神ノ牙 -JINGA- 【ANOTHER END】 作:天野菊乃
───何がどうなっている。
女ホラーの結界から解き放たれた狼斬は、目の前に繰り広げられる惨劇に唖然としていた。
巨大な骸の騎士が周りにいるホラーを次々に薙ぎ倒し、喰らう。狼斬は自身の後ろから近づいてくるホラーを槍で貫き、討伐した。
「……あれは?」
その骸の騎士の近くに、彼はいた。
狼の兜を突き破るかのように赤い鬼の双角を生やし、漆黒の鎧の中に血色の輝きが放たれていた。
『影煌騎士 狼是』
ホラーになった人間を元に戻すことが出来るという奇跡の力を持つ青年、御影神牙が身に纏う鎧だ。
神牙は雄叫びを上げ、骸の騎士にその剣を突き立てた。
人間に戻すのか、と思ったが違う。今の彼の戦い方に助けようとする意思はなく、殺意と微かな迷いが感じ取れた。
狼斬は焦げた地面に触れて、戦闘状況の再現を試みた。しかし───
「……!?」
それは何者かによる巨大な力によって遮られた。二度、三度と試みたが、戦闘状況の再現は不可能だった。
狼斬は槍を持つ手を強くすると、血管が浮き出んばかりに歯を噛み締めた。
───鼓動が早くなる。血が酸素を巡らすのを体で感じながら、剣を振るった。
「はあああ!!」
剣を突き立てるも、骸の騎士にすぐ弾かれてしまう。
神牙は騎士に向けて直ぐに駆け出す。しかし、決定打となる攻撃があまりに少なすぎる。
焦燥に駆られながら、神牙は上段に剣を振りかぶった。
───その時だった。
神牙の横腹を鋭い何かが貫いた。
体勢が崩れ、地面に崩れ落ちる神牙。その一瞬を見逃すことなく、骸の騎士は神牙の体を吹き飛ばす。
壁に衝突し、力なく倒れる。剣を杖に立ち上がろうとするも、鎧が解除され、身に溢れる力が霧散していくのを感じた。
「……無様ね。神牙」
片膝をつきながら、その声の方に視線を動かした。
有り得るはずのないその女の声。なぜなら、その声の主は捨てたはずの魔導輪の声で───
「驚いた?でも、これが現実よ」
神牙が身につけていた魔導輪『アルヴァ』。それとまったく同じ声を放つのだから驚くのは無理もない。
額に血管を浮かばせながら神牙は喉を震わせた。
「お前は誰だ……なぜアルヴァの声を───」
「私がそのアルヴァだからよ」
女───アルヴァは顎に手を当てながら笑う。
「すべての真相を教えてあげるわ、神牙。あなたが奇跡の力を手に入れたのも、あなたがその鎧を手に入れることも───そして、御影瑞斗がホラー化したのもすべて私の筋書き通りだったのよ」
アルヴァは淡々と語り始めた。
「───かつて最凶と言われたホラーが、ホラーの始祖メシアに挑んだことからすべては始まった」
そのホラーは戦いに挑むも、為す術もなく完膚無きまでに敗北した。しかし、そのホラーは負けようとも何度も挑もうと考えていた。ホラーは人の陰我がある限り死ぬことは無い。その特性を活かそうとして───
しかし、そんなこと、メシアが気づかないはずがなかった。メシアはそのホラーが消滅した直前にある術式をかけた。
───“ホラーを人間として転生させるという術式”を。
そして、そのホラーは悠久の時を経て転生した。
「そう、忌まわしき魔戒騎士にね」
「……有り得ない話だな」
神牙はその言葉を一蹴した。
「ホラーになった人間は肉体、魂共々消滅する」
「ええ。でも例外はあったのよ」
アルヴァは口角を上げると言った。
「そう。お前───御影神牙という例外が」
「……何が言いたい」
「そのホラーには人間の因子が多少なりとも残っていたのさ。だからこそ御影神牙、お前が生まれた」
脳の奥で火花が散ったような感覚に襲われた。
「……俺の前世が、ホラーだと?」
神牙はゆっくり立ち上がり、魔戒剣を握る手を強くした。
「巫山戯るな!」
螺旋状に円を描き、再度鎧を召喚する。
二本の鬼の角を携えた漆黒の鎧を纏い、神牙は地面を蹴り、アルヴァに剣を振り被った。
しかし、骸の騎士が神牙の太刀筋を読んでいたかのように剣を防いだ。横からアルヴァの攻撃が繰り出される。左腕の篭手で何とか防ぐが、アルヴァの背中から突き破るようにして現れた爪が、神牙の左腕に突き刺さった。
「その鎧が何よりの証拠よ、神牙。その鎧、あるホラーに見覚えがあるだろう?」
「……!」
そう。神牙のこの鎧はジンガのホラー態に酷似していたのである。その事実に気付かされた神牙は呆気に取られ、動きを止めた。
アルヴァは神牙の兜に手を添えながら言う。
「所詮、お前はホラーが転生した姿───魔戒騎士にはなれない」
アルヴァが神牙に爪を突き刺そうとしたその時だった。
空気を切り裂く音が周囲に鳴り響いたのだ。
アルヴァは舌打ちをしながら、後方へ飛び退く。凄まじい勢いで飛来したそれは、神牙の足元に突き刺さった。
空気を突き破り、接近していたものの正体は長槍だった。
「大丈夫か神牙!?」
神牙の元に狼斬がやって来る。
神牙は鎧を解除すると、膝から地面に崩れ落ちた。
狼斬が神牙の肩を揺するが、神牙は絶望の顔で呟くだけだった。
「……俺が、ホラー……俺が、ホラー……」
神牙は己の右腕を呆然と見つめた。
思えば、なぜ自分にこの瞞しの力が宿ったのか。それは神牙の中に眠っていたホラーの因子が目覚めたわけであって───
『───お前のことは、なんでも知っている』
「……ぁ」
神牙の目の前に、ジンガが現れた。
正確には神牙だけに見える幻影なのだが、混乱に陥っている神牙には充分過ぎる恐怖だった。
『神牙、どうして私を信じてくれなかったの?』
「ぁ、ぁああ」
ジンガの幻影から楓沙が現れる。彼女の悲愴な顔からに神牙は首を振った。
『なぜ楓沙を斬った!!』
「うぁぁあああ!!」
刀眞が神牙の影から現れる。その怒りを孕み、憎悪の視線を向ける刀眞に神牙は耳を抑えた。
「消えろッ!消えろッ!!消えろッ!!!」
出鱈目に魔戒剣を振るい、その幻影を斬り裂こうとする。しかし、剣は空を切るのみで、幻影は一向に消えない。
ジンガは獰猛に笑うと、神牙の耳元で囁く。
『お前のせいで多くの人間が死んだ』
楓沙はその表情を崩さず、神牙の耳元で囁く。
『お前のせいで多くの関係の無い人間が犠牲になった』
刀眞は神牙に向かって剣を振るいながら叫ぶ。
『お前のせいで俺の家族や大切な人が死んだ!!』
神牙は首を振りながら、それを否定しようとする。
『『『全て、お前が悪いんだよ』』』
絶叫しながら、神牙は焦点の合わない目で天を仰いだ。
日の差し込まない、無限に広がる闇が神牙を見詰めていた。
絶望の中、神牙はその魔戒剣を自分の首元に持ってこようとした。
「しっかりしろ!御影神牙!!」
その時、狼斬が神牙の右腕を殴りつけた。
手にした魔戒剣が吹き飛び、その壁に突き刺さる。
狼斬は神牙の襟首を掴みあげ、顔を近づけた。
神牙は焦点の合わない目で狼斬を見て、呟いた。
「……て……れ」
「しっかりと言え!」
「殺して……くれ……!」
神牙のその言葉に狼斬は頭突きをした。そして、鳩尾に膝蹴りを叩き込むと、神牙を地面に叩きつけた。
口から酸素が吐き出され、咳き込んだ。
「巫山戯るな!何を寝惚けたことを言っている!!」
狼斬は神牙の髪を掴みあげる。
「……俺は、ホラー……なんだ……」
神牙は震える自分の両手を眺めながら、呟く。
「俺の前世は……ホラー、なんだ……だから……俺がいつホラーに戻るかわからない……」
神牙が瞬きした瞬間、神牙は自分の右腕がホラーのものになっているように錯覚した。手の甲が錆びた鎧のようなものを纏い、生身の部分は剥き出しになった肉体になっていた。
「……ぁ、ああ、ああああ!!」
「いい加減にしろ!」
狼斬は神牙の首元に手刀を叩き込むと、強制的に意識を遮断した。
「俺がアイツらを倒すまで、そこで無様に寝ていろ、神牙!!」
その言葉が、神牙に伝わっているか分からなかった。
冷たく、白い空気が神牙の肌に触れた。
その感覚に気づき、眼球を動かした。白い霧が蠢き、凍てつく氷のような空間。その霧は黄泉の国から死者を導くかのように、妖しく動いていた。
少し顔を上げると、灰色のコートを着た壮年の男が立っていた。
瞬間、神牙は目を見開いて立ち上がった。
「……父、さん?」
「ああ。久しぶりだな、神牙」
その声に、御影瑞斗はゆっくり頷く。
瑞斗の目が神牙へと向けられる。その時、自分のその姿が、ホラー態のジンガと狼是の入り交じっている姿になっていることに気づいた。視線を手元に落とすと、普段通りの腕であった。
「……どうなって、いるんだ……俺は……ホラーなのか?」
「いや、まだ違う。今お前はホラーになるか魔戒騎士でいるかの瀬戸際に立たされている」
瑞斗は神牙と向き合い、臆さず神牙のその異形の顔を見つめた。その目に宿る強い意志を体現したような口調で瑞斗は言う。
「神牙。お前は私の息子だ───例え、前世がホラーであろうとお前は御影神牙だ。ホラーではない」
神牙はその顔をゆっくりと上げた。
瑞斗は魔戒剣を構えると、螺旋状に円を描いた。
その身に纏わせる漆黒の鎧。鬼ような二本の角を生やしている。神牙は目を丸くした。
「まさか……あの声の正体は───」
『忘れるな、神牙』
くぐもった声で、神牙の肩を叩く。
すると、そこを中心にホラーの身体を消し去るように鎧が纏わりついて行った。
『お前は何があろうとも私たちの息子だ。そして、人を影から守ることで輝き続ける影煌騎士だ』
白い空間がひび割れ、眩いほどの光が放たれる。
あの見知った空間に戻るのだと、神牙は感じた。救世主でもない。最高の魔戒騎士でもない。そして、最凶のホラーでもない。御影神牙としての世界が。
白い空間が完全にひび割れる瞬間、瑞斗は神牙に言葉を放った。だが、それは砕け散った音によって遮られた。
だが、それでも瑞斗が神牙に言った言葉は理解出来た。
『───お前の信じた道を貫け、神牙』
神牙は小さく頷くと、走り出した。
狼斬は苦戦していた。
一対多でも最強を誇る彼であったが、ホラーを何体もくらい、その姿を変えた骸の騎士に、堕ちた魔戒法師。最悪とも言えるその相性に狼斬は槍を振るい続けていた。
人を救うという信念に基づいて───
「これで終わりだよ。消えな、魔戒騎士!」
しかし、終わりは突然訪れた。狼斬の背中が切り裂かれたのである。骸の騎士が分裂し、後ろから狼斬を斬り裂いたのである。距離を取ろうとするも、アルヴァの方が反応が早かった。狼斬を葬るための術式が完成し、それが狼斬に向けて放たれた。
ここまでか───狼斬が目を伏せたその時だった。
「はあ!」
男の裂帛と共に、術式を斬り裂いたのだ。
アルヴァはわざとらしいため息を着くと、大仰に肩を竦めてみせた。
「今更何をしに来たんだい?自分がホラーだということを受け入れたのか?」
「……いいや」
暗闇の中から男がゆっくりと近づいてくる。
灰色のコート。整った顔立ち。そして、灰色の鞘の魔戒剣。しかし、その特徴的な髪色は変わっていた。
「大丈夫か、狼斬」
色素が抜け落ちたかのように抜けていた銀髪が、色を持っていたのだ。茶色くなった髪をかき上げ、その魔戒剣を鞘に納めた。甲高い金属音が鳴り響く。
「……誰だ。お前は」
アルヴァのその言葉に、神牙はわざとらしくおどけて見せた。
「俺は神牙。御影神牙だ。まさかこんな短時間で忘れたのか?」
アルヴァは神牙の言葉に鼻を鳴らすと、背中から突き出す爪を振るった。神牙は鞘に収めたままそれを叩き落すと、横に回避する。
回避した先に骸の騎士が高速で移動、神牙に剣を振り下ろした。神牙はバックステップで攻撃を避けると、宙に飛び上がり、骸の騎士の顔面を殴りつけた。
二、三歩後退り、雄叫びを上げると神牙に猛猪突進する骸の騎士。神牙は魔戒剣を抜き放つと、過ぎ去り際に脚を切り落とした。
地響きを上げながら、地面に倒れる骸の騎士。神牙は滑り込むように地面に転がる何かを拾い上げ、アルヴァの後ろに魔戒剣を突き立てた。
アルヴァはフンと鼻を鳴らすと、振り向きざまに爪を振るった。神牙は鞘でその攻撃を防ぐと、後方へ跳躍、一回転して地面に着地した。
「……やっぱりこれがあった方が落ち着くからな」
神牙は捨てたはずの魔導輪を再び、指に取り付けた。
喋ることもなければ、そのホラーの正体を暴いたり、支援してくれることも無い。しかし、長年共にしてきた相棒であるので神牙はそれを敢えて拾ったのだった。
指輪に擦り付けるように魔戒剣を構える神牙に、アルヴァは叫んだ。
「───なぜ魔戒騎士の味方をする!」
アルヴァの言葉に、神牙は刀身を撫でた。
その顔は自信に満ちているが、以前のような慢心さは一切感じられない。
「俺がその魔戒騎士だからだ」
神牙は顔を背けず、怒りの表情を浮かべるアルヴァを見据えた。
「確かに、俺はジンガから生まれたのだろう。あいつの因子を受け継ぎ、ホラーになる可能性もゼロではない。けどな、俺は
その視線を鋭くして、冷たく言い放つ。
「───貴様と違ってな。アルヴァ」
アルヴァは青筋を浮かべながら、眉間に皺を寄せて睨みつけた。
「大層な口を叩くんじゃないよ!お前は一体、なんなんだ!?」
神牙は魔戒剣の切っ先をアルヴァの方へと向け、その憎悪に染まり切った顔を真正面から受止めた。
「 ───俺は御影神牙」
楓沙の幻想が消えていく。その顔は悲愴に満ちていたが、神牙はそれを受け止めた。
刀眞の幻想が消えていく。その顔は憎悪に満ちていたが、神牙はそれを受け止めた。
最後に神牙の目の前に、ジンガが近づいた。ジンガは一頻り笑うと、その姿を消していく。神牙は目を見開いた。
───お前の信じた道を貫け、神牙───
ならば、この身はもうただの魔戒騎士ではない。そして、救世主でもない。人間達を守るために影を斬り裂き、光を放つ魔戒騎士。
「───またの名を影煌騎士 狼是だ。覚えておけッ!」
神牙は強い口調で、答えた。
【光】に続く。