神ノ牙 -JINGA- 【ANOTHER END】 作:天野菊乃
剣と剣の打ち合う音が金属音が鳴り響く。
「───ッ!」
青年と剣を打ち合わせる度に、神牙の体に裂傷が生まれる。
魔戒騎士の覚悟を決めたとはいえ、神牙には数ヶ月間のホラーを人間に戻す戦い方のせいでホラーを右腕で斬る癖がついてしまっている。その構えを無理矢理元に戻そうとしているせいか、どうも動きがぎこちない。
そんな戦いの最中、青年が数週間前に言い放った言葉を神牙は思い出していた。
『ホラーは斬るか、喰うかだ』
敵に塩を送るようではあるが、青年が言った言葉は何一つとして間違っていなかった。兜の下で思わず歯噛みする。
ホラーになった人間をこれ以上苦しませない為にも封印して、魔戒に送り返す。もしくは、これ以上苦しませない為にホラーになった人間を喰らう。
目の前の青年にそのような慈悲の心を持っているとは到底思えないが、魔戒騎士の掟に則って考えれば青年言葉はすべて辻褄が合うのだ。
皮肉なことだ。悪の方が、正義のことをよくわかっているなんて。
神牙は兜の下で唇を噛み締めながら、青年の剣を弾き飛ばした
「そらよ」
「させるか!」
神牙のぎこちなさが徐々に無くなっていく。迷いを断ち切り、戦うことを覚悟した神牙の剣戟がついに青年の肩を斬り裂いた。
堪らず青年だったが、すぐに煽るかのように指を一本一本開くと、神牙に一瞬で急接近。銀色の軌跡を描きながら迫る剣を神牙は右腕の篭手で受け止め、青年を蹴り飛ばした。
『ホラーになった人間を極力傷つけないずに人に戻す』戦い方から、『ホラーになった人間を容赦なく斬る』魔戒騎士特有の戦い方の感覚を取り戻した神牙に、青年は高笑いする。
「そうだ、それでいい!!」
「ッ!」
剣を下から突き上げる。神牙の機転を利かせた攻撃に、青年はコンマ一秒判断が遅れ、右腹を剣が掠めた。苦悶の声を漏らしながら、空中で回転し、片手をついて着地する青年。青黒い霧を撒き散らしながら、青年はぐるりと首を回した。
「───やっぱり戦いはそう来なくっちゃあ……面白くねえよなぁ!!」
剣を神牙に投げつける。弧を描いて襲い掛かるその刃を神牙は難なく弾き、こちらへと駆ける青年を跳躍して飛び越えると、兜割りの要領で剣を思いっきり振り下ろした。
しかし、捉えたと思った感覚は幻想であり、青年は肉体を無数の小さな蝙蝠に変化させて分裂する。羽音を轟かせ、一斉に神牙に襲い掛かる。
「───!」
だが、為す術もなくやられる神牙ではない。
神牙は篭手に剣を擦らると、刀身に銀の魔導火を纏わせる。人魂を纏ったような幻想的な火炎を纏った剣を振るい、蝙蝠を焼き払っていく。
額から汗が大量に流れ、心臓の鼓動が早くなるのを確かに感じる。最後の蝙蝠を焼き斬った。銀色の炎を受けた蝙蝠は次々に集まり、蝙蝠は元の鬼神へと姿を戻す。
蝙蝠に姿を変える前と同じく、体の至る所から青黒い霧を出しているが、先程の飄々とした態度は見受けられない。荒く息を吐き、青黒い血が剥き出しの牙から流れる。どうやら、順調に神牙の攻撃が青年に蓄積されているようだ。
しかし、それはこちらも同じだった。
鎧を穿たれ、段々と外へと流れ下がっていく血液に、剣を握る感覚が無くなっていきてる。神牙はその心の内を悟られぬよう、両手で剣を握り、青年を睨めつける。
───次の攻撃で、すべてが決まる。
「……前言撤回するぜ。最高だよ、今のお前は!」
青年は今の神牙の姿に歓喜の雄叫びを上げた。
神牙は腰を低くして、剣を構えた。青年は空中から回転して落ちてきた剣をつかみ、挑発的に構え、腰を高くする。
距離を取った神牙と青年の間に奇妙な沈黙が流れる。
その時、神牙の鎧から血がポタり垂れた。
その血が地面に落下する瞬間───
「……」
「……!」
───両者は動いた。
「はあああッ!」
「ああああッ!」
大地を蹴り、両者は急接近する。
神牙は赤の剣を両の手で下から振り上げ、青年は黒い拵えの剣を両手で上から振り下ろした。
剣と剣がぶつかり合う。甲高い金属音を鳴り響かせ、激しい火花が飛び散る。
「───そうだ神牙!それでいい!もっと俺を楽しませろ!!」
青年は神牙の首を掴み、上に放り投げる。
神牙を遥か上空へと浮かび上げさせ、背中を突き破るようにして現れた紅蓮の翼で青年は神牙を追跡する。
空中に身動きの取れない神牙は一瞬慌て───直ぐに冷静になった。
青年が神牙の背中目がけて振り翳した剣を、神牙は剣を持つ手首を返して受け止めた。
「……なに?」
そこで始めて青年の声に明らかな戦慄が生まれる。
わずかな隙を逃さず、神牙は身体をひねり、青年の鳩尾に強力な蹴りを放った。
地面に足から着地する。上空で痛みに身を攀じる青年を睨みつける。
翼を大きく広げ、青年は自分の腹から流れる青い血を握り絞めると大声で叫んだ。
「───なら!こいつは避けれるか!!」
神牙の前方、背後、真上───神牙を取り囲むようにして、巨大な穴が何個も出現する。神牙は生唾を飲み込むと、剣を握る手を強めた。
「いくぞ!」
空間に空いた穴から青年が超スピードで襲い掛かる。
初撃は防いだものの、二撃、三撃となると話は変わる。次第に神牙は対応出来なくなり、腹とふくらはぎを切り裂かれた。
「ぐっ……!?」
膝をつく神牙などお構い無しに、青年の凶刃は襲いかかって来る。次々と切り裂かれ、体の至る所から流れる血。神牙は頭をふらつかせながら、何とか足に力を入れて立ち上がる。
「これで終わりだ……今回は久しぶりに楽しかったぜぇ!!」
青年の最後の一撃が神牙に襲い掛かる。
神牙は再度、剣に魔導火を灯すと青年に向けて剣を振り上げた。何度にも渡る剣と剣のぶつかり合い。青年は、スピードとパワーで己が勝っていることを確信していた。
次第に神牙が押され始める。青年は唇の片端を上げ、神牙を斬り裂こうとしたその時だった。
「───いや……!」
神牙が剣に纏わせている銀色の炎の輝きが一層強くなる。神牙は奥歯を噛み締め、青年を上空へと振り上げた。
「なにを……!?」
青年が初めて明確な動揺した気がした。
神牙は剣に纏わせていた魔導火を、鎧全体に纏わせると地面を蹴り上げる。
剣を一閃して、青年に剣を振るう。青年は剣を盾にして、剣を受け止めた。凄まじい衝撃波が神牙の骨を抉る。
「はぁああああ!」
激痛に顔を顰めるも、お構い無しに剣を押し込む。そして、神牙の鎧に纏う炎が一層強くなる。
飛翔する青年の遥か上に跳躍、上から押さえつけ、炎を逆噴射して地面に急接近する。
「───終わるのは俺じゃない。貴様だ……ホラー!」
青年の剣を断ち切り、神牙は青年を袈裟斬りにした。剣の破片が飛び散り、その内の一部が神牙の右腕に突き刺さる。赤い鮮血を撒き散らしながら神牙は、尚も足掻こうとする青年に向けて赤い剣を叩きつけた。
地面に直撃する直前、青年の体を踏み台にして空中で一回転、片手をついて着地した。
「……はぁ……はぁ……」
荒い息を吐きながら、鎧を解除する。鎧を解除すると同時に、どっと滝のような汗が吹き出した。神牙はコートで滴る汗を拭うと、地面に直撃して土煙が起こる一点を睨みつける。
まだ終わっていない───直感的にそう感じながら、神牙は剣の切っ先を土煙の方へと向けた。
「……隠れてないで出てこい。貴様がそこで終わらないことくらいわかっているぞ」
神牙のその言葉に、土煙の中から青年が現れる。
相変わらず傲岸不遜な態度をとっているが、その体には大きな傷跡と火傷痕が目立つ。満身創痍であるのは確かだ。それだと言うのに、青年の顔は余裕を崩さない。
神牙は訝しみながら、口を小さく開く。
「……何が可笑しい」
「───闇を照らす光、か。黄金騎士のあの光が……お前のような愚か者にもあるとはな……」
青年はひとしきり笑いながら言うと、折れた剣を構える。
「だが、まだ俺は終わってない。言っただろ……俺とお前、どちらが残るか……」
まだ余力が残っていたのか、青年は神牙に向けて駆け、その剣を振り翳した。
しかし、半ばまで折れていた青年の振り翳した剣は当然ながら空を切り、神牙は残りの力を振り絞って、青年の心臓部に向けて魔戒剣を突き刺した。
青年の呻き声が響くと同時に、白い空間にヒビが入り始める。
青年の姿が霞み、青い霧となってじわじわとその姿を消していく。神牙は青年に突き刺した剣を抜き、鞘に力強く納めた。
「……くく、くくくははは───!楽しかったぜ……またいつか戦ろう」
その言葉に神牙は眉を顰め、右腕を思いっきり握る。
「またはない……!闇に、還れ!!」
青年の頬を右手で思いっきり殴りつけ、灰色のコートを霹かせる。
青年の姿が霧散し、ゆっくりと神牙に吸い込まれていく。傷口が塞がり、力が漲るような感覚を覚えた。その瞬間、またあの青年の声が流れるように通り過ぎた。
忘れるなよ神牙。お前にまた陰我が芽生えた時、俺はまた現れる───
神牙は息を吸い込み、崩壊する白い空間に向かって叫んだ。
「もう二度と、俺が闇を見ることは無い!」
神牙は光に向かって駆け出した。
───現実に戻る。
右腕にわずかな痛みを感じ、右腕を見ると、先の先頭で折った青年の剣の破片が突き刺さっていた。
神牙は左手で破片を抜くと、地面に投げ捨てる。それだけで先程までの出来事が夢でないことがよく分かった。
それを理解した瞬間、膨大な情報量が神牙の頭の中に流れ込んで来る。あまりの激痛に頭を左手で抑え、足を踏ん張る。
数秒で頭の痛みは過ぎ去り、神牙はゆっくりと顔を上げた。
「……ああ、そういうことだったのか」
神牙は理解した。なぜ、記憶の欠落があるのかを。
神牙がカデーナに噛まれた時に覚醒した青年───『ジンガ』というホラーが、なんたることか神牙の身体を度々乗っ取って暗躍していたらしいのだ。
度々神牙の身体を乗っ取り、行動していたのは、ホラーを喰らって本来の力を取り戻すため。関係の無い人間を殺していたのは、これから先に障害になるであろう事を理解していた為であった。その為だけに鎧を召喚し、ホラーを喰らっていたというのを考えると神牙は溜息が出てきた。
「……姑息な手段だ」
そう静かに毒づくと、未だ暴れ狂う刀眞に向けて眼球を動かした。
ジンガは言った。すべてはお前が撒いた種だと。確かにその通りだ、と自虐的に笑うと神牙は行動し始める。
ゆっくりと地面を踏み締めて、刀眞の元まで歩く。
刀眞は神牙の姿を確認するなり、その手に持つ刃を振り下ろした。
「ッ!」
神牙は鞘に収めた魔戒剣で刃を難なく受け止める。
「刀眞、お前の剣の師匠は俺だ。半人前のお前にまだ負けてやることは出来ない」
神牙は刀眞の殺気をピリピリとその肌で体感しながら、刀眞の顎を蹴り上げる。
刀眞は頭を大きく揺らして頭を振るうと、その髑髏の如き目を神牙に向け、その凶刃を出鱈目に振るう。
神牙は刀眞を翻弄しながら、的確に攻撃を叩き込んでいく。戦いが長引けば長引くほど、刀眞の殺意が神牙にひしひしと伝わってくる。
───“殺す”。大事な家族を殺したあの男を───
刀眞は信念に従い、神牙に剣を振るう。しかし、その出鱈目な軌道は神牙に掠りもせず、周囲に飛び回るホラーを切り裂くだけだ。その霧は刀眞に吸い込まれていき、その身体を大きくしていく。
───“殺す”。大事な人間を殺したあの男を───
刀眞は信念に従い、神牙を噛み砕こうとする。しかし、油断も躊躇もない神牙はその攻撃を読んでいたかのように、横面を殴り飛ばす。すぐ下にいたホラーを巻き込んで潰れ、そのホラーの残骸は刀眞へと吸い込まれいく。
───“殺す”。“滅す"。“壊す”───
ホラーが吸い込まれていく度に、刀眞の意識が薄れていく。
───“死ね”魔戒騎士───
そして、刀眞の意識は完全に消えた。
突然軌道を変えて襲い掛かる凶刃に、神牙は目を剥いて、片手をついて一回転、回避する。しかし、突然回避行動を取ったためか、神牙のコートの端を僅かに切り裂いた。
「……本格的にホラーになったか」
振り下ろされた刃を神牙は難なく受け止めて、蹴り飛ばした。ノックバックしながらも、直ぐに態勢を整えて刀眞が繰り出す鈍色の軌跡を受け止める。
刀眞は剣を振るう。神牙はその巨大な剣を魔戒剣で受け止める。
飛び散る火花が、左腕の甲を焼くのを感じながら神牙は顔を顰める。
「っ!」
刀眞の腹を蹴り飛ばし、剣を弾くのに成功すると、神牙は遥か後方に跳躍する。
刀眞は近くにいるホラーを切り裂き、次々に捕食していく。そんな行動を起こす刀眞に訝しげに眉を顰めて神牙は己の右腕を見た。
この右腕にはもう力はない。神牙は魔戒剣を一瞬、鞘に収めて一気に抜いた。
螺旋状に円を描き、左手を上げる。
鎧をその身に纏い、剣を右籠手に擦りつけながら、ホラーを捕食する刀眞を睨みつけた。
「もう終わりにしよう、刀眞。お前の陰我は───俺が、断ち切る」
神牙のその声に反応するかのように、ホラーは神牙に向かって跳躍。神牙もまた剣を構えて、刀眞を迎え撃つべく剣を構えた。
【闇】に続く。