「…………あむ」
「え?」
アジトから帰った俺は我が目を疑った。
「………………あむあむ」
「……え?」
俺は思わず目の前の光景を二度見してしまった。
まだラヴィエが覚醒するには数時間あるはずだ。
それなのに俺の目の前には目を覚ましたラヴィエが、冷凍庫にしまっていたはずのバケツ状の容器に入った大容量のアイスを抱えている光景があった。
いつもアイスはアイス用の小さな皿に移して食べるように言っているのに、俺が居ないのをいいことにバケツに直接大きなスプーンを突込み、一生懸命アイスを掘りながら口の周りをベタベタにしながら幸せそうに頬張っている。
あまりにアイスに集中しているせいで、ラヴィエは俺が帰ってきたことに気が付いていない。
「……………………ん」
しばらくその光景を呆然と眺めていると、ラヴィエが入口に立っている俺にようやく気が付いた。
「…………………………………………おふぉえり」
ラヴィエは大型スプーンの上に乗っている大きなアイスの欠片を口に押込み、バケツをさっと自分の背後に隠しながら気まずそうに「おかえり」と言ってきた。
一応悪いことをしているという自覚はあるのか、こういった行動は本当に子供そのものだ。
いつもなら叱るところなのだが、俺は無言でラヴィエに近づき頭に手を乗せた。
「ただいま。それと、無理させて悪かった。ごめんな」
手を乗せたラヴィエの頭を撫でながら俺はそう謝罪した。だが謝られたラヴィエは、何を謝られたのか理解していないようで首を傾げている。
「今回は管理局相手に頑張ったから、
俺がそう言うとラヴィエは目を輝かせて隠したバケツを抱え込み、再びスプーンを動かし始めた。
「さて、ラヴィエが起きたのはいいが……こんなに早い理由が分からないな」
ラヴィエが入っていた調整用ポットの端末の前に座り、俺はシステムのログを調べ始めた。
「……ふむふむ」
調べていくと途中まではシステムが通常通りに稼働していたことは分かった。だが時間的に俺が遺跡内部に入った辺りからシステムの動きが変化しているのが見られる。
「システムに問題はない。いや、問題ないどころか、ラヴィエの生体データの詳細が入力されて、調整用ポットがよりラヴィエにあった仕様になってるな」
調整用ポットだけでなく、システムそのものもラヴィエに対して最適化されている。これなら確かに当初予測していた時間よりも早く調整が終わったのも頷ける。
問題は誰がこれをやったか、だ。
「……ん」
「なんだ?」
俺が考えていると、ラヴィエがアイスを食べる手を止めエファンゲーリウムを俺に差し出してきた。
「……まさか」
そこで俺はラヴィエが何を言いたいのかを察した。
「エファンゲーリウム……これはお前がやったのか?」
《ja》(はい)
俺の問いをエファンゲーリウムが肯定した。
確かにエファンゲーリウムなら、ラヴィエの詳細な生体データに加え実戦データも持っている。おまけにラヴィエとの同調もかなり進んでいるため、システムプログラムをラヴィエに最適化することも可能だろう。とはいえ、まさかそんなことを自発的に行うなど、全く予想していなかった。
だが本来はエファンゲーリウムに使用しているパーツでは、この調整用ポットとのシステムとは根本が違いすぎるためアクセスすることすら難しいはずだ。
それなのにエファンゲーリウムはどうやったのか、アクセスしただけではなくシステムの書き換えすらも行って見せた。
どうやらラヴィエが成長するとともに、エファンゲーリウムも予想外の独自成長を遂げているようだ。
エファンゲーリウムに使用されているシステムの根幹は【M】が使用するために、プロジェクトMの当時の研究者たちが作成したものだ。
さらに大本は古い遺跡で出土した
今回の件はおそらくその使用されている
「一応、こっちでも調べたいから書き換えに使用したデータと、今回の方法を教えてくれ」
《jawohl》(了解しました)
エファンゲーリウムから大量のデータが端末に送られてくる。
「今日はデータの整理だな」
あまりの量のデータに全てに目を通すだけでも徹夜が確定しているのが分かった。そこからさらに解析やらなにやらをしていくことを考えると、数日はアジトに籠りきりになってしまいそうだ。
「うあぁ~、今回はオークション行けそうもないな」
近々ミッドチルダで行われる
俺としてもそんな表向きの物品に興味はない。
ただどこの世界にも悪巧みをする奴らはいる。
盗掘者は発掘した違法古代遺物を高値で売るため。
収集家は普段管理局の目が厳しく、手に入れることができない珍しくも危険な違法古代遺物を手に入れるため。
双方が闇にまぎれて動き出す。
普段なら俺もこの機にコレクションに加えない古代遺物は売り、珍しい古代遺物を買うこともある。さらに、あわよくばそういった違法古代遺物を買い付けに来たどこぞのお偉いさんたちと、コネクションも作ることもある。
「はぁ、今回は無理だな」
ただ今はラヴィエのことが最優先であるため、俺は今回はオークションへと行くことをあきらめていた。
「あ、データの整理する前にスカリエッティに《聖王のゆりかご》のデータ送るか」
俺はそう呟くと、先ほどまで探索していた遺跡のデータをまとめ始めた。
位置情報に大まかな内部構造と現在稼働していると思われる防衛機構、それと解除した封印の代わりに施してきた新たな封印の解除用魔法。それらのデータを手早くまとめてスカリエッティへと送る。
当然暗号化も忘れずに行う。
「よし、これでOKだ。さてと、本題の方に取り掛かるとするか。エファンゲーリウム、サポート頼むぞ」
《ja》(はい)
大量のデータとの戦いが始まった。
「くあぁ~」
あれから2日、俺はほとんど徹夜でデータの整理を行っていた。
時折ラヴィエに調整用ポットに入ってもらい現在の状態のデータも更新しながらの作業だったため、かなりの時間がかかってしまった。
ただ予想外だったのが、エファンゲーリウムの補助がかなり優秀だったためにオークションには間に合った。
「どうするかな」
オークション自体はしばらくしたら始まってしまうため、やや遅れての参加になってしまう。ただ俺が本当に参加したいのは裏のほうだ。
こちらは例年通りならば表のオークションが終わってから開催されている。今からアジトを出れば十分に間に合う。
「……う~ん」
かなり悩む。
ここ近年の裏オークションで取引されている
今回の裏オークションで出品される品物に関して、そんな噂は聞いた記憶がない。つまりはさして珍しくもない品物が出品されているだけだろう。
もう一つの目的である金だが、こちらはここ最近スカリエッティからの依頼を受けたり、レリックを複数個取引したりなどでまとまった金額が手に入ったばかりだ。
おまけにこれまで多額の金喰い虫だった【M】の維持管理装置が停止しているため、そこまで金に困っていないのが現状だ。
正直今回は参加する意義があまりない。
「……イオリ」
俺が頭を悩ませていると、ラヴィエが近づいてきた。
「ん? なんだ、ラヴィエ」
「…………食べ物無い」
「え? ……あ~、そういや
最近補給のためにミッドチルダに行ったときは、どういうわけか管理局の連中と行く先々で遭遇したため、ラヴィエの服など必要最低限の物だけ買って逃げ帰ってきた。
それからスカリエッティの依頼などでごたごたしていたせい、すっかり補給するのを忘れてしまっていた。
「よし。なら買いに行くか。ついでにオークションにも顔を出すとするか」
「……オークション?」
「ああ、ラヴィエもアジトにずっといるだけだと気が滅入るだろ? たまには気分転換も兼ねて出かけようってことだ」
オークションにはあまり行く気はなかったが、食料の補給をするためにはミッドチルダに行く必要がある。それならラヴィエの社会勉強ついでにオークションがどういうものか見せるのにいい機会だ。
「さて、そうと決まればラヴィエ用のドレスも買いに行かないとな」
確かあのオークションはそこそこ格式が高く、ドレスコードがあったはずだ。
「……ドレス?」
「そ、ドレス」
俺はラヴィエを引き連れてミッドチルダへと向かうことにした。
・
・
・
俺たちは現在オークション会場へとやってきていた。
「……」
白を基調としたドレスを身に纏ったラヴィエが無表情ながらも、どこか嬉しそうな雰囲気で俺の前を歩いている。元々の雰囲気が物静かなこともあり、その姿はどこぞの御令嬢と言っても違和感がない。
それに対して俺の方はどこにでもある普通のスーツだ。傍から見れば、御令嬢に付き従う召使といったところか。とはいえ、どちらもそれなりの店で購入してきたものなので、こういった場でも浮くことはない。
「ラヴィエ、しばらくここで待っててくれ。ちょっといろいろと手続してくるから」
「……ん」(こくり)
そんなどうでもいいことを考えながら、俺はエントランスホールへラヴィエを残して受付へと向かった。
「招待状をお持ちですか?」
「はい、こちらを」
受付に言われて、俺は招待状を差し出した。
「……確認しました。本日はお楽しみください」
「そうさせてもらいます」
受付から返された招待状を受け取った俺は、愛想笑いを浮かべながらそう返した。
当然のように招待状を受け付けに渡した俺だが、この招待状は偽物ではない。俺と懇意にしているとある企業のお偉いさんに融通してもらった正真正銘の本物だ。
名前は偽名ではあるが、こういった場で詳しく調べられることもない。
それから数枚の書類に目を通した俺は、その足で地下駐車場へと向かった。
地下駐車場へ辿り着いた俺は、周囲に人の気配がないことを確認すると黒塗りのトラックの近くへとやってきた。
「
「……
おもむろに呟いた俺の言葉に、どこからともなく返答があった。
そしてドサリという音と共に、俺の足元に一冊のカタログと黒い封筒がいつの間にか現れた。本当は俺の左目には何が起きたのかしっかりと映っているが、ここはマナーと身の安全のために何も見えてないふりをする。
「……ふむ」
ペラリペラリとカタログのページを捲っていく。
これは例の裏オークションに出品される違法
しばらくカタログを眺めていたが、やはりというか目ぼしい物がない。
今回は出品する予定もないため、これで裏の方には参加する目的が完全になくなってしまった。
「今回は見送りだな」
「……
その時、背後から声を掛けられた。
裏の方を仕切っているところの暗部だろう。気配を一切感じさせないのはさすがだ。
「そうだが……何の用だ? 裏では干渉しないのがルールだろ」
裏のルールは例え知り合いであっても干渉しないのが不文律だ。それを裏を仕切っているところそのものが破って接触してきたことに驚きながらも、表情を変えずに応じる。
「お前はジェイル・スカリエッティと知己だな」
「おい、あんな変態と知己にするな。あくまでギブアンドテイクの関係だ」
あんな変態と友達扱いされるのはたまったものではないため、俺はそう訂正する。
「……奴がこのオークションを狙っているというのは本当か?」
だが背後の奴はこちらの言葉など聞いておらず、こちらに質問を投げかけてくる。
「知らん」
暗部が尋ねてきた質問に、俺は即答した。実際知らないことだ。
「……本当か?」
「本当だ。ただ、あいつは最近レリックを探してる。カタログには乗ってないから競売には掛けられないんだろうが、もしも別口で密輸してるなら注意しろ」
普通ならこんな問いかけに意味はないだろうが、おそらく嘘発見器かそれに類する物を持っているのだろう。俺の知らないという言葉と忠告を聞くと、それ以上は深く追求してこない。
そしてそのまま俺の背後にあった気配も消えていった。
「ったく、何だってんだ」
頭を掻きながらぼやく。
ここ最近はスカリエッティからの依頼ばかりを受けていたことから、疑われたのだろうということは予想できた。
そして俺の回答が本当だという確信を得たことで、俺への疑いは8割ほど晴れたといったところだろう。
それ自体は問題ない。
ただ―――スカリエッティが動いているという情報だけは俺の中に不安を残した。
「……スカリエッティの奴、何を企んでるんだ?」
もやもやした感情を持ったまま、どうすることもできない俺は地下駐車場を後にした。
「……あれ? ラヴィエ?」
だがエントランスホールへと戻ると、そこには待っているように言ったラヴィエの姿がなかった。
・
・
・
「……」
ラヴィエはイオリに待つように言われたエントランスホールの椅子に腰かけながら静かに待っていた。時折思い出したように来ている白いドレスのスカートの裾の位置を意味もなく直したり、袖のフリルを指先で摘まんでみたりしていた。
表情には出ていないが、このドレスがとても気に入っているラヴィエだった。
「……ん」
そんなラヴィエの前を見たこともない小さな人が通り過ぎて行った。
「……なに?」
思わず興味を惹かれたラヴィエは、思わずその小さな人を追いかけて行く。
ふよふよと漂う小さな人に気が付かれないように追いかけていくと、小さな人は曲がり角で停止した。それを確認したラヴィエは、小さな人の背後からそっと近づいていき、小さい人を手で捕まえた。
「きゃっ!? な、なな何ですか!? は、はやてちゃん」
「……捕まえた」
小さい人を捕まえたラヴィエは、満足そうにそう呟く。
「あはは、お嬢ちゃん。うちの子を放してくれへんか?」
ラヴィエは小さい人にばかり気を取られていて、周りに3人の大人がいることに気が付いていなかった。
「……小さい人」
「せや。その小さい人は私の家族なんよ。だから放してくれへんか?」
「……家族、ん」
家族と聞いたラヴィエの脳裏にイオリの姿が思い浮かぶ。もしもイオリが誰かに捕まえられたらいやだと思ったラヴィエは、捕まえていたリインを解放した。
「……ごめんなさい」
「ちゃんと謝れるんやな、ええ子やな」
ラヴィエが何も言われる前に頭を下げたのを見て、はやては笑みを浮かべながらそう言ってラヴィエの頭を撫でた。
「にゃはは、リインも大丈夫?」
「はい、なのはさん。びっくりしましたけど、大丈夫です」
「あ、リイン。ドレスに皺が」
その光景を見ていたなのはとフェイトは、苦笑を浮かべながらリインを気遣った。3人とも子供がやったことに目くじらを立てるような性格でもない。おまけにラヴィエがすでに謝罪をしているのだ。ここから怒るような気も起きないでいた。
掴まれたリインにしても驚いただけで、実際に痛みもないのでラヴィエのことを怒る気もなかった。
「……ごめんなさい」
というよりも、先ほどまでもリインを捕まえた時の嬉しそうな声が、今ではとても沈んでいるため怒るよりもどうやって慰めたらいいのかと考えていた。
「怒っていませんよ。それよりも、私リインフォースⅡといいます。あなたのお名前は?」
リインがラヴィエの顔の前まで移動すると、自己紹介をしてきた。
「……ラヴィエ」
「ラヴィエちゃんですか。いいお名前ですね。捕まってあげられませんけど、お友達にはなれますよ」
リインはそう言って小さな手をラヴィエに差し出してきた。
「……ん、友達」
ラヴィエは珍しく照れたような表情でリインの小さな手と握手した。
そんな微笑ましい光景を見て笑みを浮かべながら、はやてたち3人もラヴィエの視線の高さに合わせてしゃがみ込んだ。
「私は八神はやてや。よろしくな」
「私は高町なのはだよ」
「私はフェイト・T・ハラオウン。よろしくね」
そのリインの自己紹介に続くように、3人が笑顔でラヴィエに自己紹介をした。
―――もしもこの光景をイオリが見ていたら、裸足で逃げ出していただろう。
「それよりも、どうしてリインを捕まえようと思うたんや?」
「……小さい人初めて見た」
融合機など普通に生活していれば見ることなどまずない。子供の視点で見たら、それこそお伽噺で登場する妖精だと勘違いしてもしょうがない。そしてその時の子供の反応として捕まえようと考えるのは不思議なことではないと全員がその回答と先の行動に納得ができた。
実際にラヴィエの今回の行動は、はやてたちが考えた通りだった。
「そか。でもな、リインは私の家族なんよ。捕まえるのは勘弁してな?」
「……ん」(こくり)
ラヴィエが頷くのを確認したはやては、再びラヴィエの頭を撫でた。
「それより、はやて。この子、ひょっとして迷子かな?」
フェイトが心配そうにそう尋ねる。
「あ、そうだよ。こんなところに1人なんて……」
「せやな。なあラヴィエちゃん、誰と来たん?」
「……家族」
「どこにおるん?」
はやてに問われてラヴィエは来た道を指さした。
「エントランスホールやな。それやったら一緒に行こか?」
「……大丈夫、1人で行ける。バイバイ、リイン」
「バイバイです、ラヴィエちゃん」
ラヴィエは初めてできた友達に手を振ってその場を後にした。
・
・
・
「……ん、イオリ」
「お、帰ってきた。どこ行ってたんだ?」
しばらくエントランスホールで待っていると、ラヴィエが帰ってきた。
迎えに行こうかとも思ったが、ここは警備もしっかりしている上にエファンゲーリウムも持っているのだ。変なことにはならないだろうと、なにより入れ違いになる方がまずいと考えここで待っていた。
「ん? なんだか機嫌がいいな?」
「……ん、友達ができた」
ラヴィエの一言に俺は驚いた。
まさかラヴィエが友達を作ってくるとは考えてもみなかった。
「そうか、よかったな」
とはいえ、驚いた以上に嬉しかった。
「どんな子だ?」
「……小さい人」
小さい?
ラヴィエよりも子供ということだろうか。
「あ、午後からのオークションが始まるみたいだ。帰ったら友達のこと教えてくれよ?」
「ん」
午後のオークションの開始前の合図が聞こえた俺たちは会場の中へと向かった。