「ふぁ~」
午後のオークションを眺めながら俺は隠す気すら起きずに、大きな口を開けてあくびをした。
「暇だ」
俺はこの表のオークションの正直な感想を口にする。
表で正式に競売に掛けられている
自ら遺跡に赴き未知の
『続いてはこの《流水の水瓶》です。こちらをこのように傾けますと、水瓶から水が流れ、美しい虹を映し出します』
司会者が新たな競売品を出してきた。
そしてその《流水の水瓶》をステージ上で傾け、いきなり辺りを水浸しにしていく。これには会場から困惑の声や、最前列では驚きの声が上がった。
「……イオリ、お水」
「ん? ああ、あれは幻影だ。そこそこ高度な幻影だから視覚、触覚、聴覚に作用してる。触れば水の感触と冷たさを感じるだろうが、それだけだ。まあ、アンティークとして飾る分には、そこそこな代物だな」
流れる水を見て興奮しているラヴィエに種明かしをする。
『皆様、落ち着いてください。これは幻影です。このように触れれば水の感触に、冷たさも感じますが実際に濡れることはありません』
会場の混乱を鎮めるために司会者が俺の説明と同じことを話している。
『それでは《流水の水瓶》の競売を始めます』
先ほどの司会者の実演と説明で興味を持った参加者たちが落札を始めた。
「……イオリも持ってる?」
全然興味を示さない俺に、ラヴィエがそんなことを聞いてきた。
「無い。俺が収集するのは実際に使える古代遺物や危険な古代遺物だ。ああいった調度品には興味ないな。ただ、《流水の水瓶》は探せば結構いろいろな遺跡に現物があるから、欲しいなら今度探しに行くか?」
ここで買ってやってもいいのだが、正直あの程度の古代遺物に金を使うのは馬鹿らしい。それなら趣味と実益を兼ねて遺跡発掘をして発掘してきた方がいい。
「……ん~、いらない」
ラヴィエはそんな俺の言葉に少し悩んだが、元からそこまで欲しい物でもなかったのか、あっさりと諦めた。
「そうか。他に欲しい物があったら言ってみろ。知ってる奴ならすぐ見つけてやるし、この場で買ってもいいんだからな」
俺はラヴィエの頭を撫でながらそう言った。だが、ラヴィエの興味は次の瞬間には競売品から完全に離れてしまった。
「……あ、リイン」
「ん? さっき言ってた友達か?」
ラヴィエが指さした方を振り向く。
そこには現在、そして未来にも出会いたくないNo,1~3が、ドレスアップして2階の席から競売品を眺めていた。
「……あ~、ラヴィエさん。つかぬ事をお聞きしますが……お友達は、あの席にいないよな」
額を押さえながらラヴィエに尋ねてみる。できれば違ってくれという切実な願いと共に。
「……いるよ。リインは小さい人」
そう言ってラヴィエが八神はやての傍をに寄り添っている融合機を指さした。
(小さい人ってそういうことかよ!)
思わず心の中で叫んでしまった。
ラヴィエから小さいと聞いてはいたが、それはあくまでラヴィエよりも少し身長が低い程度だろうと考えていたのだが、ラヴィエの言う小さい人とは本当に小さいということだったようだ。
(マジかよ。よりにもよって……あ~、でもラヴィエに友達とは別れなさい、とも言えないし……あぁ~)
俺は頭を抱えた。
これが一般人ならば問題ない。仮に管理局に所属していたとしても、ごく平凡な職員ならばどうにでもなる。だが、あの3人はとにかくまずい。
まず第一にその実力だ。
万が一ラヴィエから辿られて俺に辿り着いた場合、こちらが不意を突かれる可能性がある。もしも不意を突かれでもしたら、何の抵抗もできずに逮捕される未来しか思い浮かばない。
次のその人脈。
集めた情報には聖王教会のカリム・グラシアと繋がりがあるという。カリム・グラシア、彼女自身は問題ない。彼女はその能力と立場上、直接誰かと戦うということはない。ただ問題なのはその義弟と側近であるヴェロッサ・アコースとシャッハ・ヌエラの二人だ。
ヴェロッサ・アコース。
その身に宿す
こいつの能力は無限の名に相応しく、無数に猟犬を生み出し従える能力だ。厄介なのはその猟犬が高度なステルス能力や探査能力を有していることだ。
これに追いかけられたら、どこまでも追いかけてくる。
そしてシャッハ・ヌエラ。
こいつはヴェロッサ・アコースと違い、特殊な能力はないが純粋に基礎能力が高い。
おまけに移動系魔法に高い素養を持つらしく、その移動速度で追われたら逃げられない可能性がある。
聖王教会だけでもこれだけ厄介なのが出てくる可能性に、俺は本当に頭が痛くなってきた。
(おまけにあいつらは、かの有名な三提督とも親交があるらしいって噂も聞いたこともある。……あぁ~、本気で詰むぞ)
どうしたものかと悩んでいると、最悪のタイミングでフェイト・T・ハラオウンと目が合った。
目が合った瞬間、俺は顔を顰め、フェイトは驚愕に目を見開いた。
「ラヴィエ……逃げるぞ」
「……?」(こくり)
ラヴィエの耳元で小声でそう呟くと、状況を理解していないラヴィエは不思議そうな表情のままだったが、俺の指示に従い頷いた。
それを確認した俺は目立たないように、それでいて迅速に会場を後にした。
・
・
・
「はぁ~、まあ……無理だよな」
建物の外に出ると、そこには最近妙に縁のある人物たちが立ち並んでいた。
シグナム、ヴィータ、それと初めて見る守護騎士の二人。確か記憶にある機動六課関係者資料に記載されていたシャマルとザフィーラだった気がする。
そしておまけに機動六課に配属されている新人たちだ。
機動六課における直接戦力が勢揃いだ。
「……お祓いやった方がいいかな?」
ここ最近のあまりの運の悪さに、お祓いなどという非科学的なことを本気で検討したくなった。
「おとなしく捕まれば、お祓いでもなんでもしたるよ」
そして俺を追って会場から出てきたはやて、なのは、フェイトの3人も追い付いてきた。
前方に守護騎士、後方に例の3人組。
今回ばかりは完全に詰んだ。
「今日本当にオフなんだけどな……」
俺は愚痴と言い訳を混ぜ合わせ、そう口にした。
「いくらオフでも、犯した罪はなくなりません」
その独り言のような愚痴に、フェイトが律儀に口を挟んでくる。
「ですよね~」
苦し紛れの言い訳が通用するわけもなく、俺は両手を上にあげ、素直に降参の意を表明する。たが頭では何とか逃げる算段を考える。
転移系の古代遺物は、この至近距離では発動よりも後ろのフェイトの方が速いため却下。
戦闘によってこの場を切る抜けるのは、ラヴィエに魔法を使用させることができないため却下。
助けを呼ぶは、呼ぶ相手がいないため却下。
次々とこの状況を打開すための案が脳裏をよぎるが、その全てが現状では不可能だった。
「下手に抵抗せえへんかったら、危害は加えんよ。それと、こっちの質問にいくつか答えてもらえるやろか」
「はいはい」
好都合だ。
このまま少しでも時間稼ぎができれば、その分考える時間も増える。
今は何の策も浮かばないが、何かの拍子に状況が変わることを期待し、俺ははやての質問に答えることにした。
「まずは、そのラヴィエちゃんって娘や。家のリインとお友達になった娘を疑うんは嫌やけど、この間シグナム達と戦った白い女は、そのラヴィエちゃんやな?」
「……ん」(こくり)
はやての問いかけにラヴィエが頷く。
「正解。ラヴィエは、とある施設でプロジェクトFの技術で造られたクローン体だ。まあ、問題がある個体だったせいで廃棄処分されそうなところを、俺が拾った。それで実験体として俺が参加していたプロジェクトMの技術を使って誕生した存在だ。あ、こいつはつい最近生まれたばかりで、物事の善悪も判ってないから、その辺は考慮してくれよ?」
スカリエッティから受け取ったこと、ラヴィエの素体が聖王オリヴィエであること。
プロジェクトMによって生み出された【M】の存在など、本当に重要なことは伏せながら当たり障りのない情報を渡していく。
今の状況で下手に嘘をついてボロを出してしまうと、相手に見切りをつけられ次の瞬間には拘束され護送されてしまう可能性がある。
それを避けるためにも、できるだけ相手にとって興味深い内容を話す。
人間誰しも自分が優位に立つと、知りたいことはできるだけ早く知りたいという欲求が出るものだ。そこをうまくつけば時間が稼げるはずだ。
「プロジェクトF」
そして俺の予想通り、プロジェクトFという言葉にフェイトとなのはが反応した。ついでに新人の少年も反応していたが、こちらは予想外だ。おそらくあの少年もプロジェクトFの遺児なのだろう。
「フェイトちゃん、エリオ君」
「大丈夫だよ、なのは」
「はい、大丈夫です」
プロジェクトFにいい思い入れなどないのだろう。フェイトは何かを思い出したのか表情には哀しみが、もう一人の少年の表情には暗い色が見え隠れする。
俺もよく知る実験体が、自分がどういった存在なのかを知った時の表情だ。
「……少年」
本来は特に語ることでもないが、エリオという少年を見ていると、ふとまだ実験施設に居た頃のこと、そして
典型的な魔が差したというやつだ。
「え」
エリオの方もまさか俺に声を掛けられるとは思っても見なかったのか、驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべている。
「実験体の先輩としてのアドバイスだ。自然に生まれた生命も、人工的に造られた生命も何も変わらないぞ。お腹が空けば飯を食う。眠ければ寝る。誰かを愛する。喜びを感じ、怒り、哀しみ、楽しさを学ぶ。……俺が見てきた中で普通の生命も、人工的な生命も同じだ。違いなんてなかった。お前が悩んでることは
かつて俺自身が悩んだ経験とそれを乗り越えた時に感じた答えを告げる。
「……」
犯罪者である俺の口から出た言葉が、あまりにも意外だったのか誰も声を発していなかった。
「…………ありがとうございます」
エリオがそれだけ言って頭を下げた。
本来なら管理局の職員が犯罪者に頭を下げるなど止めるべきことだが、上司であるはやてからは止める気配が伝わってこなかった。
「さてと、それで? ほかに聞きたいことは?」
自分で作ったシリアスムードに耐えられなくなった俺は、おどけながらはやてにそう問いただした。
「まだまだあるで。まあ、話しは所で聞かせてもらおか。あ、かつ丼はでえへんよ」
「かつ丼ってなんだ? ほら、ラヴィエ行くぞ」
ガチャリという音と共に俺は両手に手錠をはめられた。
一応俺の言葉を考慮してくれたのか、ラヴィエには手錠は掛けられておらず、代わりに両手をなのはとフェイトという二大エースと繋ぐことになっていた。ついでに友達になったというリインフォースⅡがラヴィエの頭に乗っておしゃべりをしている。
その姿はとてもではないが逮捕されているようには見えない。
おそらく機動六課の面々にしてもラヴィエに関しては、逮捕というよりも保護という考えなのだろう。
「やれやれ、本当に最悪の再会だよ」
俺は手錠の重さを感じながら、機動六課の面々に連れられて会場の控室へと導かれた。
逮捕エンド
ではないです。