ?」
「え?」
シャッハがシグナムたちとそんな話をしていると、何を思ったのかラヴィエが地面へと降り立った。
「……」
「えっと、彼女はなぜ降りてきたのでしょうか?」
戸惑いの声を上げるシャッハ。
だがその質問に答えられるほど、シグナム達も目の前のラヴィエについて詳しくはない。
わざわざ空戦を捨てて敵の数を増やすなど、何を考えているのか予想もつかなかった。
『本人に聞いてみましょうか?』
「さっきから何にも答えねぇんだ。意味ねぇだろ」
リインフォースⅡの提案をヴィータが一蹴する。
「なら私が話しかけてみます。よろしいですか?」
だがこちらが話している間、攻撃してこないラヴィエを見てシャッハは話しができるのではないのかと思いそう言いだした。
少し考えてシグナムが了承するのを確認し、シャッハがラヴィエに語りかける。
「あなたの名前を教えていただけますか?」
「……」(ふるふる)
「それでは……あなたは誰とここに来たのですか?」
名前を聞かれても首を横に振るだけのラヴィエを見て、シャッハは質問を変えた。
「……イオリ」
そしてラヴィエは少し考えるようなそぶりを見せたあと、小さな声でイオリの名前を呟いた。ラヴィエはイオリから名前を教えてはいけないと言われてはいるが、他のことを喋ってはいけないとは言われていない。
いくら身体が成長してもラヴィエの年齢まで成長したわけではない。そのため何を喋ってはいけないのかまでの判断がつかない。
結果として、イオリに言われた名前以外は喋っても問題ないと判断してしまったのだ。
「イオリ! あの野郎来てんのかよ」
ヴィータがこの間の不覚を取った戦いを思い出し声を荒げる。
「あなたとイオリの関係は?」
「……?」
関係と言われてもラヴィエには分からなかった。
「何故ここにきたのですか?」
「お仕事」
「仕事?」
「……イオリが変態さんに頼まれた」
ラヴィエの中ではスカリエッティは、イオリが変態、変態と呼んでいたため、スカリエッティ=変態という呼び名で固定されていた。
それをそのまま正直に告げると、シャッハはとても困った表情で固まってしまった。
変態が何のことなのか分からなかったからだ。
「それではなぜ飛行を止めて降りたのですか?」
「? ……イオリが戦えって言った。飛べない人がいるから降りて戦う」
ラヴィエの中ではイオリから言われた戦えという指令が最優先事項だ。そして彼女の中での戦いとは、正面からぶつかり合うこと。そのため空中から一方的に攻撃するのは戦いと認識できておらず、シャッハが飛べないという言葉が聞こえてきたため戦うために地上へと降りてきた。
そこまで話してシャッハは目の前の少女が見た目と実際の年齢が一致していないことに気が付き、子供に話しかけるように騎士ではなくシスターとしての口調で語りかけた。
「私達が戦う必要はないのではないですか?」
「……だめ。イオリが戦えって」
だがそんなシャッハの言葉でもラヴィエの意志が揺らぐことはなかった。
「そうですか……では、言うことを聞かない悪い子にはお仕置が必要ですね」
言葉だけでは伝わらないと理解したシャッハはヴィンデルシャフトを構えた。
「もういいのか?」
「はい。彼女をイオリとやらの呪縛から解くには、少々強引にいかないといけないようです」
その言葉を聞いたシグナムとヴィータもそれぞれのデバイスを構えた。
「……エファン」
《Blitz Beine》(雷光の脚)
ラヴィエの脚部が雷光に包まれ、文字通り雷光となってシグナムたちの周りを移動し始める。
「はぁ!」
いきなりの高速移動にも関わらず、シャッハとがそれに劣らぬ速度でラヴィエに追いすがる。二人は凄まじい速度で駆けながら時おり拳とトンファーをぶつけ合い、あたりに甲高い音が響く。
「あいにくと、私は速い相手には慣れている」
《Schlangeform》
ジャラリと音と共に、シグナムのレヴェンティンがシュランゲフォルムに形を変える。
「いくぞ、レヴァンティン」
バシュッバシュッ
《Schlangebeißenangriff》
長く伸びる連結刃が蛇のようにうねりながらラヴィエに襲い掛かる。
「ん」
《Hindernis》(障壁)
ラヴィエの移動する空間そのものを削り取るかのような連結刃の攻撃に、さすがのラヴィエも足を止められてしまった。
連結刃の範囲に存在する気を斬り裂きながらも勢いは弱まるどころか、さらに速度を上げてくる。ラヴィエの障壁にレヴァンティンの刃がぶつかり、いやな音を立てて障壁を攻め立てる。
「ヴィータ、今だ!」
「まかせろ! アイゼン!」
《Gigantform》
ヴィータがラヴィエの脚が止まったのを確認すると、最大の一撃を入れるにかかる。
ギガントフォルムへと形を変えたアイゼンがカードリッジをロードし、ヴィータの魔力が高まっていく。
「ぶっ潰れろぉ!! 轟天爆砕! ギガントォシュラーーーク!!!」
「ん……楽しい」
強大な鉄槌が迫りくる中、ラヴィエは初めて自分の中に湧き上がる感情を理解し口にした。その表情には今までの無表情ではなく、うっすらと笑みが浮かんでいる。
「エファンゲーリウム!」
《Jawohl》(了解)
ラヴィエは今までに無いほど力強く拳を握りしめ、自らの魔力を高めていく。
「劫火焼滅」
《Weißflamme Leckgas》(白炎の一撃)
力を込めた右腕には今までの赤い炎とは違い、ラヴィエの魔力光と同じ白い炎が纏われた。そして今までの熱量とは比較にならない熱量が、ラヴィエを中心に周囲の草木を燃やし、地面を溶かし始めた。
ラヴィエはその白炎を纏った右腕で自らを押し潰すために振り降ろされた鉄槌を迎え撃った。
『ヴィータちゃん!』
「なっ!」
二つがぶつかり合った瞬間、ヴィータには信じられないことが起きた。
ラヴィエの拳とぶつかり合った場所から、アイゼンが溶けだしたのだ。
「ヴィータ! 離れろ! シスターシャッハ、ヴィータを!」
「はい!」
これまでで一番の非常識な事態に、シグナムがすぐに離れるように叫ぶ。そしてシャッハにも指示を出し、ヴィータの攻撃が中断されると同時に、シャッハが高速移動でヴィータをラヴィエの拳の射線からズラした。
その瞬間、先ほどまでヴィータが居た場所を白い熱線が通過する。
「くっ」
シャッハはヴィータを抱えて地面に着地するとともに膝を着いた。
直撃どころか掠ったわけでもないというのに、その熱量で周辺の空気までもが高温になっておりヴィータを助けに行く途中で運悪くその場所を通過し、僅かに肩に火傷を負ってしまった。
「シスターシャッハ、大丈夫かよ」
「問題ありません。っつ」
「無理すんなよ」
辺り一帯に焦げ臭い匂いが立ち込める。
今の攻撃によりあちこちの草木が燃え上がり、地面もガラス状に溶けてしまっている。
「どうやら、私達の認識が甘かったようだ。この少女は危険すぎる」
「ああ、化け物だぜ」
『今の熱量は一魔導師が出せるような熱量ではありません』
シャッハを庇うようにシグナムとヴィータが壁となる。追撃に備えて、二人は意識を集中させていたが、不意にラヴィエが視線を外した。
ラヴィエの視線の先には遺跡の入口がある。そしてそこには見覚えのある男が居た。
・
・
・
「……なんだこりゃ」
俺は我が目を疑った。
いったい何をどうすれば、ほんのわずかな時間でここまで地形が変わるのだろうか。
地面にはミサイルでも打ち込んだようなクレーターがあり、周囲にあった木々は軒並み斬り倒されている。おまけにあちこちが燃え上がり、地面の一部が溶けていた。
「……イオリ」
ふと名前を呼ばれた。
視線を向けるとそこには管理局の二人と見知らぬ騎士の3人と対峙しているラヴィエの姿があった。
「え~っと、この惨状は……」
何となくこの惨状が戦いの結果だということは理解できたが、いったいどれほどの規模の魔法を使ったらこうなるのかは想像もつかない。
俺は困ったように頭を掻いた。
「その少女は貴様の関係者のようだな」
シグナムが俺を睨みつけてきた。
……相変わらずおっかない。
「まあな、隠す気はないから答えを言っちまえば、俺にとっては末の妹みたいなもんだ」
とはいえ、今後のラヴィエが自由に活動するために、名前までは教える気はない。
「末の妹?」
「ま、その辺は無限書庫で調べりゃ分かるだろ」
かつて俺が実験体となっていたプロジェクト【M】。無限書庫にならその資料が納められていても不思議ではない。
「それはプロジェクト【M】のことか」
「あれ? なんだ知ってんのか」
俺は少し驚いた。
無限書庫自体には資料があると考えていたが、俺の正体がばれてからそれほど時間が経っていない。あの本の海といっても過言ではない無限書庫から、たったこれだけの時間で資料を見つけられるとは思っていなかった。
「末の妹。プロジェクト【M】の完成体だ」
俺はラヴィエの隣に移動すると、彼女の頭を撫でながらそう紹介した。
「あっちぃ!? なんだこれ!」
ラヴィエの頭に触れると、俺は火傷した。
「……ん」
氷を出してラヴィエが俺の手を冷やしてくれる。
「お、お前、何したんだ?」
触れただけで火傷をするなどあり得ない熱量だ。ここら一体の溶けた地面はラヴィエの仕業だろう。
「……ん、あ」
「なっ! おい!」
そのとき、ラヴィエが突然血を噴き出して俺に倒れてきた。
「ぐっ!」
ジュウッと言う音と共に肌が火傷をしたが、そんなことよりもラヴィエだ。
「……あ」
「くそっ、いったいどうしたんだ」
突然の事態に俺だけでなく管理局の連中も戸惑っていた。
俺は慌てて左目の能力を最大にして、ラヴィエの詳細なデータを読み込んでいく。
「ああ、クソっ! そういうことか」
ラヴィエの身体は今回のために無理やり成長させたものだ。その結果、ほんの僅かに【M】と身体のリンクに歪みが生まれてしまっていた。
今回のこの惨状を見るに、ラヴィエは複数のスキルの連続しように加え魔力の大量消費と激しい戦闘行為を行った。
その結果、歪みが大きくなってしまい身体に負荷がかかってしまったのだ。
「くそ、しくじった」
本来なら【M】が完全に馴染むのにはもっと時間が掛かるはずだ。ラヴィエの身体が特殊で、予想以上に【M】との融合が上手くいったため失念していた。
完全に俺の失態だ。ラヴィエを連れてくるべきではなかった。
「《蘇生の棺》」
俺は棺桶型の古代遺物を呼出し、その中にラヴィエを放り込んだ。
《蘇生の棺》は俺の持つ古代遺物の中でも、特に効力の大きい回復系の古代遺物だ。一説には死者を入れておけば死者すら復活すると言われているほどのものだ。
【M】の調整まではできないが、これに入れておけば肉体のダメージは少なくとも問題ないはずだ。
「どうやら時間を掛けている暇はなくなったな。勿体ないとか言ってられない」
俺は転移用の結晶を複数取り出して使用した。
この転移結晶は魔力が大きなものを転送する場合、使用する結晶の数が増えてしまう。今回は複数の古代遺物に、ラヴィエもいるためにかなりの量を消費してしまうが、ラヴィエの安全には代えられない。
「待ちやがれ!」
「じゃあな、今回は構ってるヒマはないんだ」
俺はそれだけ言い残すと、その場から消え去った。